第15話『新たなる刺客1』
季節は五月の中旬、新しい家族との暮らしもすっかり慣れ親しんできた。もはや白雪さんがいることに違和感すら覚えない。彰もあれから体調は優れていて、もうなんの心配もいらない。父さんは相変わらず忙しそうだ。学校ではというと、友達と呼べないまでも顔見知りと言える人は多くなった。まあ、久永さんに関する話題目当てで集まる人ばかりなんだけどね。トモや優奈もいつも通りで、コッキーとは別れた十年間を埋め合わせるように仲良くしている。ただ、久永さんとは全然進展がない。とりあえず気兼ねなく話せるようにはなっているのだが、まだ告白には早すぎるし、うーん……。
まあ、そんなに急ぐこともないだろう。ゆっくり考えていこう。
***
来月は遠江田高校の運動会。そして今日はその中で一年生は強制参加の競技、四十人四十一脚の練習の日だ。この学校は一クラスにおよそ四十人いるので、昔から行われている伝統行事らしい。だけど、知り合ってまだ二ヶ月も経っていない人たちとできるのかな、こういうの……。
「裕志くん、緊張してるの?」
後ろからコッキーが声かけてきた。
「逆にしない人なんている?」
「まあいないだろうね。でもこういうのって逆に楽しみじゃない?」
目に輝きを放つコッキー。昔は国旗以外には目もくれてなかったのに、十年でこうまで変わるなんてね……。
「カジぴーは元から運動神経ないからねぇ」
突然横から優奈が現れ、ちょっかいをかけてくる。
「ちょっと優奈……」
僕に構わず優奈は続ける。
「実は中学の時ね、レクリエーションでサッカーやってたのよね。そんで、カジぴーがシュートしようとボール蹴ろうとしたら、空振ってしりもちついちゃってたのよ!」
「えー!?」
あまりにおかしかったのかコッキーは笑いだした。優奈も思い出し笑いし始めた。
「優奈、そんなこと言わなくてもいいでしょ!?」
恥ずかしい記憶を掘り出され、僕は体が熱くなってきた。
「だって面白いんだもん!」
優奈はお腹を抱えて笑っていた。
「見てみたかったな、それ」
「うん!あれホント見物よ!」
優奈、コッキー。いい加減僕に関するエピソードで盛り上がらないでほしいな……。
***
練習本番、背や体格で立ち位置を調整し、男女が横一列に入り交じった状態になった。予想はしていたが、クラスメイトたちが僕と久永さんを隣にくっつけるように冷やかしがあった。そんなの照れくさいと思ったけど、思春期真っ只中の生徒たちはしつこかった。優奈もコッキーもこれはチャンスとばかりに目を光らせていた。でも身長差でそれはできないと体育の先生が判断され、実現することはなかった。僕と久永さんの間には十人くらい人がはさまることとなった。僕は半分ホッとした。残りの半分は……言わなくてもわかるよね?
並び終えたの後、先生は隣の人たちと自己紹介をするように言った。先生いわく、まずは隣の人のことを知ることから始まるとのことだ。コミュニケーションありきの競技だから当然のことらしい。ということで、まずは右隣の男子から声をかけることにした。
──のだが
「よう、梶田。図書委員のくだり面白かったぜ! 両手上げてアピールするなんてお前もなかなかやるよなー」
やっぱり僕の知名度はどこか変な形で広まっている。何か空しい。
「俺の名前は谷原響也。よろしくな」
いきなり握手を求められ、僕はとりあえず応じた。
この谷村くんという男子は、細身でなかなかのイケメンだ。髪型もきれいにセットされていてかっこいい。その髪質、かなりうらやましい。他には首にやけどのような痕があるのも特徴的だ。
次に左隣にいる女子に話しかけようと思ったのだが、どうやらその隣にいる他の女子と意気投合しているようだ。僕そっちのけで話し合っている。
先にこの女子の特徴を記しておこう。髪型は校則違反のまきまきパーマで、整った顔をしている。華奢だけど胸は大きい。ラインがくっきりと見えている。久永さんもそれなりに大きいけど、この女子はそれをゆうに越えていた。
しばらく様子を見ていたら、ようやく僕の方を向いた。
「ああ、きみかー。梶田くんでいいんだよね?」
またもや不本意な形で知られている。
「あたし若槻つばさ。よかったら覚えておいてね」
そう言って若槻さんはウインクし、また隣の女子と会話を始めた。
……二人とも僕が期待していたコミュニケーションと違う。
***
しばらくしてついに、両足は隣の人の足と一緒に固定された。ちなみに固定している道具ははちまきのようなひもではなく、マジックテープを使った特殊なものだ。かなり頑丈で、ちょっとでも隣の人と歩幅が乱れると転びそうだ。
まずは一歩ずつゆっくりと歩いていく練習だ。しかし四歩進んだあたりでもう横の列が揃わなくなり、立て直そうとして転んでしまった。
この競技の最大の難点は、一人が転ぶとそこからドミノ倒しのようにどんどん崩れてしまうことだ。そうならないように各々が努力しないといけないのだが、これがうまくいけば苦労はしない。だから怖い。一歩進むのがこんなに怖いと感じるなんて思いもしなかった。
***
その日の体育の授業が終わり、足を縛ってた道具が外された。両足が解放され、疲れているにも関わらず空でも羽ばたけそうな気分だ。気候も暖かくなったせいか、汗が止まらない。
「なあ梶田、ちょっといいか?」
教室へと戻る道中で谷原くんが声をかけてきた。どうしたんだろうと思いながらも僕は話を聞くことにした。
「お前、もうちょっと歩幅合わせてくれないか?歩きづらくってよ……」
谷原くんはちょっと不機嫌そうな顔をした。
「次からは頼むぞ?」
「あ……ごめん」
「うまくできねえと、久永さんに見せる顔がねえだろう?」
「う……」
返す言葉もない。谷原くんは僕の返事を待たずに他の集団の所へ言ってしまった。
「……」
これからもこんな風にクラスメイトたちからこんなことを言われ続けるのだろうか?
先が思いやられる……。
「お前も苦労してるな、ヒロちゃん」
後ろから肩を叩かれた。この気配、間違いなくトモだ。
「ま、せいぜい頑張れよ!」
トモは腕を僕の首にかけ、僕を引き寄せた。やめてくれ暑苦しい。
「ところでヒロちゃーん、今度またお前の妹に会わせてくれよー」
「は?」
トモが笑顔で僕の顔に近づいてくる。久永さん以外に、特に男とこんな近距離なのは嫌だ。
「噂によると超べっぴんさんらしいじゃないのー。俺メッチャ興味持っちゃったぜ」
「え、何の話だよ?」
「またまたぁ、照れなくってもいいんだぜ?」
照れてなんかいない。ていうか、僕に妹なんているわけ……。
ハッ!!
「とりあえず、俺のこと妹に紹介しといてくれよ」
「あ、ああ……」
正直そんなことしたくない。トモが白雪さんと接触すると何かとんでもないことが起きそうな気がする。もちろん前回の件があるからだけど、なるべくトモには会わせないようにした方がいいよな。
さっきまでより冷たい汗が流れたのを僕は感じていた。
***
教室に入るや否や、何か言い争っている集団が目に入った。どうかしたんだろうか?
「お前ノロすぎるんだよ!」
「もっと早く動いてくれよな!」
「お前が遅いからこっちばかり転ぶんだよ!」
どうやら今日の体育のことだ。
よく見ると、一人のデブに向かって大勢が罵声を浴びせかけている。そしてそのデブは、僕のよく知っているやつだ……。
「まあまあ落ち着きぃや、ベイビー?」
気持ち悪い顔でかっこつけてるそいつは、鮎川だ。どうも同じところばかりミスすると思ったら、あいつが原因だったのか……。うん、納得だ。
「なに調子のってんだよ!?」
「オメーが一番足引っ張ってんだよ!」
あーもういいってそういう幼稚園児みたいな言い争いは……。
「やる気あんのかよこのデブ!」
「デ……デブやと……」
おやおや、どうやら怒りのスイッチが発動したようだ。
「俺は……俺は、デブちゃうわー!!」
そう叫びながら鮎川は、腕を振り回しながら一人の男子に迫った。しかしその男がそれをサッとよけると、鮎川はそのまま壁に向かって走り続けた。どうやらあのデブ、前を見ていないようだ。そして案の定壁にぶつかってしりもちついた。
教室にいた生徒たちはみんな大爆笑した。
「お前バカだろ」
「ガキかよあいつ」
「アホじゃん」
鮎川は屈辱で体が震えていた。
まあ、自業自得だな。




