第14話『白雪さんと旅行』
四月のあの騒動があってからは、大した変化もない同じような時間が過ぎ去っていくだけだった。決まった時に決まった授業を受け、コッキーと昼食をとり、トモや優奈にちょっかいかけられ、帰宅する。こういった日々がしばらく続いていた。他の学校から来た新入生たちとも少しくらいなら会話したけど、新しい友達と呼べる人はできなかった。そして気が付けば、日本の素晴らしき連休、ゴールデンウィークに突入していた。
* * *
初日の土曜日は、午前には授業、午後には委員活動があったから丸一日学校にいた。週六日制はこういうところがつらい。みんなが優雅に休日を楽しんでいる最中に行く学校はどうしても割りきれない思いがある。そういえばこの日は久永さんともあまり喋れなかったな……。
そして二日目を迎えた今日、僕たち家族は一泊二日のお出かけに行くことになった。
「今回はゴールデンウィーク確保のために休日出勤までしたんだぜ? それなのにゲットした休みはたった二日だけなんてキツいぜ……」
父さんが片手運転しながら言う。会社を経営することがどれほど大変なことなのか僕はわからないけど、社長は社長で相当苦労しているんだよな。
「それでも、そんな休みにどこかへ出かけるんですね。疲れたりしないのですか?」
助手席にいる白雪さんが微笑みながら話しかけた。
「まあ基本、家でじっとしても落ち着かねぇからな俺」
父さんのそのアクティブさはまさに尊敬の域に値する。IT会社なんて、パソコンをじっと眺めてデータを一日中作っているようなイメージしか抱けないようなものだけど、父さんは本当にそうは見えない。むしろ体育会系に見える。実際父さんはスポーツ万能で、仕事も忙しいのに毎日の筋トレは欠かさないらしいのだ。
「そういや裕志、新しい学校生活はどんな感じよ?」
父さんが唐突にそう聞いてきた。
「え?まあ、今日までに色んなこと出来事があるから、充実してるといえばしてるかな?」
久永さんと同じクラスになり、図書委員になり、幼稚園の時の友達とも再会した。久永さんと初めて一緒に帰宅したし、白雪さんのことがクラス中にバレそうになった。まだ一ヶ月経っただけなのに、逆に色んなことがありすぎて驚く。
「そうか。高校生活ってのは以外と早く終っちまうから、一日を大切にすごせよ?」
大人たちはみんなこういうことを言う。人間は年を取るにつれて時間の流れが早く感じるようになるみたいだけど、これ以上早くなるのは嫌だな……。
「それにしても、さっきから彰は何うずくまってんだ?」
父さんはバックミラーをちらりと見ながら言った。たしかにさっきから彰は上体を倒しながらピクリとも動いていない。でも僕にはその理由がわかっている。
「ああ、パソコン見すぎて気分悪いみたい。心配するほどでもないよ」
僕は父さんにそう伝えた。
外の風景は、いつしか自然の方が目につくようになってきた。
* * *
そういえば僕たちがどこへ向かっているか伝えていなかった。僕たちは今、県境を二つ越えた先にある県まで車を走らせている。とある有名な観光スポットを見るために朝早くから家を出ていた。白雪さんも言っていたが、父さんは大の旅行好きだ。長期的な休みの日には必ずと言っていいほど僕たち家族はお出かけをする。そして、大抵はどこかの宿にも泊まっていた。父さんは僕や彰以上にはしゃぐものだから、夜は盛大なイビキをかきながら寝ているのがしょっちゅうだった。おかげで翌日は寝不足に見舞われたものだ。
と、昔のことを思い出していると、ようやく今日泊まる宿に到着した。今日宿泊するのは露天風呂付きの和風様式の宿だ。部屋の窓を開けると、青く澄みわたった空と海があった。その絶景に僕は思わず心を奪われていた。
「きれいですね……」
ふりかえってみると、白雪さんがいた。
「はい……」
やっぱり高層ビルや工場が連なっているより、こういう自然が目一杯広がっている景色の方が美しい。
「白雪さんは、こういうところとかよく行ってましたか?」
「あんまりないですね……。私、小さい頃はとても病弱で、よく家や病院で寝ていましたから……」
「え、そうなんですか?」
でも、言われてみれば白雪さんは小柄で痩せ細ってはいるし、あまり運動神経も良くない(この前のゲームセンターで一目瞭然だ)。考えてみればたしかにそうかもしれない。
「なんか、すいません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
白雪さんは僕を安心させようとほほえんだ。
「大切なのはどんなところに行ったとかじゃなくて、どれだけ大切な人と一緒にいるかだと私は思います」
「白雪さん……」
そんなことを言われるとさらに申し訳ない気分になってきた。たしかに大切な人との時間は大事だけど、それでもその人たちと一緒に何かしたいという思いだってあるだろう。もっと聞くことには注意すべきだな。
するとそこに今までの流れを知らないものが介入してきた。
「うわー、きれいじゃんこの部屋の眺め」
車酔いしてトイレで吐いていた彰がいつの間にかそばに来ていたのだ。
「もう大丈夫なの?」
「うん。朝食べたものの八割くらい出たけど、もう平気」
「それって逆に大問題じゃないか?」
「まあ、八割ってのは嘘だけどね」
まったく、そこまで酔うなら車の中くらいパソコンを 控えておけばよかったのに……。
「彰、無理そうだったらお前だけここにいてもいいぞ?」
畳で大の字で寝転がっていた父さんが身を起こしながら言った。
「大丈夫だよ父さん。僕だって情報屋として目的の観光スポット見たいし」
そう言いながら彰は足取りがおぼつかなくて、支えてないと不安なくらいふらふらしていた。
本当に大丈夫だろうか?
* * *
とまあ色々あったが、僕たちはその観光スポットで大いに楽しんだ。とても良いものが見れたし、お土産屋でわけのわからないものを買ったりしてとても盛り上がったりもした。父さんは相変わらず子供みたいにハジケまくり、白雪さんも普段は見せないようなあどけない表情を見せていた。かくいう僕も父さんのテンションに乗じて相当はしゃいだけど。
彰はというと、車酔いの影響がまだ残っているのか、まだふらつきながら歩いていた。
「彰、だいじょうぶ?」
僕は未だ青ざめた顔をしている彰が心配になって声をかけてみた。
「心配しすぎだよ兄ちゃん、もう何もかもオールOKだよ」
その割に目線はわかりやすいほど下に向いている。全然OKでもないことが見てとれる。
「大丈夫だろ、車酔いは後遺症残らねーし」
僕たちの会話を聞いてた父さんが声かけてきた。
「ならいいんだけど……」
僕は再び前を向いて歩を進めた。
* * *
宿に戻る頃には僕たちはくたくたの状態だった。思った以上にはしゃぎすぎてもう疲れた。
「くあーっ、もう疲れたなこりゃ」
父さんは大きく伸びをした。
「本当に楽しかったですね。大輔さんは、はしゃぎすぎですけど」
「こういうもんは楽しまなきゃ損だぜ、白雪?」
「うふふ、でも小さな子供みたいでしたよ」
「おいおい……。三十路のおっさんにその言葉はちょっと恥ずいぜ」
「うふふふふ」
おーい、そこのお二人さーん。そういうのは僕のいないところでやってくれませんかー。見ていてこっちが恥ずかしいんですが……。
そう思っていた最中、何かバタリと倒れる音がした。ふりむいてみると、彰が床にうつぶせで倒れていた。
「あ……彰!?」
畳に突っ伏した彰は、呼吸が荒く、力尽きたように手足をだらんと伸ばしきっていた。
「彰!」
「彰くん!」
父さんと白雪さんも気づき、僕たちは彰の元へ駆け寄った。
「おい、どうしたんだ彰!?」
父さんはうつぶせからあお向けの体勢に変えさせ、彰の上体を少し起こした。さっきまでのにやけた表情から一変して真顔になっている。
「……何でもないよ父さん……気にしすぎ……」
彰の顔はさっきより赤く、いっぱい汗をかいていた。目の下もほんのり青っぽく、明らかに何でもなくない状態だ。
父さんは左手を自分のおでこに、右手を彰のおでこにあてた。
「彰、お前スゲェ熱だぞ?」
「そうなの……?」
「ちょっと待ってろよ、宿の人から体温計と冷えピタもらってくるからな」
父さんはすっと立ち上がる。
「裕志と白雪は彰を布団を用意して寝かせてやってくれ!」
「はい!」
「わかった!」
そう言い残すと父さんはサッと立ち上がり、かけ足で部屋から出ていった。さっきまで気だるさが嘘のように速かった。
* * *
「彰くん、大丈夫?」
白雪さんは、冷えピタをおでこに貼って横になった彰のそばに座っていた。白雪さんはとても不安そうだ。
「大丈夫だよ、みんな本当に気にしすぎだって……」
彰はしばらく寝たおかげでだいぶ良くなってきた。やはり三十八度代の高熱で外を歩き回ったら、しんどくなるのは無理もない。
「とりあえず、今は安静にしておくのがベストだろう」
父さんはというと、観光地ではしゃいだ後に彰のために疾走した疲れで、壁にもたれ掛かりながら座っている。いつもは父親らしくない父さんも、こういうときばかりは何だかとても頼もしそうなたたずまいに見えてくる。
「……にしても、珍しい季節に熱出たな彰。もしかして、最近ロクに寝てなかったんじゃねえか?」
父さんの問いに彰は軽く頭を横にふった。
「俺の部下にも残業続きで全然寝てないやつがいたんだけどよ、そいつもお前と同じような状態になったんだ。お前の目の下にあるクマが何よりの証拠だぜ?」
彰は黙りこんだ。
たしかに目の下が何か青っぽいと思ったらやっぱりクマだったのか。となると問題はどうして寝不足なのかだけど、僕には全く心当たりがない。
「寝不足の原因はあれか、何かプログラムでも作ってたのか?」
彰は横に頭をふった。
「じゃあパソコンのカスタマイズか?」
また横に頭をふった。
「だったら、定番の徹夜で猛勉強か!?」
いうまでもなく頭をふって否定した。まさか勉強嫌いの彰がそんなことするわけないと思う。
「んー……じゃあ、恋の悩みか!」
父さんは冗談混じりで言った。
「なーんてな、彰に限ってんなわけねえか。ナハハハ……」
彰はそういった感情的なものは一切興味を示さない。僕が感動した恋愛ドラマも、彰は意味不明だったと評していたほどだ。
だが彰は否定しようとしなかった。目線をそらしてだまりこんでいる。
これって……。
「おい、まさか彰……」
うん、まさにそういうことなのだろう。僕も久永さんのことで悩んだことがあるからよくわかる。まさか彰もそんな感じなのか?
「マジで恋の悩みなのか!?」
僕と父さん、そして白雪さんは驚いた。恋愛に興味がないと知っていなくても、はやりこういうことは驚くものだろう。
まあ、彰だって小学六年生なんだし、そういうお年頃なんだとしか考える他ない。
「イイじゃねえか彰!お前にもついにこういう時が来るとはなぁ……」
父さんは何度もうなずきながら感心している。彰のパソコンの熱中具合には父さんでさえも不安を抱いていたのを知っている。無理もない反応だ。
「じゃあ、そのお相手のためにも早く体を治さねえとな!」
父さんは笑顔で彰のおでこを冷えピタの上からさすった。
……それにしても、夜も眠れないほど彰は何を悩んでいるのだろう?
* * *
夕食の時間になる頃には、彰の具合はだいぶ良くなってきた。しかし病み上がりのため、僕らが多すぎる和食を食べてる最中、彰は用意してくれたおかゆをゆっくり口に運んでいた。
「あーあ、僕も旅館のお料理食べたいなー」
彰は残念そうに目の前に並んだ豪勢なメニューを眺める。
「また吐いちまったら敵わねえだろ?」
「そうだけどー……」
納得いかない様子で彰はおかゆを食べ進める。すると白雪さんが話しかけた。
「彰くんのおかゆも、とてもおいしそうだよ?」
普段は敬語を使ってる白雪さんだが、さすがに彰にはそれを使わないらしく何か新鮮だ。
「そう?」
「うん。ちょっとだけ私も食べてみたいな」
「じゃあ……はい、白雪姉ちゃん」
彰はスプーンにおかゆを入れて白雪さんの口元に運んだ。それを白雪さんは直接食べた。
「うん、おいしい」
「えへへ、そりゃよかった」
このやり取り、なんだか仲の良い姉と弟のようだ。見ていて微笑ましい。そう思ったのは僕だけじゃなかったようだった。
* * *
「はーっ、食った食ったー」
父さんはこの大量の料理を一番早く食べ終えていた。圧巻するほど早すぎる。まだ僕は三皿ほどおかずに手をつけていないし、白雪さんに関してはほとんど残している。
「父さん、食べるの早すぎだって」
「お前らが遅すぎるんだよ」
「そんなことない。こんなの食べきれないのが普通だよ」
「そうか?あと五品くらいならまだ余裕でいけるぞこの量」
僕の言葉に対してもこの余裕さ加減だ。父さんの胃袋はあの某ゲームのピンクの丸いキャラ並ではないのだろうか。まあ、あのキャラは満腹を知らないところもあるけど。
「大輔さん、そんなに食べたら太りますよ?」
もう食べきれずに苦しそうな白雪さんが声かけた。
「心配いらねぇよ。俺太りにくい体質だし、ちょっと運動すりゃ大丈夫さ」
そんなわけないだろう……と言いたいところだが事実だ。父さんはバイキングで三人前はいくくらい大量に料理を平らげても全く太らない。その証拠に僕が十五年以上生きてきた中で、父さんが太ったところなど見たことがない。
「父さんならグルメレポーターになれるよ絶対」
彰の冗談に僕たちは笑ってしまった。
* * *
こうして、長かったような一日が終わり、僕たちは就寝した。僕が窓際で、隣から白雪さん、父さん、彰の順番で寝ることとなった。
僕もとにかく疲れていて、眠りにつくのは難しいことじゃなかった。けど、目が覚めるのも早かった。時計を見てみると午前3時。普段ならまだ目を覚ましてすらいない時間だ。僕は周囲を見渡してみたが、誰も起きているようには見えない。全員布団の中だ。とりあえず二度寝しようと思い、もう一度布団の中に入った。
……がその時、隣にいた白雪さんがこちらまで横に転がってきた。そのまま毛布の間をかいくぐり、僕のそばで密着するような形になった。
「え、ちょ……白雪さん」
いくら寝ているとはいえ、僕はただ今、女の子と密着している。心臓の鼓動が加速する。
「ん……」
かわいい声をもらしながら白雪さんはさらに僕の右肩あたりの袖をつかんだ。
僕はもう何がなんだかわからなくなってきた。急に近づいてきたと思ったらこんなに密着して……。嬉しいのだか悲しいのだかよくわからない。心臓はもうバクバクだ。女性特有の甘い香りがさらに僕を混乱らせる。
「ちょっと……」
僕は白雪さんを引き離そうとしてみたが、相手は袖をギュッとつかんだままはなそうとしない。僕たち四人は寝る前に浴衣を着たのだが、このまま離そうとしたら絶対に脱げてしまう。仕方なく僕はそのままの状態でいることにした。
しばらくすると、白雪さんが何かを小声で呟いた。耳を傾けてよく聞いてみると、白雪さんはこう言っていた。
「……パパ……ママ……」
パパ、ママとは父と母のことだろう。もしかして、夢の中にその二人が出ているのだろうか。
「置いてかないで……私も連れてって……」
白雪さんはとある事情で一時期は孤児院にいたことは父さんから聞いている。どういういきさつでそうなったのかまでは言ってくれなかったけど、もしかしたらそれと関係しているのだろうか。
「私……を……に……しないで……」
とても小さな声だったのでよく聞こえない。だけど、僕はそれ以上のことは詮索してはいけないような気がしてきた。僕は目を閉じ、再び眠りに落ちるのを静かに待った。
* * *
「裕志さん、もう朝ですよ。起きてくださーい」
「おい裕志、いい加減起きろって」
「兄ちゃん、早く起きてよー」
聞き覚えのある声たちに導かれるように目を開けると、そこには白雪さんと父さんと彰がいた。
「うーん……」
僕はのびをした。外はすっかり明るくなっている。
「やっと起きたー」
彰があきれるように言った。
「裕志さん、おはようございます」
白雪さんが笑顔で僕を見る。
「あ、おはようございます」
我ながら眠気の払いきれてない声だ。
「よーし、さっさと朝飯食って、今日も午前中は楽しもうぜ!」
「はい!」
「うん!」
三人ともとっても張り切っている。どうやら彰はもう大丈夫そうだ。だけど、今それ以上に気になるのは……。
「じゃあ裕志さん、私は外に出ますから早く着替えてくださいね」
忘れやしない。今から五時間ほど前の白雪さんのこと……。だけど、やっぱり今白雪さんの過去を聞くのはいけないと思う。人間には掘られたくない記憶が誰でもあるのだから。そういうのを掘り出すのは本人がやることだ。
「どうした裕志、まだ寝ぼけてんか?」
「えっ、あ、いや別に?」
急に父さんが話しかけられてビックリしてしまった。まあいい、今はさっさと着替えよう。そう思うことにした。
* * *
こうして、楽しかった家族旅行も無事終わり、残り二日のゴールデンウィークもあっという間に過ぎ去った。




