第10話『久しぶりにトラブル』
それから、白雪さんの超絶的な手料理に驚かされ、中学の時と何一つ変わらない授業を受け、床に就く。そんな風に過ぎていく日々の中、僕は未だに久永さんと気兼ねなく会話することができなかった。すれちがったら挨拶くらいは交わせるようにはなったけど、面と向き合いながら話したのはこの前の土曜日が最後だ。上手くいかないのだ、話し掛けようと思えば思うほどに…。
だけど、まだ四月も真っ只中の時期にあんな面倒事が起こるとは、この時僕は思いもしなかった。きっかけは、ある木曜日のことだった……。
***
開放感に見舞われる放課後、僕は本を借りにいくために図書室へと行った。まあ、久永さんに会えるかもしれないっていう小さな希望も抱いていたのだが…。
しかしいなかった。でも時間を置いたら会えるかも知れないと思った僕は、一時間ほど粘ってみた。だが来なかった。そういえば、久永さんがどれくらいの頻度で図書室に足を運ぶのか僕は知らない。本人に聞いておけばよかったな……。
このままでは時間の無駄だと悟った僕は、適当に本を借りて帰ることにした。がっかりしながら廊下に出ると、そこには空気を読まない天然パーマくんが立っていた。
「よーっす、ヒロちゃん!調子どうだ?」
トモだ。こいつとは十年という長い付き合いだから、大体察しはつく。また何かよからぬことをたくらんで、僕も巻き添えにしようという寸法なのだろう……。
めんどくさいので素通りしてみようと試みたが、トモの反応の方が速かった。
「って、オイオイオイ!無視んなって……」
左手でツッコミを入れられた。
「このストーカー……」
ツッコミの返答とばかりに僕は冷たくそう言った。
「なっ、俺のどこがストーカーなんだ!?」
「どこからどう見たってお前はストーカーだ」
「おいおい、そんな漠然と言うなよ……」
山口智弘よ、いくら昔からの馴染みといえど、放課後に一時間も僕を待てるはずがない。そう、厄介でかつとんでもないことを押しかけない限りは……。
「そういえば、優奈は?」
せめてもの望みで僕は尋ねてみた。
「ああ。あいつ、今日からラクロスに打ち込むんだとよ」
優奈は中学時代ずっとラクロス部に所属していた。そして、高校生になっても続けたいとのことであった。まさか現実になるとは……。
実際に優奈がラクロスしている所を見たことはあまりないが、見た感じどうも下手の横好きのようである。まあ、本人がいいならそれでいいと思うけどさ。
「ハァ……」
僕はため息をついた。優奈がいないとなると、どうやら僕一人でコイツの面倒を背負わなければならないようだ。今日はついてない。
「それで、今日はどんな厄介事に巻き込むつもり?」
「厄介事って、人聞き悪ぃなあ……」
いや、これくらいが調度良い表現だ。相手は苦笑いしているが、僕は冗談を言ってるわけではない。
「あのな、実は俺、写真部に入部したんだ」
「えっ、サッカー部じゃなくて?」
これは優奈でも驚くことだろう。
こいつはサッカーが化け物並に上手く、小学生のときには「大学になってもずっとサッカー部でいる!」とかほざいてたほどのサッカーオタクである。
一体どういう心境の変化が起きたというんだ?
「まあ、サッカーは諦めたわけじゃねーんだけど」
「じゃあ何で?」
「なんつーか、わざわざ学校で毎日サッカーしなくてもいいんじゃねえかと思ってさ。そもそもサッカーっつーのは……」
ここからは、かなり長いことサッカーに対する熱意を語られたので省略する。
***
「んで、文化部に限定して、俺がイイと思ったやつを探してたんだ。そしたらついに見つかったんだ」
「……」
トモの長話を聞く気すら無く、僕はずっと上の空だった。
「それが、写真部だったというわけだ!」
「……」
「おーい、ヒロちゃん?」
「え、あっそう?」
「あっそうって……。お前さぁ、もうちょいマシなリアクションしてくれよな……」
だったら長話をやめればいいのに。第一、僕にそんなものを求めること自体が間違っている。
「ああ、失礼。それで、何で写真部に入部したの?」
「それなんだがな……。俺、実はミッション・インポッシブルが好きなんだけどよー」
「それと写真部に何の関係が……」
「極限の危険を犯して何か行動するってしびれてくるだろ。ここの写真部もよぉ、様々な危険を乗り越えて美しい景色やらを撮っていくんだとさ」
このもずく頭、盗撮のことを何か勘違いしてはいないだろうか。
「いやいや、危ないことしてまで写真撮るなんて、もうそれ部活じゃないじゃん」
盗撮と直接言うのも気が引けたので、ここは遠回しに非難してみた。
「まあまあ、そこは気にすんなって。何ならお前もついて来たっていいんだぜ?」
「お断りする」
なぜ僕がそんなことしなくちゃならないんだ? 意味不明だ。
「うう、そうか……。まあとにかく、そういういきさつで写真部に入部したってわけだ。そこでだ……」
さあ、一体どんな頼み事で僕を困らせるつもりだ?
「お前ん家のパソコン、使わしてくれねぇか?」
「ええ、なんでだよ? お前ん家のを使えよ!」
「無理っていったら、お前が浮気してることバラすぞ?」
「は?」
何を言っているのかわからない。僕は久永さん一筋だぞ?
「とぼけても無駄だぞ。この前の日曜日、お前がすんげーかわいい女の子と一緒にいたのを見たんだからな……」
トモはニヤケながら、しかしどこか恐ろしいオーラを発しながら言った。
すんげーかわいい女の子、そして日曜日に一緒にいた。それはもう推理力の低い僕でもわかる。白雪さんだ……。事情を知らないトモは、完全に誤解している……。
***
というわけで、今僕は帰宅している。必要のないおまけ付きで……。だがこれはもはや、おまけという名の危険物である。最も白雪さんの存在を知られてはいけない人物なのだから。
「最初っからそうOKしてくれりゃいいんだよ!」
シリアスに思考を巡らす僕とは対称的に、トモは非常にウキウキしていた様子であった。猿じゃないんだから少しは落ち着いてほしいものだ……。
「ねえ、人の家にお邪魔するだけなのに張り切りすぎじゃない?」
「だってよー、4月からお前ん家に行ってないから、実に16日ぶりに来るんだぜ?楽しみに決まってんだろ!」
僕ん家のどこが好きでそんなセリフかましているのだろうか……。
「それに、お前の浮気相手のことも気になるしな……」
トモはまたもや暗い色彩を持つニヤケ面を僕に見せてきた。
「だから違うんだって!」
「へっへーん! どうだかなー」
問いただしてみたところ、日曜日に行ったあのシフレにはトモも来ていたらしい。フードコートにいたところを目撃されたようだが、肝心のあの事故を見られていないと知ったときは正直安心した。もうあの失態は思い出したくもないのだから……。
「いやーしかしカメラ持ってこなかったのはホントに失敗だったなー。ケータイも充電切れちまってたし……」
幸運にも証拠写真は一枚も撮られてないようで、僕は大きく安堵した。もし撮られてたら非常に面倒なことになっていただろう。
「……」
僕はトモを軽く睨んだ。
とりあえずトモには、白雪さんが浮気相手ではなく、親戚だと言っておいた(名前は伏せて)。だが、今もなお全く信じてくれない。僕が嘘をついてると未だに勘違いしているようだ。
「大体さぁ、たかがCD-ROMを開くだけなのに、なんで僕ん家でするんだよ?」
トモのお願いというのは、写真部部長から貰ったという何やら怪しげなCD-ROMを閲覧するということ、ただそれだけのことである。
「俺ん家のパソコン修理に出しててよ……」
「そうにしたって、学校で見たらいいじゃん。何で僕ん家なんだよ?」
「まあまあ、細かいこと気にすんなって!」
トモの考えてることは大体わかった。CDーROMはただの前置きで、本当は白雪さんについて聞くつもりなんだろう。僕が甘かったとはいえ、トモはトモで変な風に解釈するし……。はぁ、最悪……。
***
現在時刻は午後4時半近く。僕とトモは、家の門前にいる。僕は鍵を開けた。
「じゃあ、ちょっと部屋片付けるから、そこで待ってて」
「そんなこといっちゃって、浮気相手をどっかに隠すつもりなんだろ?」
気が付くとトモは家のドアをまさに開けようとしていた。
「ちょっと待てぇーい!」
僕はトモを阻止した。
「なんだよ、ヒロ……」
「向こうで待ってろ……」
声をできるだけ低くしてトモに言い放った。
「……へいへい」
トモは呆れながらも立ち退いてくれた。そして急いで中に入り、瞬時に施錠した。
まずはリビング&台所をチェック!
「まだ誰もいない……」
おそらく白雪さんは買い物に行ってる最中なのだろう。だとしたら、帰ってくるのは5時頃だろう。念のため、他の部屋も虱潰ししてみたが、白雪さんはいなかった。ちょっと安心した。僕は玄関のドアを開けてトモを呼んだ。
「トモー、もういいよー!」
するとトモは
「待ってましたー!!」
と、ダッシュで玄関に入り、靴を脱ぎ散らかしながら家に入り込んで来た。
「アホか……」
僕はそう呟いた。
***
トモがリビングにある家族共有のパソコンで怪しげなCD-ROMを開いている間、僕は自室で部屋着に着替えた。大きなプリントがあるマリンブルーのTシャツに、ベージュの七分丈ズボン。部屋着のなかで、僕が一番気に入ってるコーディネートだ。
すると、着替え終えたまさにその時であった。リビングから僕の名前を叫ぶ声が聞こえた。僕は急いでリビングに急行する。
「どうした、トモ!」
「ヒ、ヒロちゃん……パソコンが……」
トモが焦っている。何事かと思ってパソコンをのぞいてみた。
「な、なんだこりゃー!」
僕は驚愕した。画面中に大量の赤いバツ印が散りばめられていたのだ!
「ちょっとトモ、これウイルスに感染しちゃってるじゃん!」
「えっ、これがウイルスに感染した状態? スゲー!」
「感心してる場合か! 一体何したの?」
「いや、これ開くときパスワードがいるんだけどよー。パスワード忘れたから適当に番号打ってたら、なんかこうなった!」
「このアホー! どうしてくれるんだよ!?」
「えー、んなこと言われても……」
二人でわめき合っていると、玄関のドアが開く音がした……。




