ドS、起業する
大筋ではあるが、今後の予定を決めた令はバルトを呼び出した。彼は娼婦と情事の最中だったため少々不機嫌だ。
「仕事を始めるならば、先ずは事務所が必要だな。バルト、店など商売を行うにはどうすれば良い?」
「あん?良くは知らねぇが、そういうのは商人ギルドでやるもんじゃねぇか?」
「ギルド…組合のようなものか。」
令が思案し若干の間が開く。部屋には陸が抱いている娼婦の甘い呻き声だけが響いていた。
「よし、一度覗いてみるとしよう。」
「適当に何処かの店を乗っ取っちゃえば?」
「いや、どうせならば一から作ってみたい。それにこの国の商業形態を知る良い機会だ。」
話し合った結果、令は商人ギルドへ。陸は娼館に残る事が決まった。令は娼館の店主を洗脳で陸の傀儡に変える。これで実施的な経営者は陸となった。娼館制覇の足掛かりである。
「俺らはどうしたら良いんで?」
「貴様にはいい加減腹を決めて貰おうか。」
「旦那の部下になれってんですか?」
「そうだ。このまま山賊を続けてどうなる?いずれは捕まり縛り首だ。しかし私の元に来れば裏切らない限り良い思いをさせてやる。それこそ傭兵の頃よりな。」
「な、何でそれを!?」
自分の過去を言い当てられたバルトが狼狽える。一度も話した事は無いはずだ。何故分かったのだろう。
「私を侮るな。貴様らを見ていれば分かる。剣の扱い方が慣れているから農民崩れでは無い。それでいて妙に統率が取れている。最初は軍人や騎士の類かとも考えたが品がない。これらの要素から貴様らが傭兵である事は明白だ。」
「な、成る程…さすが旦那。」
「で?どうする?私に下り我が世の春を謳歌するか。それとも山賊として無様に野垂れ死ぬか。選べ。」
「むっ…少し考えさせて下せぇ。」
「煮え切らない奴め。」
バルトの肩には子分達の命運も掛かっている。それを考えると易々とは答えが出なかった。
「では私が帰ってくるまでに決めておけ。」
令が商人ギルドへ向かった頃、バルトは娼館の一室に子分達を集めていた。
「お前らの意見を聞きてぇ。このまま山に帰るか。それともレイの旦那に付くかだ。」
子分達は驚いた。バルトが自分達に意見を求めるなど初めての事だからだ。今まで方針は頭目が一方的に決めてきた。そんな彼が尋ねるのだ。余程悩んでいるに違いない。
「あっしは旦那に付くべきだと思いますぜ。」
「けどよ。本当に大丈夫か?使い捨てにされんのがオチじゃねぇか?」
「使い捨てにするために、わざわざこんな手の込んだ真似するかぁ?」
「俺も旦那に付くに賛成だ。あの旦那のお陰で良い女が抱けるんだからな。」
「飯や酒だってそうだぜ。旦那に付いてりゃ食いっぱぐれは無さそうだ。」
口々に意見を述べる子分達。彼らの大半が令派である。
「お前らの気持ちは分かった。これから俺らは旦那の部下になる。反対な奴は居るか?」
バルトの声にザワついていた子分達が黙る。使い捨てではと疑問視する者も明確な根拠は無く、最終的には令に付くべきだと考え直したようだ。
「居ねぇみてぇだな。よぉし!」
覚悟を決めたバルトが膝を叩く。
「一度部下になったからには半端なこたぁしねぇ!今日からあの人が俺らの頭だ!裏切るんじゃねぇぞてめぇら!」
「「「おおおおーー!!」」」
バルト一味が会議を開いている頃、陸は娼館内の娼婦を集め講習を行っていた。男を誘う手段から高ぶらせる仕草や方法など、丁寧にレクチャーしていく。
「ぬふふー。次は腰の使い方を教えるね。全員こっちにお尻を向けてー。」
陸は実践を交え娼婦達の技術向上に努めていく。
「あははっ!娼館サイコー!今度はお口の使い方だよー。」
近くこの娼館の収入が大幅に跳ね上がるのだが、それは彼の努力の賜物であった。
「異世界楽しいー!」
天職を見つけた陸は嬉々として仕事に精を出す。別の意味でも。
一方、商人ギルドへ向かった令は、幾つかの書類に目を通していた。それらには物件についての詳細が記載されていて、間取りや建物の位置、過去の履歴などを細かく吟味していく。
「この物件を見てみたい。案内を頼む。」
「はい。では少々お待ちを。」
令が選んだのは街の大通りに面した場所にある物件だ。人の往来も多いため比較的治安も良く商売に適している。職員に案内され物件を見学した令は、ギルドに戻り契約を交わす。今は手持ちの資金が心許ないため賃貸だが、いずれは購入するつもりだ。能力を使えば簡単に得られるだろうが、そんな無粋な真似はしない。彼にとってはこれから始める商売さえも所詮遊びなのだ。
「決めたぜ旦那。俺らはあんたに付く。」
夕刻、娼館に戻った令の前に子分を従えたバルトが現れそう告げる。
「遅いぞ。まったく…獣の取り柄は俊敏さだというに、これでは鈍重な亀ではないか。」
「面目ねぇ…」
令の毒舌を受けて早まったかなと脳裏に過ぎるバルト。だが後々この決定が間違いではなかったと確信する事になる。
「では先ずは身支度を整えろ。」
「うん?」
バルトは令から投げ渡された袋を見て首を傾げた。中には結構な量の金が入っている。
「それで身なりや装備を整えろと言っている。私の部下になった以上、いつまでも薄汚れた格好でいられては困るのでな。」
一味の格好は上品とは言い難く、特にバルト本人など髭面の強面で近寄り難い面構えだ。
「心配せずともお前たちの容姿が底辺なのは理解している。だがそれでも人に与える印象は大きく変わる筈だ。」
バルト一味が配下に収まった後、令は部下を引っ込ませると洗脳能力について語った。
「人を操れるだって!?なんつー出鱈目な能力だ!」
「極秘事項だ。誰にも話すなよ。まぁ、言えばお前は死ぬがな。」
「ゲッ、やっぱりかよ。しかしやっと合点が行ったぜ。道理で誰も彼も旦那の言うことを聞くはずだ。もしかして村で俺らがヤッた女共も?」
「ああ、村の娘達か。良く働いてくれたな。彼女らも私の役に立てたのだ。光栄だろう。」
「この外道。」
ニンマリしながら令をなじるバルト
「散々楽しんでおいて何を言う。」
「ハッハッハァ!どうやら俺らは最高の頭を見つけたみたいだぜ。」
「だから気付くのが遅いと言っている。」
「しっかし羨ましいぜ。その…洗脳?だっけか?そいつを使えばどんな女でもヤリまくりじゃねぇか。」
「そうだな。私に掛かれば貞淑な人妻や敬虔なシスターでも、一瞬で男に股を開く淫売に早変わりだ。」
「かーっ!是非俺もおこぼれに預かりたいもんだ!」
「それは今後の働き次第だ。」
王都に着いて四日目、令たちは起業に向けて本格的に動き始めていた。部下を三組に分け、一つは事務所の掃除や家具の設置に当たらせる。もう一つは店の宣伝である。交渉屋という馴染みの無い職種の為、客を呼ぶには欠かせない役割だ。最後の一つは陸の店で娼婦の教育だが、これは大いに揉めた。仕事と称して娼婦を抱けるとあって立候補者が絶えなかったのだ。
「ふぅ…やれやれ、役立たずの癖に繁殖力だけは一人前とみえる。」
結局人気職からあぶれた者は、後日担当を代わるという事で問題は落着した。
「レイの旦那!言いつけ通り紙を買ってきましたぜ!」
部下の一人が数十枚の紙を持って戻ってきた。それらは羊皮紙で、現代の木材を原料とした紙には劣るものの、文字を書くには十分だった。
「旦那、何を書いてるんで?」
「広告だ。私達がやろうとしている仕事は馬鹿な一般人には少々難しいのでな。こうして書いておけば分かり易かろう?」
「成る程!さすが旦那。俺らには無い発想だぜ。」
感心するバルトの傍らで名刺も用意しなければと思案する令だった。
「完成だ。おい、これを酒場や商店に片っ端から配り歩け。」
令の作成した広告には以下の様に書かれていた。
『揉め事・商談・交渉、承ります』
誰かと揉めていませんか?貴族との問題や、商売に関する不利益、ならず者からの脅迫等など。貴方が抱える問題の交渉を代行します。代金は成功報酬のみ!交渉失敗時には御代は頂きません!
場所はロッカー街第五地区ウィッシュ通り前
「ぶふっ!」
チラシを読んだバルトが思わず噴出す。
「何がおかしい?」
「いや、文だと旦那でも敬語になるんだなと思いやしてね…。」
「妙な事を気にする奴だ。」
書いてて楽しい。特に令のセリフ。やっぱ私って生粋のドS♪