ドS、労う
翌朝、令と陸は村を出る事にした。令の能力はもっと人口の多い街の方が活用出来るからだ。村人の話では東に進むと十日ほどで王都に着くそうなので、取り敢えずそこを目指す。
「お二人とも道中お気を付けて。」
二人を泊めた村長は上機嫌で彼らを送り出す。娘と孫を慰み者にされたというのにとても満足気だ。勿論、令の洗脳が原因だ。彼にとって二人をもてなすのは至極当然で、無上の喜びだと思うように刷り込まれている。
「世話になったな村長。娘の身体も楽しませて貰ったぞ。」
「それは良う御座いました。不肖の娘では有りますが楽しんで頂けて幸いです。」
「プククッ…」
滑稽な村長の態度が笑いを誘う。令の背後では陸が肩を上下させていた。
「大変だ村長!」
挨拶もそこそこに出発しようとしていたところ、村人が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「山賊がこっちに向かってるってよ!」
「何だと!?」
「薪を取りに行ってたヤンが偶然見つけたんだ!あと半時もしない内に村に来そうだって!」
「くっ…男衆を集めて入り口を閉じろ!」
急いで対策を始める村人達。成り行きを見守っていた令が瞳を煌めかせた。
「ほう…」
「どうする令ちゃん。山賊だってよ。逃げちゃう?」
「いや、捕まえよう。」
「へ?わざわざ守ってやるの?」
意外な令の言葉に首を傾げる陸。今更正義に目覚めた訳でもないだろう。長い付き合いで友人にヒロイズムが欠片も無いのは分かりきっている。彼の思惑は何処にあるのか。
「言ってなかったが、この世界には魔物が生息しているらしい。」
「マジか。そういうのは早めに言ってくれよー。んで?」
「今から来る山賊共に私達の護衛をさせよう。」
「なーるほど!」
当初の予定では村人から何人か引き抜き、護衛に当たらせるつもりでいた。だが荒事ならば山賊の方が使えるはずだ。
「村長、山賊共は私達が引き受けてやる。間違っても打って出るような真似はするな。」
「わ、分かりました。」
「頭目は貴様か?」
村へと続く山道で、令と陸は山賊と思しき連中と対峙していた。数は十五、六人。彼らは令を見るなり周りを取り囲み、いつでも襲い掛かれるよう身構えた。意外に統率が取れている。期待よりは使えそうだと評価する令。
「何だてめぇは?」
「黙れ。臭い口を開くな。貴様が喋る度に空気が澱む。有るのだな獣より獣臭い匂いというものが。」
「し、死にてぇのかてめぇ!」
頭目が黄ばんだ歯を剥き出しにして憤慨する。手にした剣を構え直し今にも飛びかかりそうだ。逆に令は殺気立つ山賊達に気圧される事なく、冷ややかな目で彼らを見つめていた。
「予想通りの反応だな。山賊風情に意外性を求めた私が悪かったようだ。」
令の目が青白い光を放つと、山賊達の身体に異変が起きた。
「う、動けねぇ…。てめぇ!何しやがった!?」
令は能力によって彼らの動きを封じたのだった。そして悠々と剣を奪い取り、その首筋に切っ先を突き付ける。
「私が何をしたかよりも自分の命を心配したらどうだ?はらわたを引きずり出してやろうか?それとも全身の皮を剥いでやろうか?」
「う…うぐ…。」
「ククク…知っているか?人間の皮を剥がす際には、唇から剥ぐと綺麗に剥がせるそうだ。試してみるか?」
冷酷な笑みを浮かべる令。頭目はその顔を睨みつけながらも、ジットリと額に汗を滲ませる。
「てめぇ…何が目的だ?」
「『何が目的でしょうか?』だろう?貴様らの命を握っているのはこちらだ。敬語くらい使えんと寿命を縮める事になるぞ。」
「何が目的でしょうか?」
頭目は屈辱を覚えながらも、言われた通り敬語を口にする。このまま剣を突き刺されれば自分は一環の終わりだ。今は従うしかない。だが身体が自由になったら、この若造を八つ裂きにしてやるつもりだ。
「棒読みなのが気に入らんが、まあ良い。貴様ら、私達の護衛をしろ。」
「護衛だとぉ?」
「そうだ。王都までな。」
「何で俺達がてめぇらを守らなきゃならねぇんだ。ふざけるな!」
「陸。」
「おっけー!」
ドゴッ!!
「ぐほっ!!」
名前を呼ばれた陸が、頭目の脇腹をフック気味に殴りつける。男は身体をくの字に折り曲げ悶絶した。
「ふひょー!無抵抗の人間殴るのは気持ちいいー!!」
「やはり獣は叩いて躾けるしかないようだな。陸、向こうの子分の目が不快だ。二、三人殴り飛ばせ。」
「ま、待て!分かった。護衛すればいいんだな?」
口から胃液を垂らしながら頭目が二人を制止する。
「『護衛させて下さい』だろう?」
「ご、護衛させて下さい。」
「宜しい。陸。」
「何だ。もう降参かー。」
陸は持っていた石をポイと投げ捨てる。威力を増す為に握り込んでいたらしい。
「では行くぞ。」
令が洗脳を解くと山賊達に動きが戻った。しめたとばかりに頭目が令に襲い掛かる。しかし…
「ギャーーーーーーーー!!」
頭目の怪腕が令に届く直前、彼の身体に激痛が奔る。地面を転げ回る頭目を見下ろし令は肩を竦めた。
「やれやれ、もう少し頭を使え。私が何の対策も無しに貴様らを解放する訳がないだろう。私達に危害を加えようとすれば、全身に激痛が奔るようになっている。ついでに言っておくが、私達が死ねば貴様らも絶命するからな。精々護衛に励んでくれたまえ。」
つまり偶然を装ったり、わざと魔物に襲わせる事も出来無いという訳だ。何せ二人が死ねば自分たちも死ぬのだから。山賊たちは生き延びるため、全力で二人を守るしかなかった。
王都を目指して六日目、山賊を伴った令達一行は旅の中継点となる村へと到着していた。宿泊先は令と陸が前回と同様、洗脳した村長の家。そして山賊達は全員、宿屋でザコ寝である。
「くそっ!あの二人だけ良いトコに泊まりやがって。」
宿屋のベッドに寝そべった頭目が悪態を付く。床には子分たちが所狭しと寝そべっていた。
「お頭、本当に奴らを王都まで護衛するんですかい?」
「それしかねぇだろうが。俺らの命はあの野郎に握られてんだ。」
「隙を突いて殺っちまったらどうですかい?」
「馬鹿野郎!んな事したら俺らも死んじまうだろうが!」
「そりゃハッタリ…」
「てめぇらも知ってんだろうが!俺が隙を突いてどうなったか!」
「そ、そんなに痛かったんですかい?」
「ああ、正直死んだ方がマシなくらいだったぜ。あんなのをもう一度食らうのはゴメンだ。多分奴らが死んだら俺達も死ぬってのも嘘じゃねぇな。どういう仕組みかは知らねぇが、さっさと送り届けちまった方が安全だ。」
頭目は返り討ちにあったときの事を思い出し身震いする。令の能力によって痛覚を刺激された彼は地面を転げ回ったのだ。全身を引き裂かれるような痛みは地獄だった。もう少し続いていたら正気は保てなくなっていただろう。
「ほう、獣なりに考えてはいるようだな。」
「誰が獣だっ…ってレイの旦那!?」
部屋を訪ねていた令に気付き、頭目が仰天する。床に寝ていた子分達も彼の登場に素早く道を開けた。
「な、何の御用で?」
「フッ、そう怯えるな。雇い主の私としては、偶には貴様ら護衛を労ってやらねばと思ってな。」
良く見ると令の背後には、彼に付き従うように女たちが並んでいる。彼女らは令が指示すると抱えていた料理や酒を部屋に運び込んだ。
「差し入れだ。感謝しろ。」
「い、いいんですかい?」
「もちろんだ。私は優しい男だからな。それに腹以外も場所も満たしてやるぞ。」
令が連れてきた女達が部屋の中央で服を脱ぎ始める。いずれも令が洗脳した村の娘たちだ。彼女らに課した役目は、山賊たちの下の世話。性欲解消の手助けだ。
「しっかりと旅の疲れを癒やすが良い。」
「「「おおおおおーー!!」」
山賊達はそれぞれ料理、酒、女と目当てのものに群がりだした。
「へへっ、なら俺も。」
「待て。」
宴会を始めた子分の輪に向かう頭目は、令に呼び止められ困惑する。未だに襲った事を根に持っているのだろうか。
「へ?何ですかい?まさか俺だけお預けってこたぁないですよね。」
「愚か者め。だから貴様は獣なのだ。紛いなりにも一味の頭だろう。別室にもっと上等な酒と女を用意してある。」
「マ、マジですかい!?」
わざわざ自分の為に特別待遇を用意しているとは思わなかった頭目。だが喜びと同時に何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
「言っただろう?雇い主として労を労ってやると。私は公明正大な男だからな。」
令は「それに」と付け加え頭目に囁く。
「馬鹿な考えを起こさずに私に尽くせば、もっと良い目を見せてやるぞ。」
「俺らを抱き込もうってのかよ。」
「ククッ…一晩良く考える事だ。接待役の女にはたっぷり楽しませるように伝えてある。」
山賊達が日頃の鬱憤を晴らしている頃、令と陸は宿泊先の村長宅を目指していた。
「宴会までセッティングするなんて珍しいじゃん。どういう風の吹き回し?」
陸は普段の相棒らしからぬ行動に疑問を投げかける。
「雇用主が従業員を労うのがおかしいか?」
惚けた態度で返す令。しかし顔は笑っている。明らかに何かを企んで居そうだった。
「相手が令ちゃんじゃなけりゃねー。んで本音は?」
「フッ、道具はメンテナンスが肝心だからな。イザという時に錆び付いていては使えないだろう?」
「パパッと洗脳しちゃえば良いじゃん。」
「確かにそれも考えたが、操り人形では柔軟性に欠ける。護衛という仕事の性質上、奴らが自発的に動く方が効率的なのでな。」
「へぇー。良く考えてんね。」
「そんな事よりも早く戻るぞ。男臭い場所に長居し過ぎた。鼻が曲がりそうだ。」
「そりゃ大変だ。早く女の子の香りで中和しないと。」
村の女の大半は山賊にあてがったが、上物はちゃっかり自分達で確保していたりする。帰ったらそれらに旅の疲れを落として貰わなければ。
翌日、山賊たちは意気軒昂。士気も高かった。令の計らいにより全員がリフレッシュ出来たようだ。これならば道中も良く働いてくれるだろう。
もっと感想してもイイのに。恥かしがりやさんめ☆