ドS、異世界に流れ着く
再度舞台に明かりが灯る。ステージには以前と同じ男性が一人。片手にワイングラスを持ちながら椅子に腰掛けていた。
「アルコールを嗜みながら失礼する。」
琥珀色の液体をあおり観客席に目を向ける男性。
「まあ、私が礼を尽くすに値する人物が、この中に居るとは思えんがね。」
相変わらずふてぶてしい態度の男性。彼はグラスをテーブルに置き「ふぅ…」と小さく溜め息を洩らした。
「物好きな客だな。諸君らは。仕方無い。私も役目を果たすとしよう。」
男性は立ち上がると漸く本題を語り始める。
「プロローグは終わりを告げ、いよいよ物語は本編へと向かう。異世界へと流れ着いたのは二人の男。一人は頭脳明晰で神に愛されたかの如き才を持ち、もう一人は無類の女好きで機転だけは利くひょうきん者。」
口上が進むにつれて、またも照明は徐々に光を失っていく。
「彼らは未だ自分達が異世界に来たのだとは気付いていない。事実を知った時、どう考え行動するのか…。」
明かりが完全に失われたステージに男性の声が響く。
「諸君は考えなくても良い。ただ阿呆面を晒しながら成り行きを見守りたまえ。客の仕事は物語を楽しむ事だ。愚鈍な君らの心にも琴線の一つくらいあるだろう?私としては君らの感性に期待など一切していないがな。」
「む…」
うつ伏せで倒れていた令は顔を地面から引き剥がすと、朦朧とした頭を振りながら立ち上がる。
「ここは何処だ?」
周囲には巨大な木々が立ち並び、遠くからは虫や鳥の声が聞こえてくる。どうやら森の中らしい。
「どういう事だ?」
先程まで自分は船に乗っていた筈だ。あのまま船が難破したのなら、流れ着くのは島の海岸や浜辺の筈だ。それが森の中という事は誰かに連れてこられたのだろうか?
「良く分からんが舐めた真似をしてくれる。」
誰が自分を運んだのかは分からないが、この落とし前は付けて貰わねば。
「くっ…」
まだ目が回る。あの光の壁に突っ込んだ直後、凄まじい力に引き寄せられ船から投げ出されたのだ。身体が錐揉み状態で落下したのを覚えている。
「あれは…」
少し酔いが覚めた頃、段差になっている地面の先に見覚えのある足を発見した。スニーカーを履いていて八分丈のズボン。
「やはりな。」
駆け寄った場所には、せり出した木の根を枕に眠る友人の姿があった。
「おい!起きろ陸!」
バシバシと陸の頬を叩く。
「んん?令ちゃん…うぷ!?」
目覚めた途端、顔色を青くした陸が嘔吐する。令と同じく激しい揺れに酔ったらしい。
「おろろろろろ~~~~~!!…ふぅ…スッキリした。」
ひとしきり吐いた事で酔いが覚め、意識が鮮明になっていく。
「で、ここは何処なん?」
「分からん。私達は海の上だった筈なのだがな。何故森に居るのかサッパリだ。」
「まあ命があっただけラッキーかな。」
「取り敢えず動くぞ。人里が有れば何とか成るだろう。」
令と陸の二人が目を覚ました森はそれほど深くは無かった。一時間弱歩くと乱立する木々から抜けられ、更にもう一時間進む事で運良く村を発見した。
「令ちゃんてばー。何時までこうしてるつもり?」
「うるさい奴だ。堪え性の無い男はモテないぞ。」
「大丈夫。俺、数で勝負するタイプだから。」
村に着いた令は直ぐには行動を起こさず、村人を注意深く観察していた。
「良し。こんなものだろう。」
小一時間村の様子を窺っていた令が不意に立ち上がる。陸は待ちくたびれ眠りこけていた。
「お?行くの?」
「ああ、この国の言語は理解した。問題ないだろう。」
「えー!?もしかして言葉を覚えてたん?」
「そうだ。さすがの私も会話が出来なくては意志の疎通は難しいからな。」
「すげーな。普通一時間で覚えるかぁ。」
「私をそこいらの凡人と一緒にするな。…という訳で久しぶりにアレをやるぞ。」
「うげっ!もしかして…」
陸が顔を引きつらせる。令の言うアレとは洗脳の能力を応用した技術で、二人はそれを転写と呼んでいる。能力で相手の脳内に知識を刻み込むのだ。これを使えば令の覚えた言語を陸も扱えるようになる。
ただし転写する知識の量や質によって程度は変わるものの、転写を受けた相手は激しい頭痛を伴う。
学生時代、陸はこの能力で令から知識を貰って試験を突破していた。その時は激痛で床をのたうち回ったものだ。
「安心しろ。今回はそこまで痛みは無い。鈍痛がする程度だ。」
「本当にぃ?」
「日本語と同じで基本は母音と子音で構成されているからな。知識量も少ない。馴染むのも早い筈だ。会話が不要というなら止めるが、そうなると日本に帰るまで女はお預けだぞ。」
「しゃっ!ドンと来い!」
頭部の痛みより下半身の快感が優先らしい。令は陸と目を合わせ彼の脳に言語を刻み込む。
「つ~~!やっぱ痛ぇ~~!」
転写による痛みからしゃがみ込む陸。頭を万力で締め付けられている様だった。確かに令の言葉通り長引きはしなかったが、それでも痛いものは痛い。
「ほらシャキッとしろ。行くぞ。」
「厳しいなぁ令ちゃんはー。」
夕刻、令と陸の悪辣コンビは村長の家に居た。令が目を光らせ丁重にお願いすると、快く宿泊を承諾してくれた。しかも夜のお供に令には娘を。陸には孫をあてがってくれるサービス付きだ。
今日の宿が決まると令は夕食前に情報収集に出掛けた。陸はそのまま家に待機。一足先に村長の孫からサービスを受けていた。
「陸、良い話と悪い話があるのだが、どちらから聞きたい?」
「唐突だねー。」
情報収集から戻ってきた令は、膝の上に少女を乗せた陸に問い掛ける。
「うーん…それじゃ悪い話から。」
「うむ…恐らく私達は日本には戻れない。」
「ええ!どういうことー!?」
「ひうっ!!」
陸の上に乗っていた少女が小さく悲鳴を上げる。陸が驚いた拍子に弄っていた手に力を込めたせいだ。
「落ち着け。何故私達が日本に帰れないかというと…」
「うんうん…」
「ここが異世界だからだ。」
「……可哀想に令ちゃん。なまじ頭が良いもんだから一周回って頭が可笑しく…いや、何でもないよ。ほら令ちゃんも一発ヤッてスッキリすれば落ち着くよ。」
「たわけ。この私が暗愚な妄想になど取り付かれたりするか。」
令は暖炉から薪を一本取り出すと陸の目の前に翳す。
「見ろ。」
突然、何の前触れもなく薪に火が付く。
「えーと、手品?」
「違う。魔法だ。情報収集のついでに習ってきたのだ。こんな現象は地球では起きん。それに村人の誰も日本という国を知らなかったのだ。昨今、アマゾンの奥地ですら日本人は居るというのにな。」
「うへ。マジかよ。やっぱあの光の壁が原因?」
「恐らくな。」
令はこの世界が異世界だと薄々ながら気付いていた。森の中で見かけた動植物が、地球では見たことのないものばかりだったからだ。
他にも村人の使う言語を聞いたことが無かったのも、ここが異世界である可能性を示していた。令は10カ国語以上を話せるが、村人の言葉はそのどれにも当てはまらなかったのだ。
極めつけが魔法だ。村を散策している最中、村人の一人が魔法で火を起こしている場面に遭遇したのだ。
これらの事柄から、令はこの世界が異世界だと断定するに至った訳だ。
「それで良い話ってのは?」
「うむ…これはお前なら狂喜するだろう。村人から聞いたのだが、この世界には亜人といわれる人間に極めて近い種族が存在するらしい。」
「亜人?」
「そう。例えばエルフは美形が多く、白い柔らかな肌をしているそうだ。竜人とやらも居るらしい。女は非常にグラマラスな体型をしているそうだ。他にも猫族や犬族、ホビットにドワーフ等々…所謂ファンタジーな種族が居るようだ。」
「おおおおおおうー!そりゃすげー!ようし!こうなったら全種族コンプリート目指しちゃおうぜ令ちゃん!」
地球には戻れないという衝撃的な事実など忘れたかのように、陸は気分を高揚させていた。同時に腰をガクガク振るので跨がっていた少女が嬌声を上げる。
「フッ、お前ならそう言うと思ったぞ。私もこの世界に興味が湧いてきた。文化レベルは低いが、だからこそ色々と楽しめそうだ。」
ひっそりとほくそ笑む令。この世界はまだまだ法律なども曖昧でグレーゾーンも多い。令にとっては絶好の遊び場である。
「わっるい顔してんねー。」
「人の事が言えるか。」
二人は互いに相棒を見つめ笑い合うのだった。
「さて、私も明日に向けて英気を養うとしよう。」
「この娘の母ちゃんも良い身体してたからねー。楽しんで来なよ。」
「ふむ、肉布団くらいには成りそうだな。」
こんなじゃヒロインとか出せないよなぁ(笑)