表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第四章 シンデレラの見る夢は
47/50

47,声をかけてきた男

 

「何って、たいした話じゃないわ。女同士の内緒話よ。ね、アリエルさん」


 アンナがクスクスと軽やかな笑い声を上げながら、アリエルに目配せをしてくる。しかし、ジュールはアリエルの存在を頑なに無視しているようで、アンナの前に仁王立ちになり、彼女のことしか見ていない。少しも絡み合わない視線が雄弁に語っていた。アリエルには何の用もないのだと。


(何よ……、何よ、その態度)


 苛立つ気持ちを止められない。彼を友人だと信じていた過去の自分が、酷く惨めに思えてくる。真実を隠され、嘘で塗り固められた姿しか見せて貰えていなかった。

 大事な夢の話まで包み隠さず話していた自分とは、何て違いだろう。

 アリエルの話をどんな心情で聞いていたのか、一度尋ねてみたいものだ。もう二度と話す機会などないであろうが。


「何の……、話かな」

 上擦った声でジュールは再度問いかけてきた。勿論アリエルにではない、アンナにだ。

 平然と微笑む年上の侍女に、苛立ちすら覗かせる表情だった。馴れ馴れしい口振りが気に食わない。二人の関係は偽物だったことをこちらは既に聞き及んでいるのに、そのことを知らないジュールは必死で上辺を取り繕っているのだ。

 馬鹿みたいである。

 ジュールはアンナとだけ話がしたいのだろう。それなら自分は文字通り邪魔な存在だ。

 アリエルはざわめく気持ちを押さえ込み、アンナに声をかけた。望み通り、二人にしてやると決めていた。

「アンナさん、お話ならお二人でごゆっくりどうぞ。わたしは席を外します」

「いやだ、あなたがいなくなる必要はないわ。それこそおかしなことになるじゃない」

「えっ?」

 アンナは大げさにおどけてアリエルの提案を却下した。それから彼女は、怪訝な顔で立ちふさがる男を、呆れたように見上げる。

「ねえ、ジュール。話ならもう終わったの。どうしても聞きたいのなら、アリエルさんからお聞きなさいな」

「えっ?」

「えっ?」


 唖然とするアリエル達を置いて、アンナは一方的に話を切り上げる。そして面倒くさそうに手元に目を落とし、立ち上がった。

「ねえ、手を離してよ。人に見られて変な勘ぐり受けたくないの、わたし」

「あ、ああ……」

 ポカンとした情けない顔の男から、彼女は無理やり腕を振りほどくと、フウと大きく息をついた。ジュールの残された手は、所在なさげにあるべき位置に戻っていく。

「じゃあね、アリエルさん。あなたと話が出来てよかった。誤解もとけて本当によかったわ」

 今にも彼女は立ち去らんばかりとなっていた。

 そんな、このままにされるなんてたまらない。アリエルは必死になって呼び止めた。

「待って、アンナさん」

 切羽詰まったジュールの声も追いかけてくる。彼だって、アリエルと残されるのは不本意なのだろう。

「き、君、どこに行くんだ」

 やれやれと言うように、妖艶な美女は二人を振り返った。

「疲れたから休むのよ。あのね、そんなことわたしの勝手でしょ。言いたいことは言ったし、わたしの用事はもう済んだの。あなたにお別れを言うのは今でなくても構わないんだから、もういいでしょ」

 欠伸をこぼしながらアンナは呟く。

「あなた達も、頑張ってね。じゃあ」

 弾むような足取りで食堂を出て行く女性を、二人は途方に暮れて見送るしかなかったのだった。


 何をどう頑張れと言うのだろう。

 あとに残されたのはアリエルとジュールだけ。もう何日もまともに口をきいていない、アリエルとジュールの二人だけだ。

 気まずい時間が流れていく。

 アリエルはどうすればいいのか分からず、戸惑って俯いた。

 すぐ近くに男の気配を感じていた。ジュールも混乱したままのようで、アンナが立ち去ってから一歩も動いていない。いまだにアリエルの側にいるのも、この状況に何の対処も出来ないからであろう。

 彼の存在を意識してしまうと、ますます身動きが取れなくなる。「わたしも行くわ」と言って立ち上がればいいだけなのに、返ってくる返事など無視して足を動かせばいいだけなのに、干からびた喉とかちこちに固まった体が、アリエルから自由を奪っていた。

 こんな状態でジュールと二人きりにされたら八方塞がりだ。アンナは謝っていたが、いまだにアリエルをからかって苛めたいのだろうか。


「……と、アリエル……」

 低い声が聞こえてくる。

 聞き間違いか? ジュールから発せられたみたいであったが……。どうやら彼のことばかり考えていたから、幻聴まで聞こえてきたようだ。

「アリエル、あの……」

 心臓が飛び跳ねる。

 違う、これは幻聴なんかじゃない。今、確かにジュールが彼女の名を呼んでいたのだ。

「な、何……?」

 顔を上げたアリエルは、自分を見下ろすグリーンの瞳に声を失う。

 焦りと不安、その他諸々の感情が明るい色味を打ち消すように、どんよりとその中に浮かんでいた。

「き、君は……」

 息を乱しながら彼は続ける。苦しげな表情にキリリと彼女の胸も痛みを訴えてきた。

 呼吸も忘れて、ジュールの唇に目を奪われていた。彼が何を紡ぎ出すのか、全身で受け止めたかったのである。


「こんなところにいたのか、ジュール!」


 その時、突然ジュールの肩を叩いて誰かが会話に割り込んできた。驚くジュールの横から、ワインで赤らむ頬を隠しもしないで、男がひょこっと顔を覗かせた。

「トム」

 背後から寄りかかってきた同僚に、ジュールは眉を寄せて抗議を示す。だが、男の方は我関せずといった様子だ。かなり酔ってるらしい。

 男は、ジュールと同じ、グルム公爵付き近侍のトムだった。ジュールより一年先輩に当たる、普段は生真面目な印象の男だ。

 トムはほろ酔い気分の浮かれた様で踊るように近づいてきて、呆気に取られる青年の頭をぐしゃぐしゃにかき回して笑った。


「お前、主役がこんなところで引っ込んでたら駄目だろ。皆が呼んでるぞ」

 彼の背後ではジュールの不在に気づいた仲間達が、早く来いよとばかりに手招きをしている。トムは誰よりも早くジュールの居場所に気づいて、こちらへやって来たのだろう。

「さあ、戻ろう。美しいご婦人の側にいたい気持ちは分かるが、あいつらだってお前との別れを惜しんでるんだ」

 アリエルはトムの軽口に耳を疑った。彼女はトムとは親しい間柄ではない。だから彼の性格をよくは知らないが、こんな軽い冗談を口にするような男ではなかった筈だ。

 女性とは一歩引いた付き合いをする奥手の男、それが公爵家に勤める侍女達の一致した意見だった。

 それはジュールも同じだったらしく、トムを窘めるように声をかける。

「かなり飲んでるな。そろそろ控えたらどうだ」

「いいだろ、飲みたい気分なんだ。こんなチャンス滅多にないからな」

 なかなか動こうとしないジュールに、トムはじれたように肩を小突いた。

「そんなことより、ほら、行くぞ」

「し、しかし……」

 ジュールはアリエルを気にして、物憂げな視線をこちらに送ってくる。

 いったい何なのだろう。

 どうしようもない苛立ちで無性に腹が立っていた。今更彼女に何の話があると言うのか。何もありはしない。


(そうよ。本当のことは何一つ、教えてくれなかったくせに)


「早く、お行きになったら。皆さんがお待ちかねよ」

 アリエルは素早く椅子から立ち上がり、彼らに背を向け歩き始める。巻き込まれるのはごめんだった。

「ごきげんよう。わたしはお先に失礼しますね」

 ジュールの顔など見てやるものか。彼を振り切って堂々と出て行くのが、彼女の最後の意地だった。






 一刻も早くあの場所から遠のかなければ。

 アリエルは逃げるように、小走りで階下の通路を駆け抜けていた。

 気がつけばすっかり賑わいから遠ざかっている。灯りの消えた暗い通路に人の気配はなく、誰もがまだ酒盛りを楽しんでいる最中なのであろう。

 主達は約束通り、使用人達に自由を与えてくれていた。侍女や近侍を呼ぶベルが鳴ることは、ただの一度としてなかったのだ。

 だがしかし、そんなありがたい好意にも、アリエルはその恩恵を受けることが出来なかった。彼女は早く時間が立つことをひたすら望み、遂にはしっぽを巻いて逃げ出して来たのだから。


「馬鹿だわ、わたし……」

 足を止め、壁に手をついてその場に屈み込む。

 頬を濡らす涙が疎ましくて仕方ない。どうしてあの男のために、自分はいつまでもこうして泣いてしまうのか。これが心を奪われるということなのか。

 ならばこんな気持ちなどアリエルはいらない。自分には今後一生必要ないものだ。



「ーーどうしたの? そんなところでしゃがんだりして」


 彼女一人しかいない筈の静かな空間で、いきなり背後からその声は聞こえてきた。

 低くしわがれた、妙に響く男の声。

「ひっ」

 アリエルは心臓が壊れるほど驚いて、叫び声を上げる。暗がりで突然声をかけられるのは、思ったよりも怖いものだ。腰が抜けて立ち上がれなくなりそうだった。

「あ、あの……」

 誰なのか? こんな場所まで彼女を追いかけてきたのは。

 いや、追いかけて来たとは限らないが、偶然にしては胡散臭さを感じる。同じ時間帯にあの晩餐から、同じように抜け出していた人物が他にもいたとは思えない。

 それに比べ、彼女を追いかけて来る人物なら心当たりが一人いた。何やら話がありそうだったジュールである。


 アリエルは逸る心臓を宥めるように深呼吸を繰り返した。だが、後ろを振り向いて、ジュールの顔を確認する勇気はどこにもなかった。


「もしかして、俺を待ってたの?」

 得体の知れない相手は彼女の反応など意にも介さず、一歩一歩と距離を詰めてくる。段々と縮まってくる隔たりにアリエルは震え上がった。

「だ、誰? ジ……、ジュール?」

 恐怖心がおさまらなくて思わず声を出す。でも本当は気がついていた。この男はジュールではない。

(誰なの……よ)

「よしてくれ。その名前を出すなんて興ざめだ」

 男が忌々しげに愚痴を漏らした。酒臭い息がアリエルを包み込んでいく。

 男は後ろから手を伸ばし、彼女の体を否応なく抱き締めた。耳元に濡れた唇が触れてくる。ねっとりとした生暖かい感触だった。

「や、やめて……!」

 彼女はすぐ側に寄ってきた男の顔を見て、驚愕のあまり消え入りそうな声を出した。

「ト、トムさん」

「当たり、やっとこっちを向いてくれたね」


 背中から太い腕を回し、我が物顔でアリエルを胸の中に閉じ込める男は、ジュールの同僚で先ほど彼を呼びに来た男、公爵付き近侍のトムだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ