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シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第四章 シンデレラの見る夢は
45/50

45,別れの晩餐 1

 

 その夜の夕食は、珍しく主だった者達が一堂に会して、さながら宴と言った様相を呈していた。


 いつもは別々に食事を取ることが多く、滅多に顔を合わせることがない者同士も、何故か今日は時を同じくして集まっており、人で賑わう狭くるしい食堂の中で、いったいこの騒ぎは何事かと訝しみながらも席に着いている。


 皆の前にはそれぞれ皿の上にヨークシャー・プディングとローストビーフ、脹詰め肉やパイなどが鎮座し、それは決して主達の残り物といった貧相なものではなく、たっぷりと贅沢に盛られた、平素とはまるで違う豪勢な食卓となっていた。

 やがて、執事のハンスが立ち上がって手を鳴らすと、騒がしかった使用人達は口を閉ざして彼に注目した。急に集められたこの奇々怪々な晩餐の目的を、彼が答えてくれると期待したためだった。

 ハンスはコホンと一つ咳払いをして口を開く。


「ええ〜、皆さん、本日もお勤めご苦労様でした。さて、今夜の夕食ですが、旦那様のお客様ヤオ・ハン様のご好意で、このように豪華な晩餐と相成りました。また、あわせて上等なワインの差し入れも頂いております。水で薄めたりしない本物のワインです。充分用意されておりますので、存分に堪能してください」

 執事の言葉に、使用人達の喜びに満ちた歓声が上がる。彼はそれに手を振って応えつつ、挨拶を続けた。

「あ〜、旦那様と奥様からもゆっくり食事を楽しむよう、特別のご配慮とお言葉を頂いてます。今夜は無礼講だと思っていいでしょう。皆、思い思いに楽しんで過ごしてください。え〜、それから……」

「おいおい、ハンスさん。堅苦しい挨拶はもうその辺でいいんじゃないかい? みんな腹空かせているんだしよ、そろそろ始めさせてくれねえか。なあ、みんな」

 酒好きで知られる御者のウェルズが、長引きそうなハンスの言葉を遮り茶々を入れた。ウェルズに先導されあちこちから、「そうだ、そうだ」と同調する声が上がる。

 いい気持ちで口上を述べていたハンスは、彼らに邪魔をされて面白くなかったらしく、ふてくされたような顔になった。

「ふん、気持ちは分かるがもう少し待っていただくよ、ウェルズ。実は今日はもう一つ、大事な報告があるのでね」

 彼は取り澄ました口調をやめて、料理や酒を前にやいのやいのとうるさい面々を無視し、ある人物の名を呼んだ。

「ジュール、来てくれ」

 突然名指しされた近侍に皆が驚き、唖然としてそちらに関心を寄せる中、青年が遠慮がちに立ち上がる。

 それはアリエルの心を波立たせる唯一の男、今では果てしなく遠い存在となった、かつての親友だった。



「ねえ、何だと思います、アリエルさん?」

 アリエルの隣で、目の前の料理に涎を垂らさんばかりに眺めていたリンダが、不思議そうに首を傾げた。

「何かジュールさんから聞いてないんですか?」

 彼女は野次馬根性丸出しでこちらをつついてくる。生来おっとりしていて少し鈍感なところがあるこの少女は、現在のアリエルとジュールの微妙な関係に、どうやら全く気づいてないらしい。

 同僚侍女の不躾とも言える視線から逃れ、無関心を装ってアリエルは答えた。

「……さあ、わたしは何も知らないわ」

 素っ気ない言い種にも、リンダの勘は少しも働かなかったらしい。彼女は呆けた声で不満を漏らしていた。

「ええ〜本当に〜? アリエルさんも知らない話なんですか。仲良しだと思ってたのに嘘でしょう?」

 邪気のない幼い表情で核心を突かれて、何とも言えない気持ちにアリエルは襲われた。リンダの、既に酔っているのではないかと咎めたくなるふわふわと浮ついた声が、傷ついた心臓をそれとは知らず引き裂いていく。

 アリエルは固く唇を噛みしめ、のんきに首を捻る少女から目を逸らすことしか出来なかった。



 目前では、ジュールがようやくハンスの元へたどり着いたところである。


 心身ともにぼろぼろの彼女と違い、彼の方はとても元気そうだ。普段と何ら変わらない様子を見せる青年に、言いようのない腹立ちを覚えた。

 彼は行く先々で親しい者達に捕まって、散々「何をやらかしたんだ?」と呼び止められていた。だから、ハンスの側まで行くのに時間がかかってしまったのだ。

 足止めをくって止まりがちになったのも、彼が思ったよりも大勢の仲間達から受け入れられていた証拠である。

 こと恋愛感情が絡んでしまうとその性格は、一転して冷たいものに変わってしまうみたいだが、本来要領がよく人付き合いの巧みなジュールは、アリエル以外にも、たくさんの仕事仲間から信頼を得ていたらしい。

 彼はアリエルがいなくても少しも困らない。むしろ、下手に好意を向けてくる女友達などいない方がいい。そんなことを考えて、更に傷ついてしまうアリエルがいる。

 やっとの思いでハンスに迎えられたジュールは、照れたように笑っていた。

 野次を飛ばすがごとく声をかけてくる年長者に、頭を下げつつ、苦笑混じりに頬をかいている。

 離れた場所からその姿を見つめるアリエルには、気づく様子もない。


 ヤオ・ハンはジュールに会うためこの地を訪ねてきた人物だ。そんな人物が、公爵家の使用人達にまで気前よく振る舞うこの晩餐に、彼が無関係であるだろうか。いや、関係があるに決まっている。だから、執事のハンスはジュールを呼びつけ、皆の前へ立たせたのだ。


 しかし、アリエルにはその理由に思い当たるものがなかった。

 彼女は主達の会食の途中で退出を余儀なくされており、以降どんな話し合いが行われていたのか知らずにいたのである。


(何の話なのかしら……)


 ハンスの横に立つジュールの姿に、アリエルはどうしようもなく嫌な胸騒ぎを感じていた。



「あ〜、静粛に!」


 ザワザワと騒がしい一団へ向けて、執事のハンスは大仰に喝を飛ばした。このままではいつまで待っても、酒にも、食事にもありつけないだろう。

 慌てて静まる室内の空気に彼は満足げに頷く。ハンスは横に立つジュールを振り返り、微笑みながら問いかけた。

「ジュール、こちらにお世話になって何年になる?」

 小首を傾げ青年が答えた。

「ーー四年になります」

「そうか……、もうそんなになるか……。いや、長いお勤めご苦労だったな」

「ハンスさん。四年はそんなに長くはありませんよ」「はは、そうか……」

 

 年下の青年からの生意気とも言える切り返しにハンスは眉を吊り上げることもなく、「小さいことを言うな」と肩を竦める。

 そして、いったい何の話があるんだと固唾をのんで二人を見守る多くの視線を見下ろし、張りのある声で高らかに宣言した。


「あ〜、皆に報告がある。実はこのジュールだが、近々こちらの屋敷を去ることとなった。今夜は彼の門出を祝って、盛大な宴と洒落込もうじゃないか」




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