表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第四章 シンデレラの見る夢は
43/50

43,親友の別の顔 1

 

 遠方から訪れた異国人は、平坦な面差しをした小柄な男性だった。

 少し白い物が混じる黒髪と、おうとつのあまりない顔に申し訳程度にある小さな黒い瞳。地味な顔立ちは表情もあまり変わることがなく、感情が読みにくい。


 アリエルは、初めて見る異国からの客人に驚いていた。

 遠く海を隔てると、同じ人間でもその容貌は変わっていくものらしい。目や鼻が大きく、はっきりとした顔立ちが多いこちらの人間とは、あまりに違う外見だった。

 客人は話す言語も違うようであるらしく、ややぎこちなく聞こえる癖のある発音で会話をしている。

 しかし、他国の言葉を使えるということは、かなりの知識と教養を兼ね備えた、ひとかどの人物であるのは間違いなかった。


 自国の装束であろうか、派手な色彩の変わった服装を身につけ、男性は夫妻と談笑していた。

 荘園の主である堂々とした振る舞いのグルム公爵と比べると、その風貌はいかにも釣り合いがとれず貧相にも見えたが、夫人の口にした大事な客というのは本当のようで、公爵のもてなしは礼を尽くしたものであった。


 アリエルは厨房より運んできたメインの肉料理を、執事のハンスに手渡すために彼らの側を通った。

 既に前菜を食し、ワインで気分も高揚させているらしい公爵夫妻と客人は、彼女の運んできた料理を頬を緩めて眺めている。


「本日のメインは、柔らかい子牛肉を使ったローストビーフでございます。当家料理長特製の、グレイビーソースをおかけになって召し上がり下さいませ」

 ハンスの宣言に客人は「ほう」と嘆息を漏らす。それから、配膳台の上で薄く切り分けてられていく肉の塊を、無言で見入っていた。

「うちの料理長は味にうるさいんだ。なにしろ食通には有名な隣国で、働いていた経験もあるからね。あなたもきっと気に入るだろう」

 静かになった客人に、公爵は茶目っ気たっぷりに笑いかけている。

「それは、ーー楽しみですな」

 相手も微笑んで返し、和やかな空気が生まれていた。


 しかし、アリエルだけはその空気の外側にいた。

 彼女は公爵の後方に思わず目を奪われて、体を固まらせている。


 ハンスが切り分けたローストビーフの皿を、主の元へと運ぶ男の姿が、今更ながら視界を占領してしまっていた。他の何も目には入らない。


 久しぶりに見る明るい金髪と涼しげな目元。高い鼻筋に堅く結ばれた形のよい唇。洗練された身のこなしで流れるように動いていく長身。

 気がつけば、魅入られたように目で追ってしまう。

 迂闊だった。どうして今まで気にもとめてなかったのか。自分が呼ばれたということは、彼がいることだって容易に想像出来たものを。

 彼女は素早く視線を背け、逃げるように壁際へと退く。


(う、嘘。あなたがいるなんて……)


 公爵の背後には、同じく給仕を命じられたのであろう、ジュールの姿があったのだ。






 主達の食事は落ち着いた雰囲気の中、ゆるやかに進んでいた。


 誰もアリエルの動揺には気づいていない。それはそうだろう。たかが使用人の顔色を気にする人間がいたら、そちらの方がおかしい。当のジュールでさえ、そう見えた。

 彼は平然とした顔で公爵の後方に控えている。向かい合うような位置で立っているのに、アリエルの方を目にする様子はない。

 全くの無視だった。彼は彼女にもう関心すらなかったのだ。


(どうして? わたしがあんなことを言ったから?)


 以前、彼の恋人だった侍女仲間を思い出す。本気になった彼女を冷淡に振って、関係を一方的に終わらせたジュール。その後、彼女ーーエミリーは、失意のまま故郷へと戻って行った。

 あの時の彼女の傷つきようは、端で見ていても痛々しいものだった。アリエルには忘れられない。あれから二年は経つと言うのに。


 それなのにジュールはーー。


 彼は、アリエルが最近そのことを話した時も、彼女の存在すら忘れているようだった。

 信じられないがジュールにとっては、エミリーの記憶など残ってもないと言うことらしい。

 彼にとって大切なのは婚約者だけ。他の女性とはあくまでも遊びでしかなく、それ以外の相手から想いを寄せられても、迷惑でしかないのだ。


(だから……、だからわたしも、もういらないのね?)


 涙が出そうになり、アリエルは懸命にこらえた。こんな大事な場で泣くなど言語道断、もってのほかだ。

 唇を噛みしめ目を見開いて息を止める。滲みそうだった涙が引いていくような気がした。

 ジュールからこんなにはっきり拒絶されるとは、アリエルは思ってもなかった。だが、これが現実なのだ。どんなにつらくとも受け止めて、これからを生きていかなくてはならないだろう。

 だって彼とは今後も同じ館で働いていくのだから。アリエルにはエミリーのように、父や母の元へ帰ることなど出来ない。


 だけどーー、


 いつもより長く感じる主達の食事が、こんなにも恨めしく思えるとは。


「それで、ミスター・ハン。今回の来訪の目的はいったい何ですか?」

 公爵が夫人と目を合わせ、異国の男に問いかける。

「いつもの商談ですよ。ですが着いて早々、国王陛下からお声がかかりましてね、港からすぐに登城する羽目にはなってしまいましたが……」

「陛下に? それはお疲れのところ、大変でしたね」

「いえいえ、国王陛下は上得意様でいらっしゃいますから。今回は珍しい品を携えておりましたので、お土産がてら献上して参りました」 


 客人はヤオ・ハンという名の東方国の商人だった。彼は貧相な体に似合わず、かなりの豪商であるらしい。君主との会見が許されているなど、それなりの地位を、この国でも認められていることが見て取れた。


「ほう、珍しい品をですか。それはまた、陛下が自慢気に披露されるのが目に浮かぶようだ」

 公爵はにこやかに相槌を打つ。

「閣下にもご用意しておりますよ。ですが、同じ物を差し上げたことは、くれぐれもご内密にお願いしますよ」

「それは有り難い。なんであろう、楽しみだな。なに、わたしとあなたの仲だ。陛下には絶対にバレないよう気をつける」

 ヤオ・ハンは夫人の方にも抜け目ない笑みを向けて、口を開いた。

「勿論、奥様にも贈り物をご用意しております。またそれとは別に、ご婦人が喜びそうな商品も持参してきておりますので、目を通していただければこの上ない喜びではありますが……」

「まあ、お上手な方ね」

 夫人は目を輝かせてヤオ・ハンを見返した。東方国のアクセサリーは、貴婦人方の間でも持て囃されている珍品だ。彼女はすっかりハンの申し出に機嫌をよくしていた。

 客人を交えて、公爵夫妻の軽やかな笑い声が広がっていく。

 

「それで商談と言ってたが、それはもう済んだのかね?」

 執事が注ぎ足したワインを口に含みながら、公爵は質問を重ねた。

「ええ、久しぶりにチェスターと会うことが出来ました。彼は相変わらず気が若い。有り余るほどの熱意で数々のプランを聞かされ、わたしは驚きましたよ」

「チェスター・アーバンと会ったのか? いや、わたしも長らく彼とは会っていないんだ。彼の息子のカエサルとは、たまに連絡を取ることもあるのだが……、そうか……」

「ええ、チェスターは昔と変わらずエネルギッシュでした。気分はいまだ現役なのでしょう」

 ヤオ・ハンは微かに笑い声を上げて、ナイフとフォークを置いた。

「実はわたしが今日こちらを訪ねたのは、彼の血を引く人物に会いたかったからなのです」

「なに?」

「聞いたのですよ。なんでも若かりし頃のチェスターにそっくりだとか。彼はこちらへ預けていると言っていました。会ってやってほしいとわたしに言ってくれたのです」

 公爵はナプキンで口元を拭い、思案するかのように唇を閉じる。黙り込む公爵に追い討ちをかけるがごとく、ハンは強固に頼み込んだ。

「閣下、お願いいたします。わたしにその人物を紹介してくださいませんか」

 そうかーー、と公爵は呟きをこぼした。

「とうとうその時が来たと言うことなんだな……」

 苦笑を浮かべて、公爵は背後を振り返る。


 彼の後ろには誰もいなかった。壁と同化したように静かに佇む、ただの使用人が控えているだけだった。

 不穏な気配を感じてアリエルは顔を上げた。言いようのない嫌な予感が胸に広がっていく。


(な……に? なんなの?)


 ジュールが目を大きく開けてこちらを見つめていた。戸惑うアリエルと、呼応するかのように揺らぐ瞳。それは今日初めて、二人の視線が重なり合った瞬間だった。


「ジュール」

 公爵の声が、静まり返った室内に響く。

「は、はい」

 彼が慌てたように声を返して、アリエルだけでなく、他の使用人からも息をのむ音が聞こえた。

「こちらへ」

 公爵に呼ばれたジュールは、目を伏せてアリエルから視線を逸らすと、「た、ただ今」と答え主の元へ急いで駆け寄る。

「ミスター・ハン」

 公爵は満足そうに横に立つ近侍を見上げて微笑んだ。

「これがその男です。チェスター・アーバンの孫、ジュリアスですよ」




本文内に出てきた、ジュールとエミリーという女性とのエピソードは、第一話にアリエルの会話の中でチラリと出てきたものです。


一話を投稿して随分時間が開いてますので、ご説明させていただきました(申し訳ございません)。

どうぞ、ご了承くださいませ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ