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シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第三章 初恋の王子様
36/50

36,裏切りへの報い

 

「ジュールさん、どうしてなんですか」

 リンダは責めるような視線を向けたまま、ランドリールームに入って来る。

 普段はアリエルの陰に隠れるようにして、赤く染まった頬を覗かせはにかむ少女。そんなあどけない容貌を持つ少女が、彼をまっすぐに見上げて睨んでいた。

「どうしてって、何のこと?」

 ジュールはリチャードの夜会服からアイロンを外し、側にあった洋服かけに吊しながら尋ねた。どうやら話は長くなりそうだ。ひとまず、手元の作業の手を止める。

「とぼけないでください。アリエルさんとのことです」

 しかし、リンダはにこりともせず彼を見据えてきた。厳しいとも言えるその目つきが、和らぐことはない。

「アリエル……さんとのこと?」

 見に覚えのないことだ。目の前にいる少女が何に憤りを感じているのか、彼にはさっぱり分からない。

「そうです。どうしてアリエルさんをしっかりと掴まえていないのですか。どうしてみすみす、他の男なんかと親しくさせるんですか」

「ええっ?」

「お二人はお互いに想い合っているのでしょう? なのに、どうして……」

「ちょ、ちょっと、待ってくれよ」

 ジュールは慌てて、興奮するあまり益々声が高くなるリンダを遮った。

 少女の頬がプクッと膨れてむくれた表情になる。言葉を中断されとても不満そうだ。

 彼は落ち着こうと前髪を軽くかきむしりながら、深呼吸を繰り返した。

 リンダは何と言ったのか。ジュールとアリエルが想い合っていると口走っていた。

「リンダさん、君、何言って……」

 何故そんなことを急に言いだしたのだろう。決めつけるかのような強引な言い方はリンダらしくない。ジュールはそんなに彼女と親しい訳ではないが、こんな言動をするイメージはなかった。

「あのね、君ーー」

 リンダの誤解を解こうとして、一つの可能性に突き当たり、彼は緊張のため喉が引きつるのを感じた。もしかしてーー。

「……と、アリエル……さんに、そう、聞いたの……?」 

 掠れて途切れがちな声が出る。自分でも思った以上に動揺しているみたいだった。

「いいえ、そうではありません」

 しかし、リンダはジュールの予想をきっぱりと否定して首を振る。

「アリエルさんは違うとおっしゃったわ。でもそれは嘘だとわたしには分かるんです」

「えっ、う、嘘……?」

「はい」

 拍子抜けしてジュールはため息を吐いた。なんだ、やはり彼女の独断と偏見の末の誤解か。

 それはそうだと自戒の笑みすらこぼれてくる。

 あのアリエルがジュールとの仲を他人に吹聴する筈がない。ましてや想い合ってるなどと、そんなでたらめを言う訳ないのだ。

 彼女は代わりに、迷惑を被っていると不満を漏らしていた。自分達は周りに誤解を与えているから困るのだと。

 話半分に聞いていたが、本当だったのだ。これからは出来るだけ気をつけなければならないだろう。彼は戒めるように自らに心の中で言い聞かせる。

 必要以上にアリエルと仲良くするのをよしとしない人物が、彼の身近にもいたのだから。

 だが、今の疎遠となったジュールとアリエルの仲には、いらない心配かもしれないが。


「えっと、じゃあ何故かな? 何故君は僕達のことをそう思うのかい?」

 とにかく今はこの少女の誤解を解かねばならまい。

「ジュールさん、往生際が悪いです。アリエルさんがかわいそう」

「あのね……、リンダさん」

 聞く耳を持たないとはこのことか。リンダは自分の出した答のみを正義と信じて疑いもしない。

「それは君の勘違いでーー」

「いい加減に認めてください! 二人とも馬鹿みたい。間に他の人間を入れるなんて本当に馬鹿みたいです」

「えっ?」

「どうして朝のデートに他人まで入れるんですか? わたしなら絶対そんなことしません。好きな人とは二人きりで逢いたいです、違いますか? しかもその相手がよりにもよって若様だなんて、裏切り以外の何物でもありません」

 取り乱したように呟くリンダの肩を、ジュールは激しく掴んだ。

「ちょっと待ってよ、今のどういうこと?」

「え、あ、あの……」

 リンダは涙ぐみながら、要領を得ない言葉を繰り返している。

「わたし何言って……い、いえこれは、あの……」

 不意にジュールは気がついた。

「まさかリンダさん、今朝の僕らを見ていたのか? だから突然奥様があんなことを」

「ち、違います、わたしは……」

 リンダはジュールの視線から逃れるように瞳を移ろわせていたが、やがて「ごめんなさい」と観念したように頭を下げた。

 小さな肩を震わせて、彼女はその場に崩れ落ちる。

「だってだって、わたしアリエルさんに腹が立って仕方なかったんです。アリエルさんはわたしに何も言ってくれなかったんですよ。わたしなんか奥様に睨まれて毎日責められているのに、その原因であるアリエルさんは陰で若様と親密になっているなんて……。だからわたし、アリエルさんなんか奥様に懲らしめてもらえばいいって、そう思ってしまったんです」

 リンダはエプロンを顔に押し当て息をついた。涙混じりのくぐもった鼻声が聞こえてくる。

「お二人が何を考えているのか分かりません。どうしてアリエルさんは若様と? お二人は恋人なんでしょう? なのにどうして……」

「ち、違うよ、僕達はただの友人同士だよ」

「そんなの変です」

 リンダは涙と鼻水で赤く腫れた顔を上げ、ジュールを睨んだ。

「ただの友人なだけで、毎朝バラ園で会ってるなんておかしいです」

「……おかしいと言われても、事実なんだから仕方ない。でも、どうして君がそのことを知ってるの?」

 面食らいながらも青年が尋ねると、リンダは渋々といった様子で声を出した。

「ベンに聞きました。でもそれより以前から、何となく分かってましたけど」 

「ベンて……」

 ベンというのは馬番の少年だ。リチャードが大怪我をして帰って来た日に、彼の姿を一番最初に発見した少年の名前ではないか。

 そう言えばあの少年は、仕事前の筈なのにバラ園の辺りをうろついていた。確か花を見に来ていたと理由を説明していたが、それが習慣づいていてジュール達の姿をいつも見かけていたのかもしれない。

「そうか……」

 ジュールはリンダに手を貸し、体を起こすのを手伝う。

「今朝の僕達を見ていたのは彼だったんだね」

 リンダはエプロンで顔を拭いながら頷いた。声にならない声が彼女から漏れ聞こえてくる。

「あの時間帯にも人目があったのか。ベン以外にも見られていたのかもしれないな」

「……それは多分大丈夫です。庭師のポールさん達がいない時だから、ベンはあそこにいた訳ですから」

 ジュールの無言の眼差しを受け止めて、リンダは気まずげに目を伏せた。ベンと自分は親しい間柄だと、今の発言は発表したようなものだと気づいたのだろう。

「なるほどね、ベンはバラを見に来ていたのではなく、盗みに来てたのか……」

 彼の前で少女がピクリと背中を固まらせる。

「好きな女の子にあげたくてーー、そうなんだろう?」

 リンダがわあっと大きな泣き声を上げた。その声がランドリールームに反響する。

「許してください、わたしが彼につい甘えて言ってしまったんです! 冗談のつもりだったんですけど、彼が持って来てくれたバラの花にわたしが喜んだものだから、彼もとても嬉しかったらしくて、それでずるずるとやめられなくなってしまって」

「僕は旦那様でも奥様でもない。だから君達を罰することも許すことも出来ないけどーー、もう二度としては駄目だ。分かるよね?」

「はい……」

「君はベンに僕達のことを聞いた。それで奥様に告げたんだろう?」

「はい、本当に申し訳ございませんでした。本当に本当に、わたし……」

 溢れ出る鼻水と涙で、彼女は息をするのも大変そうだった。ジュールは何かないかと体をまさぐったが、生憎ハンカチの類が見つからない。

 彼の気配を察知して、リンダは必要ないと手を振り自分のエプロンで鼻を咬んだ。しかし既にエプロンは酷い有り様となっている。

「それで奥様は何とおっしゃったんだ? そうだ、彼女は今どこにいるんだろう」

 公爵夫人がアリエルの裏切りを知った今、彼女の立場は非常に危うい。何しろアリエルはリチャードとの約束を守り、主であるグレースに何も伝えてこなかったのだ。このことを知ったグレースがアリエルに対しどんな処罰を与えるか、簡単に未来が予想出来てジュールは不安に陥った。

 何てことだろう、己は酷い間抜けに違いない。今頃その可能性に行き当たるとは。


「奥様は何も……。アリエルさんにも特に何もおっしゃってないと思います」

「何も言ってないだって? それは本当か」

 彼は焦ってリンダに詰め寄った。

 どうして今まで彼女の処遇について思い当たらなかったのか、自分の迂闊さに歯噛みしたくなるほどだ。

 確かにアリエルはグレースに気に入られている。だがそれは絶対を確約されているものでは、決してない。


「は、はい。わたしも怖くなって……、だってわたしが告げ口したせいでアリエルさんが酷い目に合うなんて嫌ですから。だ、だから、奥様にそれとなくお聞きしたんです。そうしたら奥様は、アリエルさんにいつものようにお客様の接待を任せたとおっしゃられて……」

「いつものように?」

「はい、彼女にはこの件は言わないようにと口止めされました」

「ーーつまり、不問に付すと言うことか」

 ジュールの疑問を交えた呟きにリンダは頷く。

「分かりません、でも多分そうだと……」

 彼は黙り込んでしまった。

 グレースの意図が分からない。何故かは分からないが、グレースはアリエルを見逃すつもりらしい。リチャードを表舞台に引っ張り出すきっかけを作ったのだから、それでよしとしたのだろうか。

「あれ、ちょっと待って」

 その時、大事なことを思い出した気がして、彼は思考を中断した。今にも消え去ってしまいそうな些細な疑念を、注意深く手繰り寄せる。

「ーーと言うことは、もしかしてアリエルさんは……、秘密がバレたことをまだ知らないってこと?」

 きつい眼差しを投げるジュールを、リンダは怯えたように見返し口籠もりながら応えた。

「は、はい……。と言うよりアリエルさんは、今夜のパーティーの意味さえ知らないかもしれません」

「何だって? じゃ、リチャード様がパーティーへ出席することも」

「知らないと思います」


 彼は目を見開いて叫んだ。

「大変だ!」

 突然大声を出したジュールに驚いて、リンダは戸惑ったように立ち尽くしている。

「アリエルは何も知らない、奥様のことも、リチャードのことも……」

 ということはどういうことだ。

 彼女はいつもと同じようにリチャードを訪ねて行くだろう。友人である彼が退屈しているだろうと信じて、何の疑問も不安も感じず扉をノックする筈だ。


 だが、そこにいるリチャードはーー。


 普段の陽気で明るいリチャードとは違って、脆く崩れそうだった友人の姿が脳裏に浮かぶ。

「あいつはきっとアリエルを疑っている。憎い母親に自分のことを明かしたのは彼女だと」


 ボソボソと独り言を呟くジュールを、リンダが不安そうに見上げていた。

「あの……ジュールさん?」

「すまないリンダさん、僕はちょっと用事を思い出した」

 そう言うと、彼は急いでリチャードの夜会服と自分の上着をひっつかむ。呆然と彼を見守るリンダの横を通り過ぎ、今にも通路へと駆け出しそうなジュールの背中に、焦ったような声が届いた。

「ジュールさん、お願いがあります。アリエルさんにごめんなさいと伝えてください。どうかお願いします、わたしが謝っていたと」

 近侍の青年は、肩を震わせる侍女へと振り返って微笑んだ。

「君が自分で言えばいい。きっと彼女も、君に謝りたいと思っている筈だよ」

 

「わ……分かりました」 

 泣きながら返事をしたリンダを見届け、すぐに踵を返したジュールは、リチャードの部屋へと来た道を急ぐ。


 速まらないでいてくれーー


 心の中で大切な友人達に祈るように願いながら。




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