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シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第三章 初恋の王子様
29/50

29,侍女の犯した罪

 

 部屋の中へ入って来たリチャードは、優雅にアリエルへと近づいて来る。まるでダンスでも申し込むかのように、上品で洗練された身のこなしで彼女の前に立った。


「あ、あの」

 冗談ーー、と言いかけて言葉が続かない。目と鼻の先にいる男から逃げることも出来ず、アリエルは凍りついたようにその場に立ち止まる。

「ど、どうして……」

 ようよう絞り出した声は、消えてしまいそうなほど小さいものだった。


「どうして? それはまさに僕の台詞だよ」

 リチャードが目を丸くして鼻先を近づけてきた。

 思わず後退りをするアリエルを、彼はニヤニヤと見下ろしている。

「僕は君を信じていた。君はあのジュールの友人ではあるし、僕を裏切るような人には見えなかったからね」

「裏切る?」

 何のことだろう。アリエルにはさっぱり分からない。もしかして、公爵夫人と会ってほしいと頼んだことが、裏切りとでも見なされてしまったのか。

「お母上様に、お会いしてほしいとお願いしたことは」

「ーーそんなことを言ってるんじゃない!」

 リチャードの怒鳴り声に身がすくんだ。アリエルは口元を押さえて、悲鳴がこぼれそうになるのを懸命に堪える。あの柔らかい印象しかないリチャードが、大声を出して威嚇してきた。これ以上彼を刺激したくない、それだけで叫び出したくなるのを耐えた。

「部屋に沢山の花や、見舞いの品があったのは気づいただろう」

 リチャードが彼女の様子を確かめるかのように、厳しい視線を向けてくる。アリエルは震えながら頷いた。


 花には勿論気がついていた。平素は殺風景な彼の部屋に、溢れるように飾られていた花達。見舞いの品と言うのは、ソファーを取り囲むように積み上げられていた箱のことだろうか。

 だが、見舞いとはどういうことだろう。リチャードの部屋を訪ねるのはアリエル一人ぐらいで、彼女はいつも花束だけしか届けていない。それ以外は、そもそもほとんどの人間が、彼の存在を知らされていなかったのだ。当然見舞いなど、贈る相手はいなかった筈だ。


「あれはね、この館に滞在している客のご令嬢方が持ってきてくれたものなのさ。何人も何人も見舞いと称して訪れるから、あっという間に部屋が一杯になったんだよ」

「えっ、お客様が……?」

 アリエルは驚いてリチャードを見上げた。あまりに驚いたために、彼を恐れていたことまで頭から抜け落ちている。

 それほど衝撃的な一言だった。滞在客が見舞いを持ってリチャードの前へ現れたとは、どういうことなのか。彼は秘匿されていたのではなかったのか。


 どうして、いつ、彼のことが漏れていたのだろう。公爵が隠した息子の存在は、今朝までは昨日までと何ら変わることなく、完璧に隠しおおせていた筈だった。


「彼女達は公爵夫人に了承を得たと言っていたよ。息子が怪我を負って帰ってきたので内密に療養させていたが、もう歩けるほどには傷の方も癒えたので、退屈を持て余しているのを慰めてやってほしい、とそう言われたそうだ」

「そんな、まさか」

 公爵夫人がリチャードの容体を知っていた。だが、アリエルはそのことで、夫人から何も咎められてはいない。グレースの性格上、リチャードに毎日花を届けているアリエルを、黙って見過ごすことなど考えられなかった。俄には信じられない話だと彼女には思えた。


「君は実に演技が上手だね、アリエル」

 リチャードは冷ややかな眼差しを崩そうとしない。混乱して取り乱すアリエルを、冷静に観察して貶めている。

「まるで今初めて知ったと言わんばかりだ。さすがの僕も騙されそうだよ」

「ほ、本当です。わたしは本当に今初めて知って……」

 アリエルは必死になって真実を口にした。

 彼女は本当に誰にも彼のことを伝えていない。主であるグレースにも、同僚であるリンダにも誰にも秘密にしてきた。

 だから本当に驚いているのだ。どうして、グレースはリチャードの現状を知っているのだろう。考えても分からない。本当に少しも分からなかったのだ。

 アリエルーー、とリチャードは憐れむように瞳を和らげる。

「僕達以外の誰が、僕の状態を正確に把握出来ると思う? 僕と君とジュール、三人のうちの誰が、公爵夫人に事実を話せると思うんだ」

「わ、わ、わたし……、わたしでは……」

 考えられるのは自分しかいない。その残酷なまでの現実に、アリエルは打ちのめされそうになる。

 放心して今にも崩れ落ちそうなアリエルを見ながら、青年は頬を緩め苦笑を浮かべた。


「もう観念しろよ、アリエル。君はあの人に頼まれ僕に近づいた。そしてジュールの友人という立場を利用して僕を信用させ、あの人に売ったんだ」


「違います、違い……ます」


 涙を流し首を振る侍女を青年は冷たく見下ろす。その目は何の感情もこもっていない、まさに濁ったガラス玉であった。




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