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シンデレラは夢を見る  作者: にゃーせ
第三章 初恋の王子様
26/50

26,濁ったガラス玉

 

 アリエルは館の中を小走りになって急いでいた。彼女の胸元には、先ほど庭園で摘んできたばかりの、淡い色味のカーネーションが揺れている。瑞々しい花の香りに唇を綻ばせ、一際静かに感じる通路を、彼女は素早く通り過ぎていった。


 突然、今夜特別なパーティーを開くと言ったグレースの命令を受け、アリエルは目の回る忙しさで仕事に追われていた。

 それは、館の主、グルム公爵と夫人との書状の橋渡しに始まり、執事や厨房への伝令、それが済めばグレースの身支度と息をつぐ暇もないほどの慌ただしさであった。リンダは別の仕事を与えられているらしく、それらのことはアリエル一人がこなさなければならなかった。

 そして先ほど、ようやく一段階ついたばかりだったのだ。


 準備があらかた整った公爵夫人は、アリエルが入れた紅茶を優雅に口に運びながら、いつものように、彼女に客人の接待をするよう言い渡してきた。

 ここはもうよいから、自分の支度をしてこいと告げられたのだ。


 彼女は急いで主の元を辞し、部屋を出た。

 僅かに出来たこの自由な時間に、リチャードの部屋を訪ねようと思いついたのである。


(やっと、お花を届けにいけられる)


 パーティーが始まるまでは、少しとはいえまだ時間があった。花を届けたあとすぐに戻れば、何ら問題はないだろう。

 夫人は特別なパーティーをと言ってはいたが、特に変わった注意を受けたわけではない。側に侍る立場としては、いつもと同じで構わない筈だった。それであったら準備に時間はそうかからない。


(少しぐらいなら、ゆっくりお話することが出来るかも)


 朝、しそびれたお願いを今度こそ出来るかもしれない。そう、公爵夫人と会って欲しいと頼み込むことだ。グレースの母親としての愛情を誠意を持って伝えていけば、彼も考えを改めてくれるのではないか。


 それでなくてもよく似た面差しをしている母子なのだ。こんなふうに仲違いをしているなんて寂しすぎる。

 何と言っても夫人の方は、リチャードを心配して案じているのだから。表面にはあまりあらわれてはいないが、アリエルには分かっている。だから自分が彼を説得していけば、きっと。分かってくれる筈だ、彼だって。


(あとは、ジュールが邪魔してこなければいいんだけど……)


 いや、ジュールのことは無視をすればいい。アリエルはリチャード一人に訴えていけばいいのだ。ジュールなど関係ない。あんな薄情な男。


 固い決意を密かに胸に秘め、アリエルはリチャードの部屋を目指した。







 たどり着いた先は、不気味なくらい静まり返っていた。

 だが、この辺りは元々空室が多い。怪我を負った息子を隠すため、公爵はリチャードの周囲に他人を近寄らさないよう配慮をしていた。そのため、昼間でも人の気配を感じないことの方が多い場所だった。


 しかし、今日はそれが妙に気にかかる。


 多分グレースについて、慌ただしくパーティーの用意を手伝ったからだろう。どこに赴いても誰もが忙しげに働いていた。こんな人々の記憶から、まるで忘れ去られた廃墟か何かのように、動きを止めていた場所などなかった。

 緊張しているせいだろう。そんなことが気にかかるのは。


 アリエルは一つ咳払いをすると、物音一つ聞こえてこない扉を背筋を伸ばしてノックをした。

 いよいよ、リチャードに本来の目的を話す時がきたのである。いやでも体が固くなるのはどうしようもない。

 

 しばらくすると扉の向こう側に誰かが立つ気配がした。よかった、無人だった訳ではないらしい。

 だが待てど暮らせど、その人物は何もしようとしてこなかった。まるで固唾をのんで、こちらの様子を窺っているようだった。


 仕方なくアリエルは声をかけた。

「あの……、アリエルです。開けていただけないんでしょうか」


 いきなり、目の前から壁がなくなり開けた空間が現れる。誰かに腕を引っ張られ、強引にその中へ引き込まれた。

 すぐに大きな音を立てて扉が閉まる。

 荒い息を吐く男が横に立って、扉に手をかけていた。アリエルは呆然として男の横顔に目を向けた。


 顔を隠すように乱れて落ちるブラウンの前髪。上質なビロードのシャツは、無造作に釦が外され着崩されていた。見たところ傷の方はだいぶよくなっているようだ。綺麗になった肌が襟刳りから覗いていた。ついこの間まで、痛々しい白い包帯があった場所である。


「リチャード様」

 驚いてアリエルは目の前の人物の名を呼んだ。

 けれど、およそリチャードらしくない出で立ちだと思えた。包帯を巻かれていた時分でさえ、彼はいつも身嗜みがきちんとされていたのである。こんなだらしない格好で、彼女の前に現れたことなどなかった。



 リチャードが黙ったまま顔をずらし、彼女をその視界に入れてきた。


 酷く冷たい澱んだ瞳。

 

 何の感情も感じさせない、濁ったガラス玉のような眼差しだった。




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