第13話 初クエスト 後編
二話連続投稿です
またまた、少し残酷な暴力・流血描写があります。
「そろそろ終わった?」
「終わったよ~」
「私も…」
三人で手分けしたからか大した時間は掛からなかった。
回収したブラウンウルフの犬歯を、まとめてロイがバッグの中に収納するのを確認して一息吐いた。
辺りを見渡すと、先程まで血に塗れたブラウンウルフの死骸がそこここに散乱していたのに、今は見渡してもどこにもない。
どうなっているんだろう?
「魔物はね、動物とは違って元々この世界に存在しない生き物だから。死んで暫らく経ったら、消えちゃうんだよ」
「元々この世界に存在しない?」
「そう、何でも魔物は人の思いとかが固まって魔法を作るはずの大気中の意識のない微精霊がそこに取り込まれて生まれるらしいよ。だから、魔物が死ぬと微精霊が解放されて一度は微精霊も死ぬんだけど世界のどこかでもう一度生まれ変われるんだって。魔物を狩らないとどんどん微精霊が減って魔法が使えなくなるし微精霊がいなくなると生き物は生きられなくなるらしいよ」
「へぇ~。じゃあ、ギルドはそれを防ぐ為に魔物を狩る依頼を受けてるんだ」
「そう言う事。強い魔物はそれだけ多くの微精霊を吸収しているから倒せばかなりの微精霊が解放されるそうよ。まぁ、中には例外として動物の中にも微精霊を吸収する魔物みたいな生き物もいるらしいけど滅多にお目に掛かれる物じゃないらしいし、そういう生き物は元々の体があるから微精霊の力を考えられない使い方をする事からどんなに弱くてもAランクはするらしいわ」
「そうなんだ…」
魔物は微精霊が集って出来ている…でも、倒さないと微精霊はきっと苦しんでいる。
魔物は極力倒して上げた方がいいよね。
「さて、そろそろ帰ろう」
「そうね」
「早めに帰らないと日が暮れちゃうよ!」
そうして帰り支度をして、立ち上がったその時だった。
夕方に近づき、そろそろ空が色を変えようかという時間帯。
先程までは、鳥や虫の鳴き声が所々聞こえて来ていた。
それが今は全くと言っていい程聞こえない。
それに何となく、嫌な予感がする。
「姉さん…何か変だよ…」
「えぇ…分かってるわ」
「…何かが、来る!」
私が何の根拠もないけれども、実践型戦闘学の授業でバズ先生からの最初の一撃を避けた時よりも圧倒的な嫌な予感がしていた。
ギャオオオオオオォォォ!!
木々を揺らし、大気が震える圧倒的な咆哮が森を包む。
その時、頭上を何か大きな黒い塊が高速で通り過ぎて行った。
その風圧で木々は台風の様に斜めになって軋み、前に倒れそうになって何とか踏ん張っていると前方で紅い閃光が走った。
「うわっ!!」
「きゃっ!」
ロイとミルが荒れ狂う熱風の嵐に耐え切れず吹き飛ばされギリギリの所でロイが木の枝を掴んだ。
ロイはミルの腕を掴むと二人は風に煽られて真横に靡く。
そういう私も、咄嗟に刀を地面に刺して踏み止まらなければ危なかっただろうが。
爆風の来た方向を見ると、森の奥が赤々と燃えているのが分かる。
一体何が起こったのだろうか?
やっと風が止んで、二人が地面に降りるのを確認して私も自分の刀を地面から引き抜いて、鞘に収める。
「一体何なの!?」
「見て!森が燃えてる!」
二人も森が燃えているのに気が付いたらしく、慌てている。
「行こう!」
ロイの言葉を聞いて、後に続くようにミルと追いかける。
何があったのか状況を確認する意味でも、この奥に何がいるのかを確認する必要があった。
三人で森の奥、爆風の中心となったであろう方向に向けて走った。
紅蓮に包まれた森の中を木々を避けながら走る。
少し走った所で、森の中には不自然な開けた土地に出た。
そこに待っていたのは、全身が漆黒の鱗に包まれた巨大な龍だった。
「何よあれ…」
「この火災はあの龍のブレスだったみたいだね」
「…」
全身漆黒の強固な鎧のような鱗に覆われた龍は全長15mほどもあり、大きな翼をはためかせて周囲に砂塵を巻き上げる。
牙は鋭くナイフのように突き出し剣山のように並び、爪は大地に抉り込みその破壊力を物語る。
頭には悪魔の様に鋭い角一対、飛ぶとき風を受けない様にか後ろに向かって綺麗な曲線を描いている。
正に破壊の権化とも言えるその姿に自然と身が竦む。
「ふ、二人とも…どうする?」
「どうするって…」
「見て、どうも逃がしてくれる気はなさそうだよ」
話していて目を背けていた龍に視線を戻すと、龍は大きく咆哮を上げる。
近くで聞いたその咆哮は死の宣告。
でもここで終わるつもりは三人にはなかった。
咆哮を終えた龍はこちらに顔を向けると大きく息を吸い込んだ。
「二人とも横に跳んで!」
咄嗟にそう叫ぶと自分も左に跳ぶ。
二人もその声に従って右に跳ぶと直前まで自分たちのいた所を紅蓮の塊が猛スピードで通り過ぎる。
劫火の飛び去った方向を見ると、森の向こうに着弾し渦を巻いて天に巻き上がる巨大な竜巻を作り出した。
「何て威力…!」
「逃げても…無駄だろうね」
「戦うしかない!」
三人は武器を抜いた圧倒的な力を前にして、それでも諦めるわけには行かなかった。
ロイと私は近接戦闘が主のスタイル、全速力で龍に近づき左右からその鱗に包まれた腹部に攻撃を叩き込む。
「か、硬い!」
「刃が通らない!?」
鱗は硬く刀を叩き付けた場所にはキズ一つ付いていなかった。
向こうでも同じ結果なのか、ロイも声を上げる。
「二人とも危ない!」
ミルの声に反応して、転げる様に龍から離れる。
ロイは少し反応するのが遅かったのか、同様に硬い鱗に包まれた尾の鞭の様な強烈な一撃が肩を掠めた。
2mほど飛ばされたロイは受身を取って、剣を握る右腕の肩を抑える。
少し掠めただけとは言え強烈な一撃は、ロイの肩の装甲を一撃で砕き、肩に傷を負わせていた。
龍は傷を負ったロイに狙いを定めたのか鋭い爪の生えた腕をロイに叩き付けようと振り上げた。
「アクアスライサー!」
今にも腕を振り下ろさんとしていた龍の頭部にミルの中級水流呪文アクアスライサーが直撃する。
龍が少しよろめいた隙に、ロイは素早く離れて腰のポーチから回復薬を取り出すと肩に少し掛け、残りを飲んだ。
咆哮を再び挙げた竜に傷は付いていなかった。
「何て馬鹿みたいな強さ…」
「マミ!貴方の魔法なら効くかもしれないわ!」
「わかった!…サンダーソード!」
中級雷撃呪文サンダーソードを龍に向かって叩き付けると、暫らく拮抗した後、ほんの少しだけ胸部の鱗に食い込む。
いける…そう思った時、龍は腕を一振りしサンダーソードを振り払った。
振り払うと同時に地面から数メートル浮き上がり悠然と見下ろす龍。
その姿に余裕すら垣間見えた。
「そんな…」
「マミの一撃でも…傷を付ける程度…」
「うわぁぁ!」
ロイが一人で龍の正面に飛び上がると胸部の先程、サンダーソードで傷を付けた所に自分の剣を突き刺した。
ほんの少し食い込んで、予想もしなかったのか龍は一瞬怯んで大きな翼を羽ばたかせた。
風圧で砂塵が舞う中、ロイは吹き飛ばされてミルにぶつかって縺れる様に倒れる。
私も、二人の横少し離れた所に吹き飛ばされて受身を取り損なって背中から倒れ込んだ。
「はぁ…はぁ…っ!」
「マミ!大丈夫!?」
「な…何とか…」
森の中、まるで隕石が衝突したかの様に木々が薙ぎ倒されて広場の様になっているそこで三人は敵対していた。
三人は傷付き、膝を付き、敵を睨む。
「ロイ、貴方はどうなの?」
「ちょっとヤバイかも…あんまり回復系のアイテム持って来てなかったし……」
頭から少量の血を流しながら、ロイが言うのを忌々しげに聞くミルは悔しそうに自分の短剣を握り締めた。
その時、聞いた者が竦み上がる強烈な咆哮が森に響き渡る。
その咆哮は絶対的な死の象徴。
周りの木々がその咆哮による衝撃で靡き、砂塵が竜巻の様に舞う。
翼をはためかせて空を悠然と浮遊するその圧倒的強者の姿。
咆哮が止んだ時、ソレを見上げると口の中に凶器の様な紅蓮が渦巻いていた。
「このままじゃ…」
「あのブレスを受けたら終わりよ!」
「二人とも避けて!」
横に飛び退きながら叫ぶと、立ち上がろうとしたミルは足を痛めたのかその場にふらりと倒れた。
「姉さん!」
ロイが駆け寄って抱き起こし、肩を組んで離れようとするが怪我をしているロイでは人一人を運ぶには体力が足りなかった。
「ロイ!逃げなさい!貴方だけでも!!」
「そんな事出来ないよ!」
それでも離れようとしない二人に向かって遂に龍のブレスが猛スピードで襲い掛かる。
龍のブレスを受ければ二人は間違いなく跡形もなく吹き飛ぶだろう。
「そんな事は…させない!!」
二人に襲い掛かるブレスの前に立つと、ブレスに向かって思いっきり刀を叩き付ける。
力負けして吹き飛ばされそうになる中を力の限り踏ん張って、刀の柄を握り潰さんばかりに握り締める。
「マミ!!」
後ろからミルの悲鳴の様な声が聞こえる。
圧倒的な熱量で全身から汗が吹き出る。
しかし、刀を放す訳には行かない。
これを手放したが最後、自分も二人も一巻の終わりだ。
「絶対に終わらせたりしない!まだまだ、やりたい事があるんだから!二人を…二人を絶対に守る!!」
叫ぶ様に声を上げる間にも、衝撃が刃になって頬を切り裂くのを感じる。
思いっ切り、ブレスを切り裂くつもりで力を込めると刀の柄に付いていた黄色の宝石が輝いた。
「うあああぁぁぁ!!」
叫びながら振り抜いた刀身は淡く黄色に光り、遂に龍のブレスを切り裂いた。
切り裂かれたブレスは、左右後ろに飛び再び森の奥で爆発するように竜巻を起こす。
「やった!」
「マミ!」
二人の声が聞こえる中、私はそれ所ではなかった。
『貴女の、声が聞こえました…守る為の力が欲しいですか?』
「誰?」
『私は貴女の握る刀に宿る精霊です。守る力を望みますか?』
頭に直接響く女の人の落ち着いた声。
どこか聞くだけで落ち着く神聖な響きに問われる。
『貴女が望むなら、誰かを守る為に力を望むなら力を貸しましょう』
「…力を貸して」
『では、私の…この刀の名前をお呼び下さい。貴女はもう知っているはずです。そう…私の名前は…』
頭の中に知らないはずのこの精霊の名前が浮ぶ。
不思議に思う事などなく、口から零れる様にその名前を呟く。
「『メディウス』」
刀の淡い黄色の光が爆発する様に膨れ上がり、上空の黒い雲を切り裂いて夕焼けの空が見える。
振り上げた刀身が背後から射す夕陽にキラリと輝く。
形の変わった刀は、もう刀と呼べる形をしてはいなかった。
それは自分の身長よりもほんの少しだけ短い長刀…太刀の様な姿に変わっていた。
大きさは倍以上になっている筈なのに、不思議と重さは感じない。
むしろ以前よりも軽くなっている様にさえ感じられた。
私は自分の剣を確認する事もなく龍に向かって駆け出し、その胸の傷に向かって切り付けた。
「やあぁぁ!」
姿の変わった剣によって傷を皮切りにそのまま斜めに龍の胸部の強固な鱗を切断し周囲に鱗が散った。
その瞬間に、龍の口から出る断末魔の叫び。
ギャオオオオォォォォ!!
地響きを立て砂煙を巻き上げながら地面に落ちた龍の右の角を切り上げるように太刀を振り抜く。
龍の角は千切れる様に空中に舞い上がりそこからは赤黒い血液が噴出する。
龍の血液は地面に飛び散り小さな水溜りの様にボタボタと貯まる。
すると龍は先程の叫びに負けない位巨大な咆哮をすると猛烈な速度でその鋭い爪を振り下ろす。
その爪に向かって太刀を振り下ろすと爪が一枚弾け飛び後退した。
太刀を構えて、龍を睨むと一瞬体が深く沈み込み宙にその巨体が再び浮いた。
それに身構えたが、龍は空高く舞い上がって私の背後、沈む夕陽に向かって猛スピードで飛び去って行った。
後には傷付いた私達と燃え盛る森、そして轟く龍の咆哮だけが残っていた。
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