色々
1
「一色―。何ボーっとしてんだ? 妄想でもしてんのか? 青春ですか~?」
何とも気の抜けた声が僕の耳をえぐるがごとく右から左に通り抜ける。ちらりとそちらをいやいやながらに見てみると、予想通り学校一、乙女との甘い青春を夢見ているであろう馬鹿である架場がいた。僕はあからさまに嫌そうな溜息をついて、一旦思考を止める。
「一体全体、何がどうして、クラスの済みで昼休みに一人で灰色の空を眺めているやつが青春を送っているんだ? お前の目は節穴らしいな。それとも脳みそが天国なのか?」
背もたれに身をゆだね、架場から視線を外して灰色の晴天の空を見たまま言った。架場は「ひっどい言い草だな~」とまぁなんとも甘い乙女から嫌われてしまいそうな意地の悪い顔で笑いながら言う。
「本当は三彩さんのことでも考えていたんじゃないのぉ」
言い終わると同時に架場が机と熱い接吻をすることになったのは自然の摂理であると言えよう。
「んで、本題は?」
右手を架場の頭に乗せつつ聞くと、架場はよくそんな体勢で声が通るものだと感心してしまうほどはっきりした声でお昼のお供を申し出た。
架場はこの会話から一部だけのぞけたかもしれないが、大変直球な物言いをする性格であり、オブラートに包むというかオブラート自体を知らないやっかいな性格の持ち主である。この性格で架場は、『新しい学年だね、キャッホーイ!』といった感じに浮かれまくっていた人々の心を切りつけえぐるように傷つけ、新学年でも一カ月を待たずして友達百人できるどころか一人もいなくなってしまったのである。
僕は溜息を深呼吸がごとく吐きだしてから架場から手を離し弁当を机の上に並べた。無言は最強の肯定であるという僕の意思を読み取ったのか、はたまた僕の意思など初めからどうでもよかったのか、ともかくお昼を架場と食べることになった。
「ま、友達がいない同士、浮かないよう努力しようぜ」
持っていたはしで、礼儀作法などなんのその、といったように弁当の中にある灰色の何かを思いっきり串刺しにし、食べる。どうやら唐揚げらしい。
「怒るなよ~。事実だろ~」
「この唐揚げの仲間となるか」
「謹んで遠慮しよう。ま、これあげるから、機嫌直して」
「謹むな」
冷たく言い放つと架場は「もぉ、手厳しいんだから」と何とも気色の悪い声をだしつつ、鞄から灰色のペットボトルに入った灰色の液体を渡してきた。が、手をたたいて遠慮した。
「お気に召さない?」
「前に、ラベルのないぺっとボトルという全く同じくだりで、しょうゆを飲まされたからな。お前に。」
「今日のはもっと甘いだろ~。たぶん」
そういってぐいっと飲んだ。噴き出してくれるなよ願いながらも架場のためにいちいち動くのも癪なのでそのまま黙々と食べ続ける。
「うへー」
気の抜けた声がして視線の目と鼻の先に謎の飲み物が置かれる。架場を見ることはせず、礼儀として聞いてやる。
「中身は?」
「しいたけ茶。反応に困るわ。」
こっちも困る。最後のおかずを口にほおりこみ、ちゃんと自分の水筒を飲む。架場そんな僕を見てはぁと景気の悪い顔にぴったりの溜息を吐いた。
「色があったらこんなことなかったのかねぇ」
「さあな。」
そう返答ともいえぬ返答をし、水筒から出る灰色の液体を飲み込んだ。
僕らは灰色以外の色を知らない。
かつて世界にひろがっていたであろう鮮やかな色たちは、僕らの生まれる六十数年前に消滅してしまった。原因は不明。ただ、その時、その瞬間から世界は色あせ、人々は悲しんだらしい。草も木も人も花も空も鳥も犬も猫も太陽も月も火も水も。全て灰色になった。当時は相当混乱したようだが、今となっては常識だ。悲しくはないかと言われても、常識が悲しいとは甚だおかしな話だろう。
「昔は、人の心を表す心色石なんていうもんもあったんだってなぁ。一色は、どんな色が見てみたい? 俺としては桃色!」
僕は一言もそんなことは聞いていないという嫌味というか毒をはきだそうかと珍しく考えていたら、隣から少々高い声が割り込んできた。
「恋する乙女の好きな色。架場くんらしいセレクトだね」
三彩だった。三彩はセミロング程の髪を二つにくくり、友達が当然のごとくいない架場に、何の抵抗もなく接する唯一無二の未確認生物のような立ち位置の存在である。
「三彩さん、架場は相手にしないほうがいい。馬鹿だからつけあがる。」
「およよよ、さすがわが校の毒蛇こと一色くん。手厳しいねぇ」
「その通りだ。だから友達がいないんだ」
再三言うが、架場に友達なんていない。「お前が言うな」と軽くこづくと「俺は友より恋を求めているだけだ!」と何故か熱弁されたので、もう一度こづいた。そういうなら僕だって友なんて求めてなんかいない。
「全く毒吐き一色はいじわるだなぁ。何かないのかよぉ」
架場に妙なテンションのスイッチが入ったらしく、うりうりと人差し指をでこに押し付けてきた。思い切り手刀で指をたたこうとしたが、ぎりぎりでよけられにやりと笑われた。この野郎。
「ない。」
「あ、寂し! 想像力が足りない今時の若者!」
本当に妙なスイッチが入ったもんだ。僕は平手で架場の頭を叩いて、少々いらいらを抑える。
「お~お~、想像力がないのに暴力を振るうたあ、侘しい世の中~」
「青。見たい色は青。これでいいか、脳内じじい」
早口で最大限のいらいらを伝える。
「あら、ひで~。俺はぴちぴちの高校生だ~。ちなみに青は寂しい心って雑誌に書いてあったぜ」
ぴちぴちなんていう死語を言う奴のどこがぴちぴちだ。そしてどこぞの三流雑誌だ、それは。ともう一度頭をたたく。「自分も言ってやんの」となんとも言えない屁理屈を言い出したのでさらに格闘を続けると、隣から笑い声が聞こえてきた。その声に僕らが止まる。もちろん笑ってるのは三彩である。
「もー、二人ともいちゃつくなよ~、妬いちゃうじゃん」
「三彩の目も節穴だったんだな」
「こんな毒吐きくんはパス」
僕ら二人の言葉にも一切動じることなく三彩はまだ笑っていた。この分だと、三彩の存在を忘れていたことを言っても笑っているのだろうか、いささか興味がわいた。
「いやぁ、三彩さんのこと忘れてたよ。」
一切気が合うなんてことは思わない。架場と同じ思考だなんて全身全霊で否定する。
三彩さんは笑いが止まらないようで口ではひどいと言いつつも笑ったままだった。何分三彩さんは変な人らしいが、そんな変な三彩さんに少しだけ興味がわいた。
2
事件や大きな出来事というのは基本伏線や、長ったらしいプロローグのもと、はじめて起こるものが常識であると僕は架場に説きたいと思うほど、それは唐突だった。
時間は牛も眠る丑三つ時。そういう意味じゃないと昔誰かに指摘された気もするが、あいにく、そいつのことを覚えていないのでまぁ、よしとする。その時間、僕の携帯が初期設定の着信音一の単純な音色を奏でた。正直鳴ったことなど唯の一度もなかったのであまりの驚きに携帯を窓の外に投げそうになったが、プライドとぼやけ気味の理性が止めてくれた。そのまま眠さを振りきって電話にでると、そこからはやたらハイテンションになり高揚ぎみの架場の声が聞こえてきた。その瞬間切ろうとしたのだが、三彩さんの声が聞こえたので、その手は止まった。こちらとしては色々聞きたいことが増大だったのだが、相手側から伝えられた用件は唯一つ。
「ぼっくり神社の裏に至急来い」
なんで僕がという疑問と文句は電話が切れたため伝えることができなかった。誰が行くか、と携帯を投げようとしたが、三彩さんの声が聞こえてきたことを思い出し、洋服に着替えて、外へ出た。
ぼっくり神社とは、高校から自転車で三十五分僕の家から十五分の位置にあり、神社の敷地の松のよこに謎の大きな穴があいている、なんとも田舎らしい小さな神社である。僕は適当なところに自転車を止め、裏へと回る。
「おぉ! やっと来たか一色! 来い来い来いって」
突然のハイテンションにくるりと体の向きを回転させて家の方向へ足を一歩だしたが、架場に腕を掴まれ逃亡は失敗した。
「なんだ、ハイテンションで気持ち悪いぞ。ハイテンションでなくても気持ち悪いけど」
意識して毒を吐いたが僕の頬を「またまた~」などと言いながらつついただけだった。がしりと反対側の腕も掴まれる。横目でそっちを見ると三彩がしがみついていた。
「もぉ、遅いですよ~。はい、こっち、こっち。ゴーゴー!」
こちらも同じくハイテンションで、下がっていく僕のテンションに眉間にしわを寄せながら、やられるがままに引っ張られる。
「お前らなんでこんな時間に一緒なんだよ」
引っ張られながら一番聞きたかったことを聞くと、架場がにやにやと月夜のもと見たらそれはそれは悲鳴が鳴りやまなくなるように笑う。むかついたが蹴ろうにも歩いているし、叩こうにも両手がふさがっているのでぐっと理性を張り付けた。
「あっれ~、気になっちゃってる~? ぷっぷ~愛しの三彩さんとの俺の関係きになっちゃってる~?」
「え~、わたし愛されてるの~、わーい」
「黙れ酔っぱらいども。三彩さんを愛すなら僕はチーズ蒸しパンを愛するよ」
ま、嫌いだけど。この二人は未成年であるので、酔ってるというのは例えのつもりだったのだが、少し酒臭い気がする。飲酒に深夜徘徊ってなんのつもりだよ。
「いやですね~酔ってないですよ、一升しか飲んでませんもーん」
「飲むなよ。お前はあれか、高校生と見せかけた中肉おばさんか」
「やーい、みっちゃんのおばさーん。」
「黙れ脳内じじい。お前も飲んでるだろうが。……みっちゃん?」
されるがままにされていた足を止める。ぼすんと僕の背中に三彩さんが突っ込んでくる。前の架場は「あれ~本気で気づいていなかった~?」となんとも気の抜けた声を得意げな顔でした。
「俺とみっちゃんは~、従兄妹ですよぉ?」
従兄妹? そんな初耳極まりない事実に僕は怪訝な気持ちを全力で顔に出しつつ、「説明を求める」と簡潔に用件を言うと、後ろから三彩さんが説明を始める。
「わたしと~、かーくんはね、従兄妹で、ここの神社の神主のご子息なの~。まあ、学校では色々面倒くさいから、苗字呼びなんだけどね~。んでね~、今日はね~、その親族の飲み会だったんだけど~、すごいものを見つけたんだぁ」
「そー、そー。はい、来る来る~」
と、反論、異論、質問を踏みつぶすように架場が足を進める。連なるように僕と三彩さんが続く。全く持って不機嫌であった。まあ、友達ではないにしろ、そういう大事なことは言っておくのが礼儀だろう。その気持ちを全面的に顔にだしていたのだが、酔っ払いにはそれを読み取る能力がかけているらしく無駄だった。
そんな酔っ払い二人に引っ張られているとゆっくりと架場が松の木の隣に空いた謎の穴の前でとまる。
「ほら、これだ!」
架場の声を合図にしたように三彩さんが手を離し、僕の手は晴れて自由になった。なので架場の頭をひとまず叩いた。
「あだっ。なにするんだ!」
「深夜に二人の酔っ払いに呼び出されて、初耳の事実を聞いて、深夜徘徊で補導の危険性を犯して来て、これか?」
精一杯の悪意と怒りと怨念をこめ、睨む。架場は「ひっどーい」と体をくねらせ、三彩さんに同意を求める。三彩さんは「本当だね」と言い、穴に飛びこむ。穴は人が五人ほど立てるくらいの大きな穴で、深さは三彩さんの鼻あたりまである。
「さて、俺らも。」
架場の馬鹿が僕の腕をつかんだまま穴に飛び込んだ。そのため僕は思い切りしりもちをつくこととなった。決して運動神経が残念なことは関係ないであろう。
「架場。お前、脳みそ沸騰しちゃえよ」
「おわっ、ひどい! さすがに傷ついたし~」
知るか。僕は砂を払いながら、穴をぐるりと見る。すると、三彩さんの立ってる、後ろらへんに木の根っこがはみ出ていた。
「んで、何がすごいんだ? この穴のことならずっと前から知ってるんだけど」
僕が三彩さんと架場を見ると二人は同じようににやりと笑って、手を口の前に持ってきた。確かにこういうところを見たら従兄妹というのも納得ができる。
「この穴はね、俺とみっちゃんでこうして飲み会があるたびに掘り進めてたんだけどよ、今日、初めてこれに行きついたんだ」
「そうで~す。じゃじゃ~ん」
さっと三彩さんと架場が退く。
そこには
色
があった。
「……あ。え?」
なんとも間抜けな声をだしてしまったと、後悔してもこの時には戻れないであろう。でもそのとき僕は確かに感動していた。柄にもなく、ね。
「な、すげーだろ。それ、心色石なんじゃないかーって考えてるんだぜ。はっきりとしたことは分からないんだけどー、たぶん青色に光ってると思う。一色くんが見たいって言ってた色だぜ、おめでとーう」
青色。すっと腕をのばして木の根に守られるようにあった色のついた石にふれる。その時ぱっと石の色が変わる。びくんと思い切り肩を揺らしてしまったが、初めて色を見たという興奮した状態では気分が高揚するのも妙な話ではないであろう。
「おっぉ。また色が変わった。おい馬鹿じゃなくて架場、これは何色か分かるか」
思っていた気持ちがでてきてしまったが関係なく後の架場を見ると、驚くほど寂しそうな目をしていた。似合わない。気色が悪い。高揚、感動していた気持ちがしゅしゅしゅーと小さくなっていく。
「なんだよ、気色悪いな。ったく、三彩さん、これなんて色?」
三彩さんのほうを見ると三彩さんは土がつくことも気にせずに穴の壁にもたれかかってぐっすりと眠っていた。酔いがまわったのだろう。と、なると、ここで話ができるのは僕と架場だけになる。まあ、残念意識的には二人きりである状況ができあがったわけである。僕は未ださびしそうな目をしてる架場に再度聞こうとする。と、そのまえに架場が口を開く。
「それな、桃色って言うんだよ。恋する乙女の色」
「えー、まじかよ。乙女って、お前じゃあるまいし」
「そうだな俺だけだったらよかったな」
「は?」
きっとその時僕の顔には怪訝です、と書かれたようにはっきりと嫌悪を示していたのだろう。架場はそんな僕の顔を見てはぁ、とため息をつく。さっきまでの有頂天はどうしたものか、架場はあまり酔っているようには見えなかった。
「どうした、おかしいぞ。ついに脳みそ沸騰したか。ああ、そうなんだな。ご愁傷さまだ」
納得、納得。しかし桃色かあ。乙女なあ……。
「俺も桃色になった。みっちゃんも桃色になった」
何かをもったいぶるように含みを持たせる架場の言い方に少々いらいらがまわる。何言いだしてんだ?
「……だから、なんだよ」
さぁっと今まで酔っ払い二人のせいで感じなかったまだ少々冷たい夜風が僕の頬をなでる。
「俺はみっちゃんが好き。だから桃色になった。みっちゃんは誰かが好き。だから桃色になった。なあ一色はくんはよぉ、誰が好きで桃色になったわけ? 被ってたりしちゃうのかな?」
灰色のなかの桃色が際立ちまるで燃えているように光っていた。
言葉が出なかった。肯定も否定も何も出てはこなかった。
そして忘れていた
沈黙は最強の肯定である――ということを。
僕らの間に、夜風がふわりとまた吹いた。
少し小難しく書きたいなー
と思って書いた作品。
書いている途中に言葉のボキャブラリーが苦しくなった
この作品。
急展開っぷりが気になる
そんな作品。
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