「病弱だなんて、本当にお気の毒……すぎる!?」
病弱な義妹ネタに挑戦再び。
「病弱だなんて、本当にお気の毒……すぎる!?」
その日、メイリーンは心の底から叫んでいた。
メイリーンには婚約者ができた。
商会をもつそれなりに裕福なマイリア子爵家の次女の自分に見合う、同じ子爵家のトーデマン子爵家の三男のグレアムだ。
お互いに十五歳。まあ、遅くも早くもない婚約だ。
トーデマン家は代々騎士のお家で、グレアムも行く行くは騎士団に入る予定で。
子爵位の次女と三男ならば、ほどほどに同格の良い位置関係の婚約だ。
もしもお互いに政略で上に上にと望むお家ならば難しいが、今は商売が安定していてヘタに口出ししてくる親戚が欲しくないマイリア家には、無難な脳筋――お金儲けより身体を鍛えることが第一な騎士のお家の方が実のところありがたい。
トーデマン家にしてみても将来騎士爵を受けようという三男に、実家が商会を持つほどほど裕福な娘がいればきっと何かあっても安心。
そんなお互いに程よく天秤が釣り合った婚約だ。
同じ歳で同学年だが、メイリーンは実家の商売もあり前々から何故か気になっていた経営学を学ぶ科を専攻していたので、騎士科の彼とは面識もなかった。学園ですれ違ったことがあったかしらと、ぼんやりと思い出すくらい。
マイリア家を継ぐのはの兄のトリスタンなので、メイリーンと姉は嫁ぐことになる。姉の婚約は、また同じような理由で可もなく不可もない研究職のお方らしい。ご実家も爵位持ちでなかなか。
こういう縁を取り持ちたがるお節介――親切な方々がいるのもので。
思いもよらないところから見合い話しが来たりするんだなぁと、メイリーンも当事者になって驚いたりだ。
けれどもメイリーンの婚約者は騎士希望となったので、メイリーンはますます経営学を学ぶ。
ひっそりと心の中で何かが囁く――騎士は潰しがきかない。
もし彼がケガをしたら。身体に不自由が残ることでもあれば。騎士の年金だけでは……と。
何かあれば手に職は強い。
何故か、そんな気持ちに。
それは自分の囁きであったと、メイリーンは後に深くうなずいた。
婚約者になったばかりのグレアムには……騎士になりたいとキラキラした目をしている少年にはとてもではないが言えないが。
そんな現実をみているメイリーンだが。
婚約者らしく互いに交流を持つことになった。
まずは休日に、メイリーンのマイリア家が出資しているカフェで名物のパイを。
「うん、美味しい。この果物がたくさん乗っているところを妹に食べさせてやりたい」
次は薔薇が見頃と有名な公園を散策。
「うん、見事な薔薇だ。妹への土産に切り花は売っていないだろうか。ドライフラワーよりやっぱり生花のほうがきれいだしな」
……次は、美術館に。
「うん、やはりきれいな絵があると部屋の雰囲気も変わるかな? 妹に買っていこう。いつも同じ壁ではつまらないだろうし、日替わりで……あ、ちょうど良いサイズが手頃な値段! メイリーン嬢、金を貸してくれないか?」
メイリーンはちょっと眉間にシワが寄った。
自分へのプレゼントの前に妹への土産で金を借りるってどうなんだろう。
帰宅して姉に相談したら姉は小首を傾げて……すっと持っていた扇で首を撫でた。微笑んで。
物騒な仕草をしながら、にっこりと。
いやまだ、三回目の交流だから――いや、何とかの顔も三回目?
「あれ、何とかてなんだっけ?」
ふとメイリーン自身も首を傾げながら。
グレアムには。
実は妹がいる。婚約話が来たときからそれは知っていた。
けれども、とても身体がか弱い――病弱らしい。
だから家族皆さまで看病をしているのだとか。
見合い話の時には「そうですか」と「家族仲が良い」と流してしまった。
自分とて兄と姉に可愛がってもらっているし、病気になったときは心配される。年に一回くらい風邪を引く程度だけども。
だからどのご家庭も同じだなぁ、なんて軽く流してしまった。
「でも、交流も早々に切り上げて帰宅してしまうのは……」
「ちょっと嫌よね。いや、かなり嫌よね」
二歳年上の姉のエルシーはおっとりした雰囲気だが家族のなかでは一番さっぱりした性格をしている。だから相談もしやすい。
実のところ、先にグレアムの兄のどちらかにエルシーへの縁談が来ていたのだが、その直前に他からも話が来ていて。
エルシーは「先ずは順番よね」と先に来ていた相手のハルイーリー子爵の息子とお見合いし――一目惚れされた。
しかもおっとりとした雰囲気なのになかなかてきぱきと的確な指示をする姉の内面にも。
これは商会でバイトをしていた姉の経験が輝いたか。姉も自分と同じように経営学科だったりする、実は。
今はカフェは彼女の領分でもある。
研究職で部屋に籠りがちな変人だった息子がエルシーに逢いに行く――彼女に嫌がられないように、そして恥をかかせないためならと自ら風呂に入り髪を整え髭を剃る姿をみた相手のご両親に、エルシーは涙を流して感謝された。拝まれた。しかも嫁いできたら家のことは息子に変わって仕切ってくれそう。息子は好きなだけ研究してろとか――女神が嫁いでくるぞ、と。
そこまでされたらもはや拒めないとエルシーはトーデマン家からのお話はお断りした。そのご縁がスライドしてメイリーンにきたのだが。
「私、紙一重。爆弾回避」
私ラッキーと、おっとりと微笑みながらもなかなか辛辣な。気があい自分を第一に大切にしてくれる婚約者をみつけた姉に「こんにゃろ」とメイリーンが愚痴を言うのは仕方がないところではないだろうか。
そしてなるほど。
グレアムの兄二人もまだ婚約も結婚もしていなかったのは、こういうことか。
姉、本当に紙一重。
私、くじ運悪い。
始めはイケメンでマッチョなトーデマン子息を断り、変人なハルイーリー子息を選んだと、姉こそが見る目がない的な嫌な陰口を叩かれていたものだが。
その変人さんが姉のために変わっていくことで。しかも良い方に良い方にと、ずんずん変わり進んで行くことで。
今や陰口は姉を羨ましがるものに変わっていた。
彼はまたさらに自分のせいで姉が悪く言われていることに奮進し、最近では身体も鍛え始めている。そうしてお日様を浴びることで健康に。
今や引きこもりの変人はどこにもいない。
一番良いのは。
お義兄さん、最近身体も鍛えていることで健康になったこと。
姉を大事にするならご自分も大切にしてもらわないと。
顔色が健康になっていく義兄予定に、メイリーンは後方腕組みだ。
何故か。
義兄予定に姉の好みを訊かれたり答えたりするうちに。メイリーンがその義兄予定の健康管理を請負ったからだ。
メイリーンは何故か、幼き頃よりその手のことが得意であった。それを兄姉はよく知っているからだ。
カフェ経営している姉がケーキの試作品の試食でそれ以上ふくよかにならないで済んでいるのは、ぎりぎりでメイリーンが食事管理をしているからだ。カフェのメニューもメイリーンが少しばかり口出ししている。カロリーや食べ合わせに注意だ。
マイリア子爵家の護衛たちは皆健康的でと評判でもある。兄はメイリーンに雇った彼らの管理を任せていた。商売人は家族の適材適所をしっかりと。
実績ある後方腕組み、である。
そんなメイリーン、そろそろ考えた。
「三回は我慢したのだから……」
けれど彼女は優しかったから、病弱だという妹さんのことも気になった。
「そういえば一度もお見舞い、行っていないわ……」
それは自分も駄目じゃあないかしら。
きちんとお見舞いし、お話してからだ――婚約破棄なり解消なりを言い出すのは。
それくらいの常識が彼女にあった。
そしてそれがグレアムの妹を、ガチで、マジで、命を救うことになるだなんて。
――マジか。
その部屋の中の惨状に。
「ほら、クレア。食べるんだ! 肉を食わねば肉にならん!」
「血も滴る新鮮だぞう。今朝兄さんと二人で山に行って仕留めてきたんだ!」
「みんな、一番良いところをクレアあげなきゃ! やっぱりさっきまで動いていたから心臓だよね!」
「は、はい……がんばりますぅ……がんばって食べ……うぇえええ……」
「吐くな! 吐いてはならん! 命に感謝せ――」
「なんばしょっとかあああ! きさんらあああー!!!」
その日、メイリーンは腹の底から怒鳴った。まるで雷の如き怒号であったとその場にいた皆は言う。
そこには、血生臭い、ほぼ生肉に焼いた程度の肉を必死になって食わされている幼い少女がいた。顔色悪く、病からと解るガリガリに痩せ過ぎの。
肉は、確かに力となろう。
だがしかし、それは力あるものの回復などの場合だ。身体が、胃が受け付け、消化ができる場合だ。
決して病床にあり息も絶え絶えな子供に食わして良いものではない。
しかもその部屋は。
山に行って帰って来たばかりという泥々に汚れた汚らしい野郎どもが、しかも土足で。
しかもしかも獲物である猪や鹿をそのまま担いで来てしまっているという。今、ピンっと跳ねたのはもしやマダニ――っ!
その瞬間、メイリーンは完全に思い出したのだ。今まで薄々であったものを。
彼女は――看護師だった。
前世の話だ。
彼女は看護師であり。その看護師としての経験は大病院の師長すら務め、やがて医師であった夫の望みに同意し離島医療に付いて赴任し、それに合わせて助産師と栄養士の資格すら取得した女性であった。しかも今世では経営学までプラスだ。
だから肝も据わった女傑でもあった。
生まれ育ちが九州の方であったためにその方言も実に良くドスも効き。前世では病院に来た背中に紋々を描いたその手の本職の方々ですらおとなしくさせたという――とんでもない肝っ玉母さんな看護師さんであった。
その方々には何故か懐かれ、看護師にセクハラしたりする困った患者さんなどの対処に、そちらの道から縁あって転職してきた男性看護師さんや介護士さんが、とても良い働きをしてくれた。前職がなんであれ信頼がある紹介があるならば、そして本人のやる気があるならば看護介護の世界はウェルカムである。本人のやる気スイッチ、一番大事。
それはさておき。
そんな彼女がどれだけ体格よく鍛えられた現役騎士だとしても、中身の伴わない野郎どもを恐れるわけがなく。
「こげんと幼か子に! きさんらぁあ! 何しょとっとかぁああっ!!」
その雷のような。
部屋にいたデカい男たち三人――トーデマン家の父と兄二人の現役騎士三人は、正座で叱られた。
庭で。
三男のグレアムが連れ帰ってきた婚約者の少女に。
今日は彼女が来てくれるからご馳走を振る舞うつもりでもあり狩りに出てきた男たちは、末っ子のかわいい妹にも肉を食べさせたいし、一石二鳥とばかりに……。
しかしそれはメイリーンの怒髪天をついた。
それによりメイリーンは薄っすらであった前世の記憶を完全に思い出したのだ。
「不潔! 不潔! 不潔! 不衛生ー!!」
小娘に「不潔」と連呼された男たちは怒ろうとしたが、それがようやく見つかった三男の婚約者であるのでぐっと我慢した。庭に掃き出され――そう、彼女はほうきをまるで武器のように見事に扱って。彼女は前世で薙刀の師範代でもあった――水をぶっかけられたのだ。
「な、何をするのかね、メイリーン嬢?」
トーデマン家の家長である父におずおずと尋ねられる。
彼は相手がようやく見つかった息子の婚約者だからなんとか……なんとか、穏やかに尋ねて。職場である騎士団ではこんな声を出したことはない。
「何をですって……?」
けれども対するメイリーン嬢の声の方がドスが効いていた。それはもう。
多少は彼女も落ち着いたから、そして前世を完全に現世にインストールできたからか、方言は何とか鳴りを潜めることに成功はしたが。
「貴方がたの方こそ、病人に何を、している、の?」
怒りのあまりに言葉が。
それくらい目の前の少女の怒りがすごいことに「ひぅ」と、野郎どもは小さな悲鳴をあげて身を縮めてしまった。現役騎士の野郎どもと、まだ学生とはいえ騎士科に属する野郎が、である。グレアムもついでに連帯責任で並ばされ正座させられていた。
それくらい、メイリーンの仁王立ちがすごかった。実際に背中にそのオーラがあるんじゃないかってくらいに。前世もさては見えない紋々だったのかもしれない。
「いいですか……彼女は明らかに病人です。それを貴方がたは……――」
そして懇々とメイリーンは説教した。
曰く、病人とは。病床とは。その環境や介護とはなんたるか。
それを彼らの末っ子クレアが、まるで女神を見る目でメイリーンを――キラキラとした目で、拝んでいた。
彼女の母親かわりの乳母や、使用人の皆様も。
トーデマン家の奥様はクレアを産んだあとの肥立ちが悪く、亡くなってしまった。だから止めるひとがいなかったのかと話を聞いてメイリーンも哀れに思った。
この家の野郎どもの斜め上を。
この脳味噌筋肉野郎どもがよぅ。
グレアムの兄たちに婚約者がいなかったのは、このあたりもきっと原因である。
そしてクレアが今日まで生き延びれたのは、乳母さんの頑張りであったかと。使用人だから雇い主には強く出られなくも、彼女がクレアを世話してきたから辛うじて何とか今日まで生き延びれた。彼女が野郎どもの目を盗み、食べやすい果物やミルク粥を作ってはクレアに与えていたのだ。部屋も何度も掃除して。
子爵位程度の家に雇われる乳母ならば赤子が乳離れしたら普通はお役御免なところ、彼女はクレアの環境に、あまりのところに引き続き理由をつけて雇用を延ばし伸ばしと、頑張ってくれたのだ。
彼女も、クレアを支えながらメイリーンを拝んでいた。彼女は追加のバケツと水も持ってきてくれた。
聞いている野郎どもはメイリーンの話に徐々に顔を青くし、地に埋まりそう。
自分の墓穴を掘って埋まって反省したい。
彼らの幸いは、メイリーンの話を理解する頭はあったことだろう。筋肉の脳味噌だが、戦闘戦略などの指示を受けたり考えたりすることもできていたから、このように上から雷を落とされるが如くの方が理解出来たのだろうけれども。騎士だからケガに雑菌バイ菌の話はしかと理解できたし。
もしもここで理解できねば三男の婚約破棄だけならず――末っ子の命もどうなっていたか。
母親を亡くした上に身体の弱いかわいそうな妹を護っていたつもりが、本当につもり、だけだったことに。無知と思い込みによる愚かさよ。
亡き奥様もようやくほっとなさったことだろう。
「病弱だなんて、本当にお気の毒……すぎる!?」
メイリーンは一時でも仮病ではないかと疑った自分を恥じた。婚約者となったグレアムに身体の弱い妹がいると知ったならば、何故もっと早く見舞わなかったのか。
反省したメイリーンであったが、彼女はぎりぎりで間に合った、とも――。
そうして、クレアは救われた。
その後、目覚めた――前世を完全に思い出したメイリーンは実家のマイリア子爵の兄たちにも医療への介入を頼み、その道に縁をつないだ。
何とその道は姉の婚約者、義兄予定が一番強かった。
彼の研究は薬学にあり、彼の所属や仲間たちにも助けを。
やがてそれは王家にも伝わり、御縁を頂戴した。薬学の研究は王家もまた関わっている。
そうして王家は薄っすら計画していた医療への道を――大きな療養施設への計画を、本腰入れることにした。
どこが何に繋がっているかわからないものだ。
やがて数年後。
メイリーンの怒号に救いと――憧れを見たクレアは。
適切な医療と薬、食事療法と清潔な環境――などにより、彼女は健康となった。
それはまた色々と大変であったのは、また別な話。彼女の頑張りと家族の反省の話である。
何と彼女は医の道を選び進んだ。
身体を治しながら、まずはベッドの上で遅れた勉強から。
本当に頑張った。
騎士の家系に産まれたことにより、もともとの素質は色々と高かったようだ。
そう、色々、と。
クレアは健康になってからは兄たちのように身体もしっかりと鍛え。体格の良いトーデマン家の娘として、とてもご立派に。
クレアは麗しくもたくましい、キリッとした医師へと成ることが。本当に頑張った。
そして何と、結婚し姓は変わったがクレア・マヤリースは、今や王宮医師とまで登りつめた。
この国の医療のてっぺんの素晴らしい一人である。
しかも女性である彼女は、王妃様や王太子妃さまを主に任されるほどに。
そんな彼女は。今日は、恩人であるメイリーンを尋ねてきていた。それは仕事も含まれて。
「私、本当に身体が弱かったから、仮病が許せないの――そう、仮病は、ね?」
だから王家からなおさら信頼をされている。
もともと、斜め上に筋肉な脳味噌であったが、トーデマン家自体も騎士として信頼されていたお家だ。
長男は今や騎士団の師団を任されているほどに。彼はまた、部下の体調をきちんと気にかけることができる人間になっており。次男は近衛へと出世した。王太子からの信頼も厚くあるとか。それは彼もまた、配慮ができるようになったからだ。
そうして彼らもぎりぎり、何とかお相手を見つけて結婚をすることができた。二人ともメイリーンに感謝して拝む域だ。
クレアの旦那様はそんな兄たちが御縁をつないだ騎士である。脳味噌も筋肉な野郎どもに囲まれ酷い目に遭っていた彼女だが、決して父や兄たちを嫌っていたわけではなく。むしろ騎士を尊敬していた。
「ああ、なんて輸血の針が……注射しやすそうな腕の血管……いえ、筋肉……」
それが結婚の決め手だったそうだ。
そんなクレアは心の病は別なものと、きちんと理解している良いお医者さんだ。
彼女が医療をさらに学ぶために留学し、心療内科の大切さも学んできてくれたのはこの国にはありがたい。
色々気苦労の多い王族の女性を彼女が任されたのは女医だからだけでなく。
先ほども嫁ぎ先で酷い扱いをされていることが明らかに原因なのに、それでも夫をかばう御婦人を保護してきたところ。長年の洗脳を解くには、まずはきちんと休ませるところからだ。
その療養施設は。
とある男爵領にある風光明媚な静かな田舎町。
空気もきれいで、湖があり水も抱負。その湖もまた美しくて見るものの心を穏やかに。
ここを王家の命もあるが、ルカリーリス侯爵家が大きな医療施設として整えたのだ。
ルカリーリス侯爵家は王太子妃の実家であり、王家の信頼も厚い貴族だ。医療施設となれば国の民のためでもある。また一つ、王家の政策が道を成した。
その医療施設の長となったのが。
それがメイリーンである。
メイリーンはあの目覚めから素晴らしいほどの活躍をし。それを家族だけでなく、義兄や王家に認められ。
薬学に強かった義兄は王家にメイリーンを、彼女の凄さを報告してくれた。
メイリーンは「偉大なるランプの貴婦人を……」と、尊敬する偉人を真似ただけだと謙遜したが――だが、それがこの世界にも必要だと、腹を括った。
「まずは、予算……」
しかも自分は実家が裕福で家族の理解もあったし、王家からも協力があった。今のところ国は平和で戦争もない。彼の偉人と思えばどれほど……である。
自分がそうなると、覚悟完了したならば。
それがきっと、自分の存在意義だ。生まれ変わった理由だ。
彼女は前世もすごかったが、今世もまたすごいひとであった。
そうしてあっと言う間に十数年がすぎた。この度、この医療施設を任されることにもなった。
今日も彼女は看護介護の環境を整え、必要となる薬や物資の確認をする。
さて。
そんな彼女はきちんと伴侶がいた。
かのグレアムである。
「グレアムさん! 三十号室のミカミール様を……」
「うむ、任せてくれ! さぁミカミールさん、お風呂に入りましょうね!」
「わしはこちらの若い女の子が――」
「ハッハッハ。私がお世話しますね!」
最後まで言わせず。
たくましい腕で彼は入所者を抱き上げた。
騎士希望であったグレアムは、あの日――あの叱られた日。
彼もまた衝撃を受けた。
妹と同じように。
自分たちの斜め上な愚かしさを反省したのだ。
それから彼は騎士科を卒業したが、父や兄たちのように騎士団には入らず、メイリーンが家に掛け合ってやり始めた事業――その看護や介護の道を共に。
メイリーンが驚くほど、彼は善人だった。
今では良い婚約者だったと御縁に感謝するほど。姉にも負けない婚約者自慢だ。
そうして今ではメイリーンの片腕として、看護師としても。
騎士としても大成したであろう彼を、看護師としてしまった後悔はあるが、グレアム自身は今の人生に悔いはないようだ。
「何より、メイリーンの役に立ちたい」
彼はあの雷に、目を覚まさせてくれた彼女に、そこに――惚れた、と。
心底惚れた愛するメイリーンの生涯をかけた仕事だ。今ではグレアムもこの仕事を、誇って。
今日も率先して問題ある入所者のところに駆けつけてくれた。
そんな彼が身体をはってくれている間に。
「ミカミール様が、これ以上問題を起こされるならばお引き取りいただくことになります」
それは入所者から看護師への問題行動について。
相対するのはミカミール氏の息子だ。
彼はミカミール伯爵位を父から受け継いだ。その父をこちらにて病気療養させてもらっていたのだが。
問題行動が多すぎる。
そして息子も「伯爵位」をかざして偉そうにメイリーンを見下ろした。
「金ならば払うと言っているだろう」
彼の妻には介護をさせたくないという。
けれども。
金の問題ではない。確かに金は必要だが、それよりも大切なものもある。
「スタッフを護ることも私の仕事です」
「……ふん、ならば倍払――」
そうではない。
メイリーンの変わらない、穏やかに微笑みを浮かべているのに笑っていない目に、ミカミール伯爵は気がつくことが幸いにもできた。
前世からその眼光は折り紙付きであったが。
「……どうしたら良いのだ」
妻は父の介護には疲れた。限界だ。それに愛する妻にこれ以上迷惑は。
メイドたちも、今や募集をかけても。
その答えは。
「貴方がやるんですよ?」
けれども決して見捨てはしない。
本当に父親が身動きもとれないほどになったならばまた受け入れることを考える。けれど今現在は、在宅でも本当は可能なレベルだ。家族やプロの助けがあれば。
メイリーンは介護を通いでしてくれる組合いを伯爵に、紹介をきちんとした。
それはグレアムのトーデマン家経由で増えた元騎士が多く所属している介護組合。
動きに支障ないケガなど訳ありで騎士を引退した方や、優しすぎる性格などから騎士が向いていないとなった方。話を聞いて看護や介護に興味をもった前向きな方々が多く所属している。騎士を早期引退してまだまだやる気体力を持て余している方なども。
もちろん職を探している方や、介護にやりがいを持つ一般の方々も。女性もだ。
ミカミール伯爵は、何度も感謝して父を引き取り帰られた。義父からのセクハラで病んでしまった奥様をかわりにこちらにとパンフレットを渡したら、さらに感謝されつつ。一番の理由は、やはり奥様への愛だったから。
まだまだ介護士の存在が広まっていないと、メイリーンは王家への報告を新たに。
この世界、老人ホームも無かったのだ。介護士もなく、裕福な貴族はメイドを雇ったりできるが、それもあまり上手く行かないときとてある。平民はもっと大変だ。
何せ介護もまた、本来ならば資格を要する。
メイリーンが紹介した組合は、メイリーンがきちんと指導し、今では指導して確認する立場の者たちがきちんといる組合に育ったところ。元騎士たちは礼節がまずありきだから、そのあたりは助かりもした。土台があったようなもの。
かつて婚約者のグレアムが潰しがきかなくなったらなどと失礼なことを考えつつあったメイリーンだが。
他の騎士たちにも影響が。こうした介護士となる道があることに。もしや騎士を引退しても、他にも「道」はあるのかもしれないと。そうした前向きになられることも。
介護士だけでなく、料理人や園芸家など、中にはまったく違う道を見つける方も。
一昔前は不慮の事故などで騎士を引退してやさぐれ裏道に陥るものもいたというのに。
騎士の第一。人助けの精神は、尊く――。
ミカミール伯爵の幸いは、メイリーンがその印籠をかざす前に、きちんと理解されたこと。それに奥様が限界であることに気が付かれて父親を離したことだろうか。金は大切だからそこはまた違う問題。
それがあるから、メイリーンはミカミール伯爵を国に――王家に伝えるのはまだ止めることとした。
メイリーンの背後。
その壁にかかる旗。
それは王家の紋章。
ここは、王家が主体となりルカリーリス侯爵家に命じた――大きな後ろ盾がある施設なのだ。
けれどもまだまだ、始まったばかり。
病気療養施設がメインなはずであったが、老人ホームとしての施設も作られた。心を痛めてしまった方の療養も、また。
民の声が王家に届いたからだ。
「人間も、育てなきゃ……」
そしてこちらにはもうすぐ看護師の学校も新設していただけることになっていた。先生となる方々の手配は、近隣の医療に強い国から。クレアが留学していた国からも。
もちろん学長もメイリーンが兼任する。
「それに薬の研究施設……」
こちらは今や義兄のハルイーリー子爵が所長となってくれる。義妹のクレアも協力するそうだ。
姉はこの施設の食事方面を請け負ってくれた。兄は様々なサポートを、分野外からの視点で。
心療方面で食事制限のない方々には、ときに美味しいご飯やデザートが回復に大きく。もちろん、病気の方や、ケガの回復にも。
「……やることが、多い」
けれども――やりがいは、ある。
まだまだ、メイリーンたちの戦いはこれからだった。
本当に病弱な妹さんネタに挑戦。
異世界の医療、そして看護介護はどうなっているのかしらと、ふと。
なので、まだまだこの世界では始まったばかりという世界観です。大変。
ナイチンゲールはすごい。
医療従事者の方々には日々感謝であります。
こちらのお話とちょっとリンクです。
「病気だなんて、本当にお気の毒」
https://ncode.syosetu.com/n5751lw/
こちらはざまぁ強め。
「わたくし、幼い頃は病弱で本当に大変でしたのよ?」
https://ncode.syosetu.com/n4560mb/
そしてこちらも。
良かったら合わせて読んでくださると嬉しいです。




