ニchiジョウ#
朝、目が覚めると見慣れない天井が広がっていた。
「ん? そうか、昨日はネカフェに泊まったんだっけ……」
雄大は一晩経った今でも、昨日の出来事が脳裏から離れなかった。
「これから……どうすればいいんだ」
考え込んでいると、扉を叩く音がした。
「コンコン。黒川様、学校のお時間です」
昨日の受付の女性だった。
「学校って言ったって、バッグも制服も何も持ってないですよ」
苛立ち混じりの声を返すと、女性は静かに扉を開け、制服とバッグを差し出した。
それは確かに雄大がかつて使っていたものと全く同じだった。だが、新品のように真新しい。
「え……これって……」
「ご安心ください。これは紛れもなく、今の黒川様のものです」
「今の」という言葉に、雄大の心臓がひときわ強く打った。
だが、問い詰めれば何か取り返しのつかないことが起きる――直感的にそう感じ、雄大は口をつぐんだ。
制服に袖を通し、バッグを肩にかけ、電車に乗る。
外の景色は何も変わっていない。いつもの町並み、いつもの朝。
「昨日の出来事は……夢だったのか?」
そう思い始めた頃には、不安は少しずつ薄れ、代わりに安堵が胸を満たしていった。
学校の最寄り駅に着いたのは午前七時半。普段よりずっと早い。
教室に入ると、クラスメイトはまだ半分ほどしかいなかった。
「今日授業終わったら、普通に帰ろう……多分、大丈夫だ」
そう思い、教科書を開いていると――耳に飛び込んできた会話に、血の気が引いた。
「問題です! この後の挨拶で、俺たちは高校に入学してから何回目の挨拶でしょう!?」
「わかるわけねーだろ、そんなの!」
「実はこの前、俺数えてみたんだよな。で、なんと――ちょうど400回目だった!」
「マジで? すげーな!」
ドクン――。
雄大の心臓が跳ねた。手が震え、視界が狭まる。
耳の奥でゴーッと血が流れる音がし、吐き気に似た不快感が込み上げた。
「……間違いない。この会話……俺は確かに聞いたことがある」
いつだった? 昨日か、一昨日か、それとももっと前か。
立ち尽くす雄大に、担任の新垣が近づいてきた。
「世界は変わってない。君がこの世界の奥底に入ってきたんだ。」
「どういうことだ! あんたは何か知ってるんだろ!」
「逆に聞こう。君は今日が何月何日か、答えられるか?」
「……9月16日だろ?!」
その言葉を聞いた新垣は、冷笑を浮かべる
「まあいい。せいぜい、この世界を楽しむことだ」
そう言い残すと、新垣は教室に向き直り、淡々と告げた。
「本日の授業は、全て中止だ。各自……自宅で好きに過ごすように」
そして何事もなかったかのように教室を後にした。
残された雄大の耳には、まだクラスメイトたちの笑い声が木霊していた。
だがそれは、どこか遠く、異様に歪んで響いていた。




