革命ごっこ
冬のキャンパスには、まだ雪の残る朝だった。正門を塞ぐバリケードの隙間から、僕らはヒーテッドジャケットの裾を翻し、息を白く吐きながら列を成していた。ヘルメットに刻んだ「自由」の文字が、淡い冬陽に照らされて微かに輝く。
「打倒権力! 革命は俺たちが起こすんだ!」
肩を並べた仲間が声を震わせ、僕もまた拳を突き上げた。だがその声は、凍りついた空気の中でひび割れ、遠くのビル群に吸い込まれていった。
夜になると、廃棄された研究棟の裏手に集まり、安酒の瓶を回した。紙コップに注いだアルコールは甘く、喉をすべり落ちるたびに胸がざわついた。理論書やパンフレットを読み合わせ、「資本を断て」「プロレタリア万歳」と唱和する僕らを、世界はまだ知らない。だが、濁った酒の向こうで誰かが言った。
「俺たちは歴史になるんだ」
それが真実だったらどれほど美しいだろう。まるで僕らが作り上げた幻想の上を、夜の校舎が静かに見守っているかのようだった。
──しかし、春はいつも残酷だった。
ある朝、正門の鉄柵が警官隊の盾に叩き折られ、バリケードは無惨にも解体された。錆びたパイプを手放し、仲間数人と屋上まで駆け上がると、街の向こうにぼんやりと霞んだビル群が見えた。声を張り上げる気力はもう残っていない。
「……撤収だ」
誰かが囁き、そして誰もが頷いた。持てるだけのプラカードと、信じていた理想を抱えて、僕らは息を切らしながら階段を降りた。教室には、新学期の時間割が貼られ、黒板には教授の呟く講義予定が淡々と記されていた。かつての熱情は、粉雪のように溶けて消えた。
──時は流れ、三年が過ぎた。
スーツにネクタイを締めた僕は、面接会場の廊下で立ち尽くしている。ガラス張りの高層ビルを背景に、革靴の先が淡く鏡面を描く。胸の鼓動は変わらないのに、声はもう皮肉にも滑らかで、どこか機械のようだった。
「御社の安定した経営に大いに魅力を感じ……」
面接官の質問が途切れぬうちに、口が勝手に動く。あのときの叫びは、どこへ行ったのだろう。指先に残るヘルメットの痕跡も、夜の酒の匂いも、すべて遠い記憶の底に沈んでいる。
帰り道、コンビニの蛍光灯が僕を照らした。白く冷たい光は、まるでバリケードの火炎瓶の炎を嘲笑うかのようだ。レジ袋に入れたコーヒーの湯気が、胸元で儚く揺れる。
「革命は、火炎瓶の炎よりも、こうして夜の街で静かに冷めていくものだった」
そんな独り言が、冬の風に混ざって消えていく。僕はそれを、革命ごっこと呼ぶべきだと、そして何より自分自身を笑うべきだと悟った。
──選ばれたつもりだったのは、紛れもなく僕ら自身だったのだから。