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チャレンジ


 週末の夜、アパートの部屋でのんびり過ごす桃瀬は、壁にハンガーで吊るしてあるウエストリボン付きのワンピースを見つめた。石和の長い指が、しなやかに動いてカクテルを作るようすを思いだすたび、鼓動が速くなる。


「……いまごろ、なにしてるのかなぁ」


 これまで、階下(かいした)の生活音など気にもとめなかったが、部屋の住人が石和(いさわ)であることを意識して、いちいち反応してしまう。朝は桃瀬のほうが先に出かけるため、ばったり行きあうとすれば、ゴミ出しのときや、残業で帰りが遅くなった日ぐらいだった。実際、一週間に数回ほど姿を見かけても、ほとんど交流はなく、桃瀬のほうから声をかけるまで、紳士的な男性であることを見のがしていた。


「……ハイビスカスのビタミンティー、また飲みたいな。カクテルって、あんなにおいしかったんだ……。そうだ! わたし、じぶんでお酒を買える年齢になってるんだった」


 さっそく、桃瀬は財布を持って近所のコンビニへ向かった。適当な缶ビール三本と、おつまみ用のミックスナッツとチーズを購入する。レジへ持っていくときちょっとドキドキしたが、年齢は確認されなかった。あすは休日につき、夜更かしもできるし、人生初のひとり酒である。石和によってアルコールを解禁した桃瀬は、何事もチャレンジだと思った。……水曜の晩については、いくら招待されたからとはいえ、かなり積極的に行動したほうである。



「理乃ちゃん、こんばんは」


「い、石和さん……!」


 

 コンビニ袋を片手に帰宅すると、アパートの駐車場で石和と鉢合わせた。相手は、よく見かけるスーツ姿である。いっぽう、さくらんぼ柄のルームウェアにスニーカーという普段着(ふだんぎ)の桃瀬は、あわてて車の陰に隠れた。


「どうかしたのかい」


「ひえっ!? べ、べつになにも……」


 不自然な動きが裏目にでたらしく、石和が歩み寄ってくる。顔をのぞきこまれそうになった桃瀬は、「こ、このあいだは、ごちそうさまでした。また、セブンスターに行きますね!」と、勢いあまって口にすると、急ぎ足で外階段を駆けのぼった。……「あの子、処女っすね」という(あくつ)のことばが、石和の脳裏をよぎる。職柄の延長で女性のあつかいに馴れているつもりの石和だが、桃瀬の態度はあまりにも極端で悩ましい。


「ぼくに逢いたいのか、それとも避けたいのか、よくわからない反応だな」


 そこまで親しくない男を部屋へ泊めたかと思えば、脱兎(だっと)のごとく逃げていく。男性恐怖症といったようすは見られないが、現状、ふたりの関係性は説明がむずかしい。部屋の鍵をあけて電気を点ける石和は、二階から水音がして、微笑(びしょう)した。


 石和と遭遇して冷や汗をかいた桃瀬は、シャワーを浴びてから缶ビールのプルタブをあけた。最初は苦味(にがみ)を感じたが、一気にゴクゴク飲み干した。アルコール度数を気にして買わなかったので、三本目のとちゅうで寝落ちする。(たしな)み方を知らない桃瀬は、ふにゃふにゃとした気分で目覚めると、頭痛がした。



「うぅ~っ、な、なにこれぇ、頭が痛い、割れそう……。これが、二日酔いの症状……?」



 よろよろと起きあがり、洗面所で顔を洗うと、脱いだ服を洗濯機へ放りこんだ。りんごを半分に切って乗せたような小さな胸が(うら)めしい。体重こそ標準値だが、もっとスタイルがよければ、自信をもって石和と向きあえたかもれない。なるべく静かに暮らしたい桃瀬だが、姉いわく「独身の醍醐味」は味わっておくべきらしい。Tシャツに着がえてリビングにもどると、財布のなかにしまってあるクーポン券を手にとった。


「あさっての夜、食べにいってみようかな。レッドサンズのメニューも、ちょっと気になるし……」


 せっかくなら、水曜日がいい。容姿や年齢を考えたとき、石和とは良好な交流が望ましい立場だが、桃瀬の平凡な日常は、思いがけない方向へ変化してゆく──。



✦つづく

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