レッドサンズ
レッドサンズと情報検索すると、飲食店のカテゴリーに外観写真つきで載っていた。テラス席のあるロッジ風のカフェレストランで、オープン十周年企画実施中という宣伝文句が、太文字のフォントで目立つように追記してある。
「十周年企画……。もしかして、このカフェで、誕生日をお祝いしてくれるつもりかな。コンビニでいろいろ買ってきてくれたし、もう充分なのに……」
高卒後、桃瀬はひとり暮らしをはじめている。内定をもらったのは第二希望の会社であり(地元企業の本命は不合格だった)、就職先に近いアパートを選んで引っ越したので、土地勘はあまりなく、地域との交流も浅い。同じアパートに暮らす共同体についても、ほとんど会話は発生しなかった。したがって、鍵を失くした石和を気の毒に思って部屋に泊めた件は、桃瀬にしては、かなり異例の対応だった。相手は社会人の男につき、ひと晩くらい、放っておけばよかったのだ。
「なんで、ひきとめたかなぁ。あんなに歳上のおじさんを、いきなり部屋にあげて、無用心な子だと思われたかもしれない……」
とはいえ、まったく知らない人間ではないため、そこまで警戒していなかったのも事実だ。行きずりの酔っぱらいや、石和が身の危険を感じるような人相をしていたら、まったくべつだ。
「……でも、どうしよう。着ていく服が全然きまらない……」
たいしてひろくもないリビングに、せまい台所、せまい風呂場にトイレ、寝室と細い廊下のさきにある玄関、備えつけのクローゼット、部屋の間取りはすべて共通である。石和ほどのイケおじが、ひとりで住むような空間には見えなかった。
日ごろルームウェアでくつろぐ桃瀬は、おしゃれな洋服など持ちあわせがない。外食の誘いが唐突すぎるため、準備期間も、あすの仕事帰りとかぎられた。ひとまず、現金主義の桃瀬は財布の紙幣を確認すると、異性との外食に適した服装をネットで検索した。無限にヒットする画像をスクロールしていると、そのまま寝落ちした。チュンチュンと、鳥の啼き声がきこえる。リビングの絨毯で眠りこんでしまった桃瀬は、あわてて仕度を整えると、アパートの階段を駆けおりた。会社までは、電車に乗って三十分の距離である。
階下の住人は、まだ寝ているのか。気になってふり向くと、玄関のドアがあいた。なかからスーツ姿の石和が出てくると、桃瀬は逃げるように駅まで走った。石和とは今夜、顔をあわせることになる。
「な、なにこれ。なんで、こんなにドキドキしてるの?」
改札口を抜けてプラットフォームに立つと、桃瀬は、胸に手のひらを添えて深呼吸した。今夜の件は、極端に意識することなのか、石和の思惑がわからない桃瀬は、到着した電車に乗りこむと、長い溜め息を吐いた。
その日、仕事を定時で切りあげると、ふだんならば絶対に立ち寄らないブティックをのぞきこみ、なれなれしい女性スタッフにすすめられて試着したウエストリボン付きのワンピースを購入した。肩までのばした髪はパサついていたが、美容院の当日予約は空きがなく、アパートへ帰宅してすぐ、シャワーを浴びた。
「……ここで石和さんも」
ふと、石和の裸身を思い浮かべた桃瀬は、カッと、耳まで赤くなった。小さな丸い胸が湯水をはじく。上背のある石和は、肩幅にぴったり合うスーツを着こなし、胴まわりや長い足もすっきりとしていた。
「ばか! わたし、なに考えてるのよ〜」
うっかり期待して恥をかくところだった桃瀬は、ドライヤーで乾かした髪を首のうしろでゆるく束ねると、ベビーピンクのリップクリームをぬった。
✦つづく