表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/50

謎のイケおじ


 石和(いさわ)と過ごした夜は、これといってなにも起きなかった。酒でも飲んで見境(みさかい)をなくしていれば、もしかしたら……。


『は? あんた、なにやってんの?』  


 と、受話器ごしに()め息を()理加子(りかこ)は、桃瀬(ももせ)の姉で、夫の実家で暮らしている。現在の体調は安定しており、去年、結婚式を挙げたときには身ごもっていた。親友と呼べる存在がいない理乃(りの)にとって、なんでも相談できる姉との関係は、生活環境が変わっても切実だ。姉もまた、(しゅうとめ)と意見が衝突すると、『ちょっときいてよ!』と、頭ごなしに電話をかけてくる。


『でも、すごいじゃない。行きずりの男を部屋に泊めるなんて、あんたにしては冒険したわね。それこそ、ひとり暮らしの醍醐味よ。なんだか、うらやましいわ。あたしは大学をでてすぐ結婚しちゃったから、独身を満喫できなかったもの。……あ、一日遅れたけど、誕生日おめでとう。プレゼント忘れてたわ。ごめんね』


 姉の口ぶりはいつもこんな感じで、悪気はない。


『それで、あんたはどうするの。(さそ)いにのってあげるわけ?』


「う、うん……。だって、無視したら気まずくなるもん。同じアパートに住んでるひとだし……」


『どこに招待されたのよ』


「それが、よくわからなくて。だからお姉ちゃんに電話したんだよ」


 石和がポストに差しこんだ白い封筒には、バースデーカードがはいっており、[◯月◯日水曜日/PМ10:00/レッドサンズ]と、流れるような文字で書いてあった。おそらく、本人の筆致である。調べたところ、レッドサンズとは純喫茶のような店だった。指定時刻が遅いのが気になったが、相手の都合(つごう)だろう。


『ごちそうしてくれる感じなら、行ってくればいいじゃない。食事を(たの)しむふりをしながら、下心(したごころ)をさぐるのよ。あんたにその気があれば、あたしは好きにすればいいと思うけど……』


「その気って?」


『とぼけないで。この先もずっとバージンでいるつもり? あたしは十六で男と寝たわよ。あんたも、勇気をだして味わってみたら』


「な、なんの話? いきなり飛躍(ひやく)しないで」 


 石和とは父親ほど年齢が離れている。実際、断りもなく「理乃(りの)ちゃん」などと呼び、まるで子どもあつかいだ。コンビニでデザートを買ってきてくれたが、酒類はすすめられなかった。桃瀬が社会人であることは、室内を見れば想像はつく。誕生日だとうちあけたとき、(とし)をきかれなかったので、まだ未成年だと思われたのかもしれない。


『あ、お義母さんが帰ってきたわ。切るわね』


 一方的に通話を終了されたが、会社の昼休みは長くない。更衣室のロッカーへ携帯電話をしまう桃瀬は、化粧ポーチを持って、女子トイレに向かった。鏡に映る暗い顔を見つめ、石和との距離感に頭を悩ませた。


「……わたしなんか、ただの近所の子どもよ。……あのひとのほうが謎すぎる。花束なんて、男のひとからもらったことなかったな。……でも、女の子にあんなにやさしくするのは反則だよ」


 たとえ結婚指輪を嵌めていなくても、年齢的に既婚者の可能性が高い。紳士的なふるまいは、あらぬ誤解をまねくおそれがあった。まんざらでもないと血迷う桃瀬は、乾燥した唇にリップクリームをぬると、落ちつかない気分で仕事にもどった。


 石和がバースデーカードに指定した日付は、あすの水曜日だ。姉のことばを思いだし、どうするべきか、ますます悩ましい。結局、逢えない理由をさがしても見つからないため、レッドサンズへ足を運ぶことにした。



「……あれ、どんな恰好(かっこう)をしていけばいいの?」



 次なる問題は服装である。桃瀬の私服は、あまりにもバリエーションがとぼしい。



✦つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ