ホテルにて
サイドテーブルに置かれた口紅が、コトンッと倒れた。ほんのり上気した頬のようなチェリーブロッサム色は、桃瀬の唇を甘く華やかに染める。石和との深い口づけですっかり落ちてしまったが、肌は赤く燃えているように感じた。
「ペチコートを脱がせるなんて、初めてだよ。理乃ちゃんは、いつもぼくを興奮させてくれるね」
ギシッと軋むベッドの上で、筋のない長い指が桃瀬の衣服を脱がせていく。石和はまだスーツの上着を脱いだ恰好だが、桃瀬を裸身にすると乳房のかたちを指でなぞり、鎖骨のあたりを軽くペロッとなめた。
「あ……っ!」
「理乃ちゃんは、胸をさわられるのが好き?」
「そ、そんなことは……」
「あるよね。だってほら、反応しているよ」
「……ひゃっ!?」
恥ずかしさのあまり、つい腰が浮いてしまう桃瀬は、ディープキスと上半身の愛撫だけで苦しいほど呼吸が乱れた──。
二時間ほど前、西洋風の建物でフレンチのディナーを(テーブルマナーに不慣れで石和の手の動きを真似しながら)ごちそうになった桃瀬は、お手洗いのため席を立つと、アパートの駐車場で受けとった四角い小箱をパカッとあけた。石和からの贈物で、チェリーブロッサム色の口紅である。「食事のあとホテルへ行き、セックスをするかどうか」という選択を迫られたが、桃瀬の決断は早かった。もとより、三度目の正直というたとえを実感している。
「こわいけど……、わたしは石和さんとひとつになるんだ。……だって、あんなにステキなひとが、こんなに大事にしてくれているのに、その気持ちにこたえなきゃ、きらわれちゃうかもしれない……。こんなわたしだけど、ずっと好きでいてもらえたら……」
石和を信じてホテルに行くときめた桃瀬は、贈物の口紅をぬって席にもどった。石和は、言外にしめされた決心を読み取り、いつものおだやかな目で笑った。
食事のあと、車を三十分ほど走らせた石和は、地上十二階建てのシティホテルへ到着した。そこは非日常の空間などではなく、多くのスタッフが働く宿泊施設で、大浴場や売店、プールや美容院なども設置されている。予約した部屋は、十一階のツインルームだった。大きな窓からの眺望は、桃瀬が暮らす町の夜景を見渡せた。
石和はあえてダブルベットを指定せず、フロントスタッフと気さくにやりとりをして、ルームキーを受けとる。部屋にはいるなりベッドへ誘導され、ディープキスにおよぶ。石和の気息をのみこんで、ゆっくり躰を仰臥された桃瀬は、「お、お願い、痛くしないで……」と、口から本音がもれた。最初から激しく求めるつもりはない石和としては、「なるべく努力するよ」とこたえておき、困惑の表情を浮かべる桃瀬のスニーカーと靴下を脱がせた。
「理乃ちゃんのここにあるホクロ、いやらしいよね」
するするとパンティーを足からひき抜いて股のあいだにあるホクロへ指で触れる石和は、早くもしっとりとぬれだす桃瀬の身体作用を好ましくとらえた。
「ペチコートを脱がせるなんて、初めてだよ。理乃ちゃんは、いつもぼくを興奮させてくれるね」
腋窩を撫で、腕からペチコートを脱がせる指にはよけいな力がはいっておらず、ドキドキと緊張が高まる桃瀬は、為すがままに身をゆだねた。しばらくキスをくり返し、小さな胸をもんでいた石和は、ゆっくり体内をさぐった。
「んっ!」
「ごめんよ、痛かったかな」
「へ、平気です……」
シャツを脱いでズボンの金具をはずす石和は、桃瀬の躰へ蔽いかぶさった。端正な顔が近い。適度に鍛えられた胸板は、汗ばんでいるように見えた。いよいよ、そのときがきた。過度に緊張する桃瀬の髪を、石和はやさしく撫でた。
✦つづく




