表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

準備期間


 うるわしのイケおじ石和(いさわ)と、正式な交際へと発展した桃瀬(ももせ)は、部屋の合鍵を渡されて以降、まいにちのスキンケアは欠かさず、肌はつるつるとして、腫れぼったいまぶたも、以前よりはまとも(、、、)に見られるようになってきた。



「恋のパワーってすごい……」



 フェイスパックでヒアルロン酸を注入中の桃瀬は、リビングで足の爪を切った。石和に告白したあと、携帯電話の番号を交換したが、同じアパートに住んでいるため、電話をかける必要性はあまりなく、朝と夜、顔をあわせたときなどに、ちょっとした会話が発生した。


「おかえり、理乃(りの)ちゃん」「こんばんは、理乃ちゃん」と、下の名前を呼ぶ石和の声は、これまで以上に耳に心地よくひびいてくる。恋人としてあつかってもらうほど容姿や能力に自信はないが、これから少しずつ、できる努力をしようと思った。


 シャワーを浴びるさい、除毛クリームによる手入れは日課となり、とくに下半身の清潔感は常に維持(キープ)していた。


 成熟した女性の自浄作用は、生殖行為の基本形式が身に(そな)わっている証拠だが、いわゆる性的活動によって生成される興奮液で内奥がぬれるといった経験をもたない桃瀬は、石和から男性器を挿入されたとき、どれほど痛みをともなうのか、刺激と苦痛ばかり気になった。また、快感によってぬれやすい体質なのか、それさえもわからないため、じぶんの指で確かめようとしたが、怖くてできなかった。


「みんな、どんなふうにエッチしてるのかなぁ」


 ネットを検索すると、彼氏との性行為を愉しむ経験談や、恋人の時間を充実させるためのテクニックなどが、これでもかというバリエーションで載っていたが、どれも桃瀬にはハードルが高すぎて参考にならなかった。処女(バージン)を石和に捧げることになる桃瀬は、セックスを要求されたとき、ほとんど身をゆだねることしかできないだろう。


「もし、つまらない女だと思われたら、どうしよう……」


 異性とつきあったことがないため、こんなとき、相談できる人物がいない桃瀬は、既婚者の姉に電話をかけようとして、とちゅうでやめた。携帯電話の連絡先をながめ、石和の名前に目をとめた。


「……貴之(たかゆき)さんって云うんだ。……カッコいい名前だな」


 石和(いさわ)貴之(たかゆき)、それが、イケおじのフルネームだった。相手から「理乃ちゃん」と呼ばれても、こちらが「貴之さん」などと気軽に呼べるはずもない。もうしばらくのあいだ「石和さん」と呼ぶことにした桃瀬は、Aカップの胸をじぶんの指でつかんでみた。むにゅっとした手応えはあるが、石和の長い指では、あまるほど小さい。



「せめてあと1センチ、大きかったらよかったのに……」



 経験不足による思考回路の未熟さは(いな)めない。桃瀬と石和は、未知なる経験の連続となってゆく。受け身の不安を解消して、健康的な躰のつながりを持続していく責任がある石和は、過去に女性との交際経験をもつため、ベッドインは初めてではない。しかし、桃瀬は正真正銘の処女(バージン)である。それは男としてうれしい反面、無理強(むりじ)いは禁物(きんもつ)だ。



 水曜日の夜、沙由里(さゆり)の熱視線を営業スマイルでかわす石和は、部屋の合鍵を渡してあるのに、彼女がやってこない理由を考えた。男の誘いを無下(むげ)にして()らすといった嗜好(しこう)は、おそらく論外だ。大事にすると約束した以上、辛抱(しんぼう)を要されるとはいえ、事前準備は不可欠(ふかけつ)である。


 バーの仕事を終えてアパートへ帰宅した石和は、鍵付きのひきだしをあけ、スキンの使用期限を確かめた。水系ポリウレタン製で透明感があり、ぬくもりが伝わりやすい極薄タイプのゴムである。念のため、ドラッグストアで潤滑ジェルも購入しておいた。



✦つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ