1-08 十八禁乙女ゲーム転生 〜その性癖はいりません!〜
溝口遥は気づいたら十八禁乙女ゲームの世界に転生していた。
「どうして『秘め事 〜内緒の関係〜』なのよ。しかもヒロインではなく、ローザって……」
ゲームのヒロインはメイド養成学校を卒業したばかりの女の子、ステラ。モンディエール伯爵家の令息、アンドレも攻略対象だ。彼は特殊な性癖持ちだ。ローザは白い結婚をさせられ、アンドレとステラの情事をわざと見せつけられる。
「そうなる前に、婚約破棄をしてもらわないと!」
かくして彼女は、アンドレに婚約破棄をお願いし……無事(?)溺愛される。
「君が私に愛されたがっていたとは知らなかったな。ステラに見せつけてやろうじゃないか」
「それも嫌よ!」
黒髪と黒の瞳が不吉だと恐れられていた常に無表情のアンドレは、ローザと過ごすうちに笑顔が似合いの領民にも慕われるよき領主となる。
――犠牲になるのは、身も心も愛されるローザの羞恥心だけだ。
「アンドレ様、私に婚約破棄をしてください!」
言った!
言ってやったぞ!
まだ何もおかしなことはしていないアンドレ様にお願いするのは罪悪感に駆られたけれど、言ってやった!
手紙で「誰にも聞かれずに話したいことがある」と伝え、久しぶりに彼と会った。ここは彼の私室だ。当然、人払いはしてもらった。
「はぁ……、そう言うと思ったよ。君が婚約破棄を私に乞う理由は分かっている。家の格を考えれば自分からはできないからな。私のこの黒髪と黒の――」
「違います!」
ここで私がそれを理由にしてしまったら、一層トラウマになってしまうかもしれない。そこだけは否定しておこう。
この世界では黒髪と黒い瞳は不吉だ。過去に同じ色をした真っ黒の魔女が大量殺戮を行った歴史があるのと……黒は血筋関係なく突然現れる色なので、呪われているとされやすい。
なぜ突然現れるのかの真相も世界の秘密としてあるようだ。なにせ私は転生者。前の世界の名前は溝口遥だ。この十八禁の乙女ゲーム『秘め事 〜内緒の関係〜』を、攻略を見つつアンドレ様だけクリアした。
攻略に書いてあった。全員クリアすれば、『世界の真相エンド』が見られると。でも、ブラック企業で働く私に全員攻略する時間はなく、好みのキャラだけをゆっくりと進めていた。
他のキャラもクリアしたかったのに……。
ゲームの主人公は私ではない。メイド養成学校を卒業したばかりの女の子、ステラ・ノレイユだ。黒髪で黒い瞳のアンドレ様の使用人になりたがる人はなかなかいない。「ここで働きます!」と願いでればすぐに雇用してもらえる。ちょっぴりドジな彼女はクビにならなさそうだという理由で面接を受け……当然、雇われる。
「違うわけがないだろう。君が私の黒髪と――」
「だから違いますって! アンドレ様が私を愛してくれないからなのと、特殊性癖をお持ちだからです!」
「は、あ……?」
彼は特殊な性癖持ちだ。私、ローザ・ラフィットにステラとのドエロシーンをわざと見せつける。十八禁の乙女ゲームなのだから、それはもうエグい。
ゲームなら楽しめるけれど、リアルは別物だ。される側はもちろん、眺める側なんて身の毛もよだつ。生々しいのは勘弁してほしい。
「ステラ・ノレイユという名前の薄紅色の髪と瞳のメイドを雇用されているでしょう? そして、彼女を愛し始めているはずです」
「…………」
これまでのローザの記憶もある。
彼は婚約者である私と最近になってめっきり会わなくなった。既に何かが始まっているに違いない。
私は真紅の髪と瞳だ。両者とも赤系統なので、ゲーム内では子が生まれてもステラではなくローザの子として跡継ぎにする予定だった。まさに鬼畜の所業だ。
「しかも! 両想いになった暁には、私には指一本触れないくせにステラとの情事をわざと私に見せつけるのです! 既にそれも計画されているのではありませんこと? 今、バレちゃったーとか思ってますわよね。私は絶対に! 結婚したのに処女のまま寿命が尽きましたとか嫌なのです! ステラを好きならどこぞの貴族の養子にしてちゃんと結婚してください。私は私を愛してくれる方と結婚したいのです!」
「…………」
勢い余って立ち上がってしまったわ。前世の影響が大きかったかもしれない。興奮したせいで、令嬢らしからぬことを言ってしまった。
ま、アンドレ様相手ならどうでもいいでしょう。どうせ婚約は破棄してもらう。
「……あー、私の黒の――」
「だから、それは関係ありません! むしろ馴染みがある色です」
「馴染み?」
あ、つい口が滑ったわ。
「えっと、実は毎晩見る夢ではみーんな黒髪なのです。ええ、もうそれが当たり前というか、むしろカラフルな色って目にやさしくないよねというか。黒っていいですよね、はい。落ち着きます」
何言ってんだ、私は……。
「でもアンドレ様は無理です! 大事なことなのでもう一度言いますよ。アンドレ様とステラの情事を見せつけられるのは――ぜぇぇぇったいに!」
「ステラという名前の人間はうちにはいない」
「え」
「誰だそれはと聞きたい」
まっずい!
フライングかましたー!!!
それなら、最近なんで私と全然会ってなかったのよ……。紛らわしすぎよ。
「えっとですね……」
「どこで知った名前だ」
「ゆ、夢かな。えっと……」
「夢と現実を混同させるのか、君は」
「も、もう百回以上見てるんですよ。あの、ステラとアンドレ様のその、えっと――」
「情事をか」
「そ、そうですね。で、最近これは本当に起こる出来事だみたいな声が聞こえて――」
嘘の上塗りだ。しどろもどろになってきた。
「黒髪の人間が毎日出てくるんじゃなかったのか」
そうだったー!
「あ、あの、黒髪の人は周りで見てるというか……えっと……」
あれ、なんかもうおかしな設定に……。
「つまり君は、私とステラというメイドの情事を黒髪の人間たちと一緒に眺める夢を百回以上見ていて、それが現実になると私に言ってるのか」
「そ、そうなりますね……」
泣く!
これは泣く!
いろんな意味で泣く!
あ、まずい。本当に涙がこぼれ落ちそう。
「……きっとそのうちステラが面接に来るので、その時に私の言ったことが真実だと分かるはずです……それまで婚約破棄の件は棚上げでいいですわ……信じてもらえないことにはどうしようもないですもんね……」
帰ろう。
今すぐ帰って、ステラが現れるまで今日のことは忘れよう。ステラが面接でアウトな発言をするとアンドレ様は興味をなくし、他の人が攻略対象となるけど……出会いはするわけだしね。そこからどうにか破棄にもっていこう。
「今日はお会いしていただき、ありがとうございました。私はこれで失礼いたしますわ」
最後くらい優雅に立ち去ろう。
涙を拭いてカーテシーをして、そして――、
「待て」
返事も持たずに踵を返した私の手を彼が握りしめた。
「来い」
「えっ……」
黒く鋭い瞳が私を射抜いた。今までこんなに真っ直ぐに見つめられたことがあっただろうか。あのゲーム内容を知っているはずなのに、すごく誠実そうに見えて――。
もしかして、ゲームと違う?
混同した私が馬鹿だった?
彼が私の手を引っ張って連れて行く先は――。
ベッドじゃん!
勢いよく天蓋つきのふかふかベッドに引き倒されて、突然馬乗りに――。
まずい!
「なななな、ど、どうしちゃったんですか、アンドレ様」
「さっきの君の言葉をまとめると、処女を捨てたいと」
「言ってません!!!」
「今散らしておけば、君の夢は偽物になるな。私は人の思い通りになるのが嫌いなんだ。おとなしくしていろ。すぐに終わる」
「駄目です! ステラを好きになったら、せっかく婚約破棄してもらっても傷物になってるじゃないですか、私! 絶対駄目です!」
「はぁ……めんどくさいな……」
酷すぎる。
「私は君の言葉を今すぐ否定したいんだ。悪いが――」
「いえいえ! さっき私、指先一本触れなかったと言いましたよね、もう触れてるので大丈夫です、もう否定されました!」
「なら、婚約破棄もしなくていいな」
「それも駄目です!」
もう自分の言ってる内容が訳わからなくなってきた。今日はもう説得できる気がしない。
「仕方ない……少しは君の希望も聞いてやるか」
「さすがアンドレ様! 話が分かりますね!」
適当に褒めておけばどうにか……って、ちょっと! 腰とかサワサワしないでくださいよ。さすがに最初は好きな人としたい。前世だって経験なかったし。
「私は君の言ったことを否定したい。しかし、君は傷物になりたくない」
「はい、その通りです」
「それなら手前でやめておけばいいな」
ぎゃー! 服が剥ぎ取られるー!
「駄目です! 結婚する人としか触れたくないです!」
「私は今すぐ君の言葉を否定したいと言ってるだろう。脱がせ終わる前に私が納得できるような説得をしてみろ」
えー!
アンドレ様が納得……変態アンドレ様が納得して……あ、もう間に合わない! これだからエロゲーキャラは困る!
「せ、せめて、布越しまでで勘弁してください……」
次から分厚いコートを着てこよう。
「ふむ……なるほど」
考えているお姿もミステリアスでかっこいい。イケメンなんだよね、攻略者だけあって。
「分かった、一枚までな。次に会うまでにこの国で一番薄い布を手に入れよう」
「え、ちょっ、まっ……」
「布越しだ、問題ない」
――こうして私は、自分の言葉にさんざん苦しめられることとなった。
それから数週間後、「もうお嫁にいけない……」と何度も思わされた頃にステラが面接に来た。私もなぜか立ち合わされた……彼の膝の上で。
「はじめまして。ステラ・ノレイユです。ふふっ、そんなに愛されているなんて、ローザ様も転生者なんですね! よかったです。私、ローザ様とも一緒に楽しみましょうよとお願いしようと思っていたのです」
薄紅色のふわりとした髪の彼女は頬までその色に染まって、それはそれは可愛らしい。
――しかし、彼女の紡ぎ出す言葉はイカれていた。
「でも、心配いりませんね! アンドレ様、私……ローザ様が好きなんです。もし雇っていただければ、今よりもっと素敵なローザ様を見ることができるかもしれませんよ?」
「ほう……」
いつものように彼の手が動き出し、初めて会ったはずの彼女が笑みを濃くする。
――私の前途は、かなり多難かもしれない。