1-07 きっと月の子供たち
15才の相崎ツトムは、体外受精で出生したごく一般的な少年だった。五体満足、気力充実。頭もいい。でも行政府が割り当てた里親とはうまくいかず、何度も里親の変更を届け出て、二度親を変更していた。
ある日三度目の親替えののち、かれは市役所の相談窓口で係のものと言い合いになる。
「要するにきみはどうしたいのかしら」
「……ぼくは自由になりたいんだと思います」
「自由はどこにでもあるわ。少なくともこの国では」
「でもぼくは自由じゃない」
鬱屈する少年に、市役所の相談窓口はある提案をした。
「出生親に、会ってみる気はない?」
調査の結果、少年はある人物のプロフィールと、その住所を手にする。
少年は決意した。
月に行こう。父に、会いに行こう、と。
月。崑崙街区4-8。
その場所へ。少年は旅立つ。
──さあ証明してみよう、ぼくがぼくであるという、くだらない事実のために。
さあ証明してみよう、ぼくがぼくであるという、くだらない事実のために。
※
必要なのは切符。月行きへの切符。ただそれだけだった。
でもそれを手にするのが難しい。ぼくはまだ未成年だし、お金も持っていない、無力な中学生だった。中学生というものは、どの時代も原則不自由なものだと相場が決まっている。ぼくもまたその例外にもれない。せいぜい支給された端末を片手に、〝安全〟とレッテルを貼られたWebサイトを散歩するだけの権限しか持っていないのだ。
でもそれは、首輪のついたワンちゃんのお散歩だった。
突然走らないように。目の届かないところに出かけてしまわないように。すべてはきみたち子どもが安心し、安全に心身を育むために。世界教育委員会の示した方針は実に明快だ。おかげでぼくはぼくをたぶらかして悪の道に誘うような人間とは無縁に育った。
そう、毒親でさえも。
ぼくはそれを辞書の中でしか知らない。
「辞書」という言葉は、適切な表現ではないかもしれない。ぼくたちは日頃の疑問はすべてAIに尋ねる。どんな質問攻めにも怒らないからだ。小学生の頃のお勉強はだいたいそれでやった。主に暗記ものが多いからクイズ感覚で解ける。ぼくはいつのまにか物知りになっていたわけなんだ。
知識なんて意味がない。AI任せでいいじゃないかって言う大人もいた。ただ、それだとせっかく生まれ持った脳みそがふにゃふにゃになっちゃうらしい。そういう研究がアメリカだったかドイツだったかで発表されて、先生たちはより一層背筋を伸ばして授業をしてくれたものだった。もっとも、結局のところAIのほうが先生の数倍知識があって面白かったし、AIのほうが人間の数十倍も忍耐強くぼくたちの相手をしてくれたのだけれど。
そうそう。毒親の話だった。
というわけで、ぼくは毒親の概念を言葉の上でしか理解していない。
なんでも「子どもを支配したり、傷つけたり、ネグレクトしたりして〝毒〟になる親のこと」というのがその定義らしい。でもそんな適性のない親なんて想像すら難しかった。だってすぐにクチコミが拡がって、行政指導が入るか、親の解任が行われるからだ。もちろん血縁関係や親族関係が、ぼくらの知っている人間関係とは別物だったという話は聞いている。けれどもうまくいかない関係はさっさと切るべきだという考えがつい頭をもたげてしまうのだった。
だからぼくは養父母を通報し、しかるべき手段をもってしかるべき手続きで配置変えをしてもらうよう依頼をしたのだった。
ぼくはいま市役所のソファにひとり座っていて、自分の受付番号がいつ案内されるのかをヤキモキしながら待っている。端末でAI相手に問答を繰り返しているのも飽きてきた。そろそろ人間相手のコミュニケーションも悪くないかなと思ってる頃合いだった。
「146番でお待ちの方」
ぼくだ。端末も振動する。早足で受付を通りすぎると、一対一で話し合いができる個室へと案内された。日本ではあまり見ないけど、キリスト教圏では告解部屋と呼ばれているものと同じ形をしている。プライベートとプライバシーを守るのに適した作りだと、いつしか定着したみたいだ。
相談者席に座ると、窓口にうっすらと仮想ディスプレイが出現した。担当者の名前とプロフィールが表示される。「米原リコ」「シス女性」「20代後半」ほか諸々。
窓口に当人が入る。アバターはなし。網目の窓越しに、ぼくは米原さんを見る。
「相崎ツトムくん、でいいわね」
「はい」
部屋は暗くはないが、明るくもなかった。あんまり明るすぎると言いたいことが言えず、あんまり暗すぎると先の話をする気がなくなる。そんな部屋の中で、個人端末でぼくの経歴をチェックすると思しき動作が、ディスプレイの照射によって垣間見えた。
「もう三度目なのね。どの親もお気に召さないの?」
「うん」
「いちおう通報内容は見ました。主な訴えは肖像権とプライバシーの侵害。休日の旅行や日々の私秘的な振る舞いを撮影した画像データの扱いについて、異議申し立てを行っているわね。特にSNSに公開し、収益化していたことに関しては損害賠償も求めている」
「AIに訊いたら民事で賠償請求ができるものだと聞いてます」
「法的には誤りではないわ」
「ならそうしてもらえると助かります。専属のAI同士で示談に持ち込むことになるはずですから」
法廷に入るまでだったら、上手いこと調整は効くものだ。大概のコミュニケーションは人数が増えれば増えるほどややこしくなる。最初の親を通報したのが12歳のときだった。あのときは中学受験もしなきゃいけなかったから、めちゃくちゃ大変だったな。
「わかりました。少しだけ踏み込んだ質問をするけど、構わないかしら?」
「どうぞ」
「きみは年齢上まだ被保護段階にいます。だからわたしたちとしてはきみに保護責任者を付けないといけないわけです」
「存じております」
「21世紀半ば、政府はAIによる補助を前提に12歳から18歳までの未成年を『準成年期』と定義し、ある程度の法的手続きを可能なようにしました。しかしいくら選択肢があったとしても、きみは依然未成年であり、被保護段階にあります」
「まどろっこしいな。つまり何が言いたいんですか?」
「次の親はだれが適任か、それを選ぶ仕事をどこまですればいいのかという話よ」
米原リコはそっと端末をスワイプし、仮想ディスプレイにイメージを投影した。それを反転させ、ぼくのディスプレイにも同じものを見せる。そこには全国の里親情報が、匿名性を損なわないレベルで一覧化されていた。
「きみは、同年齢の他の子たちにくらべて非常に精神的にも安定しているし、頭脳も明晰。健康状態だっていい。そういう子どもは環境への適合性も高いから、高評価の里親を割り当てにくくなってます。むしろグループホームやシェアハウス入居を推奨される」
「グループホームやシェアハウスはだめです。グループホームにいれば年下の面倒を看させられるし、シェアハウスの同居人候補はばかすぎて相手にならない」
「そう。本人の希望が最優先されるため、結局のところ中レベルから最低少し手前くらいの里親としかマッチングできないのよ。それでも、いま選べる人選からは最適なものを選んでいる」
「でもだからと言って、愛情を理由にプライバシーを侵害するのは良くないと思います」
はあ、とため息が聞こえる。ぼくはまちがったことを言ったのだろうか。
「要するにきみはどうしたいのかしら」
直球だった。直球過ぎて、回答するために普段以上に頭を使う必要があった。
「ぼくは自由になりたいんだと思います」
ようやく絞り出した答えがこれだった。
「自由はどこにでもあるわ。少なくともこの国は。民主主義の国では」
「でもぼくは自由じゃない」
「自由には責任が伴うからよ」
「ぼくには責任能力がないとおっしゃるのでしょうか」
「そう」
「なぜ」
「未成年だからよ」
「未成年? 18歳になることがそんなに大切なのでしょうか」
「そうよ。それに、お金もない」
「アルバイトなら求人サイトで探せます。でもそのための身分証明だってさせてもらえないじゃないですか。なんにだって必ず保護者の承認が要る」
「当然です」
「ぼくの自由はどこにあるんですか?」
「3年後の未来ね。正確には、3年と144日先の未来。必要とあらば秒刻みにしても構わないけど」
「ならその時間分のコールドスリープを要請します」
「だめよ。現状の国内の法制では、コールドスリープを適用した場合法的な年齢は入眠時から加算されないことになっている。心身の成熟が認められないのよ」
「じゃあどうすればいいんだ!」
いけない。自分でも感情的になっている。
数秒間の沈黙ののち、ぼくは大きなため息を吐いた。自分でもこんなに大きくなるとは思わないくらいのため息だった。
「ぼくは自分の人生を生きてみたいんです」
「それはどこにあるのかしらね」
「さあ。でも、少なくとも、ぼくはだれかの人生を豊かにするためのオモチャだったつもりはなかったんです」
「それがいまの里親を訴えた理由?」
「そういうことでいいですよ」
話は終わりだと思った。ぼくはまたよくわからない里親とマッチングし、よくわからない理由でその家庭に馴染めないまま、残りの3年と半年弱を過ごすことになると思った。
ところが、米原リコから「待って」と声がかかった。
「出生親に、会ってみる気はない?」
ぼくは首をかしげた。ぼくの遺伝的な親。しかしそれはただ精子と卵子を提供しただけの、赤の他人にだって等しい。
だが意外な選択肢だった。少なくとも過去やり尽くして、限界を感じたあらゆる選択肢とは全く異なるアプローチだった。
米原リコは淡々と新しい資料を仮想ディスプレイに表示した。
「きみの遺伝的な親については、希望があれば調べることができる。そういう権利がきみにはあるのよ」
それをすることにどれだけの意味があるのかは、正直なところわからなかった。しかしやらないよりはましだと思った。
2週間後、調査結果が来た。
封筒に入った通知書には、ぼくの遺伝的な数々のデータといかにその人物が合致しているかを説明している。しかし赤の他人であるため必要最低限の情報しかない。姓、名、職業、現住所……ぼくは最後の項目を見た。
月。
崑崙街区、4-8。
窓の外を見る。青く透明な空に浮かぶ、新月の影をそこに見つけた気がした。
「父さん……」
必要なのは切符。月行きへの切符。ただそれだけだった。





