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1-05 俺と猫又彼女とリフォームライフ

解体予定だった祖母宅で凍死しかけた、27歳派遣社員の後藤渉。目覚めたら、裸の美女と同衾していた! 美女の正体は、猫又と化した祖母の飼い猫ミケ。パニックしている渉を前に、彼女は「渉と、この家で暮らしたい」とはらはらと涙をこぼす。今度こそ自分がミケを飼うのだと決意した彼は、祖母宅に引越しする。が、祖母宅はやばいほどにボロかった。後藤は彼女のため自分のため、祖母宅をリフォームすることを思いつく。……一年後。祖母宅の修繕がミケの目的だったと知るも、彼女を好きになってしまった。後藤はミケに家の鍵と鈴の鳴る首輪と人間用の指輪と、そして心を差し出す。「あなたのための家を作りました、お嫁に来てください!」

果たして彼女の返事はいかに。


 全ての始まりは、二十七歳の冬。

 数年前までの俺は、一浪して三流大学になんとか滑り込み。一留しながらようやく卒業した、しがない派遣社員でしかなかった。


 *


()んむっ」


 今年も、あと一週間足らずで終わるっつー、午前〇時。

 俺、後藤渉(ごとう わたる)は明日解体予定のばあちゃん宅でガタガタ震えていた。


「……舐めてたわ……」


 神奈川とはいえ、暖房が使えない家屋がこんなに寒いとは。ガスは当然止まってる。水道は元栓を開けた。電気はブレーカーを上げたが、悲しいことにエアコンは壊れてる。


「確か、ガスストーブや石油ファンヒーターは『火事になるかもしれない』って、電気にしたんだよな」


 風呂は電気であっためる系だったが、バスタブはひび割れてる。それでも水漏れ覚悟で出してみたら、赤錆で茶色い水がいつまでも出てくるので、湯で暖をとる作戦も断念した。


「あ、明日までに。お、俺、冷凍になっちゃってて。い、家をバラすときに、一緒に解体されちゃうんじゃね?」


 普段の俺は、コールセンターで一日中座りっぱなしのひ弱男子である。言うて運動してない系であって、病弱なわけではない。

 だが、運動といえるのはアパートから駅までと、駅から職場まで。あとは、昼飯を食べに休憩室に行くまでくらい。熱を生み出す筋肉がつかないのも事実。


「恨むよ、数時間前の俺ぇ……」


 ——三ヶ月前。再婚相手と外国に住んでいるお袋から『ばあちゃんちの解体に立ち会ってくれ』とのメッセージが送られてきた。


 親父が亡くなってから、一人で苦労してたお袋。ようやくラブラブきゃっきゃしているのだ、クリスマスや正月というイベント目白押しな期間に帰らせるのは忍びない。


 だがしかし、ばあちゃんの身内は俺とお袋しかいない。なので「OK」との返事を送り、解体初日は俺の休日に合わせてもらった。


 ばあちゃん宅は、各駅停車しか止まらない駅からバスを使う。さらにバス停から歩いて十五分。……だったが、バス代をケチったのが運のツキ。三時間近くも彷徨った。

 しかも、到着した途端にお袋から『ごっめぇーん、日付間違えてた』なんてメッセージがきたが、そのときには精も根も尽き果てて、出直す気力なし。


 ばあちゃんが亡くなって以来、誰も住んでいない家ではあったが、ざっと見た限りそんなに傷んでいるようには見えない。


「どっちかっつーと、俺の四畳半トイレ共同風呂なしアパートのほうがやばい」


 別に廃墟ってわけでもないし一晩泊まるくらい問題ないだろ、って思ってしまったのが二個目の敗因だった。


 いったんコンビニまで戻り、食べ物や飲み物だのを買い込んだ。食っちゃ寝しながら、ダラダラと携帯で動画をみているまでは良かった——


 寝る段になって。


「こ、こんなに寒いとわかってればばば。せめて、カイロでも仕入れてくるんだだだだ」


 歯がガチガチ鳴る。意識してないと震えすぎて、舌を噛みそうだ。

 俺はコートの中に首も手も引っ込めて、なるべく丸くなった。


「とっ、とにかく眠ろう!」




 ふよんふよん。

 なんか、ふわふわしたもんが鼻先をくすぐる。

 あったかい。

 懐かしい。なんだっけ、この感覚。……そうだ、ミケだ。


 五歳のとき、ばあちゃんちへ行く途中拾った子猫。右耳が黒、左耳がオレンジのほかは真っ白で水色の目をしていた。

 お袋には『元いた場所に戻してきなさい』って言われたけど、離れられなくて。グジュグジュ泣く俺を見て、ばあちゃんが『私が飼うよ』って取りなしてくれた。

 以来、泊まりに行くと俺の布団に潜り込んでくるのがお約束だった。


 俺は懐にもぐり込んできたモノをぎゅっと抱きしめながら、ミケのことを考える。


「生きて……るわけないよな」


 今だったら二十二歳にはなってる。たしか、犬や猫の年齢は人間の五倍って聞いたから百歳越え。


 そういえば、ばあちゃんの亡くなったときから見かけてない。どうしたのかな。人が知らないところでひっそり息絶えたのかもしれない。


 ぐず。

 やばい、泣きそうだ。


「ミケ。お前が生きてたら、連れて帰る。今度こそ、俺が飼うからな」


 呟くと、頭ん中に不思議な声が響いた。


『ほんとうに?』


 ……ああ、俺。夢見てんのか。よっぽどミケが恋しかったんだな。しかも、なんか美女っぽい声してない? まあ、美猫だったよな。近所の猫にモテまくっては、追い散らかしてた。ひょっとしたら、ミケってこの辺のメスボスだったのか? 


 なんて考えてると、不思議な声がもう一度話しかけてきた。


『渉、手のひらを出してください』


「いいよ」


 手を差し出したら、ふにっと手のひらを踏まれている気がする。


『よしよし、手のひらを合わせましたよ。はい、契約しますよー。痛くないので、じっとしててくださーい』


「え、俺。注射は嫌い……」


 断ったが、いきなりピカー! って光った。寝ぼけ半分だったが、完全に目が醒める。


「え。な、なにごと?」


「渉」


 今度は耳から聞こえた。目の前には、にっこり笑っている絶世の美女。どうやら、俺は横向きに寝てて美女と抱き合っている。……違くて!


「な、なんですか、あなたはっ!」


 飛び起きながら、大声を上げてしまう。やべ、ご近所迷惑、と口を手で抑えてから、隣は左右とも空き家だったことを思い出す。

 ころんと転がった美女がうーんと伸びをする。俺はガン見した。


「お、おおお」


 彼女は全裸だった。……まさか俺ってば、知らない間にお婿に行ってしまったのだろうか。なんてもったいない! あ。俺、服着てるわ。セーフだ、つか残念。


「……違くて!」


 どっからこの美女は沸いた? もしかしたら俺がいる前から、裸でこの家んなかに居たのか? それとも、俺が寝静まってから忍び込んできたのか? そんでもって、服はどうした。……どっちにしても、痴女か。


「お」


 おまわりさーん! 呼ぼうとして、思いとどまる。

 美女VSぶさメンな俺。に加えて、全裸女性VS服を着ている野郎。これって、どう見ても俺が犯罪者じゃねーか!


「ちくしょー、これだから弱男てのは!」


 とりあえず俺は横を向いた。


 ……ぶっちゃけ見たい。だが倫理観が。

 しかし露出狂は嬉しくない、チラリズムが男のロマン。


「違くて!」


 俺はトレーナーにジーンズ、その下にはTシャツにトランクス、靴下も履いてる。対して彼女は一枚も着ていない。人道的に考えると、不公平だろう。仕方ない、寒いがコートを貸してやる。極力見ないよう、バサっと投げつける。


「見えるから。前、ボタンして」


 非常に惜しい。が、善行のツケはすぐにきた。


()っむ!」


 ガタガタガタ。地震かよ、ってくらい震えが止まらない。


「無理をしちゃだめですよ?」


 美女はなんと、俺に抱きついてくるではないか! え、こんなラッキースケベ、あっていいの? 俺、死ぬの?


「渉はさっき凍死しかけてたんですからね?」


 め、とまつげバサバサの大きな瞳で睨まれ、ついでにたしなめられる。


「へ」


 まじで? 俺、ほんとに冷凍人間(アイスマン)になるとこだったの?


「まじです。私の生命力を分けてあげなければ、静子のもとに逝ってましたよー」


 べり。

 ばあちゃんの名前以外は、聞き捨てならないワードばかりで美女を引き剥がす。……決して彼シャツならぬ、俺コートを堪能するためではなくて。


 美女の頭のてっぺんに三角でふさふさな耳、そして彼女の後ろから尻尾が二本もゆらゆらしているのが見えたからである!


「ねっ、猫又ぁぁーっ?」


 たしかに小さい頃、小豆洗いを見たことがある。今だって、金縛りもしょっちゅうあるけど。問題はそこではない。


「ふざけんな、猫又って雄じゃねーか!」


 トキメキを返せ!


「相変わらずアホの子ですねぇ、渉は」


 なんだと、コラ。核心をつくな。


「三毛猫の雄は、三千から三万匹のうちに一匹いればいい、というレア種です。私が雄であるわけないでしょう?」


 ……三毛猫に雄は滅多に生まれないとは聞いたことがある。むむ、意外と学がある猫又だな。


「ん?」


 黒髪の中、左側に一房だけオレンジ。目が水色? 妙に懐かしい。……どっかで見た?


「あ、あれ。ミケ?」


「もう! わかってたんじゃなかったんですか?」


 ぷうと膨れるな、可愛いが過ぎるやろがい。


「え。どういうこと。ミケはやっぱ死んで……。で、猫又になっちゃったのかよ!」


 ピシャリと二股しっぽで顔を叩かれた。


「ってえぇ……」


 ぶっ、目に毛が入った。目が、目があああ。唸っていると、声が降って来た。


「猫又の定義を、よーく考えてみましょー」


「定義っつーても」


 知らんわ。ネット界の生き字引、グールぐるぐる先生に聞いてみっか。……早速回答を頂けた。

【二十二年二ヶ月二日でシッポが二股に別れ、猫又となります】


「ふーん、意外」


 化け物になるのに、それくらいしか年数必要ないのか。やたら「二」がつくの、にゃーにゃーに引っかけてんのか? ウケる。


「……待てよ?」


 その年月日になにか覚えがある。ひいふうみい。俺は指折り数えてみて。

 ずざあっ。畳の上をスライディング後退りした。


「みっ、ミケ?!」

「だから、そう言ってるでしょー?」


 俺が拾ってから二十二年。あのとき生後二ヶ月と二日だったらしい子猫は、猫又(バケネコ)になって俺の前に現れた。


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