1-24 今日もなんだかんだ生きている
SF小説というのはフィクションだから面白いと思っている。
そんな俺、田中実、28歳、男、恋人は現在進行形でいない。アパレル運送会社の契約派遣社員、酒もタバコも博打もしない、そんなボクの趣味は車でも時計でもアイドルの追っかけでもなく……物語を書くことだ。
田中実、28歳、男、恋人はなし、アパレル運送会社の契約派遣社員、酒もタバコも博打もしない、そんなボクの趣味は車でも時計でもアイドルの追っかけでもなく……物語を書くことだ。
いつもの仕事の帰り道、ふと良さげな台詞が思いつき、すぐメモをとらなくてはとスマホを鞄から取り出す。
「えっと………、[2度と私は恋をしない!そう誓っていたはずなのに、彼からmd]……、あ……。」
「おい、何をボサっと突っ立ってんだよ!邪魔だ、クズが!!」
わざわざ広めの通りまで出て、端っこでメモをとっていたのに、こう、自分のことしか考えてない視野の狭い人間は、何故、自分より弱者であろう者に対して、強く出ては文句を、暴言を吐いてくるのだろうか。自分が悪いという可能性は一抹も考えないのだろうか。弱者が相手なら何言ってもいいのだろうか。
いや、そうじゃない。きっと彼には彼の理由があるのだ。視野が狭くなるようなことがきっとあったのだ。決めつけてはいけない。もし、普段から視野の狭い人間だったとしても、そんな人間と同じステージに立ってはいけない。寛大であれ。作品にも影響が出てしまう。
こう、苛立ちを感じたら、脳内でサンドバッグをぶん殴るのだ。手を出しちゃダメだ。でも、脳内ならセーフ。ボッコボコに原型を留めないほどにぶん殴る。尖った槍のような何かを脳内に召喚し、そのサンドバッグだったものを何度も何度も何度も何度も何度もブッ刺す。強く強く、さらにぐちゃぐちゃにする。赤い液体が撒き散らかる。自分も真っ赤に染まる。でも、脳内ならセーフだ。
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「いや、全然セーフじゃなくね? 」
パンッと私の原稿を机に放ると彼はそう吐き捨てた。
「お前さ、本当にジャプアニーセ文明の研究を世に認めてもらう気あるの? 」
「もちろんあるよ!! 」
私は自信満々にそう言い切った。幼い頃にジャプアニーセ文明と出合ってから私は沼というものにハマってしまったのだ。
「ジャプアニーセ文明の後期の若者はストレスという精神的苦痛を妄想で精神病というものを予防していたそうなんだ!! 」
「妄想で……ね。確かにそのような文化があったという文献や資料が遺跡から出てきているのかもしれないが、ジャプニーセ文明研究を広めるための創作小説で、これは絶対にウケない。 」
彼は深いため息をつくとズズズッとミネラルドリンクをすすった。
「そもそも、ジャプアニーセ文明を広める媒体に文章とか、今時古くないか? 」
「【オワコン】? 」
「お前さ、そうやってジャプアン語でいちいち言い換えるのやめた方がいいぞ。友達なくすぞ。いや、俺以外友達いないのか……。 」
彼はウッと頭を抱えた。確かに私には彼以外の友だちはいない。
「ジルはさ、それでも私に付き合ってくれるじゃん。 」
「それはさ、その、お前の研究を応援したいというか、まぁ、同じゼミだったから協力したいというか。別にジャプアニーセ文明、面白いところもあるから?知ってもらいたいっていうのはあるし? 」
はるか昔あったとされる島国、ジャプアン。ジャプアニーセ文明はかなり長く続いたようだが、その最期は未だ判明されておらず、どういった経緯で滅んでしまったのか謎のベールに包まれたままだ。それでも時期によって様々な文化遍歴を見せてくれるこの文明が私は好きで、だからこそ、この文明の謎をこの手で解き明かしたいのだ。
しかし、資金がない!!研究には金が必要だ!!熱意だけで金が湧いて出てくるならよかったのだが、世の中そんなに甘くなかった。
「ヒストリア、お前さ、周りから【ニート】、【プー太郎】って思われてるんだぞ。 」
「【プー太郎】って【生娘】でも使える言葉なのかな? 」
「いや、そこじゃないし、お前は【生娘】じゃないだろ。 」
いやいやいやいや、ジル様や、何をおっしゃいますの。
「私、ジル以外の男の知り合いがいないのに、誰と付き合うのよ。 」
「……マジか。いや、話を戻すぞ。今度の研究発表会までに何の成果も出せてないとお前、研究辞めさせられて、親の言いなりになるって宣言したんだろ?このままだと、難しいんじゃねぇの? 」
彼の鋭い視線から私は思わずそらしてしまう。私はどんなことがあろうが、研究を辞めるつもりも、親の言いなりになるつもりもない。私は、ジャプアニーセ文明の最期の謎を解明するために生きているのだ。
万が一、そんなようなことになるようならば、私は。
「なぁ、ジャプアニーセ文明の研究一本じゃなくてさ、俺のとこの会社でさ、非雇用でもいいから社員にならないか?そしたらさ、お前のとこの家族も納得してくれるしさ、俺も研究辞めろとか言わないしさ。 」
「それさ、何回目?手伝ってもらってる身としてこんなこと言う資格ないと思うけど、その誘い、何度言ってきても私は断るよ。ってか、分かってるくせに。 」
「あぁ、分かってる。分かってるけどさぁ……、分かってるから何度も言ってんだよ!! 」
ジルは優しい奴だ。本来はこんなところで私に付き合う時間なんてないはずなのに、こうやって時間をつくって来てくれる。
「もうさ、小説じゃなくて、テレパコンテンツにした方がよくないか?その方がこちらの意思とか伝わりやすいし。 」
「いや、テレパコンテンツだと、直接的に伝わりすぎてしまう。なんていうか、言葉にするのが難しいんだけど、なんていうか読み手によって違う風に感じ取れるっていう方がさ、ジャプアニーセ文明の研究は伝わると思う。 」
彼は、ンーーーと唸る。
「お前の言わんとすることは分からなくもないが、この創作小説はマイナスプロモーションだ。いっそのこと、新しい作品を書き直したほうがいい。……おっと、もう戻らないと。じゃあ、与えられた時間も限られてるんだから、お前自身がちゃんと納得できる選択をしろよ。 」
そう言って慌てて荷物をまとめると、ジルは店を出て行った。私も少し経って、彼から否定された原稿をまとめてしっかりと仕舞ってから店から出る。外は星が輝いていた。
「そんなにも、これ、ダメだったか。 」
昔はもっとジルは面白がって私の作品を読んでくれていた。いや、違う。ただ、私が成長していないだけだ。こういう時、ジャプアニーセ文明にいた人間は泣いていたのだろうか。
気付けば、自室に戻っていた。外は明るい。酷く気持ちが悪い。部屋を見渡せば、いつも通り散らかっていた。違う。赤い何かが視界の端に入った。
私は恐る恐る近づく。赤い液体の池が出来ていた。異臭がする。よく見れば、ごぽごぽと気体が発生していた。私は思わず後ずさった。
赤い液体は徐々に大きく広がったかと思うと何かを形成していく。私はそれを知らないはずなのに、知っている。赤い液体だったソレの二つの眼が私を捉えた。
「【うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!バケモノ!!!!!】」
「きゃーーーーーーーーーー!!!人間だぁ!!!しかも、黒髪、黒い目!!!ジャプアン人間?チーネーイン人間?いや、それよりも、生きた人間初めて見た!!! 」
赤い液体から変化したその人間と思わしき生物は、その黒い二つの目を大きく開き、おそらく驚いたような表情を見せた。
「【えーっと、この言葉は通じますか? 】 」
「【え、日本語?言葉が通じるのか?】」
私は人間と意思疎通できたことに感動した。
「【あぁ、言葉が分かるよ!!ねぇ、貴方、名前は?私はヒストリアっていうんだけど!! 】 」
「【お、俺はミノル……。君は何者なんだ?】」
「【 私はえーーーと、貴方に上手く伝わるか分からないけど、オワコン生娘エイリアンです!!どうぞよろしく!!】」
私は大きく胴を伸ばし交流を深めようとしたところ、人間……、いや、ミノルの目から黒がなくなってその場に倒れてしまった。
どうやら、人間は初対面の挨拶で胴は伸ばさないようだ。





