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1-23 幼馴染みしか勝たん!~いつしか疎遠になった僕と彼女は、異世界で絆を育む~

『ひーくん、大好き! 大人になってもずーっと!』

『うん、僕も大好きだよ、紗愛』

 黙したまま移ろう時の中でさえ、輝く記憶。


「何も言わずにじろじろ見てくんのやめてよ、キモいから」


 幼い頃からずっと一緒だった朝霧紗愛(あさぎり さな)とすっかり距離が開いてしまった少年・伊崎弘樹(いさき ひろき)は、その理由について考えては気持ちの沈む日々を送っていた。

 ある日、放課後偶然にもふたりきりになったふたり。紗愛は意味深な言葉を口にするも、その時奇声を発しながらナイフを振り回す少女と遭遇して……?


 離れた手は、また繋がるのか?

 世界を越える、じれった風味なファンタジック青春譚、ここに開幕!

「ねー、伊崎(いさき)がまたこっち見てるよ?」

紗愛(さな)に用があんじゃないの? 相手したげなよ~」

「いーの。無視してりゃいなくなるから」


 そういうと、紗愛は何事もなかったように周りの女子たちと話を続けた。茶化すような視線を時折寄越す女子たちと違って、僕を一切見ないまま。


 いつから、こうなったのだろう。

 小学校の頃は仲のいい友達同士でいられたはずなんだ。それに、去年中学校に上がったばかりの頃だって。

 いつまでもそうなのだろうと勝手に思っていた。僕と紗愛は変わらずにいられるのだろうと安心しきっていた。これが恋愛感情かはわからないけど、ずっと一緒のままでいたかったのに。


 気付けば僕らの距離は開いていて。

 紗愛が僕に微笑むこともなくなっていた。


 直接何かをしたつもりはないけど、僕はあまり察しがよくないし、ルックスだってどんなに甘く見積もったところで「いい」とは言えない。暗い性格なのも自覚していて、この中学校でできた友達なんて片手で数えきれるほどだ。

 ……愛想を尽かされる心当たりなら、悲しいかな、決してなくもない。ひょっとしたら、他に僕自身でも気付いていない物事で紗愛に嫌な思いをさせたのだろうか? 尋ねようにも、今の紗愛には近寄りがたい。


「どうしよう……」

 何度呟いたかわからない言葉が、今日も茜色の空に溶ける。もし嫌なことをしたのなら謝りたいし、他の事情があるならそれを知りたい。何もわからないままこんな関係性になっているのは、なんだかモヤモヤする。

 教室の窓越しに見る夕景が、徐々に宵闇に抱かれていく。また、ぼんやり考えちゃったな。答えのない問いを繰り返す時間に虚しさを覚えながら席を立つと、「わ」という声。


 しまったと言いたげな紗愛と、目が合う。

 たぶん少しの間、時間が止まったと思う。

 そんな静寂を破る勇気すら僕にはなくて。

 時を動かしたのは、「あのさ」という声。


「やめてよ、何も言わずにじろじろ見るの」

「え……で、でもさ。そうは言っても、」

弘樹(ひろき)さぁ、言いたいことあんなら言いなよ。昔は気にならなかったけど、そういうのうざい」

「うぅっ」

「それもキモい。漫画のキャラでも演じてるわけ?」


 冷ややかな眼差しに、言葉が出なくなる。

 周りに女子もいないから、今なら何の気兼ねもなく話せそうなのに。ここで訊かなきゃ次のチャンスがいつなのかもわからないのに。

 口が乾いて、声が出てこない。

「昔はよかったな」

「え?」

 ぽつりと紗愛の口から出た言葉。

 その意味を尋ねようとしたとき。


「ホアアアァァアアアア!!」

 突然、汗っかきの胡散臭いおじさんが発したかのような少女の声音が静寂を切り裂く。


 何事かと辺りを見回したときには、もう遅かった。

 ボタンのずれたワイシャツ姿の少女がナイフを振り回し、目の前で紗愛が刺されてしまう。

「紗愛!」

 慌てて駆け寄ろうとした僕の胸にも、ナイフが突き立てられていて。


 身体から力が、温度が失われる。

 光が、音が……。


 それは、月光を受けて銀色に煌めいて──


「なるほど、それで君は迷い込んでしまったわけだね。心という名の不可解な檻の中に」

「え?」


 いや、誰? 誰!?

 霞む目を開けると、そこは教室ではなくて真っ暗な石造りの部屋らしき場所。差し込む光は遠く、部屋はとても狭い。井戸のような空間のなかに、僕と声の主。

「ここどこですか? ていうか紗愛……あの、近くに女の子倒れてたと思うんですけど、あと、」

「少し落ち着きたまえ」

 詰め寄る僕を(たしな)めるその人の姿は、瞬きするたびに存在が揺らぐかのように姿が変わっていく。それでも共通しているのは、目の前にいるのがどうやら男性らしいこと。今は、黒銀の髪をした燕尾服姿の青年に見える。


「えっと……何がどうなってるんですか?」

「簡単に言えば君たちは死んだのだよ、少年。信仰に囚われたおぞましき刃に(たお)れてしまった……が、こうして君たちには新しい道が示されている。先に目を覚ました彼女は、話を聞くことなくここを出てしまったようだがね」

「さ……紗愛、紗愛がもう外に!?」


 わりと深い井戸なのに、そんな……!

 光を見上げていると、青年が「ここで、君には選択肢(みち)がある」と囁く。


「ひとつ、身を守るための楯か。ひとつ、力でねじ伏せる剣か」

「あの、それって」

 何だかもって回った言い方に少し苛立ちながら口を開くと、「嗚呼、声は必要ないよ」と返される。


「強く願えば、君にはいずれかの力が宿る。じっくり考えるといい──(もっと)も、あまり時間はないようだが」

 ポニーテールの銀髪を揺らし、温かそうなベストを着た青年が穏やかにも見える笑顔でしゃがみ、優雅な手付きで水面を撫でる。一瞬揺らいだ水面がテレビのように映し出したのは、物語に出てくるような狼男や豚男みたいな化け物に襲われている紗愛の姿だった!


 服は破れ、全身痣や傷だらけで、さんざん泣き叫んだのか頬の赤く腫れた顔はどこか虚ろで。そしてやつらにとって邪魔(ヽヽ)だったのだろう、スラッと大人びて、紗愛をどこか遠く感じる理由のひとつになっていた両脚が、太腿の真ん中辺りから食い千切られたようになくなっていた。

 血の気の引いた顔からは、もうその命までも危ういことが察せられて。


「紗愛ぁ!!」

 たまらず叫んだ瞬間に、僕は井戸の外に出ていた。


──それが君の選択か


 声が、聞こえる。


──それでは存分に力を振るいたまえ。この世界では、何者も君を縛れはしないさ


 笑うようなその声を無視して、僕は本能が命じるままに紗愛に覆い被さる化け物たちに向かって手をかざしていた!

 化け物たちはその瞬間に塵に変わり、後に残ったのはボロボロの姿になった紗愛だけ。駆け寄った僕を一瞬だけ見て何事かを呟いた後、意識を失ってしまった。


「あああ、ああああっ!」

 魔法を使ってどうにかしようとしても、なんてことだろう、紗愛が粉微塵になるイメージはできても、傷が治るイメージはできない!

 焦る僕の耳に、再び井戸の男の声が聞こえる。


──君は剣を取った。君が持つのは敵を退ける力だ。誰かを護り、傷を癒すものではないのだよ


「そんな……! でも、このままじゃ紗愛が!」

──焦らなくてもいい。私にできる最後の助言を送ろう。この森を出て、最初に出会う冒険者に彼女を診せてごらん? 道が開けるかも知れないよ


 その声を最後に、いくら尋ねても井戸の男からの返事はなかった。とにかく、これ以上いけない! 血を流し続ける紗愛を背負い、森を駆ける。どんどん湿っていく背中に鼓動が早まるのを感じながら獣道を走り抜ける。

 心臓が破裂しそうに脈打ち、足も痛くて、肺からは鉄臭い息しか出なくて。それでも森を抜けるために走った。前へ、ただ前へ──必死に走るうちに、やっと広いところに出られて。


 そこにいたのは、優しい顔つきをしたひとりのおじさん。いったいどういう人なのかはわからなかったけど、傷を治せない僕には、もう彼に縋るしかなかった。


「あの、助けてください! 助けてください!!」

「むむっ、これは……! 私の家には薬がたくさんあるから、すぐ連れていこう。早くしないと命まで危うい!」

 彼に連れられて近くの小屋に入る。そこでベッドに寝かせた紗愛を、おじさんは必死に治療してくれた。脚の傷口を塞いで、薬草をたくさん使って……僕にはわからないような行程をいくつも重ねて。お蔭で、脚こそ戻らなかったけど、あれほど“死”の気配を滲ませていた紗愛の肌には血色が戻っていた。

 健やかにさえ聞こえる寝息をたて始めた紗愛を見やりながら、彼は安堵したように呟いた。


「たまたま薬草を採りに来ていてよかった。この辺りには凶暴な魔物が多いからね、君たちも気を付けるといいよ」

 そう朗らかに笑う彼の厚意で小屋に居させてもらえることになって数日後。ずっと意識のないままだった紗愛は、目を覚ました。


「ひーくん……?」

 僕を見つめながら紗愛が呟いたのは、昔の呼び名で。


「わぁ、ひーくんだぁ!」

 嬉しそうに顔を綻ばせて抱きつこうとした拍子にベッドから落ちてしまった紗愛を抱き上げると、脚がない分軽かった。


「ひーくん近ーい!」

 僕の腕のなかで、紗愛は無邪気に微笑む。もうずっと見ていなかった……あぁ、僕の知っていた紗愛の笑顔だ。

「あたしね、ひーくんのこと大好きだよ! ずっとずっと、大人になっても、ずっと大好き!」

「…………っ、」


 思わず、言葉に詰まる。

 中身だけ幼い頃に戻ったような紗愛の身体は、もちろん中学生になった今のまま。脚だった部分は薬草の液に浸したという布でぐるぐる巻きにされた、痛々しい有り様で。

 僕は知っている。

 成長した(おとなになった)紗愛が、僕をどう扱うのか──今こうして笑ってくれる紗愛がどう変わっていくのか、もう知っている。

 だけど、その未来を知っているというだけで、目の前の笑顔を無下にはできなくて。


「…………」

「ひーくん?」

「うん」


 抱く腕に、力を込める。

「僕も大好きだよ、紗愛」

 この世界なら、魔法でどうにでもできる。

 現に、紗愛は恐怖で戻ったから。


 あんな怪物にできたなら、僕だって(ヽヽヽヽ)

 抱き締める腕のなかでくすぐったそうに笑う紗愛を、眩しい気持ちで見つめていたときだった。


「よかったねぇ。お嬢さんも元気になったことだし、早速だが治療代と今日までの宿代の話をしようか」

 拍手と共に現れた背後に現れたおじさんは、下卑た笑みで紗愛を見ていた。

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