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1-22 サクラバ・センチメンタル

俺には、『やるべきこと』がある。

その『やるべきこと』を達成するには、今の場所でもがき頑張るしかない。


だけど本当は、柄にもないけど泣き出したいくらい怖いんだ。

俺が目標としている『やるべきこと』、その目標の先で〝俺が知らない真実〟を知ってしまうことが──。


 うるさい口を持つ天然パーマに拳銃を突き当てながら、微かに口角を上げた。


 今から死ぬのは、貴様か……己か────。

 拳銃を突き立てているのは俺の方だ。それなのにくだらない会話を繰り広げ、目の前の男に最後のチャンスをやる。


「さて、そろそろタイムアウトだ。言い残すことは?」

「……はっ、来世ではオレがお前を殺──」

「はいはい」


 広い倉庫に一発の銃声音が響き渡る。

 俺は言葉の途中で容赦なく引き金を引いた。一瞬体を反らせた目の前の男は、白目を剥いてそのまま床に倒れ込む。こいつの話を最後まで聞く義理など、最初からなかったのだ。

 男から止め処なく流れる赤い液体を見なかったことにして、俺は部下2人にこいつの処理を命ずる。

 今日の任務も、無事完了だ。



 倉庫を後にした俺は鞄に拳銃をしまい、近くにあるカフェへと足を運んだ。

 期間限定商品の《ブラッドオレンジ・ラテ》が最近のお気に入り。同僚には「〝仕事〟のあとによく飲めるよな」と言われるが、俺はまったく気にならない。

 むしろ〝仕事〟のあとだからこそ、この商品の魅力に気付くことができるのだ。さすが、ブラッドと名前に付くだけある。その色味は先程見なかったことにした〝あの赤〟と同じ──。

 なんて、脳内をよぎる赤く染まった天然パーマに吐き気を覚えるくせに、《ブラッドオレンジ・ラテ》がお気に入りだという事実が我ながら理解不能である。


 俺は店内にある飲食スペースで、本を読みながら時間を潰した。

 右手でラテを体内に流し込み、左手で《令和に暗殺者はいるのか》というタイトルの本を読む。この日本に暗殺者など存在するのか──、最近巷ではそのような議論がなされることがあるが、正直俺はそのようなことを考えること自体が時間の無駄であると思う。

 俺らは暗殺者ではない。そして、実際に暗殺者がいようが俺には一切関係もない。

 存在するのかなどと無駄な空想に更けるくらいなら、さっさと仕事に取り掛かってしまえばいいのだ──、そう思うのに、俺はどうしてもこの本に惹かれてしまって読み進める手が止まらない。


「──ボス、お疲れ様です」

「……んだオラァ、誰がボスだ。そう呼ぶな、ボケ」

「さーせん、櫻庭総長」

「総長って呼ぶな、ボケェ。殺すぞ」


 しばらく本を読み進めていると、目の前に1人の男が現れた。

 空気を読まずに俺の対面に座った男。その手には《苺のフラッペ》が握られていた。生クリームたっぷりで、上にカラースプレーが振られている。


 頬に傷跡が残るこの男の存在が、より一層カフェの空気を悪くしていた。店員が怪訝そうな表情を浮かべる中、男は似つかわしくない飲み物を口に含み、俺の目をまっすぐ見つめる。


「総長。例の件ですが、あそこに〝ブツ〟はありませんでし──」

「待てボケェ。ここで話すことじゃねぇ……空気読めや、ワレ」


 男を睨みつけながらカップを手に取り、自身のラテを口に含む。口内に広がる甘さに微かな癒しを感じながらも、俺は決して頬を緩めない。

 さらに目に力を込めて男を見つめ続ける。男は小さく肩をすくめて「ウッス……」と小さく呟いていた。


「事が済むまで近くで待機しなければならない。ここを追い出されたら、カタギさんに紛れて待機できる場所が無くなるだろうが。気ぃ張れや、ボケが」

「ウッス、ボス」

「どうやらテメェ、殺されてぇようだな」

「……ウッス」


 しばらく無言で飲み物を飲みながらカフェに居座っていたが、時折横目で俺らの顔を見てくる店員の視線が気になって仕方がなかった。

 俺はメニュー表を手に取り、《キュンとラブハピネス》を2つ注文する。商品名はさておき、物はただの苺パフェだ──。


「……何が《キュンとラブハピネス》だ、殺すぞ」


 目の前の男にすら聞こえないような声量で呟き、再びメニュー表に視線を向けた。

 独特な名前の割には、一緒に添えられている写真は普通である。言い方は悪いが、どこにでもある商品ということだ。

 このくらい奇抜なネーミングをしなければ客が食いつかないのだろうか、などといらない心配をしながら俺は再びラテを口に含んだ。


「……あっ」

「どうした」

「レオから連絡です。〝すべて終わった〟らしいッス」

「……」


 その連絡は、場所を移動しろという旨を伝えるものだ。

 こうも早いとは……想定外だった。

 頭の中で、注文したばかりのパフェと部下を天秤に掛ける。しかし俺の中では、天秤に掛ける間もなく容易に結論が出ていた。


「……レオに伝えておけ。パフェを食ったら向かうと──」

「ウッス、総長」

「殺すぞ」


 その後の俺たちは、不穏な空気を醸し出しながら、自身の目の前に提供された《キュンとラブハピネス》をスマートフォンで写真に残した。

 パフェの上にはハート型のチョコレートが乗っていた。予想以上に可愛い上に、メニュー表に載っていなかったそれに、柄にもなく俺は胸が熱くなってしまったのだった──。


***


 パフェを堪能した俺たちはカフェを後にして、縄張りである雑居ビルの一室へと移動した。


 テナントがひとつも入っていない廃れたビルだからこそ、居心地がいい。錆の目立つ階段を3階まで上り、目の前に現れた藍色の汚れた扉を徐に開く。そこには連絡をくれたレオとその部下が既に待機しており、俺の姿を見ると「押忍」と小さく声を上げて軽く頭を下げた。


「ボス、パフェは美味しかったですかい?」

「パフェじゃねぇ……《キュンとラブハピネス》だ」

「知りませんよ」


 埃が舞う薄暗い部屋に男が4人で体を寄せ合う。1DKの狭い部屋では体を伸ばすことすらままならない。

 ふいに台所のシンクに置かれている血塗れたナイフが視界に入り、咄嗟に視線を逸らした。部下たちに動揺を悟られないように、小さく溜息をついて窓の外を眺める。


 俺と一緒にカフェで過ごした男──都筑は、レオの隣に座って手元のスマホを覗き込んでいた。レオが持つそのスマホには、あの天然パーマの男を処理する過程が動画で残されているらしい。

 都筑もレオも悪趣味だ。そんなおぞましい動画を観て、手を叩き喜んでいるのだから──。


「お前なぁ……そんなものを撮るな。万が一マッポに見つかったら言い逃れできねぇだろ、ボケェ」

「大丈夫ッス。このスマホは後で海に捨てますんで」

「はぁ?」

「これ、天然パーマのスマホなんッス」

「……」


 本当に悪趣味にも程がある。

 俺には理解ができない2人は、再びスマホに視線を落として問題の動画を観始めた。


「……ところで、都筑とレオ。〝ブツ〟が無いとはどういうことか説明しやがれ」


 俺の一言に2人は真顔で顔を見合わせた。そして小さく頷き、レオはスマホを床の上に置く。

 何やら気まずそうな2人は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、まっすぐ俺の目を見つめていた。


「……んだよ?」

「──ボス、あの天然パーマは……ニセモノでした」

「ニセモノ?」

「本物の天然パーマは、今もまだどこかにいるッス。あれは、〝本物〟が逃げる為の身代わりだったのでしょう」

「……マジかよ」


 2人の言葉につい頭を抱える。〝ブツ〟が無いどころか、殺した相手は狙っていた奴とは〝違う人物〟だったなんて──。


「んだよそれ」

「ボス……」

「ざけんなよ、ボケェ……」


 俺はゆっくりと立ち上がり、窓を開けてベランダに出る。そして胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。

 煙草の煙が俺の顔を白く隠し、つい溢れ出た涙を隠してくれる。

 実はこれで4回目の失敗なのだ。今回もまた目的を果たせずに自己嫌悪に陥る。


 つい感傷的になってしまう状況の中で、部屋からはまた都筑とレオの笑い声が聞こえてきた。先程の動画をまた観始めたようだ。


「……ホント馬鹿だろ、悪趣味なんだよ」


 あの場で見た天然パーマから流れる赤い液体を思い出して、俺はまた吐き気を覚えた。

 この組織のトップである俺のやることは、狙った奴にとどめを刺すだけ。それ以上はやらない……というか、できないのが正解だったりする。

 正直なところ、俺はこの世界に向いていないのだ。それなのに、俺があの時〝無理をして〟踏み込んでしまったから……。


 今この現状を引き起こしているのは、紛れもない俺自身なのだ──。


***


 偽物の天然パーマを処理してから数週間後、本物の居場所が掴めない俺は、謝罪と息抜きを兼ねて『嫁さん』が眠る墓地へと足を運んだ。

 緑の木々が風で揺れる静かな墓地には誰もいない……そう思っていた。


「……誰だ、ワレェ」

「初対面の人に対しても、そんな強気で来るのですか? 最低限の常識とか持っていないのですか?」

「あぁ?」


 俺の目的地である『嫁さん』の墓石の前には、知らない男が1人で座り込んでいる。俺はいつも通りの口調で相手を挑発しようとするも、男はどこか冷静で気持ちが悪いくらい落ち着いていた。

 男はその場から立ち上がり、不気味な笑顔を浮かべて俺の方に近づいてくる。


 そこで俺は気が付いた。


 その男の手には、俺がずっと探していた〝ブツ〟が握られていることに──。


「……お前、それ」

「美緒さんはお優しい人でしたね。旦那が反社の世界に入り込んでも、咎めずに支え続けたのですから」


 意味不明な言葉に、一瞬で頭に血がのぼった。

 墓石に供えるつもりだった花をその場に投げ捨て、俺は目の前の男に飛び掛かる。しかし男はそれを軽々と回避し、俺から距離を取った。


「動きが遅いですね、櫻庭さん。日頃から銃に頼りすぎているからではないですか?」

「……んだと?」


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