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1-19 少女、のちに魔術体系を変える。

 魔術師にとって、頭髪は命である。

 なぜなら魔力は髪の毛に宿り、魔力量は髪の長さに依存するからだ。

 魔術師養成学校の実技試験前日、大切に手入れしてきた髪をクラスのいじめっ子に切り落とされてしまった天才アニス・フェルムエットは、失意に暮れていた。

 が、その程度のいじめで屈するほど彼女の『魔術に対する情熱』はやわなものじゃなかった。


 アニスは髪型を魔術師としてはあり得ざるベリーショートヘアに変更すると、誰も通ったことのない方法で魔術師としての大成を志す。


 いじめっ子にも軽く報復を済ませ、これで心機一転――というところで。

 背景には謎の依頼人の影が見え隠れしていた。

 いったい誰がアニスを蹴落とそうとしているのか? 数多の逆境を乗り越えて、アニスは輝かしい栄光を掴み取る。


女主人公/学園/身分差/成り上がり/ざまぁ/勧善懲悪/なかなかくっつかない

 魔術師は魔術を使う際、自身の頭髪を媒介にする。髪の毛一本当たりの魔力量はその髪の長さに依存するため、男女問わず、一流の魔術師は決まって長髪であり、その手入れには余念がない。

 世に多大な貢献をし、また美しい姿をする魔術師を志す者は多い。


 ジセルラント帝国・魔術師養成学校。

 満十四歳の少年少女が魔術の技を競い合う決闘試験の前日、普段人の寄り付かない旧校舎の一階奥にある便所には複数人の影があった。


「これでお前は""間に合わない""」

「や、やめて……っ!」


 魔術師志望の少年少女たちだ。

 しかし、壁に押し当てられた少女の髪は短い。先ほど、ひどく強引な方法で毛を引っ張るように切断されてしまった影響で、自慢の長髪は手入れの行き届いたものから見るもみすぼらしい形にさせられている。

 少女が睨みつける先にいる、悪い顔をした三人組の同級生――そのうちの主犯格の少年が、握った髪束を床に捨てて踏み躙る。


「めざわりなんだよ、アニス」

「お前がいなけりゃライオット様が一位なんだ」

「平民上がりのくせに目立ちすぎなんだよ、いい気味だ」


 アニスは唇を噛み締める。彼らはアニスがその頭角を表すまで、養成学校で一位の成績を収め続けた由緒正しい生まれのライオット・コーネリア少年に付く取り巻きの男子たちだ。

 魔術師(志望生含む)の髪に他人が触れるのは不躾で憚られる行為だとされる時代で、彼らが行動に移したその浅はかさと取り返しの付かない事態に困惑する。

 アニスの掲げていた最年少魔術師の夢はこれで絶たれたと言っていい。


「涙も出ないか、ざまあないぜ!」

「お前にはここがお似合いだよ、二度と目立とうとすんな」

「教師に言っても無駄だからな。お前は疾風魔法(エア)の操作ミスで自分から髪を切ったんだ。いいか? そういうことにしろよ?」

「こんなのがッ、許されるはずがない!」

「いいや、それが許されるんだな。世間知らずの平民さん」


 最後に、ぺっと髪束の上に唾を吐き捨てた少年が仲間を引き連れて去っていく。

 屈辱的な光景だった。


「………!!」


 涙を堪えたアニスはしばらく動き出せなかったが、やがて寮に戻らなければならない門限の時刻が差し迫ると、魔術師のローブを模した学生服のフードを目深に被りながら自室へ逃げ込むように帰っていった。



 ……部屋の灯りを付けずに蹲る。平民上がりのアニスは入学時から疎まれていて、同学年のお嬢様方は同居を嫌がり、学校もその我儘を許してしまうことから、彼女の寮室は一人きりのものとなっていた。

 今は誰とも会いたくないから都合のいいことだ。

 傷心のアニスは窓を閉じ、カーテンを閉め、塞ぎ込んでいたのだが、ふと気付く。

 カーテンの向こうに人影がある。


 コンコン、と窓がノックされた。夜風が部屋に流れ込み、カーテンが捲れる。

 月明かりがアニスのもとまで伸びる。


「アニス、君が連絡もなく約束をすっぽかすなんて、心配でここまで飛んできてしまったじゃないか」


 その穏やかで透き通る声音に、アニスは感情の昂りを堪えきれなかった。

「〜〜〜っ!」泣き腫らした目で三階の寮室の窓辺に手を掛けて浮遊する学園一の秀才ライオットを睨みつけたアニスは、自身が肌着姿なのも厭わずにベッドから降りて窓枠越しのライオットに迫る。


 ヘーゼル色の髪をなびかせる彼は、そんなアニスの髪型の変化に目を白黒とさせたあと、彼女の肌着姿に心を動揺させた。


「あんたのッ!! 取り巻き!! これ!! 許せない!!」

「――ッ、な……な、嘘だろ!?」

「大マジ!!!」


 全く事情を知らなかったライオットは驚愕する。アニスは訴えるように声を張り上げた。

 ……――取り巻きの彼らは、知らなかったようだが。

 ライオットとアニスは魔術研究の姿勢が近かったことから、時には寮を抜け出して夜通し二人で密会してしまうくらいには、仲が大変によろしかった。



「そんなことが……。これは僕の責任だ」


 アニスの口から事情を聞いたライオットは、思い詰めた顔でそう口走る。


「彼らにはコーネリアの権力を使って僕が社会的制裁を与える、絶対に。僕の身分から校長に進言すれば君が被害者でも話を聞いてくれるだろうし、彼らに買われた教師も見つけ出せるはずだ。そのあとは僕も……」


 髪を切って償う。――続く言葉が簡単に予想できたアニスは、首を振る。

 その髪型は自らの手で軽く整えられ、魔術師志望生としてはあるまじきベリーショートヘアになっていた。

 ライオットはアニスの毛先にかけて色味が自然と明るくなってゆく炎のような長髪をとても好ましく思っていたが、髪を切ったことで熟したストロベリーのように真紅の髪色となったことを、それはそれで愛らしく感じている。


「いい。あなたが悪くないのは知ってるから」

「でも、」

「そんなことより、私は奴らに痛い目を見せたい。あなたがするべきは私の印象が悪くならないようにすること。私はまだこの学校で学びたいことがある」

「……根回ししよう。仕返しには僕も協力したい」

「いらない。私一人でやってやる」


 復讐に燃えるアニスは、しかし、ふと気付く。


「あ、でもあなたが私側の人間だって分かれば奴ら絶望するかも……。やっぱりあなたは必要。私の隣にいて」


 悪い顔を浮かべるアニス。ライオットは困り果てる。

 大人しげで才気に溢れていて、他人に特別興味のなさそうなアニスに兼ねてより気があったライオットは、いじめっ子への仕返しに執心するアニスの様子には複雑な心境とならざるを得なかった。


「丸坊主にして校門に吊ろうと思うの。いいでしょライオット」

「頼むからあんな奴らの裸なんて見ないでくれ」


 頭を抱える。アニスの怒りはもっともだし、寄り添いたいが、それだけはやめてほしいと思う。


「……アニス」

「なに?」

「今言うべきことじゃないかもしれないが……復讐を果たしたあとは、どうする気だい?」

「どうするも何も」


 今まで通りに、とでも言おうとしたのだろう。ライオットにだってアニスの言動は読める。二人はそれほどの回数、密会を重ね、互いへの理解を深めているのだ。

 ハッと口を塞ぐアニス。ライオットは、彼女が最年少で魔術師になるという夢を持っていたことを知っている。試験を逃して留年することになったとして、彼女が髪が伸びるまでを甘んじて過ごすとは思えない。

 夢は絶たれている。

 それならいっそ、とライオットは思った。


「君は、喜ばないだろうが――……。僕が君のことを受け入れるよ。僕の許嫁になるのはど」

「いやだ。私は魔術師になる」


 バッサリと切られてライオットは落ち込む。

 アニスはそんな彼の複雑そうな表情を見て、心配させたのかと誤解したらしく、微笑みながら言った。「大丈夫。案はある。昔から考えてた」

 気持ちを立て直して話を伺う。


「昔……?」

「うん。ライオットにだって一度話したことがある。そんなことは非効率だ、髪を伸ばしたほうが手っ取り早いじゃないかって否定されたけど。今の私にこそ、その研究は必要」


 ライオットは記憶のなかをまさぐり、アニスが言及するものの正体を悟った。目を丸くする。

 アニスは改めて言葉にする。


「私は、消費魔力の削減を図る。髪が短くても十二分の魔術を扱える魔術師。私は髪が伸びて大人になるまでの間に、『最年少』かつ『唯一無二の技法を編み出した』天才魔術師として名を馳せてみせる」


 それは、無理だ。険しい道のりだ。

 消費魔力を軽減する、魔術師がその研究をしなかった理由は当然ある。研究コストのわりにリターンが見合わないからだ。約八十センチほどの髪の毛一本を消耗するだけで基本的な魔術が行使できるのに、わざわざ節約する意図がない。

 それは現状、時間を掛けて髪の毛を伸ばすだけで解決することなのだから。


「……それは、回り道だよ」

「違う。私にとっての近道。今日は、そのための契機だった。そう思うことで自分を納得させることにした」

「アニス」

「だけど、それはそれとして」


 暗い顔を続けていたライオットは面を上げる。


「あいつらはぶっ殺す」

「ぶっ殺したらさすがに庇えないから、せめて半殺しで……」


 ライオットは苦笑う。

 友として思うところはあるが、アニスの豪胆さにはいつも驚かされ、感化されるばかりだ。



「……しかし、それにしても」


 おもむろにライオットは顎に手を当て考え込んだ。


「蛮行が過ぎる。僕はつるむ仲間を選ぶタイプだからはっきりと言うけど、彼らがそんなことをする人間だとは思わなかった」

「大丈夫。あなたを責める気はない」

「いや、違うんだ。違和感があってね。もしかしたら、彼ら自身が誰かに雇われた可能性だって……」


 そこまで口にして、ライオットは顔に陰を落とした。

 成績一位のアニスの没落を期待するもの。そこまで考えて、一つ思い当たる節があったのだろう。

 アニスは回答を求める。


「いや……僕の父上ならやりかねないと思ってね」


 実力に期待する、と表では言いながら、様々な工作を行う父だ。実は誰よりも僕のことを信じていない。ライオットは、苦々しくもその疑念を吐露する。

 さすがのアニスも気遣うように言葉を選んだ。


「……大丈夫。あいつらから聞き出せば分かること。考えるのはそれから」

「うん……」

「それに、もしも仮にそうだったら、あなたが私の婿になれば済む話」

「えっ?」


 急角度で落ちるスライダーのような告白を取りこぼしそうになって、ライオットは呆けた面でアニスの横顔を見つめた。

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