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1-16 おじいちゃんは龍神様

【この作品にあらすじはありません】

 なんでも神様が色んな夢を不思議に叶えてくれるのは、小さい頃だけの特権らしい。

 どうもそれが常識というものらしいぞ、などと私が気付いたのは、なんと小学校も終わりの頃だった。


 あの時のことは嫌というほど記憶にこびりついている。

 思い出したくもない十一歳の春、唐突に友達だったはずのものが言ったのだ。


 ――こいつ、まだかみさまいるとかいってるんだぜ。

 ――こいつのじじい、ぺてんしってやつなんだぜ。

 ――だから、おまえはいっしょうあっちいけ!


 細かい話はどうでもよい。

 要はそんな歳になってもサンタさんを信じているような、そういうイタさがキモかった――というだけのコトだ。


 神様とか、妖怪変化とか、幽霊とか、客人(まれびと)とか。

 そういう胡乱な諸々は、まず現実にはありえない。

 かつての人が苦し紛れに生み出した、黴の生えた幻想(もうそう)として投げ捨てて。

 賢く素早くコスパよく、するする生きていくのが優れた現代人というものだ。


 一年の孤独を代償に、私はその現実を思い知ったのだ。


 だから、


『こんばんはじゃぞ皆の衆ー! 今日もお集まりいただきありがとネ! 儂の配信、早速始めちゃうヨ!』

 山奥の寂れた寒村で、場違いなほど明るい――文字通り虹色に輝く――パソコンとモニタである。

 キーボードとマウスだって無駄に光るしボタンが多い。混乱しねえのかなソレ――あと電気代。

 山間部特有の妨害電波も何のその。きちんと光ケーブルを引いているので、遅延は最低限で済んでいる。


『なんとなんと、ついこないだ登録者数が一万を超えました! 爺ちゃんうれしい! これも孫たちのお陰だよネ! いつも仕送りありがとネ!』

 いいのか、それでいいのか自称孫(とうろくしゃ)ども。こんなど田舎のジジイにぽんぽんお小遣い(スパチャ)あげていいのか。つか仕送り言うな、妙に生々しいから。


『でー、今日は新しいゲームやっていこうと思うんじゃが! なんと提供案件いただきました! えー新作RPGであるところの――』

 何をどうしてその判断になったのか。巨額を投じた新作の命運(せんでん)をこんなジジイに握らせるな。鳴かず飛ばずになっても責任取れねえからなマジで!

 ……まあその、企画を通すに当たって、付き添いってことで東京に出られたのは嬉しかった、けれども。


『わー、たまらん、たまらん。もうこのタイトル画面だけで感無量。既に元取った感ない?』

 そうして始まるライブ実況。ジジイは実に楽しそうで、なおかつ視聴者が欲しい反応を的確に返していく。

 ――その辺り、民意というものを本当によく心得ている。それこそ、本当に長いこと人間を見てきたと言わんばかりの手練手管である。


 マイクとイヤホン、それにコントローラーはついこの間買い換えた。

 プロリーグでも使われる本格仕様などと抜かしていたが――こんなもんにそんな値段!――どこの世界の話なんだ。一般人にしてみればマジで大同小異でしかねえ。


 ……あー。普通、パソコンに接続するならヘッドホンではないのかって?

 それには海よりも深くない、むしろ雨後の水たまりよりも浅い事情がある。


 シンプルに、人間用では頭の形が上手く合わないのだ。


『ギャー! ……おふっ、びっくりしすぎて角ぶっつけた。ヤバいヤバい、椅子破いたらまたリアル孫にドヤされる』

 コメントではしゃぐ自称孫どもは、それでもよく出来たロールプレイだと思っているのだろう。

 ……思っていてほしい。どうかコレが、爺さんを名乗っている中年男性くらいのイメージでいてほしい。


 ――まさか滑らかに動くアバターの向こう側に、ガチで角が生えた何かがいるなんて、夢にも思うまい。


「……尻尾穴のために特注したでしょうよ、その椅子は。誰が修理を依頼すると思って……」

 スマホに映るそんな光景に、私は思わず眉間を揉んだ。

 そこにはゲーム画面と、ライブコメントウィンドウと、ぬるぬる動くアニメチックなドラゴンの顔がある。いわゆる仮想(ヴァーチャル)配信者というやつである。


 ……ため息一つ。たかが椅子一つに十万以上もどうかと思うし、専用に加工してくれる知人ならぬ知(じん)がいるのも最高にどうかしてる。

 顔出しはマズいからって、わざわざ龍の顔をトラッキング出来るようにハードとソフトを改造する友(じん)とかもう――権能の使い道を最高に間違えている。本当、何してんだろうこいつら。


『うおー、ヤバい、眠い、年寄りにはそろそろつらい。でもゲームやめられねえんじゃ、おもしれーんじゃコレ!』

 配信時間、実にたっぷり六時間。

 土曜の夕方から真夜中まで、配信者『龍おじいちゃん』ことうちの祖父は新作ゲームを心から堪能した。

 新作ゲームの面白みを余すことなく伝え、楽しさを共有することで購買意欲をそそる、実によくできたプロモーションと言えましょう。

 ……色々な感情を度外視すれば、そんな評価は下せる気がした。


 配信が確実に止まったことを確認し、私は離れに乗り込んだ。


「おいジジイ、終わったんだったらさっさと風呂入れよ。あとテメーだけなんだよ」

「ひどいッ! 遅れてきた反抗期は長引くって本当だったのネ!」

 心からの親愛を込めて蔑ろにしてやると、それがたまらねえとばかりに尻尾をうねうねさせやがるジジイである。

 長い黒髪に包まれた蛇っぽいツラを見ると――心底喜んでいるようだった。マジでやめてほしい。


「誰がはしかだ誰が! 誰のせいでこんなになったと思ってんだ! テメーのせいでこちとら高校までこんなクソ田舎なんだぞ!」

「それはマジですまんのー。でもほら、今時は学校もバーチャルじゃろ? 進学もネット系の大学ってことで、在宅とかワンチャンない?」

 コイツは心底楽しそうで本当に腹が立つ――……爬虫類ベースなのに表情が分かってしまう私も大概だ。


「嫌! に! 決まって! んだろ! 私は東京に行くんだから! 何が悲しくてこの令和の世にこんなクソ田舎に引きこもらないといかんのだ!」

「やー! 儂やー! 孫には一緒にいてほしいのー! 今日の儂はだいぶさびしんぼなのー!」

「だったらちゃっちゃと配信切り上げて晩飯くらい合わせろやァ!」

「あっマジやめて、そのマジレスは儂に効く……あー、気付いたらお腹空いてきた、ごはんは?」

「おじいちゃん、ごはんはきのう、たべたでしょ」

「虐待!」

 わいわい、がやがや、どったんばったん。


 ……だってそれだけの長い間、私と祖父は一緒にいる。


 私もとっくに十七歳。

 だのに不思議に夢を叶えてくれる神様は、未だ当たり前のようにここにいる。


 嘘みたいな、嘘にしたいような、実に馬鹿らしい話ではあるが。


「あ、でも、真面目に進学を考えているなら、それはちゃんと応援するヨ。ほら、太宰府の方のみーちゃんとか、儂ちょっとコネあるし」


 山奥の滝、神話に謳われるよりも古くから聳える奈落、その化身。

 ある時は山そのものの恵みとして、またある時は荒れ狂う大河として畏れ敬われた、千年以上を生きるモノ。

 腰まで届くほど長く艶やかな黒髪に、蛇の顔に鹿の角――悠々と雲海を泳ぐ美しい蛇。


「冗談でもやめて。神様レベルの裏口入学とか、色々馬鹿らしくなるから」

「んー、そういうんじゃないんじゃがのー。まー、勤勉なのはいいことじゃ。日本人の美徳だよネ、良くも悪くも」


 そんな本性を人間サイズに押し込めて、気ままに現代をエンジョイしている、はた迷惑なクソジジイ。


 ――私のおじいちゃんは、龍神様。

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