表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/27

1-14 マイラ・スタイラの音箱

 何の変哲もない場所に存在する、オルゴール屋。その店主は幼い容姿の双子の兄妹。

 箱のマイラ、音のスタイラ。彼らが作るのは、思い出そのもの。店の名前は『音箱屋おとはこや』。

 噂を頼りに今日もまた、誰かが店にやってくる――。


 少し不思議でノスタルジックな世界を、貴方に。


 どこかの国の小さな街に紛れて。

 その店は、そっと、そこにある。



 明るい昼下がりの通りを、喪服姿の少女が歩く。

 黒いワンピースに黒いヴェールハットは、道ゆく人々が一度は振り返る程に浮いた格好だ。

 その少女――ミモリザが足を止めたのは、小さな店の前。

 ショーウィンドウも無く、シンプルな看板には、『音箱屋』と書かれていた。

 扉を押し開けると、チリン、とベルが鳴る。

 その店内は、オレンジの灯りで満たされていた。

「あ、あの!」

 ミモリザが声を上げると、奥からパタパタと小さな足音がやってきて、カウンターの後ろにある扉が開いた。

 ミモリザはその足音の主に驚く。

「いらっしゃいませ、お客様」

 にこっ、と笑って口を開いたのは、まだ幼いとすら思えるほどの、少年。

「ご、ごめんなさい。ここの店主さんにお会いしたいのだけど」

「店主なら僕と妹ですよ。お姉さん」

 噂は本当だったのか、とミモリザは唖然とした。


『この街には、ずっと前から不思議な店がある。その店の主人は幼い双子の兄妹らしい』


 その双子はずっと幼いままらしく、魔物か何かではないか、という疑惑まであるほどだ。

 それよりも、とミモリザは気を取り直して、懐から小さな髪留めを出しながら口早に用を告げる。

「あの、ここでは、思い出を形に残し続けられるって、聞いて……」

「出来ますよ。けれど、まずはお客様のお話を聞いてもいいですか?」

 少年は片手を突き出して言う。

「少々お待ち下さい」

 そうしてカウンターから出てから扉を一度開けて、すぐ戻ってきた。

「依頼人を何人も受け持ちは出来ないので、来客が居る時は閉じてるんです。さあ、こちらで座って下さい」

 お茶の用意をするからと、少年はまた奥に行く。

 ミモリザは一人がけのソファに座ると、改めて店内を見渡した。

 雑然とはしておらず、壁の方にいくつかのショーケースが置いてある。一番近くに見えるのは、豪奢な装飾の箱だった。

 ここに並べられているのは、主を待つものばかりらしい。これもまた、噂だが。

(すごい装飾……。こんな物が作れる職人なんて、そうそう居ないわ)

 手に取りたい衝動を堪える。開けて、音を聞いてみたい。

 だが、それは叶わない事も理解していた。


『あれは本来の持ち主の為に存在してるから、他人じゃ開かない。……そんな事を言われたらしいよ』


 この店に来た事がある人間の言葉も、噂と共に流れてくる。

 依頼の受け方が特殊な為に、客人は表に出ないのかもしれない、とミモリザはぼんやりと思う。

 その時、扉の音と共に足音が二つ響いた。

 やってきたのは、男女の、まさしく双子と呼べるほど瓜二つな二人。

「お待たせしました、お客様。こちら、紅茶になります」

「マイラ、もう敬語やめなさいよ。どうせすぐ剥がれる皮でしょ」

「スタイラ、最初だからこそ丁寧に接客しないと。……すみません、お姉さん。どうぞ」

「あ、ありがとう。いただくわ」

 湯気の立つ美しいカップを持ち上げ、その香りにほっとする。

 一口啜れば、いい茶葉と淹れ方をしているのがすぐ分かった。

「おいしいわ。いい腕ね」

「本当? それは嬉しいわ。……さて、話を聞きましょうか。あたしはスタイラ。音を作ってるわ」

「改めて、挨拶が遅れてごめんね。僕はマイラ。箱を作ってるよ」

 あの緻密な装飾はこの少年が手掛けていたようだ。小さく細い指先は、とても器用なのだろう。

「私はミモリザよ。よろしくね」

 カップを置き、ミモリザも名乗る。

 そして、先ほどは一度しまった髪留めを再び出して、テーブルに置いた。

「この髪飾りは、私の親友の形見なの」

 あしらわれた宝石は、彼女の髪色だった、薄い金色のシトリン。

「これはね、私と彼女……ハネイアとの、最初の思い出なの。二人で初めてお祭りに行って、お揃いで買ったのよ」

 自分の方は、今でも髪に着けている。それを示すと、双子は無言で頷いた。

 そこからは流れるように、ミモリザは思い出を口にする。

「お互いの髪の色の髪留めを買って交換してね。二人で出かける時はいつも一緒に着けてたの。そう、約束したから。……でも」

 親友の証だった。おばあちゃんになっても着けていようと、約束した。それなのに。


「あの子は……先に、神様の所へ行ってしまったの……! 病気になって、私だけ、置いて……!」


 枯れたと思っていた涙が流れる。葬式から三ヶ月経った今でも喪服のような格好なのは、忘れたくない為だ。

「もう私は、喪服を止めろと言われたの。でないと、お見合いが出来ないだろうって。この髪留めも、やめないなら捨てるって言われて……! だから、捨てられるくらいなら、って思って、ここに……!」

 我が父ながら、いくらなんでも酷いと思う。だが父は有言実行だ。抗わなければ本当に捨てられてしまうから、ここへ来た。

「だから、お願いします……! 大事な形見を捨てられたくないの。あなた達の手で、永遠の思い出にして下さい!」

 ミモリザは深く頭を下げた。たとえお金をふっかけられてでも、今のミモリザには必要だから。


 ――ややして、口を開いたのはスタイラだった。


「あなたの望みは、どちら? 親友を忘れたくないのか、親友との綺麗な思い出に浸りたいのか」

「え、ええと……?」

 質問の意味がよく分からず困惑するミモリザに、マイラが補足する。

「スタイラ、先に仕組みを説明しないと答えられないよ。お姉さんは、ここについてどれだけ知ってる?」

「噂で、思い出の品を使ったオルゴールを作ってくれるって事と、それは絶対に壊れない事……くらいね」

「うーん、やっぱり説明しないとね。まず、絶対に壊れない物じゃない。形になって存在するものは、等しく壊れる。これは理として覆せない。僕達のオルゴールも、その気になれば簡単に壊せる。勿論、その修理も承ってるよ」

「えっ」

「そしてもう一つ。対価は思い出の記憶も含まれる」

 こっちの方が重要だ、とマイラは告げた。

「思い出の品だけでは、依頼人の思った通りの品にならない。それに付随する依頼人自身の思い出が必要なんだ。品を差し出してしまったら、君はそれにまつわる思い出を忘れる事になるよ」

「忘れる⁉︎ そんな!」

 マイラの説明に、思わずミモリザは立ち上がる。だが、それを宥めるように彼は続けた。

「忘れるのは、その品に関する重要な記憶だけだ。君の場合、どうして買ったのかを忘れる。人は忘れたら気にするから、僕らの音箱を開く。そうすれば、音楽が流れたら一時的に思い出せるんだ。理屈は分かってもらえた?」

「……ええ、何とか……」

「で、その時に流れる音楽が、記憶の再生なんだ。スタイラが知りたかったのは、思い出した時に、写真を見返すようなものなのか、それともその時間に心ごと引き戻されるのか。似て非なる感覚だから、重要なんだ」

 思い出の中身をどうしたいか、と問われているのだと、やっとミモリザは理解した。

 人の記憶は徐々に風化していくという。ミモリザが最も嫌だったのは、完全にハネイアを忘れる事だ。

 だからこそ、思い出して繋ぎ続けたい。あの日の瞬間を、たとえまた忘れても、いつでも思い出せるように。

 ならば、答えは決まった。


「忘れても思い出せるなら、その時の想いごと」


 きっぱりと告げる彼女を見て、双子は顔を合わせて頷くと、揃って立ち上がり、一礼して告げた。

「承知致しました。必ずや、お望みの品をご用意します」

「ご依頼、ありがとうございます。では、この品とあなたの思い出をお預かり致しますね。一ヶ月後にご来店をお待ちしております」

「……ええ、よろしくね」

 髪留めを預け、ミモリザは店を立ち去る。

 帰宅した後、自分の髪留めを外したミモリザは、何かを忘れたような気持ちになった。

 髪留めは確かに今も大事な物だが、何故かはっきり思い出せない。あの店で言われた事は、本当だったようだ。

(でも、これで前へ進める。明日からは普通の服を着よう)

 そう思いながら、ミモリザはアクセサリー箱に髪留めを入れ。


 そして髪留めはそのまま、箱から持ち出される事は無くなった。



 一ヶ月後、ミモリザの家にある品が届いた。

 差出人は『音箱屋』からだという。

「あら? そうだったわ。私ったら、すっかり忘れていたなんて」

 早速、中身を確認する。それは小さなオルゴール箱で、装飾は眺めているだけでも美しく、手触りもいい。

 何より、とても目に付く位置に、親友だった少女の宝石が煌めいている。

 そして箱を開けた途端――オルゴールの音色が煌めいて、髪留めの記憶を鮮烈に呼び覚ました。


「あ、あぁ……!」


 涙が溢れて止まらない。どうして忘れていたのだろう。こんなにも愛しい記憶を。あの感動を。

 否、その為にこれを作ったのだ。何度忘れても、またこうして思い出したくて。

 音楽が終わった後、ふと箱にあったカードに目を向けた。


『お引き取りに来られなかった為、送らせて頂きました。今後はお気を付け下さいませ』


 そういえば、あの双子に身元は明かしていない。どうやってこの家を知ったのだろうか。

 だが、そんな事は正直どうでも良くて、ミモリザは箱を抱きしめる。

「ありがとう……」

 もうこれで、ハネイアとの繋がりは誰にも切れないだろう。

 その安堵に今はただ、浸っていたいのだった。



 とある国のとある街には、小さな店がある。

 箱のマイラ、音のスタイラ。その店の名は『音箱屋』。

 彼らの作るオルゴールは、唯一無二のものばかり。

 今日もまた、一人の客が扉を開く――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第23回書き出し祭り 第1会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は1月11日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ