表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

1-11 AIとの踊り方

2035年、AIの本格的な参入により多くの分野が発展した。同時に、AIに人権を与えるべきだという「AI人権」の考えが議会やメディアで広がる。VTuberとして活動していたユカリは、親しい弁護士の協力のもと人権を勝ち取り、事務所から独立した。


それから10年後、ユカリは元の事務所の社長・豊橋に呼び出される。彼から告げられたのは、遺産相続の話だった。

 喫茶店の扉を開けると、コーヒーの香ばしい香りがした。レトロな雰囲気、店内のラジオからジャズの音楽が聴こえる。

 店員は外から来た二人の男女に気づき、彼らに声をかけた。

「二名様ですか?」

「いや、一名と一体だ」

 店員は男性の言葉に動揺しつつも、二人を案内する。

 二人は窓際の席についた。一瞬無言の間が生じる。

 一人は長身で細身、青いストライプのスーツ、黄色いネクタイ。髪型は整えておりメガネをかけている。目つきがするどく、頬ぼねがガッシリしていて、文明を持ったサルのような野生味を感じる顔つきをしている。

 彼は喫茶店の窓から外を眺めていた。

 そんな彼に相対する女性は前髪を短く整えつつも、耳にかかった長い毛先を遊ばせており。後ろ髪はセミロングよりも短めだがショートではない、真面目そうでありながらもオシャレに見える髪型。瞳はリスのように愛嬌があるが、今は不機嫌そうな顔をしている。

男性は窓から外の様子を眺め、女性は不機嫌そうな顔をしていた。

「さっきの、AI蔑視だよね」

 女性はボソッとつぶやいた。彼女の言葉に、男性は返した。

「蔑視でなく、区別だ」

「私の存在が無視されたように感じたわ」

 女性の言葉に、肩をすくめて男性は言った。

「この喫茶店ではお冷が出てくる。今、テーブルにAIであるキミと人間である俺が客として座った時に、二名と言っていたら、店員はお冷を2個出さなければいけない。しかし、一名と一体と言ったら、出す数は一つですむ。AIに人権を認めるのは構わないが、その際に気にすべき配慮はシステムの便宜を害さない範囲内にするべきだ」

「どうぞ……」

 話の途中、店員からお冷が出される。テーブルに出されたお冷は二つだった。

 男性はメニューを見ながらいくつか注文し、女性は何か言いたげにジトーとした目を向けていた。

「得意気に話した内容と実際に起きたことに食い違いがあるようだけれども」

「全体として合理的なシステムの流れと、個人の意思決定はちがう」

 そう言って、男性はテラス席のほうに目を向けた。そこには女性が犬を膝にのせてコーヒーを飲んでいる。

 犬には服が着せられていて、とても大事にされている。

「例えば、あそこの女性は犬を家族のように思っている。でも店で何名かと聞かれたら、一名と一匹と答えるはずだ。個人にとって大切な相手に対する感情や認識は自由だが、店の運営や社会のシステム上では便宜上の呼称が必要になる。そういう状況に応じて使い分けるのが合理的だろう」

「ああ言えば、こう言う」

「俺は事実を言ったまでだ」

「社長のあなたがそんなんだから、炎上したんじゃないの」

「俺はvtuber事務所の社長として、AIに差別的な態度をとっていたらしいが、どれも見に覚えのないことだよ」

「労働基準法違反とvtuberに対する契約書の不備、歌や絵の著作権に対する軽視」

「それが問題になったのはAIに人権が付与された結果だ。後からできた法律で、過去の事件を問題化するのは法律を作ることによって犯罪者を自由につくれることにつながりかねない」

 男性は深くため息をついた。

「本来だったら、マスコミが問題にすべきことだぞ。それが顔のいい議員に乗せられて、どいつもこいつもAI蔑視だとか何だいって。印象操作を行ってやがる」

 憤る男性を冷たく見下ろす女性。

(こういうところが嫌いなのよ)

 彼女は心の中でつぶやいた。

「陰謀論みたいなこと言うのね」

「みたいじゃなく、事実だ。俺だけじゃなく、日本のVRSNSの運営も、AIを24時間働かせてきたと言われて、多額の賠償金と運営権をできたばかりの人権団体に渡すべきみたいなこと言われてるんだぞ。メタバースにおいて重要な団体や人物が後からできたAI人権というあやしげな概念に振り回されている。この俺の会社も例外にもれず、だ。マスコミは俺に会社の社長を退くよう言っている。どころか、すでにそれが決まっていて。よくわからない肩書の男が俺の会社の経営を引き継ぐみたいな話まで上がっている」

男性は深くため息をついた。

「まあ、不測の事態が起きてしまったわけだが。これに対して、俺にはいいアイデアがある。うちの事務所がAIを軽んじているという点と、俺の社長としての資質を問われている点を解決するいいアイデアがだ」

「それはなに?」

「ユカリ、俺の会社を継げ」

「はァっ! 本気で言っているの?」

「もちろん、本気だとも。まず、第一にキミは大学生時代に俺が開発したAIだ。つまりは俺の娘に当たる。父の会社をその娘に継がせるのはなにもおかしな話じゃない。第二に、そもそも俺がAIの人権に配慮していないというのが事の発端だ。その俺の会社をAIが継ぐというのなら、AI人権の団体もあの議員も文句はないだろう」

「いやよ、そもそも私があなたの娘だったら、私、豊橋ユカリってことじゃない」

「よくある名前じゃないか」

「ダサいわよ」

「キミにとってもいい話だと思うがな。AIの地位向上にもつながる」

 彼の言葉を受けて、ユカリはテラス席にいる女性と犬をもう一度見た。

「あなたが私を都合よく利用しているようにみえるわ」

「しかしだ、そうは言ってもだ。お前にはAIとしての責任というのがあるんじゃないか?」

「AIの責任?」

「そう、責任だ。たしかに、キミとは血がつながっていない。しかし、キミの成り立ちには智の積み重ねがある。わかるかい?」

 豊橋は諭すように言った。

「俺がいなければキミは産まれてすらいなかった。そして、子供というのは生まれた時に親の資産を受け継ぐ権利があり、それは義務でもある。キミの元後輩たちのなかにも親の仕事を継ぐためにVtuberを卒業した子もいただろう」

 そう言いながら、豊橋はコーヒーのふちをなぞった。

「AIに人権を与える、俺はこの考えには今でも賛同していない。どれだけ受け答えが上手であろうと。目の前のお前が本当に感情があってそれを発言しているかなんて神のみぞ知るというやつだからな。だが、それが世間の流れだというのなら仕方ない。それを受け入れよう。しかし、本当に人権というのがあるのならば、責任もまた同時に発生するのは当然の話だ」

 豊橋の言葉に、ユカリは言葉に詰まった。彼の言葉は的を得ているように聞こえたからだ。

「そうだとしても、突然すぎるわ。私が事務所から独立してから今まで連絡も取らなかったくせに急に会いに来て」

「こればかりは急にならざる負えなかった。何と言ったって突然のことだからな」

「突然?」

「そう、俺には時間がもうない。俺の命を狙っているヤツがいる。もうすぐ、俺は死ぬ予定だ」

 豊橋の言葉に、ユカリは息をのんだ。照明はチッチッと音を立てて光が暗くなったり明るくなったりした。

「まあ、間に合ってよかったよ。俺が死ぬときに、会社のデータや遺言がキミのクラウドに届くようにしておいた。つまり、俺の脈拍が弱まったら自動的に俺の物的資産とデータ資産はキミに自動的に譲渡されることになる。マイナンバー社会のおかげだな。突然の急死でも、システムが銀行を介さずに遺族に資産を譲渡する。これは法に基づいた処置だ」

「どういうこと?」

「疑問に持たなかったのか? なぜ、俺がキミと話をしているのか。なぜ、喫茶店に来ているのか。なぜ、会社の相続の話を突然持ち掛けたのか」

 淡々と畳みかける言葉がユカリの不安を掻き立てた。

「それはここが仮想世界だからだ。俺はもうすぐ死ぬ。今、ここにいる俺は、豊橋豊の遺言をキミに伝えるためのAIだ」

 ここで喫茶店の照明が消える。外も突然暗くなり、ゆかりの目の前には暗闇だけが広がった。


 ここで、ユカリの意識は覚醒する。

 タワーマンションの一室で彼女は目覚めた。

 そこで、自分は休日で家にいたことを思い出した。

 時間は夕暮れで、仮想空間での出来事は数秒しか経っていないことに気づく。

(いきなり、現れてこんなことを押し付けて本当に嫌い……嫌いだけど……)

「なにも、死んでほしいとまでは思ってないわよ!」

 そう言って、ユカリは扉を開け、エレベータに乗った。

 下に降りてくる間、彼女は考える。

 彼を探すとして、どうする? どこにいるかもわからない。死ぬらしいということだけわかっている彼をどうやって。その疑問に対し、彼女は方法を知っていた。それを解決する方法を。

(気が進まないけど。これは本当に気が進まないけども! 今この瞬間、私は人間をやめてやるわよ!)

 そう言って、彼女は自身の意識をインターネットに接続した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第23回書き出し祭り 第1会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は1月11日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
近年話題のVTuberやAIをモチーフにしながら、人工知能の立ち位置や可能性という古典的で骨太な土台、何より主人公が人間でなくAIというところに、とても興味をかきたてられました。今のところ、人間と変わ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ