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アイルバーン王国の王女


「すまない。リディアナに婚約の話が来た。」


私の名前は『リディアナ・フォ・アイルバーン』光に晒されると透き通るような白銀に腰まであるストレートの髪。角度によってはピンクにも見える薄紫の瞳をした私はこの国、アイルバーン王国の唯一の王女である。


そして、リディアナの目の前で申し訳なさそうに表情を歪めているのはリディアナの父であり、この国の国王である『マクシム・フォ・アイルバーン』。


そんな父はリディアナよりも濃い紫色の瞳に、少し色素の濃い銀色の髪をしておりパッと見ては40代には見えないであろう整った容姿をしている。そんな父は、悔しそうに顔を歪め、両手を強く握りしめている。


「そうですか。お相手はどなたですか?」


「グランバルト帝国の皇太子だ。」


「グランバルト帝国の皇太子というと………」


「あぁ、あの帝国の黒狼(こくろう)だ。」


(帝国の黒狼………)


帝国の黒狼とは、この大陸で知らぬ者は居ないであろう有名人だ。グランバルト帝国の皇太子殿下にして、その剣の強さや冷酷さからこの大陸では恐れられている。


「リディアナ、本当は婚約を断ってやりたい。だが、帝国の皇太子からの直々の申し込みだ。帝国からの申し込みを無下にもできない。」  


それもそのはずだ。グランバルト帝国は、この大陸一の武力を誇っており、その軍の数も兵力も一番も言われている。それに近年では、自らが戦争を仕掛け、いくつもの小国を属国としているらしい。そんなグランバルト帝国には逆らわない事がこの大陸での暗黙の了承となりつつあったのだ。


我が国アイルバーン王国では、それほど領土も大きくなく小国だ。だが、鉱山があり、作物が育ちやすい気候や土地から他国とは良い関係を築いてきた。


リディアナの祖父母、前国王の時代にはそんな土地を羨ましく思った他国が幾度となく攻めて来て領土を巡った戦争になったと聞いた事がある。だが、父の時代になり隣国の国とは争う事も無くなった。


だからこそ、ここ数十年はアイルバーン王国には平和な日々が続いていた。だが、リディアナがグランバルト帝国からの婚約を断る事でどうなるか分からない。


あの、グランバルト帝国の事だ。


もしかしたら断った事で、報復に合うかもしれない。もし、そんな事になれば、あっという間にアイルバーン王国は滅んでしまうかもしれない。父と兄だって殺されてしまうかもしれない。だから、そんな国に小国である我が国アイルバーン王国が逆らえる筈もない。


だからだろう、父は悔しそうに顔を歪めて私を見ている。決して「グランバルト帝国の皇太子に嫁いでほしい」と言わない父の優しさにリディアナは胸が温かくなるのを感じた。


「お父様、わたくし「父上!リディアナがーー!」


リディアナが口を開いて話しかけた途中でバンっと乱暴に扉が開いた。この国の国王である父の執務室の扉をこんなに乱暴に開く者など一人しか居ない。


「お兄様、うるさいです。」


扉の方へ視線をやると、リディアナの四つ上の兄が荒い息をしながら立っていた。兄の名は『ユリウス・フォ・アイルバーン』アイルバーン王国の王太子である。


兄の事を見ていると、バチっと父と似た紫色の瞳と目があった。


視線が合った事で、兄は何故か表情を歪ませ、父と同じ銀色の髪を少し掻き上げた。きっと、走って来たのだろう。掻き上げた髪から見える額は少し汗ばんでいるのが、ここからでも見て分かる。


「リディアナすまない。じゃなくて!父上!リディアナがグランバルト帝国の皇太子に嫁ぐってどういう事ですか!」


兄が執務机の椅子に座る父に凄い剣幕で詰め寄るのを何処か他人事に眺めていた。


「もう、聞いたのか。」


「はい。じゃあ、本当なんですね?」


「あぁ、残念ながら本当だ。グランバルト帝国の皇太子から直々に申し込みがあった。」


その言葉に兄は、そうですか、と肩を落としながらリディアナが座っている3人掛け用のソファーにドカッと腰を下ろした。


その勢いでピョンっとリディアナの身体が少し浮く。


(兄もグランバルト帝国からの婚約の申し込みがどういう事か分かっているのね。)


「お父様、お兄様、わたくしなら大丈夫ですよ。グランバルト帝国からの婚約の申し込みでしたら断る訳にはいきません。私なら上手くやっていきます。」


リディアナは、自国に利益のある他国に嫁ぎアイルバーン王国を豊かにする為、小さい頃からアイルバーン王国の王女として妃教育を受けて来た。


それはこの国の王女として、幼い頃から自国の利益になる他国に嫁いでアイルバーン王国を豊かにする為だと教えられてきた。だから、とっくに他国に嫁ぐ覚悟はしてきた。その相手があの帝国の皇太子なだけだ。


(大丈夫。きっと、やっていけるわ。)


この暗い雰囲気を断ち切るかのようにリディアナが笑えば、二人とも悲痛そうな表情を浮かべた。


「リディアナ、嫁がなくても良い方法を私が考えよう。だから無理に結婚などしなくても良い。もし、グランバルト帝国から何かされても私が率いる騎士団が迎え撃つ。この国の騎士団だって決して弱い訳ではないんだ。」


「お兄様!ですが、私が断れば戦争になるかもしれません。」


「あぁ、だが何もして来ないかもしれないだろう。」


隣りに座る兄であるユリウスが優しい眼差しでリディアナを見ている。


確かに、リディアナが婚約を断ったところでグランバルト帝国が何もして来ない可能性だってある。だが、それは単なる賭けだ。


攻めて来て戦争になる可能性だってある。


「だって!あのグランバルト帝国ですよ!他国に戦争ばかりを仕掛けている国です。そんな国からの婚約を拒否したら、戦争にだってなる可能性があるんです!そんな、賭けのような事できませんわ!」


リディアナが強く言えば、その言葉は的を得たのだろう。兄であるユリウスは悔しそうに表情を歪めた。


「だが、グランバルト帝国の皇太子は、良くない噂ばかりを聞く。それが心配なんだ…」


「私も会った事は無いが、噂では冷酷で血が通っていないような無表情の男だと聞く。」


「お父様もお会いした事は無いのですか?」


「あぁ、無い。グランバルト帝国の皇帝陛下であれば

会った事があるが、皇帝陛下も噂通りの笑わないような冷たい男だったな。」


父はいつの日にか会った事がある皇帝陛下を思い出しているのだろう。そんな父の表情はやはり暗く、この婚約に乗り気では無い事がすぐに分かる。


「皇帝陛下と言えば、正妃や側室を敗戦国から人質同然に嫁がせたって噂がありますよね?」


兄が父を見ながら言えば父は、それに頷いた。


「それは事実だ。何でも今じゃその半分もの妃が死んだと聞いている。死因は、はっきりとされていないが自害や殺害されたとも噂されている。」


「そんな恐ろしい国に可愛い妹をやるのか。くそっ!なんでリディアナなんだ!」


ユリウスは悔しそうに顔を歪めて、拳を力強く握った。


リディアナは兄と父が自分の為に怒ってくれているのが嬉しかった。


私はこの国の唯一の王女だ。自身の責務くらいは小さい頃からきちんと理解している。国の為となるなら、喜んで自身の身を捧げる覚悟だ。


それに、産まれた頃から住んでいる、この国が大切だ。


「お父様、お兄様、それでも私は行きます。他国に嫁ぐ覚悟はとっくにできていますし、私はこの国が大切なのです。私は、この国の民や国を守っていきたい。それは、王女である私にしかできない事です。」


「それは、確かにそうだが………」

「リディアナ………」


兄と父が悲痛な表情でリディアナを見る。


「そんな暗い顔をしないで下さい。それに私がグランバルト帝国の皇妃になれば、グランバルト帝国という名の後ろ盾が出来るじゃありませんか!それなとても心強い事ですよ。」


「確かにグランバルト帝国は、領土も大きい事から鉱山や作物も豊かだ。それに、グランバルト帝国の軍事力はこの大陸で一番強く、数も多い。これだけ心強い国は無いだろう。」


「ほら、そうですよ。グランバルト帝国からの婚約の申し込みなんて光栄な事なのです。だから、わたくしは胸を張って喜んで参ります。」


「リディアナ、だが正妃や側室が死んでいるような男の息子だ。決して愛など無い結婚かもしれん。それでも良いのか?」


父に言われた言葉にリディアナ自身だってとっくに気付いていた。そんな事は相手があの冷酷と噂される黒狼だと言われた時には覚悟している。


だが、私が嫁げば、他国の抑止力となるのは明確だろう。グランバルト帝国と言う名の後ろ盾があれば、アイルバーン王国には平穏が訪れるだろう。


「お父様、お兄様、それでも私は行きます。他国に嫁ぐ覚悟はとっくにできていますし、私はこの国が大切なのです。私は、この国の民や国を守っていきたい。それは、王女である私にしかできない事です。それに、私はただのか弱き姫ではありません。私の別名をご存知でしょう?私は、決してグランバルト帝国になど屈しません。例え、愛してもらえなくとも、私は楽しく暮らして見せます!なので、ご心配して下さらなくても大丈夫です。」


微笑むと兄と父向かって言った。兄と父が心配してくれるのは有り難かったし、嬉しかった。それ程、私は大切に育ててもらったのだと自信を持って言える。だが、それを犠牲にする事はできない。


「分かった。すぐにグランバルト帝国へ返事を出そう。」


「父上!」


「ユリウス、お前もグランバルト帝国からの婚約を無下に出来ない事など本当は分かっているだろう。ここは、温かくリディアナを見送ってやろう。」


「………分かりました。」


「お兄様、ありがとうございます。わたくしきっと、グランバルト帝国で幸せに暮らして見せますわ。ご準備をよろしくお願いします。」


私が頭を下げると、複雑そうな悲しそうな顔の二人。だが、少し安心したような父と兄の表情に、やはり国の事を心配していたのだと思わされた。


そして、そんな二人と私も同じような表情をしていたと思う。決してこの国で戦なんか起こさせない。私が嫁ぐ事によって平穏な国の状態を維持できるのであれば、冷酷と名高い皇太子にだって嫁いでみせよう。


私は、産まれた頃から住んでいる、この国が大切だ。


そして、グランバルト帝国で自分の思うままに生きてみせよう。決して皇太子なんかに屈してたまるものか。そう胸に決意してみせた。


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