「ジムで働くカミキリ虫が夜空に輝く残酷さを胸に己の倫理観を炊飯器にいれる話」
今日も今日とてせっせとトレーニングに励む甲虫たちの間で、カミキリ虫はジムの床に散った汗に目を光らせていた。
たく、さっき清掃したとこだってのに――おい誰だプロテインこぼしやがったのは!
汚れた雑巾を絞りながら、やさぐれた息を吐く。
なにが悲しくて同族で殴り合うために腕を磨くのか理解できないね。
鍛えれば鍛えるだけ強くなれるって?
そんな暇があれば力学を学べ。頭を使えよ頭を。
「すみませーん、回数券のお客様でーす」
受付に呼ばれたカミキリ虫は、自慢のアゴでチケットを噛み切り、半券を返却する。
「残り2回分っすね……ごゆっくりどぞー……」
またつまらぬものを切ってしまった。
「受付さん。なんか最近カミキリ虫くんの様子変じゃないか?」
「そうですかねえ。いつも通りだと思いますけど」
「これが天職なんだって嬉しそうに切ってくれるの、好きだったんだけどなあ」
その晩、化学の教本を前に、カミキリ虫は迷っていた。
ついにコイツに手を出すときが来たというのか。
毒は使わず正々堂々と正面から立ち会うのがカミキリ虫の流儀だ。
しかしそれではヤツは倒せない。
紙を美しく切ること、その速度や切れ味、誇り高い技を競い合った仲間たちとの交流の日々。
それをヤツは滅茶苦茶にした。
俺の縄張りでこれ以上の好き勝手をさせてたまるものか。
タイタンオオウスバカミキリ――
お前は存在してはならないものだ。
許すまじ外来種。
窓の外に輝く無数の星々を見上げ、カミキリ虫は決意した。
咬合力最強に目がくらみ、カミキリ虫としてのアイデンティティを奪われた同胞たちの無念を晴らすためなら、手段を選んでなどいられない。
「覚悟しろ、タイタンオオウスバカミキリ!」
「また土着の雑魚か……お前もより太い枝を噛み切ることの面白さに目覚めたらどうだ?」
油断しきった顔で余裕をみせる宿敵に向けて、カミキリ虫は隠しもったカプセルを投げつける。
「うるさい、時代は知性だ。これでもくらいやがれ!」
「っ……これ、は、……毒?」
中身は、俺は糖質制限でムキムキになると言い残して去っていった仲間が遺した炊飯器の内釜で調合した特製の毒液だった。
「貴様、カミキリ虫としての誇りはないのか!? 体外生成した毒を頼るなど虫倫にもとる……!」
「そんなものは炊飯器で炊き上げて捨てた!」
カミキリ虫は吠えた。友人を奪われ、ぼっちにされた恨みを思い知るがいい。
俺にはわからない。筋トレの楽しみも、太い枝を噛み切る快感も。カミキリ虫なら紙を切れ。せめて許せるのは髪までだ!
タイタンオオウスバカミキリは強かった。
付け焼き刃の知識で生成した毒薬では、ヤツを倒しきれなかった。
体格差は歴然。秘策が敗れた以上、咬合力で劣るカミキリ虫には、もう打つ手がない。
絶体絶命のその時。
「お、カミキリ虫くんじゃん」
ジムの常連の甲虫たちが、ぞろぞろと連れ立ってやってきた。
「知らない顔だな」
「最近、元気なかったのってこいつのせい?」
「うちのカミキリ虫くんイジメるのやめろよー」
力自慢の甲虫たちに囲まれて、タイタンオオウスバカミキリは後退した。
「覚えていろよ、卑怯者め……!」
カミキリ虫は思った。
悪くないものだな。肉体言語というものも。
次の日、甲虫たちに混ざって筋トレを始めたカミキリ虫は、たくさんの友人を手に入れた。
――やはり筋肉。筋肉はすべてを解決する。
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