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砂場  作者: 本宮愁
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iVoise 舞台裏

-Shido-


「――留学?」

「うん、そう。二週間だけだけど」


 あっさりと告げられた内容が、実はトンデモナイことだということを悟って、げんなりと肩を落とす。


「それあれだろ、二年の成績上位者から選抜するとかいってた、姉妹校との交換留学」

「そうだったかな」


 とぼけやがって。一年から選ばれるなんて話、きいたことがない。


「お前さ、こんなところにいていいやつじゃねぇだろ。絶対」

「なんの話?」

「とぼけんなよ。自分でわかってんだろ」

「どこでだって勉強はできるよ。将来像が決まってるわけでもないし、僕は、いまやりたいことを優先しただけ」

「それが深水律か?」


 電話口が、とたんに静かになる。わかりやすいのか、わかりやすくしてんのか。普段だったら後者だろうと思うが、この話に関してだけはわからない。


「責任感じてるならお門違いだろ」

「そんなんじゃないよ。……ただ、見届けたいだけなんだ。僕は僕の無力さをよくしってるから」


 沈黙を破った声は、自嘲ぎみに震えていた。

 ――事故のあった日、深水律を呼び出したのは、和佐だった。俺はそれ以上を知らないが、着信履歴から一番に連絡がいったのも、病院で目覚めた深水律に付き添ったのも、きっと和佐なんだろう。


「椎堂」


 多くを語りたがらない友人にしては、めずらしく饒舌に話しはじめる。


「想像できる? 世界のすべてが色を変えるんだ。一瞬で、なんの落ち度もなく、意識が途切れた次の瞬間には正常な世界から弾きだされている――見かけ上はなんの変化もなく、いつもどおりの日常は目の前にあるのに。昨日までの自分は、そこにいない」

「……」

「頭でわかってはいるんだけどね。……頭でわかろうとするから、僕の想像は律に届かない」


 和佐は、どんな顔をしているのだろう。


「無理なんだよ、僕のなかには、どうしたって消せない罪悪と後悔がある。どうしたって、無理なんだ」


 どんな思いで、この言葉を語っているのだろう。

 俺にはわからない。


「だから、わざわざ距離を置くのか?」


 なにを思って和佐が深水律を追い、なにを思って深水律から遠ざかるのか。理解ができない。部外者だと自覚しているからこそ、これまでズルズルと過ごしてきたが、本当にそれでいいのかと疑ってはいる。それでもリスクを思えば、安易に踏み込むことはできない。


「僕はね……いまの律にとっては、まぶしすぎるみたいなんだ」


 和佐が、誰を思い浮かべているのか。誰と比較しているのか。今日までは、わからなかった。

 ――秋葉音波。

 なにを考えているのかわからないクラスメイトの面倒を頼まれたのは、昼のことだった。これまで意識したこともなかったような存在が、あっさりと和佐の信頼をさらっていった。


「あの馬鹿にならできるっていうのか? 和佐に無理なことが?」


 ……到底そうは思えない。

 秋葉は、なにごとにも無関心で、校内にいることすら少ない。どんな理由があるのかは知らないが、あからさまな特別扱いを受けている謎の生徒だ。

 それほど優秀なのかと思いきや、すこし観察するだけでも、あきれるほどになにも考えていないことがわかる暢気なやつだった。


「……本当のことを言うと、ちょっとうらやましいよ。だけど、賭けてみたいんだ」

「んなにすごいのかよ、あれが」

「あはは。そうか、椎堂はしらなかったね」

「はあ?」

「きっと驚くと思う。秋葉音波は、音でできた世界に生きてるんだ。ホンモノの天才って、ああいうのを言うんだろうね」


 だから頼んだよ、と言う友人の信頼を、どうして裏切ることができるだろうか。ぜんぶ見通した上で言ってんだとしたら、なかなかタチの悪い男だ。


「俺に言わせりゃ、和佐だって天才の端くれだよ」


 電話口でクスクスと笑う優等生は、もう二度と弱音を吐かないだろうな――漠然と、そう思った。打算的に、目的と絡めた手段としてしか本心を吐露しない。器用なんだか不器用なんだかわからない。



-Kazusa-


 できるできないって問題じゃないんだ。動かそうとするかしないかって、それだけの話なんだよ。たとえば僕が隣にいるとしたら、秋葉は内側にいるようなものなのだから。

 この日が来ることを、待っていた。

 期待して、恐れて、待っていた。


「秋葉を律の家に連れてったって?」

「あー、まあ、なんつーかさ。そっとしておいてやるのも優しさじゃねーの」

「優しさだけじゃだめなんだよ。律は逃げてるだけなのに、みんな同情するばかりで、律を咎めない。わかってるのに、僕も、できない」

「そりゃ、お前の立場じゃしかたねーだろうよ。本人が口を閉ざしてんだ」


 ちがう。律が閉ざしているのは、心だ。


「――律は、話せるよ」


 強いくせに弱いふりをする。逃げ場を与えられれば、どこまでも逃げる。臆病で、ずるい人。


「話せるのに話さない。聞こえるのに聞こえないふりをする。ズルいんだ、あの人は」


 そして僕は、気づいていないふりをする。僕もまたズルい人間だから。



-Ritsu-


 私が せかい を失くしても、

 せかい は変わらず隣にあった。

 私のしらない せかい があった。


 私を宥める人たちの ことば は届かないのに、

 私の ことば は相手を傷つける。


 それでもまだ こえ と言えますか

 それでもまだ こえ に出せますか


 ――私には、恐ろしい。

 

 私の おと は戻らない。

 私の耳には、戻らない。


「歌いにきた」

「き い て」


 いやだ。やめて。

 ききたくない。


 だいすきだった私の せかい。だいすきだったあなたの こえ。


 ゆがめないで。おしえないで。どうかおねがい壊さないで。

 いつかなくしてしまうとしても、

 あとすこしだけ、まだすこしだけ、


 私の中にある残響を、つよく抱きしめていたかった。

2014年の作品『iVoise-ノイズ- 溺れる太陽を、ゆらせ。』の舞台裏メモ。

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