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作者: 央美音

 カドリーネアは、ハナミー公爵家の長女として生まれた。

 彼女が健やかに育っている時、母親が弟を出産した。

 はっきりいって面白くなかった。

 弟が生まれたからと邪険に扱われたりなどはなく、扱いに男女の差はあっても、子供としての扱いは平等だった。

 だけどカドリーネアは弟の近くにいたくなかった。

 弟が生まれて少し経った時、弟と初めて目が合った。その時から弟がカドリーネアをしきりに見つめてくるのだ。

 それも家族を見る目ではないような、そんな風に感じてしまった彼女はできるだけ弟と距離をとった。

 そんなカドリーネアの心境など気にもしない弟は、歩けるようになるとカドリーネアの近くを彷徨いては、何も言わずにじっと見つめてくるので、彼女はとても気分が悪かった。

 ついに癇癪を起こしたカドリーネアは、乳母達が止めようとするのを無視して弟に詰め寄った。そして今まで不満を思い切りぶちまけた。

 その後の弟の言葉がこれだ。


「やっべ!! マジ実物のちっこいリーネちゃんかわわ!!!」


 六才の姉から怒鳴られた筈の三才の弟の言葉がこれだ。

 このことは二人の乳母達が、母親のハナミー夫人に報告をした。そして、父親のハナミー公爵も交えて家族会議が開かれることになった。

 弟は、異世界転生をしてこのハナミー公爵家に生まれたのだという話を両親と聞いた。弟が話すと、言葉が速くなり聞き取りづらいし発音がおかしかったが、弟には生まれた時から別人の魂が入っているのは理解した。

 ならばカドリーネアより弟の方がお兄さんになるのかと両親に聞いてみたが、二人共それは違うと優しく諭してくれた。

 結局、カドリーネアの癇癪は弟の転生者発言で両親に叱られはしなかったが、弟が意味もなく彼女の近くにいることも注意はされなかった。


「リーネちゃん、その顰めっ面も可愛い! まさに神が作り出した女神!」


 この頃から弟は、遠慮がなくなりカドリーネアをリーネちゃんと呼び、彼女を神聖視しているのも隠さなくなった。

 やめてほしいと言ってもやめないので諦めている。

 だが人前ではやらないので、弟自身も行動の不審さは自覚しているようだ。


「あーこのリーネちゃんがあのクソクソクソクソクソどもに狙われるようになるとはなんてクソなんだ」

「キドリーゴ、言葉が悪くなっていてよ。気をつけなさい」

「だって、リーネちゃんが十四才になって学園に入学したら、もう俺はリーネちゃんに会えなくなるんだよ」


 これだ。弟に慣れて名前で呼べるようになった頃、毎日同じ話を繰り返すようになった。

 キドリーゴの話では、カドリーネアは【逆転の乙女〜絶対ザマァはくらいません〜】という小説やスマホゲームでの主人公らしい。

 ザマァとは、惨めな姿になった相手に対して使う言葉と弟に聞いたので、カドリーネアが使う機会は殆どないだろう。

 話の内容は、王立サルポティナ学園が主な舞台の恋愛もので、主人公とその相手役の王子が終盤になると敵対関係であったカドリーネアを悪役令嬢として断罪するという『小説』と同じ世界で、彼女が前世を思い出した影響で本来の主人公である男爵令嬢の方が断罪される逆転劇。

 この【逆転の乙女】の主人公であるカドリーネアは、六才の時に前世を思い出す。そのあとで、弟も同じ前世からの転生者だと分かる。二人は前世でカドリーネアが断罪される『小説』を知っていたのだ。そして二人は、両親や使用人には転生者であることを隠して断罪を防ごうと行動する。

 キドリーゴは、お助けキャラとしてカドリーネアが学園に入学するまで、王子達との交流や公爵令嬢としての教育などに助言と激励することが役割らしい。

 カドリーネアが学園に入学すると王子や彼の側近候補達に囲まれて生活するそうだ。

 貴族令嬢の模範となったカドリーネアは、令嬢達から慕われるようになる。それをよく思わないのが本来の主人公だった男爵令嬢のケイシー。

 彼女もまた転生者なのだが、性根の悪さが災いし『小説』のケイシーのような立ち振る舞いが出来なかった。

 そして、カドリーネア達が学園を卒業した後に開かれるパーティで、学園で起きた騒動の元凶として断罪されるのだと聞かされる。

 この【逆転の乙女】を原作としたスマホゲームというものでは、交際相手は王子だけではなく選択肢次第で側近候補達とも結ばれるそうだ。キドリーゴは彼らのことを攻略対象と呼んでいる。

 そして、敵対関係になる貴族令嬢も男爵令嬢のケイシーだけではなく複数存在しているそうだ。側近候補達の婚約者候補や血縁者などといった令嬢達が登場するという話だ。

 話の最後には、悪役令嬢のカドリーネアが断罪される世界を逆転する手助けの為に俺はここにいるんだとキドリーゴは誇らしげに言ってくる。

 そして、カドリーネアの断罪を阻止する為には、今の内から王子達と交流するようにと続ける。

 さらには貴族令嬢の模範として見られるように努力しないといけないそうだ。

 狂っている。

 何故カドリーネアが、【逆転の乙女】のせいで弟に悪役令嬢などと悪く言われないといけないのだ。

 カドリーネアは、同年代の貴族令嬢の中で一番の教育を受けているし、それを上手く使えていると自負している。公爵令嬢としての姿こそ、周りが模範にすべきこと。周りによく見せようとする必要などない。

 そんなことを言っても頷くのは両親や使用人達だけで、キドリーゴは顔を真っ赤にして怒り出す。


「それは傲慢な考えだから! そんな考えだから王子や他の皆に嫌われることになるんだ! 君は、自分が断罪される姿を見てないから、そんなことが言えるんだ!」


 そう言ってカドリーネアを否定する、公爵家の教育も否定する。この頃からキドリーゴとは、適切な距離感を保つようにした。彼もそれに気づいたらしく、より一層カドリーネアを自分が知っているリーネちゃんにしようと躍起になっていた。

 両親も、カドリーネアに対するキドリーゴの態度が異常に思えたのだろう。公爵家嫡男としての教育を早めに受けさせるようにして、カドリーネアとの接する時間を少なくした。




 カドリーネアが十四才になり王立サルポティナ学園に入学する少し前、彼女は父親であるハナミー公爵が薦める候補の中からリヒー侯爵家の嫡男であるクリゴリーを選んで婚約した。

 キドリーゴは発狂した。リーネちゃんには婚約者などいなかったと、ハナミー公爵に婚約の取り消しを訴えていた。


「お前が知るカドリーネアに、婚約者がいなかったのなら将来有望な婚約者を立てるだけ。年頃の公爵令嬢に婚約者がいないなど、他の貴族達がカドリーネアに傷があると吹聴するのは目に見えている。王子殿下や側近候補達と親しくない時点で、お前の知るカドリーネアではないと何度言ったら気がすむんだ」


 ハナミー公爵は、息子が話す【逆転の乙女】のことなど本気で信じてはいなかった。

 しかし、キドリーゴがカドリーネアに何度も話し続ける姿を見て、ならば息子がいう人物達と関わらなければいいだけと判断した。

 ハナミー公爵は、キドリーゴが攻略対象と呼ぶ者達にはカドリーネアは当然だが息子も必要な時以外は近づけさせなかった。

 父親の言葉を聞くこともなく、キドリーゴはひたすら自分が知る【逆転の乙女】の世界に戻そうと足掻いた。

 弟がやったことは、ひたすらカドリーネアに王子を始めとした攻略対象と交流するように促すだけだった。

 カドリーネアは、お助けキャラと自称する弟の言葉に耳を貸さないと既に決めていた。

 カドリーネアは転生者ではないし、キドリーゴは公爵家で【逆転の乙女】の話を広めている。

 【逆転の乙女】の世界とのずれがあることに気づかない弟には、自分の行動がおかしなことだと早く理解してほしい。

 キドリーゴは、お助けキャラなどではなくハナミー公爵家の嫡男なのだから。弟は、いい加減現実を見る日がやって来たのだ。

 カドリーネアには、明るい未来しか見る気はなかった。




「何でもします! お願いします助けて下さい! 本当に何でもします! 常に後ろに付いて行きます! 地面にキスも出来ますし靴も舐めます! 死ぬのと痛いのは流石に無理ですが! 何でもしますから助けて下さい!!」


 入学式が行われる講堂の前でカドリーネアは、貴族令嬢に土下座というものをされていた。

 キドリーゴがよくしていた動作だ。そのことに気づいたカドリーネアは、素早く近くにいた警備員に彼女が休める場所へ連れて行くように頼んだ。

 弟のように、この後何かしでかすかもしれないと警戒したからだ。今、土下座をされているのは数に入れない。

 入学したての彼女では、学園施設の詳しい場所など分からなかったし、今から入学式なので付き添いも出来ない。なにより隣にはクリゴリーがいるからここを離れるつもりはなかった。


「なんだい、この子は君の知り合いかい、ドリー?」

「いいえ。今、初めてお会いしましてよ。何やら興奮しているようね。時間が経って落ち着いたら、自分の行いを恥じるでしょう。彼女がこれから休む場所には、謝罪を受ける為に後から伺いますわ」


 最後のは警備員に向けての言葉だ。

 それに気づいた警備員が、教員棟の一階に救護室があるからそちらに彼女を預けると、カドリーネアに伝える。

 カドリーネアはそのまま講堂に入った。席まではクリゴリーも一緒だ。

 土下座の彼女が、何か喚いているが知らぬふりをする。

 クリゴリーは、カドリーネアの一つ上で在校生。入学式の進行役の生徒以外は休みの日に入学式が行われる講堂まで彼女をエスコートしていた。

 彼女以外にも、新入生の貴族令嬢は学園に籍を置く婚約者にエスコートされている。婚約者がその場にいない令嬢は、婚約者からの贈り物である花束を持って参加している。

 これらは学園の伝統の一つとして有名だ。

 【逆転の乙女】では、カドリーネアがそれを羨ましげに見つめる場面があるらしい。

 入学式も無事に終わり、カドリーネアはクリゴリーと共に救護室にいた。土下座の彼女と話をする為だ。 

 クリゴリーには、カドリーネアがドリーという愛称で呼ばれる程に仲が深まったと感じた時、キドリーゴから聞いている彼女が主人公の【逆転の乙女】の話は済ませている。

 何も起きる筈はないと思っていても、黙っているのは誠実でないように思えたからだ。

 クリゴリーは話が終わった時、何故か喜んでいた。

 カドリーネアの婚約者になれた理由が釈然としない、などと言いながら余程嬉しいのか笑っていた。

 クリゴリーは、数年前からカドリーネアを知っていた。数あるお茶会の中で、人の輪の中心にいる彼女を見て初めて心を奪われたと言われた。

 カドリーネアが王子の婚約者候補だという噂を耳にして初恋を諦めていた。だが、最近になってカドリーネアとの婚約話を父親から聞かされた時には即答で了承していた。

 カドリーネアから話を聞いて、彼女自身がクリゴリーを選んで婚約してくれたのがとても嬉しいと話してくれた。

 それに、クリゴリーと婚約した時点で、【逆転の乙女】の世界とは確実に変わっていると彼女に訴えた。

 たとえ、何が起きようとも自分が側にいるから安心して欲しいとも言われた。

 カドリーネアとクリゴリーの交際は順調だった。

 キドリーゴからの妨害は多少あったが、カドリーネアは気にしなかった。

 周りには、弟が姉を取られたから不貞腐れているのだと解釈されていた。




「誠に言い訳のしようもない振る舞いを致しました。大変申し訳ございませんでした」


 土下座の彼女は、ベッドの上でまたもや同じ格好をしていた。落ち着いたようで口調も先ほどとは違っていた。


「それで、貴女は何者で、どうしてあのような目立つ場所で、あのような非常識な振る舞いを、私にしたのですか」

「あの、私は、アノーレ男爵家のケイシーと申します。あの時の行動は、きちんと話しますので、そちらの方の紹介を、お願い出来ないでしょうか?」

「彼は、私の婚約者、リヒー侯爵家のクリゴリーです。私の、婚約者です。お分かりいただけて?」

「はい! それはもう! カドリーネアの側に知らない男子がいるから驚いて。……あの、貴女は、【逆転の乙女】と言う言葉を聞いたことはありますか?」


 ケイシーの名前とその言葉を聞いて、カドリーネアはふと思い出した。 

 【逆転の乙女】のケイシーは、キドリーゴと同じで生まれた時から前世の記憶を覚えている転生者だった。彼女は、心から喜んでいた。自分が読んでいた大好きな『小説』に転生していたからだ。

 アノーレ男爵家の養女になり、学園で王子様と恋をして、多少の妨害はあるがその後幸せな結婚をする主人公になったのだと喜んだ。

 そして、この世界は自分の為だけに存在していると思い込んでいた。

 学園に入学した時、悪役令嬢で嫌われ者のカドリーネアが、王子達に囲まれていることに驚いた。思い通りになる筈の世界で、自分の思惑とは違う展開になるのが納得出来ずに最後は自滅する行動をとって断罪される。

 そしてスマホゲームでは、彼女はどんな終わり方でも実行犯として卒業後のパーティで断罪され、その後は行方不明になるとキドリーゴから聞いていた。


「貴女は、【逆転の乙女】では私と敵対関係なのよね? なんだか聞いていた性格と違う気がするのだけど。貴女がどうしてあんなことをしたのか、理由をきちんと話してくれるかしら」

「僕からも、ケイシー嬢に聞いておきたいことがある。君は、彼女の側に僕がいて驚いたと言ったね。何故婚約者の僕が彼女の側にいることに驚いているんだ」

「あの、その、私は、知らなくて。それで」

「クリゴリー、まずは私と彼女で話をさせて欲しいわ。貴方は、少し口を閉じていて」

「わかったよ、ドリー。【逆転の乙女】に僕は出てこないとは聞いていた。それでも、ケイシー嬢が僕の存在に驚いているのが、少し気に食わなくて」


 クリゴリーが少し距離をとる。ケイシーに対して、自分はただの同席者だとアピールしたのだ。

 カドリーネアはケイシーと向き直り、彼女に説明を続けるように促す。


「私は、【逆転の乙女】のケイシーみたいな転生者ではなくて、本当に別の世界からこの世界に転生して来たんです。あの、貴女は転生者ですか?」

「私は違うわよ。……転生者に種類があるのはややこしいわね。貴女、キドリーゴは知っていて?」

「キドリーゴは、カドリーネアの弟で、カドリーネアに助言するお助けキャラです。カドリーネアが、学園に入学した途端に出番がなくなります」

「そのキドリーゴから【逆転の乙女】の話を聞かされているの。学園に入学すると会えなくなるなんて毎日しつこく言われていたのよ。実際にはあり得ないのにね。それから弟は、生まれた時から前世の記憶がある転生者だと言っていたわ。そして貴女も同じ転生の仕方をすると聞いているのだけど?」

「それは、【逆転の乙女】のケイシーであって私ではないです。私は、六才の時に前世を思い出しました。あの、私は、貴女と敵対する気はないんです。助けて欲しいだけなんです」


 目の前のケイシーは、本当に【逆転の乙女】のケイシーではないらしい。弟から聞いたケイシーは、どのような理由があったとしても敵対している相手に助けを求められる性格ではなかった筈だ。

 そして、何故カドリーネアが六才で転生者にならなかったのかと、キドリーゴがよく愚痴をこぼしていたが、その答えは目の前の彼女なのかもしれない。

 彼女は、本来ならカドリーネアに宿る魂だったのではないか。それならカドリーネアが前世を思い出さないわけも納得できる。身体に宿る魂が違っていたのだ。

 今のカドリーネアは、性格から考えると『小説』のカドリーネアなのだろう。

 ただ、根拠が前世を思い出した年齢が【逆転の乙女】のカドリーネアと同じというだけだが、宿る身体を間違えてくれたことに心の中で感謝しても罰は当たらないだろう。

 元々ケイシーに宿る筈の魂は、今のケイシーの魂に潰されたか、追い出させれて消滅でもしたのだろう。

 その魂にはお気の毒さまとだけいっておこう。


「まずは、事情を話して欲しいわ。いきなり土下座された身としては納得できる事情がいいわね」

「私が、ケイシーに転生したと気づいた時、絶対に断罪を回避したいと思いました。断罪の後に行方不明になるのが嫌だったんです。平民の私には、アノーレ男爵家の養女になることは拒否出来ません。だから別の方法を色々考えました。それで【逆転の乙女】のカドリーネアを真似して、入学前から攻略対象達と仲良くなればいいんだと思いついて実行しました」

「【逆転の乙女】で私がしていたことを貴女が代わりにしたのね」


 ますます彼女の魂が身体を間違えた説がカドリーネアの中で膨れ上がった。


「養女にされた後、学園に入学してから卒業後のパーティで断罪されるまでにどうにか出来ればと思ったんです。物語の強制力があっても何とかなるんじゃないかと思ってました」

「物語の強制力?」

「えと、未来を変える為の行動をとっていても、過去に見た未来の出来事が、現実になるように無理矢理にでも起きる。うー、説明が下手ですみません」

「言いたいことは分かるから問題ないわ。それで、貴女は未来を変える為に行動したのね」


 カドリーネアの言葉に頷くケイシー。


「その時の私が住んでいた町は、王都との距離はそこまで遠くなかったので、八才になった時から五年ほどでほぼ全てのキャラと接触して友達になれました。流石に王子とは接触出来なくて、それでもいいやと気楽に思っていました」

「それで、土下座をするきっかけになった出来事は?」

「私、よりにもよって王弟の息子の好感度が一番になってたみたいなんです。彼は、スマホゲームの方の【逆転の乙女】の隠しキャラなんです。ゲーム開始から王子に話しかけるイベントをスルーして、学園に入学しても王子単体のイベントが起こらないようにしないと出現しないキャラです。本当なら好感度が王子は最低値、他のキャラは一定の基準をキープして、二年生の後半になってやっと出てくるような初見殺しのキャラ。そんな設定のキャラが、学園に入学する前からふらりと私の住んでた町に何度も来るなんて思わないじゃないですか! こんなことなら学園を穏便に卒業できるようにずっと息を潜めて暮らしていればよかった!」


 ケイシーが話す内容をあまり理解は出来なかったが、彼女の様子で弟のことを思い出した。


「はい落ち着いて。懐かしいわ、弟もそうやって興奮していたのよ。どうして、王弟の息子に怯えているのかしら」

「あ、すみません。……それで彼の何が問題なのかというと、彼は所謂ヤンデレ、恋愛対象に異常なほど執着しているのが特徴で彼を攻略対象にすると、その、普通のゲームとかだとバッドエンドと言われる酷いことを、主人公のカドリーネアにしてくるんです」

「はっ?」

「クリゴリー、落ち着いて。バッドエンドというのは、物語が不幸な終わり方をすることよね。貴女はバッドエンドの物語に巻き込まれているの?」

「そうなんです! あ、王弟の息子エンドは、それが正式な終わり方みたいなんです。引きこもりエンドといわれていて、卒業後のカドリーネアは彼が用意した屋敷から出てこなくなって、貴方に愛される私はとても幸せ貴方とだけ会えればいいの、みたいな。メリバ……主人公や相手役だけが幸せな結末ともいわれていて、隠しキャラがやっていい終わり方じゃない、原作を汚していると酷評されたりもしていました」

 

 ケイシーの言葉に、カドリーネアはゾッとした。

 カドリーネアとハナミー公爵が、中途半端な対策を取っていたら卒業後にカドリーネアが不幸になる可能性が出てきたのだ。

 キドリーゴからそんな話は聞いていないので、彼はこの内容を知らなかったのだろうか。

 ……やたらとカドリーネアと王子を交流させようとした事実には目を背けることにした。


「私、彼が王弟の息子なんて知らなくて、いや、そもそも私が住んでる町に来るなんて思ってなかったんです。本人からも、商人の見習いをしている平民で、お店の為に国中を回っているって言ってたし、だから【逆転の乙女】に関わらない人だと、時折会う年の離れたお兄さんみたいだと思ってたらこれですよ!」

「貴女は、どうやって彼が王弟の息子だと気づいたの? 見た目は【逆転の乙女】のゲームに出てくる姿と同じだったのよね、会った時に気づけなかったの?」

「私、彼を攻略してないんです。ある程度進めたところでネタバレ、このゲームをしていた人から詳しい話を聞いていたから、彼の存在を知ってただけです。それに彼は私の趣味じゃなかったので、顔と名前も忘れてました。小説の方の【逆転の乙女】の内容も、必死で思い出したんです。暇つぶしでやっていたゲームの方の内容を、詳しく覚えているような記憶力は、私にはありませんでした。彼が、王弟の息子だと気づいたのは今日なんです。学園の校門前で貴族服を着て、花束を抱えた姿で私に会いにきたと言われて。あ、彼は王弟の息子だったんだって」

「私に土下座した直前の話かしら」

「それは、本当にすみませんでした。私は、あの姿を見て聞いていた内容を思い出したんです。ゲームでは、カドリーネアが王弟の息子ルートに入ると起こるイベントなんです。本当は入学式に婚約者に対してやるものだけど、カドリーネアには自分がいると、他のキャラにアピールする為に花束を贈ってくるんです。まさか、入学式に王弟の息子が私に花束を渡す為に待ってるなんて思わないじゃないですか。いくら彼でも部外者だから、簡単には学園の中には入れないだろうし、無理矢理突っ切って事情を知っているはずのカドリーネアを探して。見つけた時は思わず助けてもらう為に土下座してました。私は、貴女に成り代わりたかったわけじゃないんです。ただ、養女になった後に会えなくなるお母さんと、また会いたいと思ってただけなんです」


 土下座の理由はわかった。ケイシーにとって、王弟の息子という存在は、突然の告白を受け入れるほどの男ではないらしい。

 未だに彼女の口から彼の名前が出てこないが、普段はそれでも問題ない程度の知り合いだったのだろう。……ケイシー側から見ればの話だが。


「なるほど。ケイシー嬢が、男爵家の養女になるのは彼が原因かも知れないね。ドリー、彼女は断罪後行方不明になるんだよね」

「彼について、キドリーゴからは何も聞いていないの。けど、ゲームではどんな終わり方でも、彼女は断罪後に行方不明になると言っていたのは覚えているわ」

「王族の話は君も知っているだろう? 王弟の息子が結婚するには問題だらけだ。げーむでも町で時折会う彼女に好意を抱いていたのなら、断罪後に秘密裏に連れ去るくらいは簡単に出来るだろう。げーむでは彼女は必ず断罪されるのだから。もし断罪が起きなくても行方不明にはなっていそうだね。ただ、げーむのカドリーネアが彼を選んだ時のケイシー嬢はどうしたのやら。引きこもりとは言い得て妙だね。相手を屋敷に留め置くしか手段がなかったんだろう。ケイシー嬢を調べた結果、身分差を少しでも無くす為に、アノーレ男爵家に養女として迎えるよう命じた。下手をするとすでに色々と準備をしている可能性がある」

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……」


 クリゴリーのゲームの発音が拙いことにカドリーネアが微笑ましく思っている横で、クリゴリーの嫌な想像にケイシーが無理としか言わなくなった。

 ケイシーに恐怖を与えたクリゴリーを少し睨んで、カドリーネアはケイシーを落ち着かせようと背中をさする。


「とりあえず、ケイシーをどうするのか。対策を考えないといけないわね」

「君は優しいね。ケイシー嬢を放置しても、誰も責めはしないのに」

「彼女のおかげで、貴方と婚約できたと言っても?」

「それなら僕も協力しよう」

 

 愛しのケイシーに、前世と今世で顔と名前を忘れられていた王弟の息子コルザンスは困惑していた。

 コルザンスは、学園の校門前で立派な花束を抱えてケイシーを待っていた。彼はこの学園の卒業生だったし、学園の伝統も知っていた。

 まさか、ケイシーが花束を受け取りもせずに、そのまま学園に駆け込むとは思いもしなかった。

 コルザンスは、側室と愛妾を持てない国王と王妃の間に子供が誕生しないことで、幼い頃から両親と共にとても苦労していた。特にコルザンスが王宮内で標的にされていた。

 誰もが彼をいないものとして扱う、誰も彼に好意を持たない。両親とも必要最低限にしか会話が出来ない。

 やっと王子が生まれた時には、コルザンスと周りとの溝はとても深くなっていた。

 本来なら友人が出来た筈の学園卒業後は、国中を視察して来いと王都を追い出された。

 コルザンスが真面目に視察をしていたのは数年だけ、王族としての用件がなければ身分を隠して生活していた。

 彼の付き人は何も言わないので、女性との付き合いには多少気を配りながら暮らしていた。

 そんなコルザンスの生活が変わったのは、ケイシーとの出会いだった。初めて会った時は、ケイシーを年の離れた妹のように可愛がっていた。

 十以上も年が違うし、彼女の住む町で偶然会えた時に少し会話をするくらいだが、もし実妹ならどう可愛がるかと想像していた。

 ケイシーと同い年くらいの男が仲良くする姿を見て不満に思っても、これが妹を守る兄というものかと思う程度だった。

 その感情が、ただの嫉妬だったと気づいたのは、彼女が十四になる前の頃だった。

 彼女の生い立ちは調べ尽くしていたので、まともな相手との結婚が難しくなっているコルザンスの養女にして、自分の娘として思い切り可愛がりたいと思い詰めるようになっていた。

 久しぶりにケイシーと会った時、言葉の端々に複数の男の存在を感じたコルザンスの動きは早かった。

 平民のケイシーを攫ったら、きっと付き人に国王と王弟に報告されてケイシーと引き離されてしまう。

 だから、アノーレ男爵へケイシーを養女にするよう強制し、養女にした後の彼女の世話は放置しろと命じた。男爵令嬢になると、学園に入学させないといけなくなるが、卒業まで我慢して通わせるしかない。平民として攫うより、学園を卒業した男爵令嬢を使用人として迎える方が、付き人が目こぼしする可能性が高い。本当は婚約者として迎えるのだが、黙っていれば気づかれないだろう。

 そして、アノーレ男爵にコルザンスとケイシーの婚約の許可を出させた。口約束なので実際の婚約ではないが、それでもコルザンスは満足していた。

 もちろんアノーレ男爵には多額の金銭と脅しをかけて口止めをしている。

 国王と王弟は、不要な争いを避ける為に、王子が王太子となり子供を持つまではコルザンスの婚約など許可しないと決めていたし、本人にもそう伝えていた。

 コルザンスは、周りのせいで自分が望む沢山の愛を奪われていた。

 未だに婚約者もいない王子の子供など、彼はもう待てなくなっていた。

 コルザンスは、ケイシーに花束を渡してアノーレ男爵から密かに婚約の許可を得たと伝える筈だった。それがケイシーの思わぬ行動で駄目になった。

 それでもコルザンスは学園の校門前で待ち続けたが、一向に彼女は現れない。

 王都にある学園には、領地以外に屋敷を持たない貴族の生徒や成績優秀な平民の生徒の為に学園から少し離れた場所に学生寮が用意されている。

 コルザンスはケイシーもそこに住むように手配していた。そして学園の生徒が、出入りに利用できるのはここだけと決められている。

 辺りが暗くなってもずっと待つ気でいたのに、コルザンスはいつの間にか現れた付き人と、王弟付きの兵士たちによって王宮に連行された。




 カドリーネア達はまずはアノーレ男爵から話を聞こうと屋敷に向かうことにした。

 彼女とクリゴリーは同じ馬車で学園に来ていたので、コルザンスからケイシーを隠すように待機していた馬車まで移動した。

 コルザンスは、校門前でずっと学園を見つめていた。その姿に、ケイシーがあのように錯乱したのも無理はないと思った。

 馬車に乗り込むとそのままアノーレ男爵家に行き、クリゴリーと協力してコルザンスとの関係を力尽くで聞き出した。

 この時、話を聞いたケイシーは気絶した。

 そして公爵家に戻るとコルザンスの所業を訴えた。

 ハナミー公爵はカドリーネアから聞いた話を国王と王弟に上手く伝えてくれた。

 数年後にコルザンスは、静養の為という理由で自分の屋敷から出てこなくなる。そしてカドリーネアとクリゴリーの結婚後には彼の話を一切耳にしなくなるのだった。

 コルザンスは、【逆転の乙女】の世界のケイシーでも恋をするのだろうか。キドリーゴから聞いた性格でも愛せたのだろうか?

 【逆転の乙女】の世界のケイシーと町で会っていたとしても恋をすることはなく、年の離れた妹とでも思っていたのかもしれない。断罪後の行方不明は、彼女を守る為にしたことの結果だったのだろうか。

 もう、誰にも答えはわからないのだ。

 カドリーネアは、学園であった出来事をキドリーゴに話したくて堪らなかった。彼女の話を聞いた弟の反応が今から楽しみだ。

 



 ケイシーは平民に戻った。

 コルザンスが何もしなければ、アノーレ男爵はケイシーを養子にはしなかった。アノーレ男爵はある程度の罰を受けることになった。

 ケイシーの学園への入学も取り消された。

 学力は平民として通っても問題ないほど優秀だったが、彼女は学園で生活することよりも母親の側にいることを望んだ。

 あの土下座から十数日後、学園の校門前でケイシーを見送る時に、もう貴族とは関わりたくないと泣きながら笑っていた。

 あれからまた季節が過ぎた。カドリーネアとクリゴリーは今も仲良く学園に通っている。土下座された講堂の前を通り過ぎようとしてカドリーネアはあの時のことを思い返していた。

「とりあえず、無事に終わったわね。いきなり土下座された時は驚いたし、腹も立ったけど何とかなってよかったわ。ケイシーが故郷に帰ったのは残念だけど、彼女にとっては良いことなのよね」

「そうだね、僕の婚約者さん」

「あら、何やら棘のある言い方」

「棘も出るよ。僕がいるのに、ドリーにアプローチしてくる男の多いこと。ハナミー公爵家から既に断られていても、家柄が上だからと僕に直接ドリーとの婚約を取り消せとかいう馬鹿がついに出たよ」

「あら、それで、貴方は何と?」

「即行で断ったし、リヒー侯爵家からあいつの家に抗議文を出してもらったよ。我が家と取り引きしている家だったから、警告なしで取り引き停止と通告書も付けたそうだ。リヒー侯爵家を、自分より下に見ていたあいつには少し痛い目を見てもらうよ」

「それなら良かった。ハナミー公爵家からも、何かしらしていると思うわ。公爵家の婚約に、口を出せる地位もないのに口を出したのだもの。どこぞのお馬鹿さんには、とりあえずザマァとでも言っておきましょう」


 カドリーネアは、弟から聞かされていた【逆転の乙女】の主人公ではないと自信を持って言える。

 クリゴリーと共に楽しい学園生活を送っているし、令嬢達からは尊敬の目で見られている。

 毎日、公爵家で家族と顔を合わせて生活している。

 近頃のキドリーゴは【逆転の乙女】の話をしなくなり、自分をお助けキャラとも言わなくなった。ハナミー公爵家の嫡男らしく振る舞うようになっていた。

 学園で会う王子や側近候補達とは、婚約者がいる貴族令嬢としての距離間を保って交流している。

 例え、彼女のことが気に食わなくても、彼女に危害を加えようとする者達はいない。

 もし出てきても、クリゴリーと共に叩き潰すだけだ。

 彼女の学園生活は、平和に続いていくだろう。

誤字修正しました。

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