最終章
5―1
第1回ゲーミング杯の後、俺たちの七ツ森ハバネロ・チャンネルは再生数が急上昇した。
大会での活躍が話題となり、それまでとは比べ物にならないほど多くの人が動画を見にやってきた。
これまで最も多かったのは『七ツ森ハバネロ、フォースバウンスをやってみた』の1万再生だったが、大会から一週間で3万になり、その翌週には10万に跳ね上がった。まさに指数関数的な増え方だった。
せっかく興味をもってくれている人がいるのだからと、俺たちは新しい動画を作ることにした。
撮りためていた波鳥のプレイ動画から特に目を引くシーンを抜き出し、『七ツ森ハバネロ、スーパープレイをしてみた(選り抜き)』を作った。
アップしてから1日で3万再生を超えた。
「親近感を持ってもらうためにNG集を作るのもいいんじゃない?」
相沢さんの意見を取り入れ、波鳥が失敗した珍しいシーンにコミカルな音を重ねて『七ツ森ハバネロ、失敗してしまった』を作った。
今までで一番時間をかけずに作ったのに、これも即日で2万再生になった。
やればやるだけ反応が返ってくる。
夏休みの後半、俺はずっと動画制作にかかりきりだった。
自分でフォースバウンスをやる時間は減ったけれども、これはこれで充実した夏休みだった。
そんな最高の夏休みもとうとう終わり、9月から新学期が始まった。
返却された期末テストが芳しくなかったり、やり忘れていた宿題が発覚したりもしたが、放課後に部活が待っているかと思うと小さなことだった。
大会の後もオンラインでみんなとやりとりをしていたが、やはり直に会えるのが楽しみだった。
次はどの大会に出ようか。どんな動画を作ろうか。話し合いたいことはいくらでもある。
満を持して放課後になった。
俺は直にゲーム部の部室に向かいたかったが、その前に済ませておかないといけない用事があった。
担任であり顧問でもあるタジーへの活動報告だ。
伝ることは主に二つ。大会優勝と、動画がバズったことだ。
立ち上げたばかりのゲーム部がこんなに躍進していることを知ったら、顧問としても鼻が高いだろう。
俺は職員室のタジーの元に到着した。以前はその場で話をしたのに、今日はなぜか隣の生徒指導室に移された。
二つしかない席の一つに座らせられた。
変な空気だった。思えばホームルームの時間から今日のタジーはテンションが低かったように思う。
対面で椅子に座ったタジーは仏頂面で言った。
「おまえらの動画が炎上している」
「……え?」
俺はしばらく反応できずにいた。
学校の教師が冗談を言うとは思えないので、きっと勘違いか何かだろう。
もしかしたらタジーは自分から俺たちのチャンネルを見てくれていて、急激に再生数が伸びたことを炎上と勘違いしてしまったのかもしれない。
俺がそう説明しても、タジーは表情をまったく変えなかった。
「まずこれに目を通せ」
タジーは机の上に教員用のタブレットを置いた。
意図がわからないままタブレットを開くと、まとめサイトが表示された。
出来事の流れを把握しやすくするため、情報を整理したり、SNSの発言などを選り抜きしている便利なサイトだ。
教師でもこういうキュレーションサイトを見るのか、などと感心しながらページを送っていくと、以下の文章が目に止まった。
『七ツ森高校の生徒が部活動で金儲けのための動画チャンネルを運営している!!!』
「ど、どういうことですか、これ」
「いいからまず全文に目を通すんだ」
俺は姿勢を正して全文を読む。
要点をまとめると、七ツ森高校ゲーム部はVTuber「七ツ森ハバネロ」を運営する営利集団であり、8月15日のフォースバウンスの大会に宣伝目的で参加。出場規定で禁止されているプロゲーマーをチームに入れた状態で優勝。バズった動画で推定100万円以上の広告費を荒稼ぎ。高校がこのような金儲けを部活動で容認しているのはいかがなものか、というまとめ方だった。
「読み終わりました。なんですかね、これ。根も葉もない嘘ばかりじゃないですか。まったく、笑っちゃいますよ」
「笑い事ではないんだ」
タジーはキッパリと切り捨てるように言った。
「昨日、PTAからこのサイトを見たという人から電話があった。今、SNSで拡散されて物議を醸しているところだ」
「事実じゃないのに拡散されているんですか?」
「本当のことも書かれているだろう」
高校の部活動でチャンネルを運営しているのも、大会に出場したのも事実だ。
ただし金儲けは一切していない。再生数が多いと収益化ができるらしいとは聞いたことがあったが、やり方がわからないので手をつけていなかったのだ。
「大会で優勝したおかげで再生数は増えましたが、お金には一切していません。何もやましいところはありません」
「お前らはそう言うだろうが、世間はそう思ってはくれない。プロゲーマーも在籍していたんだって?」
「それって波鳥のことを言ってるんですか? 彼女は腕前がプロ級なだけです。先生まで嘘の情報に惑わされないでくださいよ」
「細かいことはいいんだ。誤解にしろなんにしろ、世間がそういうものと思ってしまっているということだ。高校側としてはこれ以上、問題を大きくするわけにはいかない」
「じゃあ声明文を出させてください。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか俺が全部書き出しますよ」
「騒ぎを大きくするな、と言っている。今日からしばらく部活動を自粛しろ!」
会話は一方的に断ち切られた。それ以上、議論の余地はなかった。
タジーがこんなに話が通じない奴だとは知らなかった。
俺は何も言わずに黙って指導室を後にした。
5―2
これまでにネットで色んな炎上を目にしてきた。
当事者が失言してしまったとか、発言を部分的に切り取られて拡散されたとか、みんな誰でもいいから攻撃できる対象を探していただけだったとか。俺自身、かつてゲーム配信で波鳥に絡まれたことがあったわけだが、幸い個人間でのやりとりで済んでいたし、そういうのは心のどこかで対岸の火事だと思っていた。
しかし今回は明らかに燃えた。いつの間にか火をつけられていた。。
活動自粛を指示されたので放課後に部室は使えなかった。かといって大人しく帰る気にもなれない。俺たちは駅前のファミレスに集合した。
コトヤマも参加した。いつも使っているノートパソコンの代わりに俺のスマホでリモートすることにしたのだった。
「意味わからない。理解できない。タジーのこと見損なったよ!」
相沢さんは呼び出しボタンを連打し、店員にポテトとドリアとピザとドリンク&サラダバーを注文した。やり場のない感情を食べ物にぶつけようというのだ。
「だいたい部活をちゃんとやれって言ってきたのはタジーの方だったじゃんね。問題が起きた途端に被害者ぶるってどういうこと?」
不思議なもので他人が感情的になってくれると、自分の怒りは代わりに収まっていくものらしい。俺は冷静さを多少取り戻して言った。
「タジーは顧問だから直接命令してきたけど、自粛しろっていうのは学校側の判断なんだと思う」
波鳥も神妙な面持ちでうなずいた。
「ぼくもそう思います。田島先生が個人的に圧をかけてきたわけではないはずです」
「そりゃそうかもだけど、どっちみちあたしたちにとっては同じことだよね」
「……そ、それにしても何か妙っすよね」
テーブルに立てかけておいたスマホからコトヤマが言った。3人でそちらに注目する。
「じ、自分はこのまとめサイトを作ったのが誰なのかが気になってるっす。最初は人気の出た七ツ森ハバネロへのやっかみかと思ったんすけど、そもそもライバルのように競っていたVTuberがいたわけでもないっすよね」
「そうですね。チャンネルを始めてまだ2ヶ月ですし、他のVTuberとの絡みがあったわけでもありませんもんね」
「じゃあ他にどんな可能性があるの?」
「が、学校名を引き合いに出してきているのが鍵なんじゃないかと思うっす。七ツ森ハバネロの名字が高校名から取ったと推測できるのは、近隣に住んでいる人間だと思うんすよね」
「なるほど。犯人は意外と近くにいるかもってことか。でもさ、そのくせして動画で100万円を儲けてるとか、ハトリンがプロゲーマーだとか、頓珍漢なことを言ってたりもするよね。情報の質がバラバラじゃない? ……っていうか、ハトリンは本当にプロゲーマーじゃないんだよね?」
「ぼくくらいの実力でプロゲーマーとしてやっていけるのなら、プロゲーマーのバーゲンセールができますよ」
「じ、情報がバラバラなのはわざとやっているんだと思うっす。まとめサイトを見てると明らかに悪意のある編集の仕方をしてるっすから」
俺たちのことを知っていて、悪意を抱いている人間。
知り合いから辿ろうとすると切りがないから、動機の方から考えた方がいいかもしれない。
でも、動機って何だろう。ミステリーでメジャーなものを考えてみる。
――例えば復讐、とか?
ふと頭の中で何かが引っかかった。
初めはただの思いつきでしかなかった。が、徐々にそれは可能性から疑いへと変わった。
「コトヤマ。ちょっと調べてもらいたいことがあるんだ」
「何か閃いたっすか? もちろんっすよ!」
自分のスマホをリモート用に使っていたということもあるが、検索ならコトヤマに頼んだ方が遥かに早い。
「レッド・ジェネシスってクランを調べてほしい」
ピザを食べていた相沢さんがタバスコの分量を間違えたみたいな顔をした。
「それってなんだっけ? なにか嫌な記憶として頭の片隅に残ってる気がするんだけど」
「大会で決勝を争ったところですね」
眉をひそめながら波鳥が言うと、相沢さんが「思い出した!」とうなずいた。
「頭から足まで赤かった奴だね。初めはあたしたちの動画を見てるって言うから良い人かと思ってたのに、マッチになったらプレイが陰湿で嫌らしかったなあ。そうだ。あたしアイツにやられたんだった」
プレイスタイルの好き嫌いはあるものの、実力のあるプレイヤーだったことは確かだ。
ただ、決着の際に激しく悪態をついていて、終わった後にも一切健闘を称え合うことがなかったのは地味に気になっていた。
「し、調べるっす。ちょっと待っててください」
リモートの向こう側からキーボードを打ち鳴らす音が聞こえてきた。
5分後、コトヤマが検索結果をまとめて報告した。
レッド・ジェネシスは学生と社会人による混合チームで、2年前からバトルロイヤルゲームを中心に活動しているとのことだった。
リーダーであるジャスティスが主にSNSで情報を発信しており、最近のタイムラインはもっぱら七ツ森チャンネルの騒動を拡散ばかりしていた。
相沢さんがスマホを見ながらワナワナと手を震わせた。
「え、こんなことってある? 曲がりなりにも決勝で優勝を争った相手だよね? あまりにも露骨すぎない? こんなのこいつらが犯人で決まりじゃん!」
そう結論づけたい気持ちは俺にもあった。しかしどれだけタイムラインを遡っても他人の情報の拡散ばかりで、ジャスティス本人の意見は皆無だった。
コトヤマはその後も調査を続けてくれたが、結局ファミレスに滞在している間にジャスティスが炎上に関与している証拠は見つけられなかった。
ファミレスの前で解散する時、いつにも増して口数の少なかった波鳥が言った。
「みなさん。この件を追うのはもうやめておきませんか? 炎上している時に何かしようとしてもきっと無駄だし、下手したら被害が拡大する危険もあります。悔しいですけど、放っておきましょう。時間がたてば自然と鎮火するはずです」
「それはそうなんだけど……うーん」
相沢さんはかなり不満げだった。実を言えば俺もそうだったし、コトヤマもスマホの中で渋い顔をしていた。
しかしゲーム部の中で一番年下の波鳥が言っているのだ。俺たちは引くしかなかった。
「まあ、そうだね。大人しくしてよっか。犯人が誰であれ、相手にしないのが一番だしね」
相沢さんがそう言い、俺とコトヤマも続いてうなずいた。
その日はそれで解散した。
しかしその夜、俺のところに一通のメッセージが届いた。
ジャスティスからだった。
5―3
ジャスティスから連絡が届いたのは七ツ森ハバネロの宣伝用のSNSアカウントだった。誰からでも問い合わせを受けられるようにダイレクトメッセージを開放してあったのだ。そしてそれを管理しているのが俺だった。
「こんばんは。先月の第1回ゲーミング杯でともに決勝を戦ったレッド・ジェネシスのジャスティスです。オレのことを覚えているかな?」
連絡をしてきたのは夕方に俺たちが見ていたジャスティスのアカウントからだった。
俺はしばらく返事をするか迷った。
波鳥から彼には関わらないようにと言われていた。
しかし頭でわかっていても、俺は返事をせずにはいられなかった。
「覚えていますが、どういう用件ですか?」
俺がメッセージを送るとすぐに既読がついた。
「その前に質問いい? 中の人は誰? 凄腕の小さな女の子? ムードメーカーの女子? フードの人? それとも部長さん?」
部長と名乗った覚えはなかったが、いちいち訊ねるのも面倒だったので簡潔に答えた。
「部長の湊です」
「そっか。できれば凄腕の子と話したかったんだけど、仕方がないか」
「何を話そうとしていたんですか?」
「いやさ、君たち今とても大変そうだろ? 何か相談に乗れることがあるんじゃないかと思ってさ」
「まとめサイトのことですか?」
「それそれ」
「何かご存知なんでしょうか?」
「いや、全然? ネットで見たこと以外は何も。でもさ、世の中って理不尽なことが急に起きたりするじゃないか。せっかく優勝して注目を浴びたのに、まさかこんなことになるなんてね。有名税ってやつ? ご愁傷さまだね。同情する。何か力になれることはないかな?」
「何を言いたいのかわかりません。からかうために連絡をしてきたんですか?」
「そんなことないよ。あ、もしかして気に触ったかな。だとしたら謝るよ。ごめん」
表面だけの謝罪であることは明白だった。思わず文字を入力する指が震えた。
「いい加減に白々しいことを言うのはやめてください。あなたがまとめサイトを作って炎上させたんじゃないですか?」
「えええ? どうしてそう思うんだろう?」
「あなたが炎上の情報をやたらと拡散しているからです」
「情報ってのはね、広がらないことには真偽を確かめられないんだよ。君たちを疑っていてやっているわけじゃない。隠すのは悪だけど、広げるのは正義さ。オレは正しさのために拡散しているんだ」
「それは自分がまとめサイトを作ったと認める発言ですか?」
「そうはならないんじゃないかな。だってまとめサイトって作った人の名前が出るじゃないか。それはオレの名前じゃなかったはずだけど?」
「ユーザー名なんて自由に決められるし、複数持つことだって可能です」
「へえ、そうなんだ。湊くんだっけ? 流石は七ツ森高校ゲーム部の部長さんだけあって頭が聡いね」
ジャスティスはのらりくらりとはぐらかすだけだった。それは大会で彼が見せた直接対決を極力避けるプレイスタイルと似ている気がした。
なかなか核心に踏み込めない俺は苛々してきた。俺は長話がしたいわけではない。
「俺はあなたがこの炎上に絡んでいると疑っている。正直、かなり腹を立てている。違うなら違うと言ってほしい」
「そうなんだ。でも、どうしてオレがそんなことをしたと思っているのかな? 動機は?」
「大会でうちのチームに負けたからじゃないですか?」
証拠がなくてもそう言ったのは、ジャスティスに揺さぶりをかけて証言を引き出したかったからだ。とにかく一言でもいいから何かを吐かせたかった。
「フフフ」
ジャスティスは笑い声をわざわざ入力して送ってきた。
「オレたちが君たちのチームをやっかんだって? 面白いね。そんなわけないだろう。ありえないね」
「絶対に勝てると思っていた状態からやられたからじゃないですか? 試合後、さんざん悔しがっていましたよね?」
「アハハ」
再び不要な笑い声が送られてくる。
「悔しいわけないじゃないか。ゲームを金儲けの手段にしか考えていない相手にやられったって、不憫だとしか思えないよ」
「金儲けなんてしていない」
「ネットで誰かが言っているのを見たよ? 疑わしいことがあるからそう言われるんじゃないかな。火のないところに煙は立たぬ、とも言うしね。あの凄腕の子も哀れだよ。どんなに上手くてもああなったらゲーマーとしておしまいだね」
俺はすぐに返信しようとしたが、指先の震えが激しくて時間がかかってしまった。
「撤回しろ」
「なんで? せっかく相談に乗ろうとしたのにひどい言われようだね。大丈夫。君たちを責めてるわけじゃない。お金を儲けること自体は悪じゃない。要は志の問題さ。自身の弱さと向き合おう。そうすればまた健全な気持ちでゲームをやれるようになるよ」
「あることないこと勝手なこと言いやがって。早く撤回するんだ」
「しないと言ったら?」
「おまえを見つけて殴りつけてやる」
そのメッセージが既読になった瞬間、ジャスティスからの返信が止んだ。
俺はスマホを睨んだままずっと返信を待っていた。
十五分が経過しても反応は一切なかった。
その頃には熱が冷めるのと引き換えに、冷たい予感のようなものが足元から這い上がってきていた。
もしかして俺は何か間違ってしまったのではないだろうか。
不意にスマホに通知が来た。
ジャスティスではなくコトヤマからだった。
メッセージには一刻もはやくまとめサイトを見るように、と書かれていた。
まとめサイトに飛ぶと、新しく情報が追加されていた。
今しがた俺がジャスティスとしたやりとりのスクリーンショットがアップされていた。
全文ではなく、俺がジャスティスを脅迫しているようにしか見えない切り抜き方だった。
5―4
もともと炎上していたところに燃料がくべられたらどうなるか。言うまでもなく火の勢いは強くなる。周りを巻き込んで延焼する。
世間ではすっかり俺がジャスティスを脅迫したことになっていた。
こんな奴だから悪い噂は本当だったのだ、と思われた。
七ツ森ハバネロのアカウントには連日中傷のコメントが書き込まれ、高校へのクレームも定期的に寄せられた。
七ツ森高校ゲーム部は自粛ではなく無期限での活動休止に追い込まれた。
部室は閉鎖され、私物は各自で持ち帰るように指示された。
ひどい日々だった。
顔も名前も知らない不特定多数から攻撃され、言い返すこともできず、もはや誰を相手にしているのかもわからない状態だった。
そんな中、部員は誰も俺のことを責めなかった。みんな俺のことを信じてくれた。
ありがたかったけれども、同時に心苦しくもあった。
「部室が使えなくたって、夏休みの時みたいにオンラインでやればいいじゃん。どうせバレるわけないし」
相沢さんはそう言って俺を度々オンラインに誘ってくれた。
俺は応じる気になれなかった。
フォースバウンスをやれば波鳥とも会うことになる。
波鳥はジャスティスと関わるなと言っていた。にも関わらず俺は義憤に駆られて単独行動を取り、ゲーム部を窮地に追い込んでしまった。
合わせる顔なんてあるわけないじゃないか!
学校で波鳥とすれ違いそうになると、俺は進路を変えて彼女を避けた。
初めは波鳥は俺に気づいて追いかけてこようとしたが、二度、三度と繰り返すうちにあきらめるようになった。
そんな日々が続いたある日のことだった。
放課後に俺が帰り支度をしていると、クラスメイトの一人から声をかけられた。
「湊。呼んでる人がいるぞ」
顔を上げると教室の出入り口に波鳥が立っていた。
俺が避けてるのはわかっているはずだから、用事があるとしたら相沢さんだろう。
しかし相沢さんは軽音楽部の集まりがあると言って、さっき教室を出ていったばかりだった。
俺は仕方がなく席を立って廊下に出た。
「ええと、ひさしぶり。もしかして相沢さんに用があった? 彼女はさっき軽音楽部の方に――」
「ミナト先輩に話があって来ました」
俺の話を遮るようにして波鳥は言った。
「あ、そうなんだ。何?」
波鳥はポケットから白い封筒を取り出した。
「これを受け取っていただきたいです」
俺は言われるがままに封筒を手に取った。
表には「退部届」と書かれていた。
「……ええと。一応、理由を聞いてもいいかな?」
俺にも曲がりなりにも部長という立場がある。
「今、ゲーム部は活動もチャンネル更新も止まっているじゃないですか」
「そうだね」
「集まることもないし、空気もよくないじゃないですか」
「確かに」
「それにぼくはミナト先輩にひどいことをしてしまいましたし」
「え?」
それまで目を合わせないようにして話をしてきた俺だったが、驚いて思わず波鳥を見た。
「いや、逆だろ? 俺のせいで部活が休止になっているんだから」
「発端を作ったのはぼくです」
「そんなわけないじゃないか。原因は大会で絡んできた赤い奴だよ」
「ぼくはもっと根本的なことを言っているんです。ぼくはミナト先輩にゲームの楽しさを思い出させたくてゲーム部を作りました。なのに今、先輩はすごく辛そうじゃないですか」
「それは一時的なことで……」
「じゃあ、いつゲームをやるんですか?」
俺は答えることができなかった。
部活の休止が解けたら?
いや、そんなのは言い訳だ。
本当にやりたかったら今すぐにでもやっているはずだ。
「――こんなことになるなら、最初からゲーム部なんて作らなければよかったです」
波鳥は視線を床に落としながら続けた。
「だからもう辞めるんです。ぼくが抜けたらミナト先輩は自由です。本当は違う部活に入りたかったって言ってましたよね。今まで無理やり付き合わせていてごめんなさい。相沢先輩とコトヤマ先輩にもよろしくお伝えください。さようなら」
俺はたぶん波鳥を引き止めるべきだった。
でも俺は去っていく波鳥の背中を見送ることしかできなかった。
4月に初めて彼女が教室にやってきた時のことを思い出した。
あの時と比べると、あまりにもあっさりとした別れ方だった。
しばらくして教室に相沢さんが戻ってきた。
「あれ、まだ帰ってなかったの?」
何もせずに席に座っている俺を見て、相沢さんは首をかしげた。
「……え? あ、うん。特に理由はないんだけど」
「その机の上に乗ってるのって何?」
「いや、ちょっとね」
俺は波鳥の退部届を置いたままにしていた。別に相沢さんに見せようとしていたわけではなく、鞄に入れるのになぜか抵抗があったからだ。
「え? 奏汰くん、もしかしてゲーム部を辞めるつもり?」
相沢さんは驚いたように声を上げた。俺は慌てて手を振った。
「いや。これは俺のじゃないんだ」
相沢さんの表情が曇った。
「じゃあ、誰の?」
「……波鳥の」
「なんで?」
相沢さんは大股で俺のところまでやって来ると、隣の席に音を立てて座った。
「なんでって言われてもよくわからない」
「よくわからない?」
「迷惑をかけたらから、だって。意味がわからないよ」
「ハトリンはいつ来たの?」
「10分くらい前。でも3分と話さなかった」
「どうして引き止めなかったの?」
相沢さんは不機嫌そうな顔でずっと質問ばかりだった。
「本人が辞めたいって言ってるのに、他人がとやかく言うことじゃないだろ?」
「そこはとやかく言うところだよ」
「俺には引き止める資格なんてないよ。せめて相沢さんかコトヤマがいてくれれば話は変わったかもしれないけど」
「資格? どうして奏汰くんにはないの? 違うじゃん。むしろ奏汰くんでないといけないんだよ!」
相沢さんの口調は熱を帯びていき、俺もそれに引きずられてしまった。
「波鳥が築いた部活をダメにした俺が、彼女を引き止めていいわけないだろ!」
相沢さんはビクッと肩を震わせて押し黙った。
自分で思っている以上に声を上げてしまったようだ。教室に他に人がいないのが幸いだった。
「……ごめん。声が大きすぎた」
「………………」
沈黙が長く続いた後、相沢さんがうつむいたまま小さな声でつぶやいた。
「……そこまで卑屈になっている奏汰くんなんて、あたしの好きな奏汰くんじゃないよ」
「……え?」
相沢さんは不意に顔を上げて俺を睨みつけてきた。
「あたしの好きな奏汰くんは、なんだかんだ言いながらハトリンのことを見放さない阿呆な奏汰くんだよ!」
「あ、阿呆?」
てっきり告白されたのかと思いきや、同時に罵倒もされていた。俺はすっかり混乱してオウム返しをすることしかできなかった。
「奏汰くんだけじゃなく、ハトリンだって同じだよ。奏汰くんが阿呆なら、ハトリンは馬鹿だよ。迷惑をかけただとか、引き止める資格がないだとか、お互いに気を使ってすれ違ってさ。何してんの。阿呆と馬鹿だよ!」
「阿呆と馬鹿!?」
相沢さんはダムが決壊したみたいにずっと俺のことを罵り続けた。感情がオーバーヒートして両腕をぐるぐる振り回し始めた。こんなに怒っている相沢さんを見るのは初めてのことだった。
「いや、だからそれは……」
「口答えしない!」
「そうは言うけれど……」
「言い訳禁止!」
俺は何度か相沢さんに反論しようとしたけど、その度に封殺された。
だけど次第に俺は彼女の罵詈雑言を受け入れつつあった。
確かに俺も波鳥も阿呆と馬鹿だったかもしれない。
相手に遠慮せずに、それこそ相沢さんみたいに言いたいことをぶつけていれば、もう少し上手く話ができただろうか。
「追いかけて!」
相沢さんが教室の外を指さして言った。
「今すぐにハトリンをつかまえて話をして! 今日中に絶対に。さもないと取り返しがつかないことになるんだから。フォースバウンスと一緒で、ロストしてからじゃレスキューできないんだよ。ハイ! わかりました。復唱して!」
「……わ、わかりました」
「ハイが抜けてる。もう一回!」
「ハイ。わかりました!」
怒涛の勢いで説教された俺だったが、なぜかどこからともなくエネルギーが湧いてくるのを感じていた。
怒りはある種の原動力だ。
よく考えてみれば俺も波鳥にずっと前から言いたいことがあったはずだ。
相沢さんは俺の顔を見ると満足げにうなずいて言った。
「よし。行ってきて!」
5―5
俺は波鳥のクラスである1―Aの教室に向かった。
彼女の方から来ることはあっても、俺から行くのは初めてのことだった。
走りながらスマホにメッセージを送ってみたが、案の定、既読にはならなかった。
教室には数名の生徒が残っているだけで、波鳥の姿はない。
俺は中の一人に声をかけて波鳥の所在を訊ねた。
「さっきまでいたんですけど帰っていきましたよ」
「何分くらい前?」
「だいたい5分前じゃないですかね」
それくらいなら急げば追いつけるかもしれない。
教室を出て廊下の窓から外を見たら、ちょうど中庭を通っていく波鳥の姿が見えた。
駐輪場ではなく、正門のバス停に向かっている。
時間を確認すると直近のバスが来るまであと3分。間に合えばバスの中で話ができる。
俺は階段を二段飛ばしで駆け下りた。
途中、教師とすれ違って何か言われたが、あいにく立ち止まっている暇はない。
一階の昇降口にたどり着いた俺は下駄箱で靴を履き替える。
校舎を出たところで正門前にバスが到着したのが見えた。
正門までの間にはロータリーと噴水があって、距離もけっこうある。
俺は考えるよりも先に全力で走った。
バスに順番に乗っていく人の姿が見える。
まだ正門まで半分も進めていない。
このままでは間に合わない。
「波鳥!」
俺は正門に向けて声を上げた。
バスに乗ろうとしている最後尾の生徒が振り返った。
遠くて顔ははっきり見えなかったが、それが波鳥だということは俺にはわかった。
数秒の間、目が合った気がした。
しかし彼女は背を向けるとバスに乗り込んだ。
ドアが閉まり、姿が見えなくなる。
俺が正門に到着した時、バスは坂道を下って遠ざかっていた。
5―6
その日の夜まで俺にできることはすべてやったつもりでいた。
しかしメッセージに既読はつかず、通話をかけても鳴り続けるだけで、依然として波鳥とは連絡をつけられなかった。
正直、ここまで徹底してコンタクトできないとは思っていなかった。
自力で無理なら他人に頼るしかない。
俺はコトヤマに代わりに連絡を取ってもらおうとした。
ところがコトヤマも今日はずっと波鳥と連絡を取れていないという。
念のために相沢さんにも訊ねてみたが、結果は同じだった。
俺は波鳥が別れ際に「相沢さんとコトヤマにもよろしく」と言っていたことを思い出した。
波鳥は俺だけでなくゲーム部そのものと関係を絶とうとしている。
いよいよ今日中に連絡をつけなければならない。時間がたてばたつほど波鳥の意思は強固になるだろう。
俺はどうにかして波鳥と話す方法を考えた。
ふと部屋の中のナンテンドースナッチが目に入った。
ゲーム部が休止になってから全然触れていなかった。
夏休み中にみんなでボイスチャットをしながらオンラインでつながっていたことが遠い昔のことのようだった。
ふと昼間に「じゃあ、いつゲームをやるんですか?」と波鳥に問われたことを思い出した。
俺はここ最近、確かにゲームをしていなかった。
オンラインにつないでいなかった。
波鳥はそれを把握していたことになる。
俺はスナッチの電源を入れ、フォースバウンスを起動させた。
フレンドのオンライン状況を確認する。
俺はゆっくりと息を吐いた。
一縷の望みを賭けたつもりだったが、波鳥のユーザー名であるハバネロメロンはいなかった。
もう打つ手がない。流石にもうあきらめるしかない。
俺はベッドに横になろうと、スナッチのコントローラーを置いた。
注意力がなくなっていたのか、机の端からコントローラーが落ちて床に転がった。
自分で思っている以上に疲れているのだろう。
俺はコントローラーを拾おうとしてかがみ込んだ。
机の下に段ボールが置かれていることに気がついた。
それはスナッチを押入れに封印していた時に入れていた箱だ。
中にはゲーム配信用のキャプチャーボードやヘッドセットなどが残っている。
不意に頭の中でつながるものがあった。
俺は段ボールの中身を取り出して立ち上がった。
確信があるわけではない。可能性はとても低い。それでもゼロではないのなら試してみたかった。
設定は以前やった通りにすればいいから簡単だった。配線の仕方も覚えていた。ハード側の設定は完了した。次はネットだ。
ゆうに一年近く放置していた動画ストリーミングサイトにアクセスする。
俺の配信アカウント『イルミナイト・チャンネル』にパスワードを入力した。
コンテンツはすべて消去してあったが、アカウントはそのままにしていた。プロフィールとトップページだけは残っていた。
二度と利用することはないと思っていた俺の黒歴史。
本当は目にしたくもないし、触りたくもない。
でもここで新しい動画を配信すればどうなるだろうか。
チャンネル登録者に新着通知を飛ばすことができるはずだ。
かつてリスナーだったハバネロメロンに。波鳥凜に。
もちろん彼女がチャンネル登録をしたままにしているとは限らない。
仮に通知が届いても気づかないかもしれない。気づいても来ないかもしれない。
でも俺は試してみたかった。
一番最初にゲーム配信をした時もそうだった。
誰かに届く保証があろうとなかろうと、やってみたいからやってみたのだ。それが俺には楽しかったから。
俺はモニタの正面に座った。設置したカメラが正面から自分を捉えているか。部屋の中に余計なものが映り込んでいないか。音声は通じているか。入念にチェックしていく。
準備が完了したので俺はマスクとヘッドセットをつけた。
以前に配信をしていた時と同じスタイルなのだが、今こうしてやってみるとすごく心もとない。
こんなことなら俺もコトヤマにVTuberの2Dモデルを作ってもらえばよかっただろうか。
俺はゆっくりと深呼吸をした。
目を閉じると最期の配信のことが蘇った。
またあの時みたいに変なことを口走ったりしないだろうか。いや、するかもしれない。
控え目に言って俺は今、冷静とは言えない。勢いに任せようとしている。
でも、たぶん、きっと大丈夫。
あの頃は誰に何を伝えたいのかよくわかっていなかった。
今は相手も言葉もはっきりしている。
5、4、3、2、1――
5―7
こんばんは。お久しぶりです。イルミナイトです。
気づけば前回の配信から1年がたってしまいました。
あっという間ですね。あれからいろいろありました。長いようでいて、短いようで、やっぱり長かったように思います。
さて、僕のチャンネルを前に見た人はご存知かもしれませんが、前回の配信はそれはもうひどいものでしたね。
前後不覚というか、全部が不覚というか。
見苦しいものをお見せしたと反省しています。
本当は当時から今日までを順番に説明していきたいのですが、このチャンネルは曲がりなりにもゲーム配信をうたっているので、実際にゲームをやりながら話していきたいと思います。
何をするかと言いますと、今もっとも注目されているオンラインゲームをやっていきます。
と言ったらもう何かわかりますよね。はい、フォースバウンスです。
早速スタートさせます。ソロを選びます。
空からダイブして地上を目指します。着地したら武器やアイテムを集めます。
おっと。敵と遭遇しました。大丈夫。まだ焦る時間ではないですね。
見たところ相手は近接のショットガンしかないようです。
こちらはアサルトライフルを持っているので敵の射程外から撃ちます。
はい、倒せました。だいたいこの繰り返しで、最後の一人になるまで戦い抜きます。この手のゲームとしては一般的なルールですね。
あ、ところでまだ誰からもコメントはもらっていませんが、言われそうなことはわかっています。
前の配信で二度とゲームはしないって豪語していたくせに、よりにもよって辞めるきっかけになったバトルロイヤルゲームじゃないか、って。
はい。まったくもってその通りです。
あんなことを言っておきながら完全に同じタイプのゲームですね。
それどころかこれは僕が前にやっていたフォースナイトの実質的な後継作品と評されています。
ただ、これは仕方がないんですね。僕にとって今はこのゲーム以上に特別なものはありません。
なぜか。それを今から語らせてもらいたいと思います。
まず時を遡って前回の配信の後から。
僕はあの配信でやらかして以降、ゲームを忌まわしいものとして封印してきました。
ゲームをやってきた時間を無駄だったと結論づけ、代わりに打ち込めるものを探そうと躍起になっていました。
ところが今年の春、突如として僕のチャンネルのリスナーが目の前に現れたんです。
こいつは僕の最期の配信で絡んできた相手で、僕にゲームの面白さを思い出させてやるなんて言って激しく粘着してきました。
今だからこそ正直に打ち明けますが、こいつは本当にどうかしているんですよ。
僕にゲームをやらせるためには手段を選ばない。
あの手この手で僕をゲームに追い込んでくる。こっちの都合なんてお構いなし。
しかも方法がエグい。単にゲームを勧めてくるんじゃなくて、外堀を埋めたり退路を絶ったりして、やらざるをえない状況を作り出すんです。策士です。
最初は本気で困りましたね。なんなんだこいつ、って何度も心の中で愚痴ってたくらいです。
本当に無茶苦茶でした。
ゲーム部を作らせられたり、部長にさせられたり、負けられない戦いを強いられたり。
でも、いつの間にかだんだん苦じゃなくなっていきました。
僕は1年前にゲームを辞めた時、自分はゲームが嫌いになったんだとばかり思っていました。
ゲームをやっていた時間を別のことに回していれば、もっと有意義な時間を送れたんじゃないかって思い込んでいました。
でもこいつは僕が間違ってることを教えてくれました。
ゲームの楽しさを思い出させてくれて、楽しかった時間を否定することはないと伝えてくれたんです。
……あいにく、今、僕らは良くない状況にあります。
不運に見舞われ、僕自身の幼稚な行動も重なり、せっかく一緒に築いた環境を傷つけてしまった。
僕はまず謝りたい。すぐに謝りに行けなくて、ごめん。
気まずくなって距離を取ったのは僕が臆病だったからだ。
でも、同時に君に言いたいこともある。
僕は君からゲームは何度だって楽しめることを教えてもらった。
ゲームを楽しんだ時間が無駄にならないことも身に染みてわかった。
そんな君がゲームを否定することなんてないじゃないか。
もちろん不安に思うことはある。僕だってあった。
だから今度は僕が君に伝えようと思う。
ゲームをしてきたことは無駄じゃなかったって。
また君と話したい。一緒にゲームがしたい。戻ってきてほしいんだ。
……ああ。ちょうど敵にやられてしまいました。
60人中の32位。全然ですね。やっぱり僕一人じゃ全然上手くできないな。
次はソロではなくデュオでやりたいところでしたが、言いたいことをだいたい言ってしまったので、このあたりで終了しようと思います。
ご清聴、ありがとうございました。さようなら。
良い夜を。グッド・イルミナイト。
5―8
俺は配信を終了した。
通信が切れていることを確認し、ヘッドセットとマスクを外した。
配信中にリスナーが3、4人いるのはわかっていた。
でもそれはただの通りすがりや間違って入ってきた人かもしれない。
誰が視聴しているのかは俺にはわからない。
やれることはやった。
時計を見ると夜の11時を回っていた。
もう寝よう。今日はいろいろあって疲れてしまった。
俺はスナッチをスリープにしようとした。
その時、フォースバウンスにフレンドのオンラインを知らせる通知が来た。
俺はヘッドセットを急いでかぶり直し、フレンドをこちらへ招待した。
タイムラグがあってから、ホームにハバネロメロンが現れた。
ボイスチャットはオンになっている。
「こんばんは」
「グッドイブニングです」
それは確かに波鳥の声だった。
言葉を交わすのは半日ぶりなのに、ずいぶんと久しぶりに感じた。
「配信、聞いてくれたんだね」
「一応、聞きましたけど」
不服そうな声で波鳥は言った。
たぶんすごく不機嫌な顔をしているんだろうな。
「正直、聞きに来てくれないかもって思ってた」
「……だって仕方がないじゃないですか」
「仕方がない?」
「ほぼ1年ぶりに登録してたチャンネルの通知が来たら、聞かないわけにはいかないんですよ!」
フハッ、と思わず変な声が出た。自分の笑い声だったと後から気づいた。
「なに笑ってるんですか!」
「いや、初めてだなって思って」
「どういうことですか?」
「今までは俺がいつも君に振り回されてばかりだったから。もしかしたら初めてやり返せたのかと思ったら面白くて」
「全然面白くないです。笑いのツボがおかしいんじゃないですか?」
波鳥は本気で腹を立てているみたいだった。
それでもかまわない。ちゃんと言葉が交わせるのなら今は何を言われたっていい。
……と思ったけれど、流石に怒らせすぎるのはマズイかなと思い直した。こいつは扱いが難しいから。
「せっかくオンラインになったんだから、今から一緒にフォースバウンスをやらないか?」
「もしかして話を反らそうとしてませんか?」
「そういうわけじゃないよ。あ、いや、それもちょっとはあるかも。とにかくゲームをしながら話をしたいんだ。それに4人でオンラインはよくしてたけど、2人だとあまりしたことなかったと思うから」
「大会の決勝戦以来ですね」
「そういえばそうかも」
「まあ、お望みとあれば」
夜の11時。今からゲームを始めたら翌朝は大変なことになるだろう。
でも、それはまた明日になってから考えればいい。
ゲームは楽しい。夜が更けても遊び続けろ。
エピローグ
「奏汰くん、今日はこれから部室に行く? それとも夜になってからオンラインで集まる?」
放課後を告げる予鈴が鳴るなり、相沢さんが俺の席にやってきて訊ねた。
「軽音楽部の方はいいの?」
最近、相沢さんは前にも増してゲーム部での活動が増えた。かけ持ちは続けているはずなので、俺は心配になって訊ねてみた。
「いいわけじゃないんだけど、今はゲーム部の方にエネルギーを注ぎたいんだよね。で、どっちにする?」
「今日は部室に行こうかと思ってる。あ、でもタジーのところへ提出物を出さないといけないから、その後かな」
「この前の事後処理?」
「うん。反省文。何を書けばいいかわからなくて地味に苦労はしたけれど、これだけで物事を収めてくれるんだから安いものだよ」
「そうだね。一時はどうなることかと思ってたけど」
七ツ森高校ゲーム部の炎上は一時はまったく手がつけられなかったものの、俺たちが思っていたほど長続きはしなかった。
ピークを過ぎた途端に火の勢いは弱まり、今では最初からそんなことなどなかったかのように静かになった。
騒いでいた人たちの興味が他へ移ったのか、デマだったことに気づいてくれたのかはわからない。
一説によると炎上させた張本人が仲間内での信用を損ね、チームから追い出されたことが鎮火のきっかけだったという噂もあった。
これも実際のところはわからない。張本人のその後については知りたくもないし、名前だって思い返したくない。今後、できれば一切関わらないで済むのを願っている。
事態はひとまず収束したものの、学校に迷惑をかけたことに変わりはなかったから、重い処罰を受けるものと思っていた。最悪、廃部もありえると。
ところが収束とともに部活休止は解かれ、実質的に課せられたのは部長(つまり俺)による反省文の提出だけだった。正直、拍子抜けしてしまった。
「少しはタジーと話をするかもしれないから、部室に着くのは20分後くらいだと思ってて」
「じゃあ、あたしもそれくらいの時間に行くね」
相沢さんと別れ、俺は職員室に向かった。
中に入って窓際にいるタジーに反省文を提出した。
「ご苦労さん」
炎上中の時は厳しく怒られたりもしたが、学校がほぼお咎めなしという判断を下したことで、彼の態度も普段どおりに戻っていた。
ただ、理不尽に起こったことに多少の引け目を感じていたのか、タジーは「ここだけの話」を一つしてくれた。
本当は今回の騒動でゲーム部は廃部まで検討されていたらしい。しかしとある人物がそれに猛然と反対してくれたおかげで特例的に処分が軽くなったのだそうだ。噂によると学校経営者の偉い人の親類らしい。
「で、それって男子ですか? 女子ですか?」
「答えられないな。最近そういうのはうるさくて本人の許可がないと口に出せないんだよ」
結果的に答えを明かしたようなものだけど、予想通りだったので追求はしなかった。
後でリモートで顔を合わせた時にお礼を言っておこうと思った。
俺は職員室を後にして部室に向かった。
鍵は既に開いていた。一度持ち帰られた備品は既に戻されていて、普段通りの部室だった。
真ん中には一人でスナッチをプレイしている波鳥の姿があった。
「もうやってるのかよ。早すぎだろ」
「何もしないで待っているよりも有意義じゃないですか」
「その前にノートパソコンを開いてコトヤマを呼んでおくとか、やることがあるじゃないか」
「このマッチが終わったらするつもりでした。というか話しかけないでもらえますか? 集中したいので」
「はいはい」
俺は椅子に座って波鳥のプレイを後ろから眺めた。
相変わらず冷静で判断が早く、動きも切れている。あっという間に最後の1人になってビクトリーファイナルを取っていた。素でため息が出た。
「……やっぱりすごいな」
「そういえば相沢さんは今日は来るんですか?」
マッチを終えた波鳥がノートパソコンを立ち上げながら訊ねてきた。
「うん。軽音楽部の方に寄るって言ってたけど、あと5分くらいで来るんじゃないかな」
「コトヤマさんも普通に参加ってメッセージが来てました。今日は久しぶりにみんな集まりますね。七ツ森ハバネロのチャンネル更新についても話し合っておきますか?」
「そうだね。そろそろそっちも再始動させようとは思ってたんだ。更新を待ってくれている人もたくさんいるだろうし」
「そういえばぼくも待っているものがあるんですよ」
波鳥が不意に思い出したように言った。
「何を?」
「わかりませんか? 待たせているのはミナト先輩なんですけど」
俺は首をかしげた。
「それってどれくらい待たせてるわけ?」
「一週間くらいですかね」
俺は頭の中で時間を遡ってみた。それは波鳥が退部届を持ってきて、俺がどうにか引き止めた日だった。
波鳥を見ると表情に既視感があった。目が合うとニヤリと八重歯を覗かせた。
「……まさか、いや、違うよな?」
「まさか、ではありません。まさに、です」
「俺のチャンネルのこと?」
「それ以外に何かありますか? ないですよね」
「いや、あれは一夜だけのワンタイムイベントっていうかさ。続けるつもりじゃ全然なかったんだよ」
「そんなことでこのぼくが納得すると思いますか? 復活したイルミナイト・チャンネルにも続きを待っているリスナーがいるんですよ!」
「だからやらないって!」
「今は突っぱねてますけど、みんなが集まってからも強がっていられますかね?」
相変わらず波鳥は俺を追い込むのが上手い。
果たして俺はどれくらい抵抗を続けられるだろうか。
いや、けっこう無理な気がする。
あいにくゲームでも現実でも、俺は波鳥に勝てる気がしない。
元ゲーム配信者ですがリスナーに粘着されています:おわり
ゲーム配信者ですがリスナーに粘着されています:はじまり?




