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第二章


   2―1

 

 部員が3人になったことでゲーム部は正式な部活になった。けれども特に活動目標もなく、波風のない日々が続いていた。

 普段は波鳥がメインでゲームをしており、たまに軽音楽部を抜け出してきた相沢さんが初心者丸出しのプレイをする。俺はそんな二人を後方からぼんやりと眺めているだけだった。

「奏汰くんはどうしてゲームをやらないの?」

 不意に相沢さんから質問をされた。

 想定していた質問だったので、俺は用意しておいた台詞を言った。

「昔、ゲームのやりすぎで友達をなくしてしまったんだ」

 俺としてはちょっと小粋な冗談を言って場を和ませたつもりだった。

 本当のことではないけれど、すべてが嘘というわけではない。

 ゲーム配信にかまけて1年生の時に友達を作らなかった俺は、ある意味、ゲームに友達を奪われたと言えなくもない。

 しかし俺のユーモアはちょっと人より伝わりにくいようだった。

「なんか奏汰くんがよくわからないことを言ってるね、ハトリン」

「そうですね。時々ちょっと心配になります」

 前まで俺に優しかった相沢さんが、最近は波鳥とやたらと仲が良い気がする。

 女子二人に呆れられた俺は、早めにかけもちの部活を探そうと思った。

 そんな時、部室のドアを開けて顧問のタジーがやってきた。

「お、やってるな。っていうか、狭っ! 4人入るとキッツキツじゃねえか」

「あれ? なんでタジーが来てるの?」

 相沢さんが振り返ってタメ口で言った。

「オレがここの顧問だからだよ。湊から聞いてなかったか?」

「えー、知らなかった」

 本当は何日か前に教えたはずだけど、相沢さんはすっかり忘れているようだった。

 波鳥は椅子から立ち上がって礼儀正しく頭を下げた。

「こんにちは。田島先生。部活立ち上げの際にはお世話になりました。今日はどういったご用件ですか?」

 俺は思わず波鳥をまじまじと見てしまった。俺にはあんな傲岸不遜な態度を取ってくるのに、大人相手にはちゃんとした応対ができるらしい。

「実はおまえたちに相談があってな」

 タジーは余っているパイプ椅子に腰を下ろした。

「まさか仕事をサボってゲームをやりに来たの?」

「ちげーよ」

 相沢さんの失礼な発言をタジーは軽く流した。が、すぐに真面目な顔になって言った。

「コトヤママコトって知ってるか?」

 誰も返事をしなかったので、俺が代表して「いいえ」と答えた。

「湊と相沢は名前だけは知ってるはずなんだがな」

「名前だけは……?」

 そう言われてみると何か記憶に引っかかりがある気がした。

「去年のお前らのクラスメイトだよ」

 記憶の蓋がわずかに開いた。そういえば1年生の時、常に空いている席があった。

「なんとなく思い出しました。それで、そのコトヤマという人がどうかしたんですか?」

「去年は一度も学校に来なくて留年したんだが、今年も去年に引き続き不登校のままなんだ。このままだと退学になる可能性も出てきてしまってな。今年はオレの受け持ちじゃないんだが、できればどうにかしてやりたいと思ってるんだ」

 その先は最後まで聞かなくても予想がついた。

「というわけで、おまえらの部活に入れてやってくれないか?」

「なんでうちなんですか?」

 学校とのつながりを少しでも持たせたいというのは理解できる。保健室登校ならぬ部活登校みたいなものか。

 ただ、数ある部活の中からどうしてゲーム部を選んだのかがわからなかった。顧問だから、と言われたらそれまでだけど。

「なんでもコトヤマはゲーム()なものが好きらしいんだ。だからここなら入りやすいかと思って様子を見に来たってわけだ」

 なるほど、と俺は二重の意味で納得した。

 1年生の時にコトヤマは高校の偉い人の親類らしいと噂が流れたことがあった。当時は何とも思わなかったが、タジーがこうして動いているのを見ると本当だったのかもしれない。

「時間があったらできれば連絡を取ってみてくれないか。これが本人から預かってる連絡先だ」

 タジーはそう言ってアドレスを記したポストイットをテーブルに残して帰っていった。

「……どうする?」

 俺はポストイットを手にして二人に訊ねた。タジーがわざわざ頼みに来たということは「できれば」というより「できるだけ」やってほしいということだろう。

「って、急に言われてもねー」

 相沢さんが困った顔をして言った。

「1年生の時に同クラだったと言っても、お互いのこと全然知らないしね」

「そうですよ」

 波鳥がいつの間にか不機嫌そうな顔になっていた。

「どうしてその場で断ってくれなかったんですか? ここはゲーム部であって、人助け部じゃないんですよ」

「そもそも人助け部なんてものもないんだけどな……」

 正直、俺だって乗り気とはいえなかったが、タジーの頼み事というのが気にかかっていた。担任かつ顧問。恩は売れる時に売っておいた方がいい。

「一応、ゲームが好きみたいなことを言ってたじゃないか。最初から突っぱねることもないだろ」

「田島先生はゲーム的なもの、と言ってました。こういう言い方がされる時、たいていそれはゲームじゃなかったりするんですよ。しょせん一般人の認識なんてそんなものです」

「ハハハ。ハトリン、修羅ってるー」

 相沢さんは波鳥を見ても動じるどころか笑っていた。

「かといって何もしないってのもなんか……ん?」

 ポストイットを手でいじっていたら、妙なことに気がついた。連絡先と聞いていたのにそれはどう見ても動画サイトのアドレスだった。

「エラー落ちしたプレイヤーみたいに固まってどうかしましたか?」

 波鳥が横からポストイットを覗き込んできた。

「ん? 動画チャンネルみたいですね。この人()何か動画を上げているんでしょうか? でも、動画チャンネルが連絡先ってどういうことでしょうね」

 も、は余計だ、も、は。相沢さんがいるのだから危ない発言はやめてほしい。

「自己紹介の代わりに自分の好きな動画を推してるんじゃないか?」

「ああ、そういうSNSアカウントってよくありますよね」

「考えててもわかんないなら見に行ってみようよ」

 相沢さんがあっけらかんと言う。

「そうだね」

 俺たちは備品のノートパソコンを取り出してテーブルの真ん中に置いた。こっちの方が各自スマホで見るよりも効率が良い。

 アドレスを入力すると、いきなり2Dアニメの美少女が現れた。

 パステル調のツインテールが揺れ、虹色の瞳が(まばた)きをする。

 声変わりする前の少年のような中性的な声でそれは自己紹介を始めた。

『マコマコチャンネルにようこそマコ。マコマコの名前はマコマコだマコ。中の人、コトヤマ氏によって命を吹き込まれた不登校系VTuberだマコ。好きなものはゲーム、アニメ……あと何だろ? ……お寿司? 焼肉? と、とにかくなんでも好きだマコ。みんな、よろしくマコ~』

「………………」

 俺たち3人はノートパソコンを囲ったまま黙り込んでいた。

 VTuberとしては初めて見るキャラクターだった。

 パッと見でも目を引くキャッチーな可愛さがあるし、仕草も細かくて愛嬌がある。

 しかし外見に反してトークの中身がまったくない。

 時間は3分ほどだったが、それ以上に長く感じてしまった。

 再生数は128。まあ、伸びなくて当然だろう。

 動画は全部で3つあったが、最後にアップされたものから3週間以上更新が途絶えていた。

 かつてゲーム配信をしていた俺には中の人の気持ちがよくわかった。

 反応がなさすぎてやめてしまったのだろう。

 せっかく良いクリエイタースキルを持っているのにもったいない。

 でも、せめてもう少し長くがんばれよ、とは思った。

「ええと、相沢さんはどう思った?」

「うーん」

 相沢さんは口をへの字に曲げて困った顔をした。

「一瞬すごいと思ったんだけど、なんか秒で飽きちゃった。出オチって感じ?」

 まあ、そうだろう。と納得しかけていると波鳥が宣言するように言った。

「ぼくは面白いと思いました!」

 は?

 思わず波鳥を凝視すると、さっきまでの不機嫌な表情から一変して目を輝かせていた。

「俄然、興味が出てきました。今すぐこの人に連絡を取ってみましょう」

 俺は驚きすぎて真顔で訊ねた。

「なんで?」

 

   2―2

 

 コトヤマの連絡先はチャンネルのプロフィール欄に載っていた。

 コンタクトはリモート面談のみ可、と書かれていた。

 不登校だから引っ込み思案だと思っていたのに、オープンなのかクローズドなのかいまいちよくわからない。

「新しいことをどんどん取り入れてる面白そうな人じゃないですか」

 波鳥はノートパソコンに早速リモート会議用のアプリをダウンロードしていた。

 十分後、コトヤマと通信できる環境が整った。あとは呼び出しに応じてくれるかどうかだ。

「では、ここから先はミナト部長にお願いします」

 波鳥は急に俺にノートパソコンを押し付けてきた。

「なんでだよ。自分で話すんじゃないのかよ!」

「最初はちょっと緊張するじゃないですか。ぼくはこう見えて人見知りなんです」

「入部希望者を自分で追い払った奴がよく言うよ。あと、都合の良い時だけ部長って呼ぶな」

「あ、ほら、もうつながってしまいますよ」

 言いたいことは他にもあったが、波鳥に急かされてノートパソコンに向かわざるをえなかった。

 画面の右半分に自分の顔が映り、左半分がコトヤママコトに割り当てられていた。

 今度こそ本人が出てくるかと思いきや、現れたのはまたしてもVTuberのマコマコ(コマコマだっけ? もうわからない)ちゃんだった。

「またかよ!」

 思わず第一声がツッコミみたいになってしまった。

 すると画面の中のマコマコちゃんがビクッと肩を震わした。

「す、すす、すみませんっす」

「……え? これ、もしかしてリアルタイム?」

 俺が訊ねるとマコマコちゃんはオドオドした声で応じた。ちなみにさっき見たマコマコちゃんの動画と同じものだった。ボイスチェンジャーで中性的に加工しているのだろう。

「そ、そそ、そうっす。ライブで話してるっす。中身はコトヤママコトっす。リアルタイムで聞いて、動いて、話をしてるっす」

「え、マジで?」

 思わず毒気を抜かれそうになった。

 ライブで動くVTuberがいるのは知っていたけれど、まさかリモートで直接やりとりできるとは思っていなかった。かなり高いスキルと機材が必要なのではないだろうか。

「と、とと、ところでみなさんはどちらさまっすか? あ、ああ、あと、どういったご用件っすか?」

 コトヤマ(外見はVTuberマコマコちゃんだけど、中身がコトヤマ本人と言うのでこちらで呼ぶことにする)は不安げに揺れながら訊ねてきた。

 そういえば一方的にコンタクトしただけで、こちらの情報を全然与えていない。

「俺たちは七ツ森高校のゲーム部です。俺は部長の湊と言います」

「同じく部員の相沢硝子だよ」

「波鳥凜です」

 俺が自己紹介をすると、残りの二人もあとに続いた。

 コトヤマの口元がへの字に曲がった。2Dだからか普通の人間よりも感情表現がとても大きく見える。

「な、なな、七ツ森高校っ? も、もも、もしかして田島先生の回し者っすか?」

 あまり歓迎されていないようだったが、嘘をつくわけにもいかない。

「回し者ってわけじゃないけど、担任で、顧問もやってもらってる」

「ど、どど、どうせ学校に連れて来るように頼まれたんじゃないっすか?」

「そういうわけじゃない」

「だ、だだ、だったらどういうわけっすか?」

「部活に誘ってみろ、とは言われた」

 波鳥が後ろからボソッと「言い方」とつぶやいた。

 俺は無視して話を続けた。

「ゲームが好きかもしれないって聞いたから、ゲーム部の存在を知ってもらおうと思って連絡してみたんだ」

「ゲ、ゲゲ、ゲーム部っ!?」

「そう。ゲーム部。今年の春に作ったばかりなんだ」

「た、たた、立ち上げたばっかなんすか? 人数は?」

「今のところここにいる3人だけ」

「ど、どど、どんな活動をしてるんすか?」

 口調はたどたどしいままだったが、かなり興味を引かれているようだった。

 最初はVTuberのインパクトが強すぎて心配したものの、今のところただのコミュ障という印象だった。普通にこのまま部活に誘ってもいい気がしてきた。

 と思った時、後ろから波鳥が肉薄してきて「代わらせてください」と言ってきた。

「え、今?」

「代わらせてください」

「すぐに?」

「代わらせてください」

 どんな活動をしているのか訊かれたので、ゲームの話をしたくなったのかもしれない。

 とはいえ3回も同じことを繰り返すなんて怖すぎる。目を見たら真剣そのものだった。

 まあ、普段ゲームを眺めているだけの俺より彼女の方が適任ではあるが。

 俺はノートパソコンを波鳥に託した。

 波鳥は改めて自己紹介をすると、勢いよくコトヤマに語り出した。

 自分が中心になってゲーム部を作ったことや、部室にはオンライン環境があり、学校に来なくてもリモートで部活に参加できることをアピールしている。

 コトヤマにもたくさん質問していた。どうやってVTuberを動かしているのかとか、マコマコチャンネルは続けないのかとか。

 なんだか今日の波鳥はがっつきがすごい。

 それだけVTuberと話せるのが面白いのだろう。実際、俺もさっき話した時は確かに新鮮だった。

 ただ、ずいぶんと楽しそうというか、日頃見せないような笑い方をしているのが妙に気になった。

「……なんか、らしくないんじゃないか?」

 誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりだった。

 刹那、相沢さんが音もなく近づいてきて俺の耳元で囁いた。

「聞こえたよ、奏汰くん。思っていることが口を突いて出ちゃったよね。もしかしてハトリンがコトヤマくんと楽しそうに話しているからって焼いてるんじゃない?」

「な、何言ってるんだよ。そんなわけないじゃないか」

「ぬっふっふ。どうだかねえ」

「だ、だいたいコトヤマって男子か女子かもわからないじゃないか」

 名前のマコトは男女どちらでもありえる名前だ。

「美少女の中身はたいてい男に決まってるよ」

「相沢さんは知らないかもだけど、VTuberの中身は意外と女の方が多いんだよ」

 俺と相沢さんがそんなやりとりをしていたら、唐突にコトヤマの裏返った声が響いた。

「はああああん? フォースバウンス? マジ、ありえないっすね!」

 それまで弱々しい話し方をしていたコトヤマがふてぶてしい口調になっていた。

 驚いて振り返ると、ついさっきまで笑っていた波鳥も眉間に深いシワを寄せている。

「……聞き捨てならないですね。それではコトヤマさんはどんなゲームが好きなんですか?」

「自分は断然『フォイパックス』っすよ。ユーザー数では若干劣るっすけど、こっちの方が間違いなくフォースナイトのソウルを引き継いだ作品っすよ」

「フォースナイトのスタッフがフォースバウンスの制作に携わっていることを知らないんですか?」

「フォースバウンスなんて主要武器にバウンサーを加えたことで、ゲームスタイルがフォースナイトから変わってしまってるじゃないっすか」

「バウンサーのギミックはフォースナイトから既にありましたし、基本的なプレイは変わっていませんよ」

 波鳥とコトヤマは激しい舌戦を繰り広げていた。

 そんな二人を見ながら相沢さんは不安げに俺に訊ねてきた。

「奏汰くん。二人がさっきから『フォー』とか『フォイ』とか言い合っているけど大丈夫? 蛮族同士のあいさつか何かなのかな?」

 俺は最近ネットでこの手のまとめ記事を読んでいたので理解できていたが、普通の人にはまずわからないやりとりだろう。

 現在のバトルロイヤルゲームはフォースバウンスとフォイパックスの二大派閥に分かれていて、ユーザーの一部がお互いにいがみ合っている。

 要するにきの○の山VSたけの○の里論争みたいなものだ。どこの界隈でもこういうことは必ず起こる。自然の摂理だ。

「そこまで言うのならゲームで白黒つけませんか?」

 波鳥が毅然とした声でトコヤマに言った。

「いっすよ! 何で勝負するっすか?」

「そちらの土俵のフォイパックスと言ってあげたいところですが、あいにく部室のスナッチには入っていません。なのでフォースバウンスでやりましょう」

「こっちが勝ったらどうするっすか?」

「ゲーム部のスナッチからフォースバウンスを消去します」

「いいっすね。じゃあそっちが勝ったら自分がゲーム部に入部してフォースバウンスをやってやるっすよ。まっ、難しいとは思うっすけどね」

「わかりました。いざ、尋常に勝負です」

 なんだか知らないうちに大事になっていた。

 

   2―3

 

 勝負の環境はすぐに整った。

 二人がフレンド登録をお互いに済ませると、フォースバウンスのホーム画面にコトヤマのキャラクターが現れた。

 マコマコちゃんに似ている美少女のスキンだった。趣味が一貫していて良いと思う。

 余談だが波鳥とコトヤマがいがみ合いながらもフレンドコードを交換している様は滑稽で面白かった。これから戦うのにフレンドとはこれいかに。

 フォースバウンスは同時に60人と戦うバトルロイヤルモードがメインだが、それ以外にも様々なルールが用意されている。

 今回選んだのはソロVSソロ。通常よりも狭いスペースでの一対一で、負ける度に復活する。

 波鳥はモニタの前に座って指の関節を鳴らし始めた。かなりやる気のようだ。

「まったく、一時は楽しく話をしてると思ってたのに急に喧嘩なんか始めやがって。何やってんだよ。前に入部希望者を追い返した時もこんな感じだったのか?」

 俺があきれていると、波鳥は心外そうに眉を寄せた。

「あの時とは全然違いますよ。今回は尊厳を賭けた戦いなんです」

 なるほど。全然わからない。もう勝手に戦ってくれ。

 俺は波鳥から離れて後ろの席に座った。

「いつでもいいです。ハンデは必要ですか?」

 波鳥のその質問はたぶん公平を帰そうとして言ったのだろうが、コトヤマには挑発にしか聞こえなかったようだ。

「全、全、全然、不要っす! こっちはどっちもプレイした上でフォイパックスを推してるんす。あんまり舐めてかかると地獄を見せるっすよ?」

「舐めてはいません。不要なら別にそれでいいです。では、始めましょう」

 ホーム画面の二人は同時に「出撃可」になった。

「……奏汰くん。ハトリンは勝つと思う?」

 相沢さんが不安げに訊ねてきた。

「普段のプレイを見ている限り相当上手いとは思うんだけど、相手の実力がわからないからまだなんとも言えないな」

「もしも負けたらフォースバウンスを部活でやれなくなっちゃうのかな。それは嫌だなあ。せっかく操作を覚えたのに」

 そこまで心配することはないんじゃないか、と思っていたらマッチが開始された。

 両者が同時に空から出現し、ミニステージの島に向けて滑空する。

「目にもの見せてやるっす!」

 コトヤマの気迫は十分だった。

 ちなみに通常のバトルロイヤルモードとは異なり、ソロVSソロではお互いに主要な武器をあらかじめ持っている状態から始まる。

 ショットガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、そして補助系のバウンサーとライフポーションだ。探し集める必要がなく、相手を見つけ次第すぐに戦闘に入ることができる。

 先に攻撃を仕掛けたのはコトヤマだった。

 山間部へ降りていく波鳥をピッタリと追跡し、着地と同時にショットガンを撃った。

 短期決戦を狙っている。

 ゴリ押しのように見えるが、相手に考える時間を与えない戦略だ。

 人によってはテンパって実力を出せずに押し切られてしまうかもしれない。

 しかし波鳥は冷静に対処した。

 初撃をジャンプで避けると木の後ろに回り込んで遮蔽物にした。

 コトヤマは追撃を試みるが、何度も木に阻まれているうちに弾倉が尽きた。

 波鳥は隙を見逃さず、装填中のコトヤマにショットガンを連続で撃ち込んだ。

 コトヤマのキャラクターは体力がゼロになって霧散(ロスト)した。

「……えっ?」

 時間にして一分もかからない戦いだった。

「3本勝負でいいですよ」

 波鳥がその場で追加ルールを提案した。

 上空でコトヤマがリスポーンする。

「よ、よしっ。その提案をしたこと、絶対に後悔させてやるっす! 地獄で吠え面かきやがれっす!」

 コトヤマは波鳥からやや離れた鉄塔に降り立ち、スナイパーライフルで長距離からの攻撃を仕掛けようとした。

 スコープで照準を合わせようとしている間に波鳥のアサルトライフが火を噴いた。

 コトヤマはリズミカルに4発食らって倒された。

「えっ? ええっ? えええ~っ?」

 再びリスポーンしたコトヤマはもう戦意を失っていた。

 降りる場所を決めきれずにぐるぐると空中を回り続ける。

 それすら波鳥にとっては格好の的でしかなく、スナイパーライフルの大口径弾一発でコトヤマを撃ち落とした。

「……ま、まま、負けたっす。ごめんなさいっす。生意気を言ってたのは自分っす」

 マッチを終えたコトヤマは弱々しい状態に戻っていた。

「や、やや、約束通り自分はフォイパックスを引退してフォースバウンスに転向するっす。ゲ、ゲゲ、ゲーム部にも入るっす。学校には行けないっすけど、なんでもリモートで命令してくれていいっす。今日からコトヤマは波鳥さんの犬っす」

 めちゃくちゃ卑屈になっている。これだけ一方的にやられたのだから仕方がないか。

 波鳥はそんなコトヤマに対してまったく偉ぶらなかった。

「別にフォイパックスを辞める必要はありません」

「ど、どど、どうしてっすか? そういう約束だったじゃないっすか」

「ぼくは自分が負けた場合の約束しかしていません。フォースバウンスだってやりがいがあるということを伝えたかっただけですよ」

「ほ、ほほ、本当にいいっすか? あっ! で、でで、でも、こっちにも勝負の約束をしたプライドはあるっすよ。負けたからにはゲーム部に入って矜持を示したいっす」

「だとしたら勝負はまだついていませんよね」

「ど、どういうことっすか?」

 波鳥はコトヤマに向けて指を3本立てた。

3本勝負(・・・・)だから、まだ2回残っています」

「え? ええ? えええ?」

「この試合が入部をかけてのものだとするなら、あと2人の部員とも戦ってください。勝敗の合計で決めましょう。そうでないとフェアではないですからね」

「あ、ああ、あとの2人って……?」

 ノートパソコンの中のコトヤマがこちらを見てきた。

「いやいやいや。何を言ってるんだ!」

 状況に気づいた俺はあわてて波鳥に抗議した。

 波鳥は迷惑そうに眉根をひそめた。

「何ってなんですか? 個人戦ではなく団体戦にするってだけの話ですよ。そもそもぼくだけが戦って終わりというのは変です。コトヤマさんを入部させたいならみんなでやらないと」

「もともとこの勝負はおまえらの口喧嘩から始まったんだろうが」

「そこから始まり、今は入部をかけた戦いになったのです」

「俺と相沢さんの両方が負けたらどうするんだよ!」

「その時は1勝2敗で負けということになりますね」

「本人がもう入部してもいいって言ってるのに、どうしてわざわざ面倒な方向に持っていこうとするんだ!」

 波鳥と言い争っていたら、コトヤマが感極まった声で話しかけてきた。

「波鳥さん、カッケーっす。自分、決めたっすよ!」

「何をですか?」

「本当はもう入部してもよかったんすけど、やっぱり勝負はルールに基づいて決めないとダメっすね。だからあとの2人と戦わせてください。入るかどうかはその結果に委ねるっす」

 どいつもこいつも面倒臭いことばかり言いやがって!

 俺は疲れて自分の椅子に音を立てて座った。

 波鳥は話が終わったと見なしたのか、相沢さんに呼びかけた。

「では2人目として相沢先輩。よろしくお願いします」

「えー、本当にやるの?」

 相沢さんもそこで断ってくれればいいのに、波鳥から素直にコントローラーを受け取ってしまった。

「まあ、でも、あたしもけっこう練習したからね。見たところコトヤマくんはそんなに強くないみたいだし? 案外あたしも勝てちゃうかもね!」

 相沢さんはさっきのマッチを見て勘違いをしている。

 勝負は実力差がありすぎると敗者が弱く見えてしまうことがある。しかし必ずしもそうとは限らないのだ。

「それでは始めてください」

 案の定、瞬殺されたのは相沢さんの方だった。最近よく部室でゲームをしていたとはいえ、彼女はまだまだ初心者の域を出ていない。

「ぐあああー! めちゃ強いじゃん。図ったな!?」

「あ、あれ? も、もしかして波鳥さん以外はあんまり強くなかったりするんすか?」

 コトヤマは今の一戦で自信をかなり回復させたようだった。ニチャァ、と擬音語が聞こえそうな笑顔になっている。

「ゲーム部としては1勝1敗になってしまいましたね。次にミナト先輩が負けたら……困ったことになります」

 波鳥がチラッと視線を送ってきた。

「本当にやれってのか?」

「そうですね」

「俺は一度もフォースバウンスをやってないんだぞ」

「そんな状態から勝たなきゃいけないなんて大変ですね」

「おまえがこの状況を作り上げたんだろ!」

「急に困らないように普段から練習をしておけばよかったんですよ。テストと一緒です」

 まるで教師みたいなことを悪びれずに言う。

 ……こいつ。

 まったく、無茶ぶりもいいところだ。

 いっそのこと完全放棄して波鳥を困らせてやろうかとも思った。

 が、そうするとコトヤマの勧誘も失敗することになる。後々のことを考えると入部させてた方がタジーに恩を売れて良いはずだ。

「……くそ。やるよ。仕方がないから」

 俺はやけくそになって言った。

 正直、いつかはこうなるんじゃないかという予感はあった。思った以上に急だったけれど。

 ともあれ、やるからには負けるわけにはいかない。

「奏汰くん。あとはよろしく」

 相沢さんがスナッチのコントローラーを手渡してきた。

「というか本当に大丈夫? ゲームできるの?」

 正直、全然わからない。しかし経験値がまったくのゼロというわけでもない。

 ここ最近ずっと波鳥と相沢さんのプレイを眺めていたのだが、ゲームシステムも操作も、俺が昔やっていたフォースナイトとほぼ同じだということがわかっている。

 特に波鳥のプレイは上手すぎて見ているだけでもかなり勉強になっていた。あとはイメージ通りに実践できるかどうかだ。

「そんなに気負わなくていいんですよ」

 キーの配置を確かめていると波鳥が話しかけてきた。

「また煽りかよ?」

「いいえ。アドバイスです。さっきコトヤマさんと戦ってみた感想なんですが、たぶん口で言うほどにはフォースバウンスはやってないと感じました。その点、ミナト先輩は初めてではありますがフォースナイトの蓄積があります。昔とった杵柄ってやつですね。そんなに実力差はないと思いますし、場合によってはミナト先輩の方が上かもしれません。なので落ち着いてがんばってください」

「………………」

 からかわれるかと思っていたから、まともなアドバイスで驚いた。

 そんなことを言われたら真面目にがんばらないといけなくなるじゃないか。

「準備はいいっすか?」

 コトヤマに声をかけられて我に返る。

「え? あ、ああ。OK」

 俺とコトヤマの戦いが始まった。

 3本勝負。2回先に倒した方の勝ちだ。

 マッチは仕切り直されていて、両者同時に上空からのスタートになった。

 スカイダイビングをしながら地上の着地点を探す。

 たったそれだけのことなのに強烈な懐かしさに襲われた。

 本当にフォースナイトと同じような感覚だ。

 もう二度とプレイしないと誓ったバトルロイヤルゲームだったが、いやがおうにも感情が高ぶるのを感じた。

 しかし冷静さを失ってはならない。波鳥も落ち着けと言っていた。

 俺はコトヤマからできるだけ離れたところに着地した。

 とにかく戦闘に入る前に少しでも操作を確かめておく必要がある。武器の切り替え。照準。ダッシュ。しゃがみ込み。ジャンプ。

 もう少し手間取るかと思っていたが、意外と指が覚えていた。

 もしかしたらアクションゲームは一度覚えると自転車みたいに忘れなくなるのかもしれない。

 最低限の動きを把握した俺は索敵を開始した。

 言うまでもなく先に敵を見つけた方が有利だ。

 周辺は自然の多いフィールドだったので、俺は草むらから草むらへと移動しながらコトヤマを探した。

 三度繰り返した直後、横からアサルトライフルの弾が飛んできた。

 先制を許してしまったが、当たったのは初撃だけで、2発目と3発目は外れていった。

 慌てなかったと言ったら嘘になるが波鳥ほどの腕前ではない、と考えると冷静さを保つことができた。

 俺は弾が飛んできた方向に1発だけアサルトライフルを撃ち返した。

 本当はコトヤマの場所はまだ把握していなかった。

 ただ勢いに乗せると厄介なので形だけでも牽制しておいたのだ。

 草むらから窪地へと移動していくコトヤマの姿が見えた。

 俺は今度こそ本格的にアサルトライフルを撃った。2発入った。

 このままたたみかけたかったが、木の裏に隠れられた。

 木ごと破壊しようと攻撃を続けたが、ちょうど倒木させたタイミングで弾倉が尽きた。

 弾を装填している間にコトヤマからの反撃が飛んできた。

 被弾しつつも、あと少しで装填が完了すると思ったのが間違いだった。

 ほぼ棒立ちのまま攻撃を受け続けることになり、体力がゼロになって撃破された。

 先に一敗したのは痛かったが、すぐに気持ちを切り替える。

 上空からリスポーンして地上を目指した。

 コトヤマの位置は把握していたので、そこを見下ろせる山の頂に降り立った。

 どのバトルロイヤルゲームでも高所を取るのが勝利の鉄則だ。アサルトライフルを一気に撃ち下ろす。

 ダッシュで逃げようとするコトヤマに執拗に弾を当てていく。

 体力よりも地面ばかりを削るひどいエイムだったが、命中率の低さを手数でカバーした。

 撃破。これで1勝1敗で並んだ。次を取った方の勝ちだ。

 今度はリスポーンしたコトヤマが空から直にやってきた。

 一度詰められてしまった距離は広げにくい。

 下手に離れようとしても背中を撃たれるだけだ。

 山頂でのショットガンの撃ち合いになった。

 遮蔽物がないためジャンプをしながらの攻防になる。

 交差した散弾が同時にお互いを貫いた。

 一瞬何が起きたかわからなかったが、ダブルノックアウトだった。

 1勝1敗1分け。今度こそ次を取った方が本当の勝ちだ。

 最後は正攻法の撃ち合いになった。

 お互いに距離を保ちつつ、岩と木の裏に隠れながらヒット&ウェイを狙う。

 何発か撃って危なくなったら遮蔽物に身を隠して体勢を整える。

 ダメージを受けたらライフポーションで回復をする。

 激しいシーソーゲームになった。

 ハハッ、と思わず声が出た。

 たぶんコトヤマが同じくらいの強さだったのが良かったのだろう。

 コトヤマに負けたくない。勝ちたい。でもまだ終わってもらいたくない。

 ずっとずっと戦っていたかった。

 それでも戦っている以上、いつかは必ず勝敗がつく。

 コトヤマが遮蔽物にしていた木が砕け散った。

 今度はしっかりと弾倉に弾が残っていた。

 一気にアサルトライフルをコトヤマに叩き込んだ。

 あと一発というところで弾が尽きた。

 コトヤマはダッシュで岩の裏に逃げ込んだ。

 俺は武器をショットガンに持ち替えて走り出した。

 距離を詰めたところでジャンプして岩を飛び越える。

 コトヤマはアサルトライフルで俺を迎え撃とうとした。

 俺は降下しながらショットガンを撃ち下ろした。

 お互いの弾が交差する。

 タイミングは同時だったが、コトヤマの弾はわずかに反れて、俺の攻撃は中心を捉えていた。

 コトヤマが霧のように散り、2勝1敗1分けで俺の勝利になった。

 マッチを終えると相沢さんが両手を広げて万歳した。

「すごいね。やったね。いつも全然ゲームしないから弱いんだと思ってた。なのにあたしより断然強かったんじゃん!」

 ノートパソコンの中ではコトヤマが晴れ晴れとした顔をしていた。

「か、完敗っす。最初は押してるつもりだったんすけど、どんどん動きが良くなっていったっすね」

「いや、実力にほとんど差はなかったよ。次にやったらどうなるかわからない」

「そ、それは謙遜っすよ。GG(グッドゲーム)でした」

 その後、コトヤマはゲーム部に入ることを約束し、田島先生に連絡をすると言ってリモートから抜けていった。

 今後、部活に来る時は今と同じようにリモート参加してくれるそうだ。

 一息ついたところで、波鳥がずっと俺を見ていることに気がついた。

「……なんだよ?」

 つっけんどんに訊ねると手元を指さされた。とっくにマッチは終わっていたのに、俺はコントローラーを握ったままだった。

「柄にもなく必死だったじゃないですか、ミナト先輩」

 波鳥はいつものからかうような口調に戻っていた。小憎たらしいが、まともに応援されるよりも言い返しやすかった。

「まあね。誰かの軽率な提案のせいで、がんばらざるをえなかったからさ」

「それで、どうでしたか? 久しぶりにやったゲームは?」

 楽しかった、なんて正直には言ってやらない。

「フォースナイトに似すぎ。差別化が図れていない」

 波鳥はムッと眉をひそめて反論してこようとしたが、それよりも先に相沢さんが「ところで」と割って入ってきた。

「ハトリンってば、ずいぶんとコトヤマくんにアプローチしてたけど、あれってどういうことだったの?」

「え? そ、そうでしたか?」

 波鳥は珍しく狼狽した。

「そうだよ。めちゃくちゃグイグイいってたよ。だから奏汰くんもすごく心配してたんだよ?」

 いや、相沢さんは何を勝手なことを言っているんだろう。

「そ、そんなに周りから見て目立つ行動でしたか?」

「それはもう、はっきりくっきり明瞭に」

 波鳥は耳を赤くして顔を伏せた。

 え、これはまさか本当にそういうこと……?

 まじまじと波鳥を見ていたら、彼女は観念したように言った。

「……コトヤマさんに、他のVTuberも作れるのか、聞きたかったんですよ」

「……ん?」

「……え?」

 相沢さんは理解ができなかったようで目を白黒させていた。

 なので俺が代わりに続きを訊ねた。

「それって自分のVTuberを作って欲しかったってことか?」

 波鳥は顔を伏せようとするあまり、机の下にずるずると沈み込んでいった。

 

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