181 余暇
船に乗るまで三人は錨神の町で買い物と料理、カイルは工作をしながら過ごした。カイルだけ買い物の種類が違うため、別行動が多かった。
フォスターとリューナは船に乗っている間の食べるものの準備である。カイルに作ってもらった天火を使いクッキーやケーキなどの焼き菓子を作り置きした。食い意地がはっている妹の扱いに慣れているフォスターはリューナが食べたがるのを見越して多めに作り味見と称して少し食べさせていた。
「えへへ……船に乗ったら毎日少しずつ食べようね」
「ちゃんと我慢して少しずつにしないと、最後のほうになったら何も残ってなくて自分が悲しい思いをするからな」
「うん、頑張る!」
「頑張らないと我慢出来ないのか……」
フォスターが呆れていると横からカイルが口を出した。
「俺もお菓子買ったから、それも一緒に食べようね」
「ほんと? ありがとう!」
カイルはリューナには食べ物を与えるのが一番仲良くなれると考えたらしい。町で買ったお菓子を与えるという餌付けをし始めた。正解である。利害の一致でお互いにこにこしていた。
リューナは物語の本を買ったが、フォスターは料理の本を手に入れたので趣味と実益を兼ねて色々作った。船に乗る期間十二日分全て作るわけではないが、その半分くらいまかなえる種類を用意した。スープなどは鍋のまま保存するのだがそのままではちょっとしたことでこぼれてしまうので、カイルに頼んで蓋をしっかり閉まる物に改造してもらっていた。それでも容れ物が手持ちのものでは足りなくなったため町で購入した。
リューナは料理の手伝いをするがカイルは料理に関しては手伝わない。カイルが関わると料理が不味くなるので近づけさせないようにしたのである。何故か機械に差す油だったり錆のような臭いがついてしまうのだ。
そのカイルはリューナの不審者対策として道具を試作していた。
「どうかな、これ?」
「なんだこれ?」
何かの神の石がたくさんくっついた状態で丸くまとめてボールのようになっている。
「光源石をたくさんくっつけてみたんだ」
「やっぱり光源石なのか。それはわかるけど……」
「こうやって使うんだよ」
カイルはその光源石のボールを床に叩きつけた。
「わっ!?」
まとまっていた光源石が全て眩しく輝いた。
「こうすれば悪い奴の目をくらませるかなと思って」
「? 何したの?」
リューナは見えないので叩きつける音が聞こえただけで何が起きたのかまではわからない。
「悪い奴の目を一時的に見えなくする道具を作ったんだ。閃光玉って名付けた。これならリューナには影響無いし」
「俺、もろにくらったんだけど……」
「ごめんごめん。しばらくしたら回復するから」
『まあ、一時しのぎには良いかもな。もらっとけ』
「親父がもらっとけってさ、リューナ」
フォスターは閃光のせいで眉間にしわを寄せて目を閉じたままリューナへビスタークの言葉を伝えた。
「もらっていいの?」
「うん。そのために作ったんだから。出来るだけ強く叩きつけないと強い光が出ないから、覚えててね」
「わかった。持ち歩くね。ありがとう、カイル」
「どういたしまして」
カイルはリューナに笑顔でお礼を言われ嬉しそうにしていた。
前回と同じように船が着いてから船内の部屋を予約した。三人部屋があったので見知らぬ人間と同じ部屋にならないで済むことにほっとした。船尾のほうにあり壁が斜めで上は広く下が狭いため、ベッドが二段に出来ず三人部屋なのだという。今回の船は途中の小島には停泊せず、命の都の島まで直接行く便だということだった。
船に乗る前日の夜、町の食堂で夕食を取っていた。以前ヨマリー達と一緒に食事をした店である。
「あっ、お前、それ俺の水だぞ」
「え、ごめんなさい」
リューナが間違えて隣のフォスターの飲みかけの水を飲んだため注意した。
「私の水いる?」
「別にいらない。そうじゃなくて、俺だからいいけど、最近色んな人と食事する機会が増えたんだから、気をつけろってこと」
「うん、わかった。ごめんね」
「……」
目の前に座るカイルが「俺の水を間違えて飲んでくれたら間接キスができるのに」などと考えていたことに二人は気づいていない。
カイルは兄妹の対面に座り二人のやり取りを羨ましく眺めていた。話題に困ったときは食べ物の話をすればいい、とフォスターに教わったおかげで、少しずつリューナと話が出来るようになってきた。それでも実の兄と楽しそうに話すリューナの会話に割り込むのは難しく感じている。
カイルはふと考えた。もし、この二人に血の繋がりが無かったら……? 頭から血液が下がり、身体が冷えていく感覚がした。
リューナはフォスターのことが大好きである。それは見ていればわかる。血縁が無ければ結婚したいと言い出しかねない、と思った。カイルは知らないが実際にリューナはそう思っている。フォスターのほうは可愛い妹としか思っていないようだが、そのあたりカイルにはよくわからない。カイルはフォスターにリューナへの恋心を話したことはないが、なんとなくフォスターは自分とリューナの仲を応援してくれている気がする。それにフォスターは例え血の繋がりのない妹から迫られても世間体を気にして首を縦には振らなそうなのが救いか、とも思った。
「カイル、どうしたんだ? 何か考え事か?」
そのフォスターに怪訝な表情をされてしまった。
「ん、いや、何でもない」
カイルの食事の手が止まっていた。考えていた内容を見透かされてしまったのかと内心焦りながら目の前の料理に手を出す。
「ん、この麺ってやつ美味いな」
気持ちを切り替えて初めて食べる料理の味を楽しむ。カイルの注文したものは魚介とトマトソースの料理である。前回フォスターが食べていたものだ。
「うん。美味しいよね! これ大好き!」
「お前に好きじゃない食べ物なんてあるのか」
「不味いものは好きじゃないよ」
フォスターのつっこみに答えるリューナを見ながらカイルが質問する。
「そういやリューナには好き嫌いって無いの?」
「うーん、焼き過ぎて炭になっちゃった肉とか野菜とかパンは嫌いかな」
「そ、それは食べ物じゃないかな……」
カイルが少し呆れた感じの反応をしていると、咳が聞こえてきた。
「ゲホッゲホッ」
カイルの隣のテーブル席に座っている中年男性が咳をしていた。フォスターはむせたのか、と最初は思っていた。しかし何度も咳をしているのでそうではなさそうだった。同席している妻と思われる女性への配慮なのか斜め右を向いて咳をしているのだが、その方向にはフォスターがいる。気になって仕方がなかった。カイルはリューナと会話ができて嬉しいのか、その隣の男性の咳のことは全く気にしていない様子だ。
「リューナのそれ、真っ黒なんだけど、何? それは焼き過ぎて炭になったんじゃないの?」
「真っ黒っていうのはよくわかんないけど、焦げてないよ。イカの墨なんだって」
「食べられるんだね、それ……」
「なんかね、口の中もひどいことになるんだって」
リューナは口を開けカイルに見せた。口の中は真っ黒だったが、カイルはその無邪気さに動揺した。普段見えない部分だからか、見せられているカイルのほうが恥ずかしくなった。
「みっともないからやめろ。カイルが引いてるだろ」
フォスターに嗜められてリューナは口を閉じた。
「後でちゃんと口浄水で濯ぐもん」
「そうしろ」
口浄水とは神の石である口浄石を入れた、口を濯ぐための水のことである。
「ねえねえ、それよりフォスターの頼んだの味見させてもらってもいい?」
「……はいはい」
フォスターの頼んだものは卵とチーズとベーコンの麺料理だ。リューナは口を開けて待っている。少しフォークに絡めて口の中に入れてやった。それをカイルが妬ましそうに見ていたことを二人は知らない。
その間にも、隣席の男性は咳をしていた。
今回も特に進展無いですが、一応伏線回でした。
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