175 好意
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カイルが目覚めたのは少しずつ明るくなっていく光の刻を少し過ぎた頃だった。部屋へ着いたときに自作の時計を枕元へ出しておいたのでそれを確認したのだ。いつも起きる時間は完全に明るくなる空の刻なのでまだ起きるには早い。しかし前の日にかなり早く寝てしまったのと、おそらく自分の身体でビスタークに酒を飲まれたため手洗いにも行きたくなりそっと起き上がった。
右を見ると幼馴染のフォスターが寝ていた。その向こう側にはその妹のリューナが寝ている……はずである。薄暗いのとフォスターに隠れていてよくわからなかった。起こすと悪いので静かに部屋を出るつもりだったのだが、リューナのベッドを見て驚いた。上半身だけベッドから落ちてそのままの体勢で寝ていたのである。大事な部分は隠れているものの腹部の肌が少し見えており、大きな胸は逆さまになり顔へかかっている。
「……………………!」
見てはいけないものを見た気がしてカイルは赤面しながら目を逸らす。しかしベッドから落ちたままの体勢では起きたときに身体が痛いだろう。直してやりたいものの、下手に身体に触ると目覚めたときに誤解を受けそうである。少し悩んでフォスターを起こすことにした。
「フォスター、フォスター」
「ん……? 朝か……? ……まだ暗いじゃないか……」
「ちょ、また寝ないでくれよ。リューナがベッドから落ちてるんだよ」
「そんなのいつものことだろ……」
「そうなの? いや、でも、戻してあげたいから手伝ってくれよ」
「えー……めんどくさい……」
渋々と寝ぼけまなこのフォスターは起き上がり、カイルと一緒にリューナをベッドへ戻した。
「えへへ……もっと食べたい……」
リューナは全く起きる様子もなく幸せそうな寝顔で寝言を言っている。何か食べ物の夢を見ているようだ。カイルがそのリューナを見て可愛いなと思っている間にフォスターは何も言わず無表情で自分のベッドへ戻っていった。
カイルはこの一連の流れで完全に目が覚めてしまった。それならついでに風呂にも入ろうと思い立ち、机の上に置かれていた湯元石を使った自作のシャワーとタオルを掴み部屋の外へ出る。まだ胸がドキドキしていた。胸が高鳴るような雰囲気ではなかったものの、リューナの、女の子の脚に触れてしまった。自分の脚よりずっと細く、柔らかく、すべすべしていた。まだ手に感触が残っている。もっと触れていたいという欲もあるが、そんなことをしたら嫌われてしまう。折角仲直りしたというのに。
ここへ来る道中で盾に乗って移動しているときもリューナはカイルに触れなかった。兄のフォスターには平気でくっつくのだが。いつも面倒を見ている仲の良い兄と仲直りしたばかりの自分では兄のほうの好感度が高いのかもしれないが、胸がもやもやする。あんなに兄にべったりな妹なんているだろうか。
カイルにも妹がいる。ただ、その妹メイシーは十一歳も年下だ。兄妹仲は悪くなくたまにじゃれついて来られるが、歳が離れていてまだ子どもなので参考にならない。リューナは目が見えないので介助をすることもあり距離が近いのは仕方がないのかもしれないが、カイルはフォスターの立ち位置に自分がなりたかった。
子どもの頃からずっとこの兄妹を見てきた。兄のフォスターは文句の一つも言わずかなり献身的にリューナの面倒を見ていた。カイルも小さかったので良く覚えておらず一部は聞いた話であるが、突然増えた妹をフォスターはとても可愛がっていたのだ。カイルも祖母オードラが亡くなる前は家まで送ったりなどリューナの相手をしたことがある。あのことさえなければリューナは自分にも懐いてくれていたのではないかと思う。なんであんなことを言ってしまったのだろう。カイルは仲直りをした今でも後悔していた。
最初は謝る機会を伺うためだった。ずっとリューナを目で追っていた。そのうちに自分の中でリューナの存在が大きくなり始め、なんだか苦しくなっていった。仲違いしているからだろうと思っていたが、それだけではなかった。何かしら用を思いついてはフォスターと話すという名目で、リューナの顔を見に行くようになった。リューナがなんだか輝いて見えたのだ。毎日ひと目で良いから顔を見たかった。最初はフォスターと同じく可愛い妹のように思っていたと思う。一年くらい前まで子どもっぽい感じだったが、急に成長し女らしくなったことで自覚した。自分はリューナが好きなのだと。
オードラが亡くなる前までは子どもらしく無邪気に笑っていたリューナだったが、あれ以降元気が無くなった。笑うのはフォスターをはじめとする家族や神殿の大人の前くらいだった。学校ではいじめられていたこともあり、フォスターから離れようとしなかった。フォスターが体調不良などでいないときは一人だけで授業を受けていたらしい。
幸い、というには語弊があるが、リューナは歳の近い男子からいじめられていたので、町に仲の良い男性はいない。強いて言えば神殿のウォルシフくらいである。ウォルシフとリューナは六つ違いなので以前はあまり意識していなかったが、大人になれば恋愛には問題ない年の差だ。先日の結婚式のときもウォルシフはリューナのことを綺麗だと褒めていた。自分の言いたかったことをあっさり言われてしまい、悔しかった。旅の途中で再会したときに書いてある文字を読み上げる神の石をウォルシフからもらったと嬉しそうにリューナが話していたのを聞いた。気が焦る。元々悪感情が無かった分、向こうのほうが有利である。
かなり長い間絶交状態だったが、カイルが怒っていたのは最初だけだった。すぐに反省したのだが、リューナがカイルを避け、フォスターも怒っていたので謝る機会が無かった。罪滅ぼしのつもりでリューナに知られないところでいじめていた男子たちを叱ったりはしていたのだが、リューナが知るはずもない。
昨日出発したばかりなのだから焦る必要は無い、とも思う。今までずっと仲違い状態だったのだから、それを考えたらはるかに良くなったのだ。これから少しずつ距離を縮めていこう。そんなことを考えながら風呂を済ませた。
部屋へ戻るとまだ兄妹は寝ていた。リューナはベッドからは落ちていないものの毛布をはいでいたのでかけなおしてあげた。寝顔が可愛い。二人きりでは無いが、気になっている女の子と同じ部屋で寝泊まりすることは嬉しい。嬉しすぎて心臓が持たないかもしれないとも思う。しかし今さら別々の部屋にするつもりもない。折角なので愛おしく寝顔を眺めていると急に背後から声がした。
「お前、何してんだ」
心臓が跳ね上がった。フォスターの声ではなかったからだ。驚いて振り返るとそこにいたのはフォスターだった。フォスターに取り憑いたビスタークである。
「びっくりした……親父さん、だよね?」
「そうだ。何してんだ」
「な、何もやましいことはしてないよ! ただ可愛いなって寝顔見てただけで!」
「ふーん……」
ビスタークは何か言いたげにフォスターの顔でにやにやしている。
「な、なんですか」
「いや? ほーそうなのかー、と思っただけだが?」
「な……何がですか!」
「まあ…………頑張れ」
最初はからかっている感じの口調だったが、最後の言葉は真面目なように聞こえ少し違和感を覚えた。しかし恥ずかしさからくる焦りもありそこは気にせず話題を逸らす。
「そ、そんなことより、親父さん、昨日俺の身体で酒飲んだ?」
「ああ。でも一杯だけだぞ」
「じゃあ色々実験させてよ!」
「あー……そういう話になってたっけか……」
なんとか話題を逸らせ誤魔化せたのでカイルは安堵した。そして、ふと気がついた。
「もしかして、リューナをベッドに戻すの、フォスターを起こさずに親父さんに頼めばよかったたんじゃ……?」
「まあ、そうだな。でも俺と話す前にあいつを起こしちまったからな。言っても遅いから言わなかった」
「……今度から親父さんに頼むことにするよ。起こすの悪いから」
「お前が一人でやってもいいんだぜ?」
「えっ? いや、それはっ! 勝手に女の子に触るわけには!」
明らかにからかっている。ビスタークはまたフォスターの顔でにやにやしていた。
恋する子は可愛いなあと思いながら書いてました。
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