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盲目乃者  作者: 結城貴美
第15章 NEVER BE A STAR
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139 託児

 少しずつ明るくなる光の刻より前にストロワを起こし、森の中を駆けて桑神の町(ムールス)を目指した。


 完全に明るくなった空の刻過ぎに町へ着くとすぐ乗合馬車の発着場を探し、その場にある時刻表を見た。半刻後である風の刻に鉄神の町(フェームス)行きの馬車が来るようである。行き先を見てビスタークはその反対側の絹神の町(ボムビュクス)へ行くことにした。そちら側の馬車もさらに半刻後に来る予定である。一睡もしていないため流石に少し眠りたくて歩くのをやめて馬車に乗ろうと思ったのだ。


 人目を避けたかったので時刻表を確認した後、すぐ目の前にあるこの町で一番高さのある建物の屋根に反力石(リーペイト)で上った。これで追手が来るかどうかを監視出来る。向こうから見える恐れもあるにはあるが、道からの視線を考えると隠れやすいことに加え、向こうが追いかけて来にくいため地上にいるよりは安全だろう。


 待っている間にここの朝市でパンを買って朝食にし、ストロワに色々と気になっていることを聞いた。


「狙ってくる奴に心当たりは本当に無いのか?」

「ああ。わからない。何処かの神衛兵(かのえへい)の寄せ集めみたいな集団だった。昨日のはその中の一人だ」

「新しい神官がそいつらを招き入れたのか?」

「おそらくな」

「キナノスとエクレシアは?」

「それぞれに赤子の人形を持たせて別々に逃げてもらっている」

「そっちは大丈夫なのか?」

「キナノスのほうが心配だ。惚れていた相手に裏切られたあげく、私を逃がすためわざと目立つように逃げたからな。エクレシアは途中まで私と一緒だったから大丈夫だと思いたいが……」

「惚れてた相手にって、新しい奴は女だったのか」

「そうだよ。とても真面目そうな綺麗な人だったんだがね。キナノスはきっと今頃落ち込んでいるだろう。自暴自棄になっているかもしれない。無事に逃げているといいが……」


 そこで赤ん坊が泣き出した。空腹を訴えているようである。手持ちの袋から山羊乳と吸い口のついた陶器を出して与えると懸命に吸い始めた。


「神の子なんだから山羊乳じゃなくてもいいんじゃないのか」

「そうかもね。まあまだ歯が無いから液体じゃないと駄目だろうけどね」


 少しほっとした。山羊乳などそんなに売っているものではなかったからだ。


「そういや力を封じたって言っていたがどうやったんだ?」

「すまないがそれは口止めされていて言えない」

「そうか、それなら仕方ない。じゃあ不具合があるようなこと言ってたがどんなのだ?」

「正直なところ、今のところ良くわからない。無いかもしれないしね」

「破壊神の神殿って何処にあるのか教えてもらえるか?」

「……神殿が何処にあるか教えたら、君は攻め込もうとするんじゃないか?」


 図星だったので表情に出てしまったらしい。


「それじゃあ教えられないな。そんな危険なことさせられないよ」

「……仕方ない。じゃあ、これからどうするんだ? 無事に水の都(シーウァテレス)にたどり着いたとして」

「まあ大神殿に相談だね。ああいう変な神衛兵がいないと良いんだが。距離があるからいないと踏んでるんだがね」

「大神官は俺の姉の旦那の父親だから、そこはまあ大丈夫だろ」

「そうなのか! 初耳だね、それは」

「本人があまり知られたくないようだから、あまり言わないようにしてる」


 マフティロの顔を思い浮かべてそう言った。

 

「しかし赤ん坊を連れて砂漠を越えるのは大変そうだな……」

「飛翔神の神殿で少しだけ預かってもらうわけにはいかないか? 仲が悪いと思われているだろうから、まさか戦争相手だった町にいるとは思わないかもしれない」

「まあ十五年くらい前に神の子が実際いたし平気だとは思うが、破壊神の子だから何言われるか」


 実際、何かあるといけないのでレリアが破壊神の神官見習いだとは一度も言わなかった。


「神の子といえど、ただの大人しくて美人な女の子の赤ちゃんだよ。食欲は旺盛だけど」

「女なのか。まあ、神に性別の意味はあまり無いって聞いてるけどな」


 山羊乳を飲みきって満足したのか眠ってしまった。噯気を出さなくていいのかと思ったが、人間じゃないから問題ないのかと考えて言わなかった。

 そんなことをしているうちに馬車が来た。今のところ怪しい神衛兵は見当たらないが、念のためぎりぎりまで待つことにした。


「私は君と行き先が被らないようにするよ。最短距離で行くつもりかい?」

「ティメロス大陸を通るつもりだ。海路は暇でしょうがねえから船に長く乗るつもりはないんだ。襲われても俺なら戦えば済むしな」

「わかった。じゃあ私は少し道をずらして行くよ」


 怪しげな神衛兵は結局来なかったのでストロワは安心して馬車に乗り込んだ。


「じゃあ」

「また会おう。その子のこと、よろしく頼む」


 ストロワの乗る馬車を見送ると赤ん坊がまた泣き出した。


「さっき飲ませたばかりだろ。あっ……」


 排泄石(ディガイト)が寿命で消えてしまったらしい。股が濡れていた。


「あーあーあー」


 これだからガキは嫌なんだ、と思いつつ、目立たないよう路地に入ってから先ほどの屋根の上へ戻った。新しい排泄石(ディガイト)を用意し、石の形を平たく変えて股に当てた。また寿命で消えてしまうと困るため排泄石(ディガイト)を二重にしておく。これなら片方の石が消えても消えた分を補充すれば汚れることはない。汚れた部分は洗浄石(クレアイト)で綺麗にした。しかし洗浄石(クレアイト)は綺麗にはしてくれるが乾燥はしてくれないので濡れたままである。赤ん坊はそれが気に入らないらしくまだぐずっていた。

 乾燥石(パルチダイト)換気石(ウィブライト)は持っていないので少しでも何とかしようと反力石(リーペイト)で上空へ昇り風に当てる。もう首はすわっているので縦抱きにしていた。神の子なので気にしなくても平気なのかもしれないが、さすがに赤ん坊を乱暴に扱う気にはなれなかった。


 赤ん坊の世話をしながらジーニェル達に託した息子のことを思い出していた。もう三歳になっているはずだ。山羊乳を与えたことも下の世話も一回ずつくらいしかない。まさか実の息子より神の子の世話をするほうが多くなるなんて考えてもみなかった。


 完全に乾いたわけではないが気にならなくなったのか赤ん坊は泣くのをやめて眠りについた。そろそろ自分の乗る馬車がくる。また怪しい神衛兵がいないことを確認し、ぎりぎりのタイミングで乗り込んだ。これで無事に隣町まで行けそうだ。


「はー……」


 色々と目まぐるしい状況が続いたため大きく溜め息をついた。とにかくこれで一段落だ。馬車は桑畑の中をゆっくり走って行く。低い木と高い木があるのは葉を採るか実を採るのかで違うのだと他の客が話しているのを聞いた。この辺りの町は馬車に乗って一日で辿り着ける間隔に存在している。隣の絹神の町(ボムビュクス)は養蚕の町で、この町とは切っても切れない関係だ。外を見ながらうとうとしていると同乗していた老女二人に話しかけられた。


「可愛いわねえ。よく眠ってる」


 眠りたいのに話しかけられて内心苛立っていたが次の提案で全て許した。


「お父さん、夜も赤ちゃんのお世話でろくに眠れてないんじゃない?」

「私たちが見てあげるから寝てていいわよ。ほんと、可愛いわねえ。お名前は?」

「あー……ルナ、ルナだ」


 仲の良さそうな老女二人は怪しい感じもしなかったので有り難くその提案を受けることにした。名前は今咄嗟につけた。破壊神ルーイナダウスから取って「ルナ」である。眠る前に質問責めとなったが、答えないのも不審がられるだろうと思い、仕方なく答えた。亡くした妻の親族に会ってきた帰りだと説明しておいたが、間違ったことは言っていない。山羊乳と排泄石(ディガイト)を渡して世話を頼んだ。


 妙な臭いがして目覚めると、もう絹神の町(ボムビュクス)は目の前だった。町に入れば神官が消臭石(スティカイト)を使って臭いを消すのだが、町の外には繭を茹でる臭いが漂ってくるのだという。老女二人から赤ん坊を受け取ったが、二人は馬車酔いしたとのことで少し気分が悪そうだった。礼と詫びとして今朝購入したパンを渡し、到着すると挨拶をしてその場を離れた。

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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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