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盲目乃者  作者: 結城貴美
第14章 I'LL BE THERE FOR YOU
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127 家族

 産んだ日を含めて三日間、レリアは懸命に授乳し栄養を摂った。しかし顔色は悪いままだった。気にはなったが医者もおらず本人が気丈に振る舞っていたこともあって経過観察をするにとどまった。長命石(ライヴァイト)には毎日祈っていた。この石は本人が祈らないと意味が無い。ビスタークが祈ってもビスタークの寿命を延ばすだけでレリアの寿命が延びるわけではない。それにあくまでも効いているのかわからない御守りと言われている。それでもレリアには逐一祈らせていた。


 その間、数名見舞い客が来た。ジーニェルとホノーラ夫婦、そして一月半前に赤ん坊を出産したパージェだ。ジーニェル達はレリアから産んだら動けないだろうから赤ちゃんの顔を見に来て欲しい、と筆談で伝えられていたそうだ。


「可愛いわね……」

「ビスタークに似てるな」

「ジーニェルにもちょっとだけ似てるわよ」

「まあ親戚だしな」


 ホノーラは自分の子どもを授からなかった。色々と複雑な感情があったと思われるが、とても愛おしそうに赤ん坊を見つめていた。ジーニェルも少し似てると言われ嬉しそうに見ていた。レリアはそれを見てホノーラに何か手紙のようなものを渡していた。それをこの場では読まずに受け取ると、二人は産んだばかりの母体に負担をかけると悪いからとのことで労りの言葉をレリアに伝えるとすぐに帰って行った。


「元気になったら家族みんなで食事しに来てね。ご馳走するから」

「またな」


 レリアは頷いて笑顔で手を振った。ビスタークも礼を言うと扉まで見送った。


 パージェは赤ん坊のカイルを連れて来た。首がまだすわっていないが、友達が生まれたんだよ、と自分の子に見せたかったのだそうだ。カイルは生まれたての赤子のそばできゃっきゃと笑ったが、息子の赤ん坊はその声を聞いて泣き出した。空腹を訴えていただけだったようなのだが、パージェはその様子を見てこう言った。


「なんだかうちの子がこの子に迷惑をかけそうな気がする……ごめんね、先に謝っとく」


 レリアは自分の子をビスタークから渡されながら首を振って否定したが、パージェの予感はあながち間違っていなかった。


「そういえば名前は決めたの?」


 そう言われてレリアはビスタークを見る。


「……俺が決めることになってるんだが何も思い付かねえんだ」


 レリアは息子に乳をあげながら少し困ったように首を傾げて夫を見つめて笑みを浮かべる。


「そんなふうに期待されてもなあ。ここには古語辞典もねえし」


 そう言うとミドルネームのことを思い出したのかレリアの笑みが更に深まった。余計なことを言わなければ良かったと照れくさく居心地が悪い思いをするはめになった。


 授乳が終わったところで赤ん坊がまた泣き出した。


「おむつかな?」


 パージェがそう言うとビスタークは苦い顔をした。


「なんで赤ん坊には排泄石(ディガイト)使わねえんだ」

「赤ちゃんの健康状態を把握するためだよ」

「あー……なるほどな。めんどくせえな……」


 排泄石(ディガイト)とはおむつのように使う柔らかく形を自在に変えられる神の石で、排泄物を吸収し清潔に保つという旅の必需品である。

 ビスタークはそう文句を言いながらも具合の悪い妻にかわり息子のおむつ換えをする。ニアタの息子のコーシェルの面倒を見させられていたので実は経験済みなのである。パージェはその様子を微笑ましく眺めてすぐお邪魔しました、と帰って行った。


 ニアタ夫婦をはじめとした神殿一家はかわるがわる顔を出してきた。ニアタはお産からずっと様子を見ているので普通に世話を焼いていたが、男性陣はそうっと見舞いに来た。子どもたち三人は「静かに」と釘をさされながら大人しく赤ん坊の顔を見ていた。


「かわいいね」

「そうだね、可愛いね」

「お前たちからみると従弟ってことになるかのう」


 ソレムがそう言うと子どもたちはよくわからない顔をした。


「いとこってなに?」

「お母さんやお父さんの兄弟の子どもはいとこっていうんだ。親戚だよ」


 マフティロが子どもたちに説明した。それでもいまいちよくわからないという顔をしていたのでソレムが付け足す。


「まあ新しく弟が出来たと思って可愛がるんじゃよ」

「うん」

「わかった!」


 その様子をレリアはにこにこしながら見ていた。


【私たちもこういう賑やかな家族になりたいわね】

「じゃあしっかり回復して元気になってくれ。家族を増やすとかいう話はそれからだ」

【そうね。頑張る】


 そこへニアタが食事を持ってきてくれたので授乳と回復のため食欲石(アティペイト)に祈って食べ始めた。ひとくちが小さいので食事が終わるまで時間がかかるが懸命に食べている。

 出血は止まっていない。通常、止まるまでにひと月くらいかかるのでそれ自体はいいのだが、どうも量が多いようだった。女性石(マレファイト)を使うと状態が把握出来ないので使っていなかった。清潔な綿を使っていた。


 レリアが食事をしている間はビスタークとニアタが赤ん坊の世話をしていた。ニアタは三人産んでいるので慣れたものだった。しかしその三人がまだ小さく手のかかることに加え食事も作ってもらっているのであまり頼るわけにもいかない。


 ビスタークは仕事が神衛兵(かのえへい)のためこの平和な田舎町では滅多に仕事がない。それもあって主にビスタークがレリアの手伝いをしていた。


 出産から三日後。同じようにビスタークがレリアの介助と息子の面倒を見ていた。


【どう? 赤ちゃん、可愛く思えてきた?】

「まあ、嫌いじゃねえけど……」


 そう言うとベッドで横になっている息子が少し笑ったように見えた。


「こいつ俺を見て笑ったぞ」

【ふふっ。お父さんがわかるのね。ほらね、可愛いでしょう?】

「……そうだな」


 実際のところ子どもが可愛いというよりビスタークの反応に喜ぶレリアを見ることが嬉しいだけである。妻が喜ぶなら子どもを可愛がってもいいと思えた。


 ついさっき笑ったと思ったのにもう息子が泣き出した。


【お腹が空いたんだと思うわ。お乳の出がそれほど多くないから、何度も少しずつあげないと】

「最初の母乳が大事だってんなら、もうそろそろいいんじゃないか? 山羊乳に切り替えても」

【そうね。でも、私が出来るうちは自分であげたいわ】

「無理すんなよ。山羊乳なら俺にもやれるんだから、その間は休めるだろ」

【ありがとう。やっぱり貴方は優しいわね】


 レリアは甲斐甲斐しく自分と息子の面倒をみていつも自分のことを一番に考えてくれているビスタークへ手話でお礼を言う。


【いつもありがとう。私、貴方と結婚できて、家族になれて本当に良かった。とても幸せよ】

「それはこっちの台詞だ。お前のおかげで俺は幸せになれたんだからな」

【家族みんなでもっと幸せになりましょうね】

「そうだな。なりたいな」


 幸せそうに、本当に幸せそうにお互いに微笑んだ。いつまでもこの幸せが続くといいと思った。姉のニアタのように賑やかな大勢の家族に囲まれるのもレリアと一緒なら悪くない、そう思った。


【ちょっと寝るわね。疲れちゃったみたい】

「ああ、無理しないで休むといい」


 そう言うとレリアは笑みを浮かべて穏やかに眠りについた。ビスタークも夜中の授乳やおむつ交換の際レリアと一緒に起きていたので疲れていた。妻と息子の間に座ってうとうとと浅い眠りについた。


 半刻ほど経つと赤ん坊がまた泣き出した。しかしいつもならすぐに目覚めるレリアの起きる気配がない。ビスタークのほうが先に起きたことなど今までなかったので心配になって妻を揺すると何も反応がなかった。嫌な予感がした。焦って肌をさわると急速に妻の体温が失われていくところだった。


 嫌な予感は当たってしまった。妻の身体が冷たくなっていく。慌てて神殿内に響き渡る悲痛な大声で人を呼び、レリアの心臓にマッサージを施した。息子は空腹からか、大声を出したからか、はたまた母親の異常に気づいたからなのか先程から泣きっぱなしだ。しかし泣いているということは生きている証拠である。全く心配にはならなかった。


 ビスタークが必死に胸骨を圧迫し口に空気を送り込んでいる時に、異常を察したニアタと少し遅れてマフティロが部屋へ飛び込んできた。必死に蘇生を試みるビスタークの様子を見て察したニアタは心臓マッサージを担当し、ビスタークは妻に呼吸をさせようと人口呼吸を行う。二人は心の中でずっと神へ祈っていた。遅れてきたマフティロは赤ん坊をあやしていた。


 懸命な蘇生処置の甲斐無く、レリアは息を吹き返さなかった。

この章はこれで終了です。

次章はまだ書いている途中です。

辻褄合わせに時間を取られていて少し難航しています。

二週間くらいかかるかもしれません。

間があいて申し訳無いのですがまたお読みいただけると嬉しいです。




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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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