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盲目乃者  作者: 結城貴美
第14章 I'LL BE THERE FOR YOU
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125 安定期

 幸い、一か月半程度でレリアの悪阻は治まった。それからは食欲も回復して顔色も良くなり順調に過ごしていた。


 安定期に入ってからは少し歩かせるようにした。ビスタークとしては大事をとって大人しくしていて欲しかったのだが、動いたほうが難産にならないらしいと聞き、少しだけならと無理の無い範囲で運動させた。


 レリアもじっとしていることを嫌がって神官の仕事をしていた。書類仕事だけでなく葬儀の仕事もした。

 妊婦が葬儀に出席することには意味がある。胎児に星つまり魂を授かるためにこれから星となる死者に良い魂が降りてくるよう仲介を頼むという意味合いがある。胎児にいつ魂が降りてくるのかはそれぞれタイミングが違うためよくわからないが、流れ星が見えると「どこかの新しい生命に魂が宿った」と言われる。明るい流れ星なら「どこかで神様が生まれた」と言われる。

 このとき町には妊婦が二人いた。レリアとパージェである。二人とも葬儀に出席していた。


 ビスタークに火のついた松明を渡されたレリアが棺の上の火葬石(カンドライト)に火をつけると、赤かった火がとたんに青白くなり棺を包み込むように広がっていく。


「人が死ぬのは悲しいことだけど、いつ見ても綺麗ね……」


 レリアの隣にいたパージェがそう呟いた。青白い炎の勢いが無くなってくると魂が昇り星となって空へと飛んでいく。寿命で亡くなった穏やかな高齢者だった。昇り星は明るく輝いていた。皆で手を合わせて祈りを捧げた。


 パージェのほうが一か月早く妊娠していた。レリアとは妊婦仲間として仲良くなったようだった。年齢もレリアのほうが一つ上と歳が近かったことと、神官服を作る際パージェが採寸をしていたため打ち解けるのも早かったらしい。それに医者がいない町のため神官達が医者がわりとして問診をするのでよく神殿にも来ていた。パージェは手話がわからないので主にパージェが喋って時々レリアが筆談する交流だったようだ。


 幸せで穏やかな日々が続いていた。レリアの家族達と合流しようという気持ちも薄れてきた。町民達も「ビスタークは結婚して落ち着いたな」と言っていたようだ。


 レリアの腹が大きくなるにつれ胎動が感じられるようになってきた。ビスタークが触れたときに動くこともあった。足と思われる部分が腹から少し飛び出していることもあり、擦ると引っ込んだ。不思議な気分だった。本当に自分が父親になるのか、なれるのか。ただ、幸せそうに微笑む妻を見ているとそれも良いかと思えた。



 段々膨らんでくるレリアの腹に神殿の子どもたちは興味津々だった。椅子に座ったレリアの大きくなってきた腹を優しく擦っている。


「二年前にも経験済みなんだけど、覚えてないの?」

「んー、そうだった気もするけどー」

「わたしはおぼえてない」


 ニアタがコーシェルとセレインに聞くと二人はそう答えていた。


「おなかの赤ちゃんってどこから出てくるのー?」

「え? ええと……おしり……かな?」


 なんと言っていいのか迷ってニアタはそう答えた。


「ふーん。おしりから出てくるんだー」


 コーシェルはそう言いながらレリアの座る木組みの椅子の後ろから尻を撫でた。おそらく腹を撫でるのと同じ感覚だったのだろうが、その瞬間、黙って眺めていたビスタークが切れた。


「お前……! 何しやがった!」


 コーシェルは今まで見たことの無い叔父の形相に怯えて咄嗟に逃げた。ビスタークは怒りの形相のままそれを追いかける。レリアとニアタは何が起きたのか一瞬理解が遅れたが、ニアタがさらにビスタークを追いかけ、レリアは手話でビスタークに話しかけ自分へ注意を向けようとした。コーシェルは身体の小ささを利用して机の下に潜り込んだ。椅子があるためビスタークは上手く潜り込めずにいる。そこをニアタに止められた。


「ビスターク! ちょっと待って! ごめん! 私が叱るから!」


 屈んでコーシェルへ手を伸ばそうとしているビスタークの背中を掴み引っ張るニアタのところへゆっくりレリアは近づいてきた。肩を擦るように軽く叩き振り向かせた。ビスタークがレリアと目を合わせると、口元は笑っているように見えたが目は笑っていなかった。それに怖いものを感じビスタークは渋々コーシェルを追うのをやめた。コーシェルは怯えが強く泣くことすらできない様子である。


【やりすぎ】


 レリアがビスタークを手話で叱った。ビスタークは憮然としている。


【あんな小さい子に嫉妬しないの! 貴方はいつでも好きに触れるでしょ!】


 そう手話で言われ口を尖らせながら目を反らした。ビスタークはこの頃にはレリアに頭が上がらなくなっていた。レリアはビスタークに愛されているという自信がついたのか、それとも母親としての自覚が出たのか以前より貫禄がついていた。ビスタークはまるで母親が子どもに怒るような叱り方をされてしまい、この場に手話のわかるマフティロがいなくて良かったと心底思った。その横でニアタはコーシェルに勝手に人のお尻を触ってはいけないと叱っていた。



 予定通りパージェがレリアの一か月半ほど前に出産した。羨ましくなるくらいの安産だった。カイルと名付けられた男の赤ん坊の世話をするパージェのところへレリアは夫婦で見舞いがてら赤ん坊の世話を学びに行っていた。ついでにジーニェル夫婦の店に寄り、挨拶がてら食事をしたり色々と交流をしていた。


 レリアの出産は予想より少し遅れていた。動いたほうが産気付くと、歩いたり雑巾がけをしたりするのをビスタークはハラハラしながら見守っていた。腹が一番大きい時期になると胃が圧迫されるらしく食べ物を一度に多くは食べられなくなった。そのため少しずつ時間をおいて食事をとるようにしていた。そうして何日かたった頃にようやく陣痛が始まった。


 最初は夜中だけ腹が張って痛むというものだった。ついに来たかと思うと朝には痛みが治まる。それが三日続き、その後ようやく痛みが規則的に来るようになった。そしてそこから出産までレリアは三日間痛みと苦しみに耐えることとなった。


 ビスタークは最愛の妻が苦しんでいるのに何もできない自分をもどかしく感じていた。腰を擦ったり痛みと痛みの間に物を食べさせたり移動するのに抱きかかえたりなどの介助は勿論していたが、痛みによる苦しみを自分が引き受けてやりたかった。レリアは陣痛の合間に【大丈夫】と伝えてきたが、顔色は悪く表情も無理に笑っているように見えた。


【生理痛みたいなものだし、合間はそんなに痛くないから心配ないわ。みんなこれに耐えて産んでるんだし】

「大丈夫には見えねえぞ。……だから嫌だったんだ」


 今さらそんなことを言ってもどうにもならないことはわかっているがつい口に出て悲痛な表情をしてしまう。ひたすら腰と腹を擦った。少しでも痛みが和らぐように。


 町から産婆がやってきてニアタとレリアの三人で部屋へ籠った。男は邪魔らしく自分の部屋から追い出された。ビスタークは仕方なく別の部屋から廊下に椅子を持ってきて座る。部屋から出てきたニアタにまだ当分かかりそうだと言われ、一緒に出てきた産婆は家へと帰っていった。


 夜中も同じ状態でろくに眠れなかった。レリアはビスタークに眠るように言ったのだが、隣で横になっている世界で一番大事な相手の息遣いが気になり眠れなかった。ビスタークはずっとレリアの腹に手を当てていた。


 一夜明け、ニアタから自分がレリアについているので休むよう言われて渋々眠った。寝る前に聖堂でレアフィールへ祈りを捧げておいた。しかし飛翔神の能力は出産には関係ないことに加え、神は人間に関与してはいけないという決まりがある。それでも祈らずにはいられなかった。


 次の日も同じように過ぎた。段々痛みが強くなるようで、前の日より余裕が無くなり顔色もより悪くなっている。


 更に次の日にようやく出産となった。破水したので慌ててニアタへ知らせに行った。ベッドの横で手を握ることを許されたビスタークは妻の今までに無い手の力の入りように驚いた。産婆が取りかかってからもかなりの時間が過ぎた。レリアは声が出せないため叫んだりせず静かなのだが、表情と呼吸だけで激痛であることが感じられた。


 ビスタークは妻の手を握りながらずっと神へ祈っていた。手を握ることと祈り、その二つしか出来ることがなかったのである。

お腹の出っ張った部分をさすると引っ込んだのは自分の経験からです。

胃が圧迫されて少ししか食べられないのも。




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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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