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盲目乃者  作者: 結城貴美
第13章 I'VE JUST SEEN A FACE
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111 手紙

 水の都(シーウァテレス)を去ることを決意したビスタークはまず借りている本を読んでしまおうと思った。さっさと読んで返さなくてはならない。全部読まずに返すのはなんだか気が引けたのだ。手話の本を読んでいくと以前レリアに伝えられた動きが書かれていた。意味は「好き」であった。最初のほうに書かれていて知った意味と繋げると「私はあなたが好き」となる。つまり、あの時に手話で告白をされていたのである。


「そんなのわかるかよ……」


 向こうも通じないとわかっていてやったのだろう。あの時彼女は笑顔であった。おそらく自己満足だったのだろう。それが今ビスタークの心を苦しめているとは思っていないに違いない。


 何故こんなにも苦しいのか。離れる決心をしたというのに自分でもわからない。想いに応えることができないからか、彼女に嫌な思いをさせるからか。

 ただ、自分と一緒になっても幸せにはなれないと思っている。それに破壊神神官として大事な役割もあるだろう。想いに応えたとしても双方にとって良い結果になるとはとても思えなかった。



 その後の訓練ではフレリへの指導を厳しくした。早くスヴィルを倒して欲しかったからだ。倒してくれれば指導は終わり、遠慮なく水の都(シーウァテレス)から出ていくことができる。急な厳しい指導にもかかわらず、フレリは望むところだとばかりについてきた。レリアはまた上の階から訓練の様子を見下ろしていた。はっきりと見たわけではないが少し悲しそうな表情をしているように思えた。


 仕事はスヴィル達がうるさいが神官見習い達よりマシだと考えて元の仕事に戻した。そのおかげで顔を合わさなくなった。しばらくの間は。


 ある日のこと。仕事を終えて宿舎の男子棟へ戻ろうとしたところでエクレシアが目の前に立ち塞がった。無視して通り過ぎようとしたのだが邪魔された。


「……邪魔だ。どいてくれ」

「どかないよ。あんたに渡したいものがあるから」

「渡したいもの?」


 エクレシアは無言で手紙を渡してきた。


「確かに渡したよ。ちゃんと読んでよね!」


 そう言いながら彼女は去っていった。渡された手紙には見覚えのある字で「レリア=A=フォスター」と書かれていた。


 やはりミドルネームの頭文字を教えてきたのには意味があったのか、と思う。そうなると、自分がフルネームを書いて渡したことは結婚の約束をしたことになるのでは、と気付いた。もしそう思っていたなら、結婚すると言っておいて裏切ったことになる。自分が酷い男だという自覚はあるが、一度喜ばせておいてどん底へと落とすのは胸糞悪い。キナノスが殴るのも当然であった。


 取り敢えずその場では読まずに一度部屋へと戻った。夕食をとりに食堂へ行き、風呂など寝る準備をしてからベッドへと腰掛ける。そこまでしてから、ようやく手紙へ手をつけた。手紙以外にも何か入っているようで重みがあった。


 恋文を想像していたがそうではなかった。謝罪と感謝と心配の手紙だった。自分が倒れたことで面倒をかけて申し訳ないと改めて謝っていた。何回目だろうか。そんなに謝らなくていいと言いたかった。そして同じく面倒をみてもらったことへの感謝の言葉が続く。悪い男達から助けてもらったこと、食べたいのに禁止されていたものを食べさせてもらってとても嬉しかったこと、仕事中に倒れて医務室へ連れていってもらったことへの感謝だ。


 恋文らしき文面が出てこないことに安堵して読み進める。次に書かれていたのは自分が嫌われたのではないかと心配している内容だった。たくさん迷惑をかけたので、そのため嫌われていてもおかしくないと。その思い悩んでいる様子に心が痛んだ。


 その次に書かれていたのはビスタークに対する心配の言葉だった。


【楽しそうに笑っていたはずなのに次の瞬間何か思い出したかのように、悲しそうな、厳しい顔をしているように思えます。貴方は何を抱えているのでしょうか。貴方が自分の幸せを諦めているように見えて心配です。私はこれでも神官を目指す身。悩みがあるのでしたらどうか練習に付き合うと思って、私にお聞かせくださいませんか】


 心の中を見抜かれたような気がした。動悸が高まって汗が出てくる。頼むから古傷をえぐらないでくれ――と苦悶の表情を浮かべそう願った。

 まだ手紙を全部読んでいないのにその先へ読み進めることができない。何度か深呼吸をし、まずは全部読んでから考えるべきで今は悩む段階ではない、と自分自身を落ち着かせようとする。


【このまま貴方がここから黙って去って行ってしまうのではと危惧しています】


 先を読んだらより動揺してしまった。心を読む神の石でも持っているのではないかと疑いたくなる。そんな力を持つ石など聞いたこと無いが。


【もし悩みを相談してくださる気があるのなら同封した鉢巻きを頭に巻いて訓練に参加してください。それを確認したらお話を聞きにうかがいます】


 ハチマキってなんだ、と思い同封されていた物を取り出した。自分の髪と同じ色をした長い帯が入っていた。闇の都(ニグートス)の地方では集中力を高めたり気合いを入れるため額に巻く風習があるのだと書かれていた。


「これを頭に巻けって?」


 巻くこと自体は別に構わないが話を聞かせるとなると……と思うと同時に簡単なことに気がついた。幼少期の事件で人を殺しているという事実を話せばきっと自分のことが恐ろしくなり向こうから離れていくだろう、と。何故今までそう思わなかったのかと考えて嫌われたくなかったのだったなと思い返す。結局、嫌われるのが一番良い方法じゃないかと自嘲した。


 次の日の訓練にはレリアから贈られた長い帯を額に巻いて参加した。ちらっと確認すると、女子棟の窓にレリアの姿が見えた。そばにエクレシアもいる。今日は講義が無いのだろうか、何やらレリアをからかっているようにも見える。嫌な予感がした。


 昼食をとりに食堂へ行くと、そこでレリアが待っていた。そしてその後ろには彼女の家族が待ち構えていた。予感は当たった。無視して通り過ぎたかったが向こうがそれを許してくれるはずもなかった。レリアが大変申し訳なさそうに肩を竦めて頭を何度も下げている。キナノスはものすごい表情をして威圧感を醸し出している。エクレシアは好奇心を隠せない様子である。ストロワは穏やかであった。


 こんな大勢いる場所でする話ではないと思い、そのように伝える。するとストロワが神殿で手続きして会議室を借りてきた。静寂石(キューアイト)が備え付けてあるので防音も完璧らしい。例えレリアと二人だけだったとしても、食堂のような大勢の他人がいる中で自分の殺人歴を公表したくなかったのでそれは有難いのだが、保護者たちが全員ついてくることになってしまった。


「お前ら、講義は……?」

「レリアから聞いてるんでしょ、ここで六つ目だって。あと必要な講義はちょっとしかないし、もう後は試験待ちだよ」

「あー……」


 確かにレリアが以前「それぞれの地域の問題だけは最初から勉強しなくてはならない」と紙に書いて見せてきたことがあった。つまり他の試験問題は他の都と大して変わらないのでそこまで勉強しなくても大丈夫なのである。


「こんなに大勢の前で話すつもりは無かったんだが……」

【本当にごめんなさい!】

「……こいつらが勝手についてきたんだな?」


 レリアは予め謝罪の文字を大きく書いておいたようでずっとそれを出しっぱなしにしていた。そして泣きそうな顔をして頷いた。


「お前とレリアを二人きりにするわけにはいかないからな」


 キナノスが恐ろしい形相で睨んでいる。


「別にあたしは反対はしてないけどあんたがどういう人間か見極めないとならないから」


 エクレシアはそういう理由だと告げた。


「私は何か揉め事が起きないようにと思ってね」


 ストロワはすまなそうな表情でそう言った。


 ビスタークは大きく溜め息をついた。しかしどうせ嫌われる為に人を殺していることを伝えるつもりだったのだ。家族も一緒に聞いたほうがこんな奴と仲良くさせるわけにはいかないと引き離してもらえるだろう。その方が好都合だ、と考えることにした。

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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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