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盲目乃者  作者: 結城貴美
第13章 I'VE JUST SEEN A FACE
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109 搬送

いつもお読みいただきありがとうございます。

地味に少しずつ読んでいる方がいらっしゃるようで嬉しい限りです。

 面倒なことになったとビスタークは思っていた。スヴィルに勝った後、今度は女性神衛兵(かのえへい)見習いのフレリからつきまとわれる羽目になったからだ。彼女はスヴィルに勝つことを目標としているため、ビスタークを手本にしたいらしい。


「あいつ、力は強いが、身体が大きくて重いから速さはお前のほうが上なんじゃないか。あとは剣技だな。それで翻弄してやれば勝機はある」


 負けて落ち込んでいるスヴィルから離れたところで聞かれないように説明してやった。フレリも水の神衛兵見習いでどうやらスヴィルとは幼なじみらしい。藍鼠色の長い髪をポニーテールにしていて身長は女性にしては高くすらっとした体型である。その日はつきっきりでフレリの相手をすることになってしまった。気がつくとレリアはもう窓から見ていなかった。おそらく疲れたか体調が悪くなったかして部屋に戻ったのだろうと思った。その日の訓練は昼休憩と午後の部もこの幼なじみ組に振り回されて終わった。


 訓練が終わると仕事の時間である。聖堂から下ろされたばかりの水源石(シーヴァイト)が入った木箱を運ぶ仕事だ。数を数えて袋や木箱に入れる作業をしている場所から流通専用の地下運河の倉庫まで運ぶ力仕事である。


 木箱のある場所へ行くと、レリアが水源石(シーヴァイト)の入った袋を数えて木箱に入れているところに出くわした。気付かれないようにしようと思い、そうっと木箱を持って去ろうとしたが気付かれてしまった。彼女はパアッと笑顔になったが何故かすぐ沈んだ表情になった。また具合が悪くなったのかと思い、仕方なく声をかけることにした。


「体調は大丈夫なのか?」


 そう言うと表情が明るさを取り戻した。レリアは頷いた。


「具合が悪くて講義を休んだんじゃなかったのか」


 レリアは何か言いたそうにして書くものが周りに無いか探している。


「別に返事しなくていい。仕事中なんだから後にしろ。じゃあな、無理すんなよ」


 そう言ってビスタークは仕事に戻った。


 水の都(シーウァテレス)の地下深くには天からの霧状の滝が染み込んで自然に生成された湖がある。そこから利用しやすい場所に運河を造って川まで繋ぎ、他の町への交易用の地下港として利用している。地下へ荷物を運ぶためには階段を使わなければならない。建物の高さに換算すると二十階くらいの深さである。当然大変な力仕事であるため、神衛兵見習いはこの仕事を手伝わされることが多い。人手はいくらあってもいいからだ。


「やっぱりビスタークもこの仕事か」


 スヴィルの声であった。フレリもそばにいる。ビスタークはうんざりした。訓練だけでなく仕事場でも一緒だとは。一日中こいつらの相手をしたくないと一瞥して無言で去ろうとした。


「おいおい、なんか言えよ!」


 スヴィルがビスタークの肩を掴んでそう言ってきたので仕方なく応えた。

 

「……地元民なのになんでこんな仕事してんだよ。お前ら宿舎を利用してるわけじゃないんだろ?」


 神衛兵や神官の見習い達は宿舎の代金を払うためにこういった仕事をしている。


「良い小遣い稼ぎになるんだよ」

「地元の見習いもみんなここで働いてるよ」

「行商人だって荷運びを募集してるだろ」

「だってあっちは登録場所が街中で遠いじゃないか」

「ここだと神殿内で済むから楽なんだよ」

「……」


 それは知らなかった。次は別の仕事を紹介してもらおうと思い、ため息をつきながら階段を上り戻る途中で気がついた。木箱を運ぶ開始地点にはレリアがいることに。

 急いで階段を駆け上がってもスヴィルはおそらく面白がって追いかけてくるだろう。遅く行こうとしても無理矢理連れて行かれるだろう。例え置いて行かれてもスヴィル一人でレリアへ絡みにいくかもしれない。それならまだ自分も一緒にいたほうがマシではないだろうか。ある程度の覚悟を決めて戻った。場所を移動してくれていたらいいのだが、という願いも届かずレリアは先程と同じ場所で数を数えていた。スヴィルが気付かないことを願ったがこの願いも打ち砕かれた。


「あっ、あの娘じゃないか!」


 ビスタークは心の中で舌打ちした。紹介しなくて済むように勝負することになったのに全く意味が無かったではないか。スヴィルが足音を立てながら近づいて行くので何事かとレリアは振り向いた。その表情は驚きと恐怖で固まっていた。


「よう! 今日上から俺たちのこと見てただろ。俺はスヴィル。こいつとは仲良くなったんだ。だから俺とも仲良くしようぜ!」

「バカ! この子怖がってるじゃないか、やめな!」


 勢いよくレリアに絡むスヴィルの鳩尾にフレリが肘鉄を決めた。


「ぐはっ」

「このバカがうるさくしてごめんね。……大丈夫?」


 レリアの顔色が悪くなっていた。

 

「大丈夫か?」


 スヴィルとフレリの後ろからビスタークが顔を出すと安心したように少し笑ってからレリアは気を失った。座っていた椅子から落ちかけたのをビスタークが慌てて支えた。


「バカ野郎! こいつは虚弱で緊張状態から解放されると気絶する体質なんだよ! お前が驚かすから! だから紹介したくなかったんだよ!」

「……ごめん」


 スヴィルは本当に悪いと思っているようで大きな身体をすぼめている。少々八つ当たりをした気もするが、今はそれどころではない。説教はフレリに任せてビスタークはレリアを横抱きにし教えられた医務室へと急いで連れて行った。運んでいる最中も声をかけて意識の回復を促したが反応しない。血の気が引く思いで医務室へと入った。ビスタークがその場にいた医者へ状況を説明し、ベッドへ横にしたところでようやくレリアの意識が回復した。


「はあ……良かった……。本当に心臓に悪い……」


 レリアはまだぼんやりとしていた。状況がわかっていないのかもしれない。


「大丈夫か?」


 こちらを見ているようで、どこか遠くを見ているような目をしていた。


「おい、しっかりしろ。俺がわかるか?」


 このまま消えてしまうのではないかと心配になり焦りながら声をかけた。段々目の焦点が合ってきてビスタークと目を合わせてまた困ったような笑みを浮かべた。そして何かを探すようなそぶりを見せた。筆談の為の筆記具を探しているのかもしれない。しかしまだ起き上がるには早いだろう。


「家族の誰か、ここに来るか?」


 そう質問すると頷いた。


「いつだ? 仕事が終わる時間か? 命の刻に変わる辺りか?」


 また頷いた。


「もしかして、あいつらもここで働いてるのか?」


 レリアは少し笑って頷いた。


「それなら探して伝えといてやるよ。しばらく休んでろ」


 レリアの家族を探して仕事へ戻らなければならないので医務室の職員に任せてその場を去ろうとした。職員にはレリアが喋れないことと家族に連絡することを伝えた。もし家族に連絡が取れなかった場合は仕事が終わり次第、自分がここに来るということも。


 先程の場所へ戻るとスヴィルが元気なく待っていた。フレリはいなかった。おそらく仕事に戻ったのだろう。


「あの娘、大丈夫だったか? ……ごめん、俺のせいで……」


 スヴィルは項垂れている。気になって仕事どころではなかったのだろう。悪い奴では無いんだがなと思いながら言った。


「意識は回復したがしばらく休ませることになった。これから家族を探して伝えに行くところだ。謝るなら家族のほうに謝ってくれ」


 一人で伝えに行くのは気が引けたので巻き添えとしてスヴィルを連れていこうと思った。何を言われるか気が重かったが、一人で集中砲火を浴びるよりは二人のほうが向こうの当たりも分散するだろう、などと無責任なことを考えた。


 荷運びは体力と筋力が必要な仕事のためキナノスやエクレシアは石を数えて小袋や箱に入れる仕事をしているだろうと思った。数え作業をする部屋はそれなりに広かったが端のほうにキナノスの姿が見えた。エクレシアも離れた別の端にいるのが見えた。エクレシアのほうが言いやすいとは思ったがキナノスのほうが近かったこと、女性の場合スヴィルが余計なことをするかもしれないと考え怒りを買うのを覚悟してレリアのことを報告しに行った。


「レリアが気絶? ……まあ、意識が戻ってるなら問題ない。いつものことだしな。頭をぶつけたりはしなかったんだな?」


 キナノスは意外と普通の反応だった。


「あ、ああ。咄嗟に支えたから大丈夫だ。医務室で休んでるから仕事が終わったら寄って連れて帰ってくれ」

「すみません、俺が驚かせたから……」


 スヴィルは心から謝っているようだった。


「誰だ?」

「訓練で一緒になった神衛見習い。レリアに気があるらしいぞ。昨日図書館でナンパしようとしてた」

「ちょ、言うな!」


 キナノスはそれを聞いて顔色を変えた。スヴィルの顔を睨んでいる。


「じゃ、俺はこれで」


 ビスタークはスヴィルを置いてさっさとその場を立ち去った。


「詳しく聞かせてもらおうか……」

「待て! 俺を置いていくな!」


 凄んだような声と助けを求めるような声が聞こえたが聞こえないふりをして足早に仕事へと戻った。


 戻った先にはフレリがいた。一仕事して戻ってきたところのようだ。


「さっきの子、大丈夫なの?」

「ああ、まあなんとかな。家族にも伝えてきたから大丈夫だろ」

「スヴィルは?」

「一緒に謝りに行ってあっちで捕まってる」


 そう言ってキナノスの方を指差した。


「一緒に行って、なんであいつだけ?」


 怪訝な表情でビスタークを見る。


「余罪があったからな」

「余罪?」

「向こうに聞いてくれよ」


 面倒だったので説明を向こうに丸投げし、荷運びの仕事へと戻った。絡んでくる者がいなくなったことにせいせいして仕事を終わらせた。

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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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