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盲目乃者  作者: 結城貴美
第2章 DO YOU WANT TO KNOW A SECRET
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010 希望

 フォスターが神殿に話をしに行った頃、また外から人が訪れた。隣の友神フリアンスの町へ買い出しに行った町民の馬車に同乗して来た者がいたのである。隣町、と言っても本来は馬車で二日かかるほどの距離だ。しかしその町民は急いでいたので往復三日という無理をしていた。

 

 この飛翔神の町(リフェイオス)と隣の友神の町(フリアンス)の間には山脈がある。世界の果ての崖から延びている山脈だ。リフェイオス山脈と呼ばれている。この山脈があるため町はより陸の孤島となっている。

 道というほど整ってはいない山道を乗り心地の悪い馬車でガタガタと揺られながら進んでいくと、山脈を抜け町が見えてくる。


「はあー、あれが世界の果ての崖ですか。遠くからぼんやりとは見えてましたけど、こんなに近くでは初めて見ましたよ。上の方は霞んで見えないんですねえ」

「ただの崖だよ。何の役にも立たないし、特に邪魔なわけでもない。こんな何にもない辺境に医者の先生に来てもらえて本当に助かるよ。急がせてすまなかったね」

「いえいえ、そういうところへ行くのが旅の医者のつとめですから」


 ジーニェルの店の年配の常連が隣町で旅の医者を捕まえて連れてきたのだ。その医者を名乗る男は背が高く、長めの金髪を束ねて左肩に乗せており、開いているのか閉じているのかわからないような細い目に丸い眼鏡を掛けていた。年齢は三十いっているかどうかくらいの見た目である。


「着いた。ここだよ」


 店の前で馬車を停め、扉を開けた。


「おーいジーニェル! 仕入れしてきてやったぞ!」

「あらオルディ、ありがとう。ジーニェルならそろそろ戻ってくると思うわよ」

「ああ、そうか。ちょうど運良く旅のお医者様がいてよ、ついてきてもらったんだ。この前の傷を診てもらったらいいと思ってな」


 そう言って医者の男を紹介した。


「この人だ。医者のいない町をまわって患者を診てくれるって……」


 と言いかけたところでジーニェルとリューナが戻ってきた。ジーニェルは最愛の娘である目の見えないリューナと一緒に歩くためにと手を繋いでいるのでものすごく口元が緩んでいる。


「ああ、オルディ悪いな、仕入れありがとう。随分早かったな」

「医者の先生を捕まえたので急いで飛ばしてきたぜ。肩の傷、診てもらいな!」


 医者と呼ばれた男がべこりと会釈をした。


「ザイステル、と申します。あちこち旅をしている医者です。名前、言いにくいと思うのでザイスとお呼びください」

「遠いところからどうもありがとうございます。お世話になります」

「ザイスさん、よろしくお願いします。良かったね、お父さん。早く良くなるといいね」


 リューナにそう言われて手を握られたジーニェルはとても嬉しそうだった。その様子を見ていたザイステルはリューナの様子に少し不思議そうな表情をした。

 

 この後、酒場のテーブル席は簡易診療所と化した。医者だというザイステルはジーニェルだけでなく、この機会を逃すまいと町中から集まってきた多数の患者を診療することになったのである。

 幸いジーニェルの傷は長いだけで浅いものであり、手当ても適切であったため化膿などは無かった。


 いつもなら夕方から店を開けるのだが、診療の終わった町民たちが店の中でくつろぎ始めたため急遽開店時間を早めることになった。

 診療特需のためいつもより客が多い。息子がまだ神殿から戻っていない中、三人は忙しく働くことになった。



 フォスターが家に帰ると何故か既に店が開いていて、リューナに怒られた。


「フォスター、遅ーい!」

「なんでもう店開いてんだ? まだ時間じゃないよな?」


 しかもいつもより混んでいて満席だ。普段は見ない顔もいる。


「ちょっと色々あって早く開けることになっちゃったの。お父さんもまだ肩の傷痛いんだから早く手伝って!」

「ごめん、すぐ入るよ」


 フォスターは慌てて身支度をする。長い紫の髪を後ろで一つにまとめながらジーニェルに聞いた。


「父さんなんで早く開けたんだ? 傷はいいのか?」

「ああ、お前のいない間に医者の先生を連れてきてもらってな、診てもらったから大丈夫だ」

「医者?」

「ほら、あそこの奥の……人がいて隠れて見えないか。なんでも旅をしていて、こうして医者のいない町を巡っているらしいぞ」

「へえ、良かったじゃないか」

「それでみんな診察してもらおうと集まってきてな、仕方がないから早く店開けたんだよ」

「ふーん」

「お前も具合悪いって言ってただろ。診てもらえよ」

「いや、もうだいぶ良くなったし俺はいいよ」


 フォスターはなんとなく医者が苦手だった。


 しばらく忙しく働いているとだんだん帰る客が増えていく。もう夜になっていた。最後の患者を診察し終わったザイステルが大きく伸びをした。


「はぁ~やっと終わりましたね~」

「先生、お疲れさまでした。リューナ、食事を運んでもらえる?」


 ホノーラが用意していた料理をリューナに運ばせた。店からのお礼の気持ちである。

 ベーコンと蕪のミルクスープにトマトベースの野菜煮込み、溶けたチーズがたっぷり載った鶏肉を焼いたもの、焼き立てパンというメニューだ。時の大神ティメロスの石である時停石(ティーマイト)で出来立てを保持してある。


「ザイス先生、こちらは店からです。父がありがとうございました」


 リューナがぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。美味しそうですね。いただきます」


 ザイステルが食事をしている間、リューナは他の席の片付けをしていた。ある程度片付けたところで店の常連に声をかけられた。


「リューナちゃんも診てもらえば?」

「えっ?」


 リューナが不思議そうに全く考えていなかったという感じの声を出した。


「私、別にどこも具合悪いところ無いですよ?」

「何言ってんだい。目だよ、目」


 そう言われ、初めて気がつく。


「あ……」


 一瞬考えた後、諦め気味に呟いた。


「でも、昔一度診てもらったけどダメだったし……」


 そこに食事を終えたザイステルがリューナに近付いて肩に手を置いた。


「診るだけ診てみましょうか。ね?」

「は、はい……」


挿絵(By みてみん)


 リューナは客席に座って診察を受けることになった。ザイステルは眼球を診察しながら不可解そうな声をあげた。


「うーん……本当に見えてないんですか?」

「はい、見えません。よく言われます……」

「もう夜なので暗くて見辛いのもあってはっきりしたことは言えませんね」


 ザイステルは少し考えてこう言った。


「……そうだ。今日の宿にと町外れの空き家を借りたのですが、明日明るい時に改めて診察しませんか?」


 この町には滅多に旅人など来ないので宿屋という物はない。神殿に頼むのが一般的だが、患者の中に空き家の持ち主がいたのでそういうことになったようだ。

 

 リューナは両親のほうをうかがいながらつぶやいた。


「でも……」


 そう言うとホノーラがリューナを見て許可をくれた。


「いい話じゃない。行ってきなさい」

「うむ」

 

 ジーニェルも肯定した。ザイステルはリューナと距離が近いんじゃないかと少し癇に障ってはいたが。


「大丈夫、きっと良くなりますよ」


 ザイステルがとリューナを安心させるように言った。

 

 洗い物をしていたフォスターは話を聞きながらビスタークに言われたことを思い出していた。目が見えないのは力を封じた不具合なのではと。それに加えてビスタークが死ぬときに外から来た人間を信じるなと言っていたことも。

 

 ――でも只の推測だし、リューナが破壊神の子だという確証は何もないし、ただ診察してもらうだけだし……。


 などと考えているとカウンター越しにリューナから話しかけられた。


「あまり、期待しないほうがいいよね」


 そう言いながらも表情は期待していた。


「ダメだった時にガッカリしちゃうもんね」


 口元が緩んでいる。それを見てフォスターは思った。


 ――お前が破壊神の子だなんて、きっと何かの間違いだよな。

挿絵は昔漫画同人誌に描いたやつです。



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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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