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盲目乃者  作者: 結城貴美
第13章 I'VE JUST SEEN A FACE
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107 親切

 ビスタークは屋台で氷菓子を一つ買い、使い捨ての木の匙を二つもらった。この地方は暑いため粘り気をだして溶けにくい工夫をしているのだそうだ。その粘りを出すために使われている植物の球根を粉末にした物は身体に良いのだと店主が言っていたので、身体の弱いレリアに食べさせることに対して少し罪悪感が薄れた。


 レリアは視界に入る場所で待たせていたのだが、氷菓子を受け取るほんの少しの間にまた男から話しかけられていた。レリアが笑顔を浮かべて筆談で応対していたので絡まれているわけではなさそうである。本当にただ話しかけられているだけのようだったのだが、それを見てビスタークは何故か苛立ちを感じた。


「待たせたな」


 急いで戻り談笑しているところへ割って入るかのように氷菓子をレリアに差し出した。一緒に買い物へ行けば良かったのだが、疲れや体力のことを考えて座らせたまま待たせていたのだ。


「すみません、教えてもらえて助かりました。では」


 そう言って談笑していた男は離れていった。それを見送りながら呟く。


「誰だ、あれ?」


 機嫌が悪い感じの声が出てしまい自分で驚いていると、レリアが紙に書いて説明してくれた。


【神殿の受付の場所がわからなかったそうで、大まかな地図を書いて渡したんです】

「なんだ、道案内か……」

【心配してくれてありがとうございます】


 何か見透かされたように軽く笑いながらそう書かれた紙を見せられた。しかし道案内でも他にいくらでも人はいるのにわざわざレリアを選んで聞いてきたのかと思うとやはりなんだか腹立たしかった。ビスタークはそんな自分の気持ちを誤魔化すように氷菓子を勧めた。


「早く食わねえと溶けるぞ」


 はっとしたようにレリアは木の匙を取って少しずつ食べ始めた。一口食べると匙を口に入れたまま目を見開いて感激しているようだった。美味しかったのだろう。何か言いたくて仕方がないようにビスタークを見ていたのが可笑しくて思わず笑ってしまった。


「言いたいことは大体わかるから気にしないで食えよ」


 面白がりながらそう言うと、レリアは頷いて少しずつ食べながらビスタークにも氷菓子を差し出した。一緒に食べろということだろう。甘いものは特に好きでも嫌いでも無いが、暑い中氷菓子を食べるのは気持ちが良い。遠慮無く食べた。何かの、おそらく駱駝と思われる動物の乳に甘く味付けがされているだけでなく、粘り気があるので腹持ちも良さそうだった。


「美味いな……」


 本心から出た声だった。きっと一人で食べたのなら美味いとは思わなかっただろう。人と一緒に食べるから美味いのだ。それが好意を寄せている相手なら尚更――そこまで考えて首を振る。このままでは駄目だ。さっさとこの付き添いを終わらせてレリアから離れないと彼女まで不幸にしてしまう。そう思った。

 

 レリアはビスタークが考えていることに気付いたのか、少し不思議そうにビスタークの顔を見つめていた。目が合うとにっこりと微笑んでから一口一口じっくり味わって幸せそうに氷菓子を食べていた。


 午後も図書館に付き添った。レリアは特に何事もなく順調に試験勉強をしていた。具合が悪くなったらどうしようかと思ったが、今回は大丈夫だったようだ。


 その間ビスタークは暇なので本を読んでいた。神に関する本である。飛翔神と破壊神の戦争に関することは大抵同じようなことしか書かれておらず、詳しいその後の詳細はわからないことが多い。空に浮かんでいたという飛翔神の滅んだ町は何処にあったのか、その後どうなったのかは知られていないのだ。神は人間の記憶を消すことができるので、不都合なことは人々の記憶から消してしまったのかもしれないと思った。


 神の子のことも本には書かれていない。一般人が出入りできる図書館にそんな本が置かれるわけないか、と考えた。おそらく大神殿の上位の者にしか閲覧できないような場所ならそういった本もあるのだろう。


 その後、暗くなり始めるより前にレリアを宿舎に送り届けた。まだ他の三人はまだ戻って来ていないようだったが、これ以上外で過ごしていると体調が悪くなるかもしれないからとレリアが自分から申し出た。後は部屋で図書館から借りた本を読みながらゆっくり過ごすつもりらしい。

 ビスタークは安堵した。これ以上は関わらないようにしようと思っていたからだ。宿舎の女子棟まで送り届けて去ろうとすると服を掴まれた。


「なんだ?」


 振り向くとレリアは紙に書いた文字を見せてきた。


【昨日に続き今日もありがとうございました。また会えますか?】


 ビスタークは首を振った。


「俺みたいな奴にあまり関わらないほうがいい。今日は命の恩人の頼みだから付き合っただけだ。もう会わないほうがいい。お前が不幸になるぞ」


 それを聞いてレリアは首を傾げ不思議そうな顔をして紙に文字を書いた。


【どうしてですか? 貴方はこんなに優しいのに】


 ビスタークはそれを見て衝撃を受けた。


「そんなこと、初めて言われたぞ……」


 喋れないのだから正しくは「言われた」わけではないがそんなことはどうでもよかった。優しい? 自分が? 考えたこともなかったその言葉に頭が混乱する。その間にレリアはまた文字をたくさん書いていた。

 

【優しいですよ。とても親切です。何度も助けてくれましたし、倒れたところを介抱してくれましたし、歩くのが遅い私の歩調に合わせてくれましたし、私のわがままも聞いてくれました】

「いや、そのくらい普通だろ」

【そんなことないです。イライラし始める人や舌打ちする人もいますよ】

「それはそいつがおかしいんだ」


 そんな奴がいるのかと会ったこともない相手に怒りがわいてくる。レリアはビスタークのことを優しいと筆談で言い張り、しばらく押し問答となってしまった。彼女は意外と頑固で自分の主張を曲げなかった。


【とにかく、あなたは優しい人です。だから、またお会いしたいです!】


 ビスタークは一見気が弱そうに見えるレリアが一歩も引かないことに根負けした。積極的に会うつもりは無かったが、同じ宿舎にいるのだからと否定するのをやめた。


「わかったわかった。まあここにいる限りは会うこともあるだろ。じゃあな。身体に気を付けろよ」


 ビスタークがそう言うと、レリアは一礼した後に手話で何か伝えてきた。しかしもちろんビスタークにはわからなかった。レリアも伝わらないことは知っているはずだが、笑顔で再度一礼された。たぶん感謝の言葉か別れの挨拶かそんなところだろう。後ろを向き軽く手を上げてその場を離れた。振り返ろうとはしなかった。


 その後、都の中をあまり見ていなかったことを思い出したので街中を散策した。色々な店がある中で服屋の商品に目がいった。スカーフだ。詰襟のような服が喉を絞められるようで嫌なら、これをふんわりと巻いて傷を隠せばいいのではないかと思った。関わらないようにしようと決めたばかりなのにそんなことを考えている自分が可笑しかった。自嘲しながらその場を離れた。


 宿舎へ戻ると借りた本を読み始めた。手話の本だ。別にレリアと会話するために覚えようとしているわけではない。あの色々隠し事の多い他の三人が手話でやり取りする内容を知ろうとするだけだ。あくまでも情報収集の為でレリアの為では無いと自分に言い聞かせ読み始めた。


 言葉から動きを探すのは楽に探せるが、動きから意味を本で探すのは難しい。それでも先程のレリアの手話の動きのうち、「私は」と「あなたが」はすぐにわかった。本の始めの方に書いてあるからだ。まあそのうちわかるだろうと考えて今日のところは読むのをやめた。

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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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