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盲目乃者  作者: 結城貴美
第13章 I'VE JUST SEEN A FACE
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106 図書館

 図書館へ行き二人分の席を確保した。本も一緒に探し、高い位置にあったものは取ってやった。主に水の都(シーウァテレス)での試験に出るというこの地域に関する本だった。


 席へと戻らせた後は自分の暇潰し用の本をレリアが視界に入る範囲内で探した。ふと手話の本が目についた。なんとなくレリアの前で読むのは躊躇われたので借りることにし、貸出手続きをしてから持っていた袋に仕舞った。それから今この場の暇潰しで読むための本を二冊見繕って隣に座る。


 レリアは真面目に勉強していた。横から見ていて真剣に取り組んでいる姿が綺麗だと思った。しかしそう思っただけで、彼女とどうにかなろうとは考えていなかった。幸せになれるはずもない自分が人を幸せにできるはずがないのだ。レリアを不幸にはしたくない。下手に手を出す気もなかった。ただ、今一緒にいるのが楽しい。それだけで良かった。


 暇潰しに持ってきた体術の本をパラパラとめくって確認したところ二冊とも知っていることしか書かれていなかったのでまた別の本を探しに立ち上がった。再度本を探しているとレリアに水色の短髪男が近づいていくのが見えた。警戒してすぐそばまで来てみるとやはりその男はレリアに絡んでいた。よく男に絡まれるな、と思いつつ男を引き剥がしに向かった。


「俺のツレに何の用だ?」


 レリアとの間に割って入り男に睨みを利かせた。図書館を利用するのは神官見習いのような力が弱そうな男だろうと思っていたが、その男は筋肉質でビスタークより身体が大きく神官というより神衛兵(かのえへい)見習いのような体型をしていた。


「ああ? 引っ込んでろよ。邪魔だ」

「邪魔なのはお前だ。女引っかけるなら別の場所でやれ。ここは本を読むか勉強する場所だ」


 レリアはビスタークの後ろへ隠れるようにしてすがりつくように服の背中部分を少しだけ握っている。その様子を見て本当に「ツレ」だということがわかったようだ。


「ちっ、そうかよ。悪かったな」


 そう言って男は図書館から出ていった。


「大丈夫か?」


 図書館の中なので小声で聞いた。


【一緒にいてもらえて良かったです。よく絡まれるんです。弱そうに見えるからでしょうか。まあ実際に弱いんですが】


 弱そうに、ではなく大人しそうな美人だから押せばいけると思われているに違いない。おまけに声が出せないから助けを呼ぶことも出来ないのだ。ストロワが心配するはずである。自分のような者でも護衛になるのなら誰もいないよりマシだったのだろう、と思った。悪い男共に声を出せないことがばれないように首の傷を隠した方がいいのではと筆談で提案したが、詰襟のような服は首を絞められるような感覚があって何かのトラウマなのか恐怖の感情に囚われるのだと説明された。

 

 ビスタークは他に不審な男はいないか周りを見てからまた本を探しに行った。何か良さそうな本は無いかと探していると、ふと古語辞典が目に入った。何気なく手に取りパラパラとめくる。気がつくとこの世界の文字の「A」にあたる文字の項を見ていた。「A」はレリアのミドルネームの頭文字だ。我に返り辞典を閉じ、元の棚に戻した。なんでこんな行動を取ったのか自分でもわからなかった。ミドルネームの頭文字から名前をつけて相手に贈ることは結婚するということである。心の奥底でレリアと結ばれたいなどと自分は思っているのか、と焦る。軽く溜め息をつくとまた別の本を探した。


 そうこうしているうちに昼となった。昼食を採りに神殿内の食堂へ戻るかとレリアに聞くと、歩くのが遅く戻るのに時間がかかるので近くの屋台や店で済ませたいとのことだった。ビスタークとしては午前の講義が終わったキナノスとエクレシアに食堂で会えないかと思っていた。いつまで付き添えばいいのか聞きたかったのだ。レリアと一緒にいるのは苦では無いが、自分が変わっていく感じが少し怖かったのである。


 しかしレリアの歩くのが遅いのは確かだ。時間を無駄にしないためには仕方ない。図書館の近くで何かないかと探すことにした。座って落ち着いて食事できるほうが良いのではないかと思ったが、レリアは屋台を指差した。


「? あれが食べたいのか?」


 平べったい丸いパンを二つに割き、中の空洞に好きな具材を入れて食べる、この辺りでは定番の普通の屋台である。レリアは頷いた。


「お前が食べたいならいいけど……」


 レリアの表情は嬉しそうであった。普段食べる量が少ないなら本人の食べたい物を与えた方が良いだろう。この地域独特の味がする冷たいお茶も購入し図書館前の広場のベンチに横並びで座り、四種類購入したうちレリアが選んだものを渡した。どれくらい食べるのかわからないので様子見だ。自分は三つくらい平気で食べられる。もし足りなければ追加で買えば良いのだ、と考えた。レリアは食べ始めると笑顔になった。気に入ったらしい。


「しっかり食べて体力つけろよ」


 レリアは頷いて片手で何か取り出そうとし始めた。メモを出して書こうとしているようだ。


「何か伝えたいことがあるのはわかった。でもそれ全部食べてからにしろよ」


 そう言うと恥ずかしそうに頷いた。こんな時に手話がわかれば手話で伝えられるのかもしれないが、ビスタークに通じないことがわかっているから筆談しようと思っているのだろう。


 レリアのひと口が小さいため中々減っていかないが、全部食べきった。ビスタークはその間に二つ食べ、時間を余らせていたが。もう一つ食べるかと聞いたが首を振って断り、結局予想通りビスタークが食べることになった。その間にレリアは紙束と鉛筆を出して文字を書いていた。


【屋台の食べ物を食べたことが無かったので初めて食べられて嬉しかったです】

「え、そうなのか? だから食べたがってたのか。食べたこと無いってなんでだ?」

【衛生的に良くないとかそんなことを言ってました】


 ビスタークの頭にキナノスの顔が浮かんだ。


「あー……お前の兄さんその辺うるさそうだな」

【そうなんです】

「まあ、お前の身体が弱いから神経質になってるんだろ。……ん? それじゃ俺が食べさせたことを知られたら、物凄く怒るんじゃねえか?」


 面倒事は嫌だなと思っているとレリアが文字を書いて見せてきた。


【なので、秘密にしてくださいね】

「当たり前だ。バレたらめんどくさそうだからな。だけど、お前が腹壊すとばれるからな」


 そう言うとレリアはハッとしたような顔をして字を書いた。


【がんばります】

「そうしろ。せっかく食べたのに下したんじゃ体力付かないだろ」


 ビスタークは続けて独り言のように言った。


「うーん、腹が弱いんじゃ氷菓子とか無理か……」


 レリアはすかさず書きなぐった。


【食べてみたいです!】

「やっぱり食べたこと無いのか。でもなあ」


 都のような大きな町には氷石(イルヤナイト)を利用して作られた氷菓子の屋台が出ていることが多い。屋台の物を与えられなかったのなら食べた経験が無いだろうと思っていたが、体調不良になるようでは困る。


【私が無理にお願いしたって言えば大丈夫です】

「大丈夫ではないだろ」

【ダメですか?】


 レリアは悲しそうな顔をしてそう書いた。そういう顔をされると自分が悪いことをしているようではないか。軽くため息をつくと仕方がないという感じでこう言った。


「お前一人で全部は食いきれねえだろ。二人で一個を分けるんならいいぞ」


 表情がぱあっと明るくなった。そんなに食べたかったのか。子どもっぽくて笑ってしまう。こんな風に笑ったのはいつぶりだろう――と考えて我に返る。自分は幸せになるべきではない。浮かれるな、と自分を戒めた。

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作者Xfolio
今まで描いてきた「盲目乃者」のイラストや漫画を置いています。

作者タイッツー
日々のつぶやき。執筆の進捗状況がわかるかもしれない。
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