彼女は今日のパーティーで話されたスピーチに、大変驚かされました
『登場人物達』の名前の頭文字 は結構気を使ってます。
ずばり顔とかのランクそのもの的な形です。
皆ラストネームも有るのですが、ややこしいので最低限に割愛してます。
あまり生かされていない設定なのですが。だからこんな名前の子達になってます。
「芸術の秋! いい言葉よねっ! 」
「ええ、仰るとおりですね、トリス先輩。試験前でなければ」
一段高くなっている教壇の下にある台の上に立って、腰に手をあてて服の上からでも膨らんでるのがよく分かる胸を反らせながら、キラキラ輝く笑顔でそう言ってくるトリス。
その体勢は俺にとってとっても目に毒だし、そこに立たれると身長が逆転するから、切実にやめてほしかった。
授業も本格的に再開したある日の安息日。俺は珍しく呼び出してきたトリスの元へと向かっていた。色々あったせいで、少しだけ期限を超過してしまった夏季休暇の課題の再提出も終わり、さあ試験勉強をするぞという日にである。
正直色々な点で悩ましかったが、結局の所トリスにお呼ばれした際に、先約がなければ俺は行かない選択肢はなかった。これはもう考えるとかではなく、そういうものなのだ。
「私、自慢だけど、去年の学園内のコンクールでは絵も小説も大賞だったのよねぇ」
「素晴らしいですね」
実際の所文化的な活動をする学園生は多く、音楽や絵画など多くの部門を持つコンクールが毎年秋の精霊の降誕祭前に行われる。時期としては試験の少し後という頃で実質的に夏の間に作成するものだ。事実夏の間学校で作成していた人もいるようだ。
そこで彼女は何年かぶりの1年生での二冠を取ったとのことである。
トリスは「応募人数が少ないからよ」と言うが、本当に彼女の書く絵や話は人気がある。門外漢の俺には聞きかじった程度だが、芸術性は低いけどとにかく大衆受けが良いものを題材にして書かれるそうだ。
小さい頃に約束した《トリスが見せてくる作品以外は見ない》を守っているので、詳しくは知らないが。ファンレターの入った箱は枕ほどの大きさなのに、もうすぐ溢れそうなほどで。
なんでもご婦人や若い女性の間では新作を待ち望む声が跡を絶たないのだという。
俺は勿論、去年の彼女の受賞作は学園生なら誰でも読めるので目を通している。あまり良さはわからなかったけれど
「今年はやっぱりマイブームの塑像をって思ったのだけど、先生から今年も期待してるって言われちゃったのよ」
「まぁ……仕方ないのでは?」
そしてその反面なのか塑像の完成度は、素人目に見ても『学生が授業で作っています』というレベルだ。決してすごく下手というわけではないが、別に秀でているとは思えない。
将来は彫刻家になる!! みたいな夢に邁進しているわけではなく、最近興味を持って始めてみたからだ。
先生方もトリスの将来の進路までとは言わなくとも、持たせるべきは石膏や粘土ではなく、筆かペンであるという認識なのだろう。正しい判断と俺も思う。
今日も試験勉強で使う人向けに開放されている空き教室に呼ばれた時点で、塑像の線はないと思っていた。かと言って買い物の荷物持ちなら外で集合だし、何の用事であろうか?
「実は去年の作品は絵も小説も入学前に書いたのを手直ししただけ。そんな時間もかけてないの。色々忙しいし今年は一枚絵ですますつもり」
「……何を描かれるのですか?」
こちらを見た彼女の瞳が輝いたような気がしたので、正直半ば以上に予想はできているが、一応聞いてみる。
「勿論、今年のハンカチ得票数の上位5人……3、いや作画コスト的に2人かしら? テーマは学園の双璧ね!」
「要するに、アルベルト殿下とバクスター先輩ですね」
案の定というか、いつもどおりのトリスだった。なんともまぁ元気なことであり。相変わらずだった。彼女は本当に気合を入れる時はこうだ。
「王家を描くのは黒に近いグレー、でも学園生の間は学生の勉強なのでセーフ! その特権期間中に描いておかないとね!」
将来空きページを埋めるのに使えるわ! などとわけのわからないことを言い始めるトリス。最近は落ち着いていたが、またいつもの発作が始まってきたようだ。
頬に紅がさし鳶色の瞳を輝かせる。大きく動かす手足に合わせて、襟足で揃えた曰くショートボブというスタイルの栗色の髪が揺れる。そんなトリスは本当に綺麗で、だからこそ彼女がアルベルト殿下のことや、他の人のことを考えていると────
そこまで考えて俺はふと気づいた。こんなに色々悩んでいるときでも、やはりこの気持ちは変わらないのだと。
色々下手なりに考えては見たものの。ある意味では最初から自分の中では答えは出ている。もうしょうがないのだって。
心の痛みと共に痛感できてしまった。
「それで、何をすれば宜しいのでしょうか? 」
肩をすくめながら、俺はそう尋ねる。
わざわざ呼び出すくらいだ。興奮してアルベルト殿下のことを語りたいのならば友人のところに行くであろうし。
この試験前の期間に、俺の成績があまり良くないことを知っているのに呼び出したのだから、大事な理由があるのだろう。きっと。
「あれ? 言ってなかった? 実はね、プ────」
「あっ! リッキーこんな所に居た!!」
風を切る音と硬いものが何かに当たるような大きな音を立てて開いたドア。そこからこの教室を覗き込んでいるのは、ひょこりと顔を出したアレラーノだった。
まあ、見る前にわかる、俺をリッキーと呼ぶのは彼女だけだから。
「……アリス・アレラーノ!?」
「何のようだよ、アレラーノ」
「えぇー? 今日は皆来れる人で教室に集まって勉強しよっ! って決まってたでしょぉ?」
確かに、何時ものメンバーがそんな話をしていたのは小耳に挟んだ。だけれども、俺は一人でないと勉強ができない。集中できないのだ。
ギリギリで誰かに教えてもらうという形での2人くらいで、皆で見張りながら広い所で勉強するのは苦手だ。
自室より広い場所にいれば、走りたくなってしまうし、人がいれば話したくなる。だから勉強会には参加せずに、自室で勉強するつもりと軽く答えていたはずだ。
「一人で勉強するつもりだったし」
「じゃあ、なんでブラックモア先輩と一緒にいるのぉ? サボり?」
「そんなんじゃないし、用事があるって言われたからだし」
「アリスの半分ちょっとの点数なのにぃ、本当余裕だね?」
いつもに比べて妙に刺々しく絡んでくるアレラーノ。どうしたのだろうか? というよりやっぱりトリスと面識があるのだろうか?
トリスも名前を呼んだっきりだし、アレラーノは教室に入った瞬間に少しだけトリスに目線を向けた後、ずっと真っ直ぐ俺のことを見ているし。
「デリックは、彼女と、親しいのね?」
「ええ、夏に湖に皆で遊びに行きまして」
「湖に……そう。」
結局、溺れてしまったやつはあの後しばらくして元気を取り戻して、浪費した時間以上に楽しむぞと周囲を巻き込んで色々はしゃぎまわった。
そのおかげなのか、俺も知り合いが増えたし、男連中はその前後の泊まりもあり、かなり仲良く慣れた。良い夏休みだったと思う。
「とにかく、俺は行かない。勝手にやってて」
「えぇ? 皆で過去問持ち寄ってるのにぃ? リッキー来ないのぉ? アリスはリッキーに来てほしぃけどなぁ?」
「うっ……い、行かないし!」
俺だって、勉強は効率よくやりたい、過去問が揃ってれば、その対策をやって、試験に出るって言われたとこを復習して終わり! みたいのが良い。
だけど……トリスが俺に用事があるって呼び出してくれた。その理由は俺にとってなによりも大きい。勉強は深夜に回せるけど、トリスは夜に会えない。
「……行ってきなさい」
「トリス?」
そう思って、きっちり断ろうとしたのに、いつの間にか教壇の裏でなにかを片付け始めたトリスは俺にそう言ってきた。
「あんた勉強も頑張りなさい。今日は良いわよ。本当に、大した用事でもなかったし」
教壇から手だけが伸びてヒラヒラと振っている。声も軽い様子で言っていることもまともだ。トリスじゃないみたいに、まっとう過ぎるくらいだ。ここから覗き込んでも顔を教壇へ隠してしまって見えない。
「ほら、ブラックモア先輩もそう言ってるよ? リッキーにはアリスが教えてあげるね?」
「でも、トリスが」
さっきまであんなに楽しそうに王子様の良いところを語っていたトリスが、水のかかった焚き火のように、普通の元気に戻っているような声の調子で、ジェスチャーだけであっさりと追い出してくる。
俺は、試験があるけど、それでもトリスが呼んでくれたのが嬉しかった、だから今日は来た。色々思うところはあったけれども、それでも此処に来たのは、トリスに会いに来たのは自分で決めたことだ。
それなのに、トリスは勉強の誘いが来たくらいで、別にいいっていうんだ。それはいやだった。むかついた。なんでそんな事を言うのか。そんな風に不満が湧き出てくる。
今日はトリスに呼ばれたのに、期待してないと言ったら嘘になる。それをこんな風にされたから。
「成績やばいんでしょ、赤点取るのも経験とは思うけど、オススメはしないわよ」
「……わかったよ」
「ほら、許可も出たし、行こ?」
アレラーノが急かすように俺の腕を引いてくる。小柄な俺よりさらに小柄で華奢な彼女に引っ張られたところで、体幹は揺るがないが。
もう、俺は振り払う気も起きなかったので、そのまま教室を後にした。
こんな気分で勉強しても集中できるとは思えなかったけれど。
「うぅ……やば……既に吐きそう……」
────勉強の成果からか、なんとか平均点に食らいついていると言えるような点数の書かれた答案用紙を受け取ったのも幾分も前。俺は一人で玄関ホールまで来ていた。
あれからトリスとはあまり話せていない。でも無視をされているわけではない。試験が終わった後に彼女の絵画の為に、備品にないどうしても欲しい色があると言われて、一緒に買い物にも行ったりもした。
そのときに話はしたけれど、この前の約束のこともアレラーノ達との勉強のことも聞かれず、ただ試験の結果をたしなめられたり、逆に彼女の成績の良さを褒めたりと。
でも、どこかなにか違うような気がしていた。何かトリスに聞きたいことと、トリスが俺に聞きたいことが有るのにそれを言わないようにしているような。
だからこのホールに飾られている、『銀賞』の枠に飾られている彼女の絵を見に来ていたのだ。
先日から飾り始められたこの絵。惜しくも2年連続にはならず、大賞を取ったのは噂の編入生の先輩だ。もう編入してだいぶ経つのにまだ《編入生》そう言われている。
トリスの描いた王子と騎士の絵は、それこそ王族の別荘の私室くらいなら飾れそうな完成度だけれども、残念ながら大賞を逃した。小説は今回応募していない。
結果を知ったトリスに何ていうか少し悩んだけれども、彼女は驚きもせずにまぁ、当然の結果ね。と言っていた程度だ。変な所が無頓着なのだ、彼女は。
彼女の絵を見ながら俺はここ数日の、友人やアレラーノ達とのやり取りを思い出す。
「学園生活は、楽しいな」
そう、楽しいのだ。俺の今までの人生で、仲良くなった友人は歳を重ねるにつれて家の仕事の手伝いが増えてあまり遊べなくなっていった。そんな中でトリスだけが俺と一緒にいてくれた。
年に3,4回会いに来てくれる彼女は、本当に素敵で優しくて。俺の宝物だった。
彼女の家に遊びに行かせてもらったときは、本物のお姫様なんだと勘違いした。
なにもないドビンス領の俺の拙い案内を楽しげに聞いてくれた。
怖い話を聞いて眠れなくなった時に寝かしつけてもらった。
だから、彼女があんなに楽しそうにこの学園のことを話していた時は、正直あまり実感がなかった。
そんなことよりも彼女が夢中だった、王子様とやらの事で頭がいっぱいだったから。俺の入学まで彼女がドビンス家にもう来ないと聞いて、不安でいっぱいだったから。
その後はひたすらに彼女から聞いた話や、戯曲や詩を聞いて王子様らしい仕草を勉強した。少しでも彼女に見てほしくて。
得意でない学問にも取り組んだ、彼女の他の人を話す熱心な語りにも耳を傾けた。一緒に居たくて。
だけれども、学園が始まってわかった。この学園は俺には広すぎる。
沢山すぎる人が居て、色々すぎる物がある。友だちもできたし、同級生達とも仲良くなった。アレラーノなんかは学科が違うのによく遊びに来る。
毎日があっという間で、トリス以外と話している時間が、トリスと話している時間より長くなった。
家族に書いてみた手紙も、トリス以外の事であんなにスラスラ出来事を書けるなんて思わなかった。
トリスがいない時間がこんなに楽しい物だって、俺は知らなかった。
だからこそ、俺はトリスの描いた絵を見つめながら、決めた。
王子様と騎士が格好良く描かれたそれは、両方とも長身で豪奢な服を纏っている俺にはないもの。
身長は入学してからも変わらないし、家は貧乏とまでは言わないけど裕福ではないから。
顔だって整っているとは思えない彫りの浅いものだし。
彼女の求めていた者は俺にないものがたくさんあった。
そんな風にずっと、劣等感を感じない日はなかった。
俺は、次に進む為に、そんなもの達を乗り越えなくちゃいけないのだ。
だから、俺は次の精霊祭、降誕祭へトリスと一緒に参加する約束を交わしたのだ────
────瞳を開ける、降誕祭の飾り付けがされた中庭の会場を包む明かりに少しだけ目がくらむけれど、数日前あの絵の前で誓った事を思い出す。
今日のこの降誕祭は、学園と言うよりも国の行事で。学園は場所を貸しているという形で前回のパーティーよりもカジュアルだ。
神という存在が消え、精霊様だけが見守ってくれるようになった。その事を感謝して奉る。その名目で美味しい物を食べる。この国では、秋の大収穫の後のお祭りが担っているところが殆ど。
そんな風な催しだからなのか、今回トリスを誘った時も少しだけ悩まれたけれども、以前に俺からハンカチを渡したことを言い出せば、比較的素直に頷いてくれた。簡単な条件はつけられたけれども。
トリスから、俺に出された条件は
「このパーティーは騒がしくなるから、ダンスはなしね? 2階のテラスでのんびりするならいいわ」
そんな何時ものようによくわからないものだった。
今回は彼女の希望で、テラスで待ち合わせをしているが、此処は会場全体がよく見渡せる。『目立つように大理石で作られている階段の踊り場』と会場の中心部を挟んで反対側に有るからであろう。
周囲にはあまり人もいないし、生け垣が少しだけ目隠しになっている。静かな場所でトリスの好みそうなところだ。
時計をみれば、そろそろ約束の時間だ。下の階にちらほら知り合いの姿は見えるがトリスの姿はない。
加えて言うとこの手の行事で目立つアレラーノもいないようだ。彼女も少しだけ用事が有るとのことであったしそれなのだろう。
トリスとの約束の時間はパーティーも中盤。早く行ってもつまらないし意味ないから。そんなよくわからない理由だ。
そろそろ音楽が小休止して、学園長だか生徒会長だかが話す頃。精霊への感謝の言葉が始まるタイミングが目安。ちょうどこの曲で切り替わるはずだと考えていると、まさに今という所で。
「あっ、もう来てたの」
「ええ、気が急いてしまいました」
トリスは俺の後ろの廊下側の窓から、ひょいとドレス姿のままで開けた窓枠を乗り越えてテラスへと出てきた。なんというか、相変わらずだ。
「そろそろ、始まるわね……ベストタイミングよ。さて、『あの娘』は誰を選んだのかしら?」
時々、学園に入ってからは何度かだが、彼女はまるでこの先になにかが起こる予感のようなものを感じているように振る舞う、それはなにか大事なことなのだろうけど。
そんな何時ものように掴みどころのないまま、シンプルなドレスを夜風に揺らす彼女を見つめる。昼よりも淡い橙色の光で照らされている彼女は、いつまでも見ていられるほどに美しい。
囚われたかのように見つめていたら、眼下の会場では、踊り場を演説台代わりにして話していた学園長がそろそろ終わるようだ。
「……トリス」
「何? 急ぎ目でお願いね、本当にもうすぐなんだから」
黄色の布地にフリルのついたドレスはトリスのイメージによく合っている。この会場の令嬢たちの中では、ブラックモア家は中堅の下の方というところなので、もっと豪奢な服を纏っている方はたくさんいるけど。それでも輝いて見える。
待ち合わせの時間通りに来て、何をするわけでもなくただ会場を遠目に見つめて、俺の方を向いてくれない。何時もの仕草。
嗚呼、トリスは今日もトリスだった。
そんな彼女に、
「ベアトリスさん、俺は貴方が、ずっと好きでした」
今日俺は告白した。
向かいの階段の踊り場へと誰かが登っていく姿を見つめていた彼女の首が、ゆっくりとこちらに向き直った。
今日始めて、彼女と目が合った。