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この湖は残念ながら遊泳が禁止されている場所です

人物紹介メモ 2


アルベルト  王子様、最近『彼女』に本格的にお熱。ハンカチ投票の得票数断トツ1位

エイドリアン 魔法使い、『彼女』が気になる、婚約者はいるが好意も興味もなし。4位

バクスター  騎士様、恋愛と忠義と友情の合間で揺れる男心。投票数は2位


ベアトリス・ブラックモア 色々限界系女子。ハンカチ投票数は貫禄の3桁台。

デリック・ドビンス  最近真実の愛(笑)に悩み始めた主人公、103位タイ(得票数1)


アリス・アレラーノ あるルートのライバル令嬢(非悪役)一人称名前系女子。アリスは刺繍できないよ?

「あっリッキー!おはよっ!」


「おはよう、アレラーノ」


「アリスでいいっていってるでしょ? リッキー?」



あっと言う間に夏が過ぎて、夏季休暇が終わり今日から学園生活が戻ってきた。といっても夏休みの最終週は寮にいたし、その前まで学園近くの友人の家にいたのであまり切り替わった気はしないが。


1年である俺たちも、秋からは本格的な進路や所属科別の講義が増えてくる。まぁ普通科の俺はそのまま普通に必死に勉強するだけだ。

そんな俺に彼女、魔法科前期課程首席のアリス・アレラーノは変わらずによく話しかけてくる。


「みんなもおはよっ!」


「えーアリスちゃん、オレはついでかよぉ!」


「挨拶してもらえるだけありがたいと思いなよ。あ、おはよー」


というのも、俺だけではなく。彼女達のグループと俺達のグループが夏の間に一緒に遊びに行ったのがきっかけだ。それ自体は別に驚くようなことではなくて、ただ学生らしいイベントだった。


「そういえば、再来週にはもう中間試験だな」


「あーそういえばそうだな」


周りのそんな声に、ふと思う。自分はなんのために勉強しているのだろう。最近『ちょっとしたこと』から、思う所があって色々悩んでしまっている。


いや確かに自分の将来を考えると、学はいくらあっても困ることはない。今している実家の手伝いの狩猟場の管理や案内だって、長兄の子である甥が俺の11個下ということを考えれば、卒業した後も続けられるものではないだろう。

なにせ元々家は長子が相続するものだ。


まぁ無難に軍に行く感じになるかなと思う。そうすると軍学校に行かないと下士官にすらなれない。まぁ軍学校は学費も安いし問題はないだろう。


「おい、デリックどうしたんだ黙り込んで?」


「さては、試験の点数が心配なんだな、お前勉強苦手だし」


「そうなのぉ? リッキーはアリスが教えてあげるねぇ?」


「アンタは魔法科じゃないの」


ワイワイと騒がしい周囲は将来をどう考えているのであろうか? 気にはなるが、朝の通学路で聞く話でもないと考えをまとめて。俺は馬鹿にしてきた奴の背中にソバットを決めることにした。手加減はしてやった。



























「トリス先輩、少々宜しいでしょうか?」


「ん? 何デリック。改まって」


始まりは夏季休暇に入る前、試験が終わりどの学年も一息ついて時間に余裕ができていた頃だ。

今年の夏の予定をどうしようといった具合の話をしながら楽しく廊下を歩いている先輩たちの横を抜けて、彼女がいるであろう空き教室へと向かい、周囲に誰も居ないことを確認して声をかけたのだ。


「いえ、今年の夏はどうされるのですか? と両親が聞くようにと」


「ああ、別荘なら両親の仕事もあるし、昔みたいに私だけで行くということもしないわ。去年と同じかしらね」


去夏に学園生になった彼女は、毎年夏の始まりから訪れていた避暑を夏本番まで遅らせた。去年は随分そのことに気を揉んだけれど、学園生になってみれば、身に沁みてわかった。

課題も人付き合いも大事なのだ。実家が遠方なら最初から割り切れるかもだが、彼女は近所住まいであるし。


「かしこまりました……そう伝えておきますね」


別に何かをするわけではないのだが、一応俺たちは婚約者。最近知ったが婚前の婚約者が相手の家にお呼ばれすることや、一晩泊まることはあっても、数週間の逗留は珍しいとのことだ。

まぁウチの場合は彼女自身の別荘に来るか、資金差が有る俺が招かれるかなので、一概には言えないかも知れない。


「それなら、課題は後半に回せるし。休みの前半は街で遊び倒すわよ!!」


「お土産を楽しみにしてますね」


「ん、あれ? デリックは直ぐにドビンスの領地に帰るの?」


一瞬何を聞かれたのか理解できないまま、目を瞬きさせながらこちらに尋ねてくる、あまり見られない可愛いトリスの姿に顔が熱くなる。長いまつ毛も、少しかしげた首も、本当に魅力的だから困る。

というよりも、最近のトリスは前よりも少しだけ、張っていた気が緩んでいる気がする。


「え? ええ、まぁ。休暇の後半は、学園周辺に家のある友人同士で、スリープオーバーをローテーションすることになりまして」


「…………お友達と?」


「はい、なので前半くらいは実家に顔をだします。トリス先輩とは、入れ違いになってしまうかも知れませんね」


両親も失礼のないようにと軽く注意する程度で賛成してくれた。学園にいる間に友達をつくることは将来のためにもなるとのことだ。俺自身も遠方の友人の家に遊びに行くなんて初めてのことなので、とても楽しみだ。


なにせ今年の夏は、遅咲きのハイドレンジアの花弁をむしりながら、毎日トリスが来る日を待つ日々ではないのだから。

今まで夏は地元の友人は何かと忙しく、トリスだけが俺の楽しみだったから。


「そう……そうね、ええ。楽しんでらっしゃいな?」


「はいっ!」


トリスは、少しだけ何かを考えていたように、言おうとしたことをやめたように見えたが、笑顔でそう言ってくれた。

ブラックモア子爵様も、遠慮すること無く自宅のように泊まっても良いと言ってくれたし。何ならゲストルームの一つを俺の私室にしても良いとまで言っている。時々怖くなるくらい子爵家の方は俺に優しい。

だが、あくまで婚約者で、しかもトリスは別に家を継ぐわけでもない。線引きは必要だろう。

だから、今年の夏は何時もつるんでいる男友人グループで過ごしてみるのである。


「それじゃあ、私。今日は用事あるから帰るわね」


「お供しますよ」


「……結構よっ! それじゃあ」


「え? ま、待って!!」


そんな事を考えていたら、手早く帰り支度を始めていたトリスが、いきなり帰りだした。

慌てて今日の本題を切り出す準備を始める。今日は予定の確認をしに来たのは勿論だけれど、もう一つある。そのために先輩方に手伝ってもらったのだから。


駆け出すような勢いで窓際から出口へと向かう彼女を、軽く地面を蹴って大きく横から回り込む。壁の棚を右手で掴み支えにして、三角飛びのようにドアの前ですとんと着地したら、くるりと振り返って通せんぼをする。


「きゃっ! も、もうっ! アンタそういうのだめでしょ!」


「あの、その、トリス! これっ!」


驚かせてしまったけれど、無事彼女は止まってくれた。怒ったようにまくし立てて来るトリスも綺麗だとは思うけれど、今日の本命はこの前のお礼をする事。

懐から今日渡そうとした物を取り出す……やはり何か袋等に入れてくるべきだったか?


「……えっ? これ……」


「また、今度もよろしくね。その、下手でごめんね?」


思わずつい、みたいな様子でトリスが受け取ってくれたのは、2つの刺繍がされた白いハンカチ。

実家に無理を言って我が家の家紋の入った物を急いで送ってもらい。ブラックモア家の家紋は、トリスの友達が型紙をつくってくれたから、それを元に少しずつ勉強の合間に。

その成果の不格好な彼女の家の家紋と、我が家のそれが入ったハンカチ。これを作るのは結構恥ずかしかった。


「あっ……これ、刺繍が……」


自分の顔が赤いのはわかる。でも仕方がないのだ。


なにせ、結局トリスからは貰えなかった。だからちょっと悲しかったのだ。

そんな時に、毎年恒例らしいハンカチ集計委員会の中に居た彼女の学友と偶然出会い。ご友人の抱えていたハンカチいっぱいの箱を運ぶのを手伝ったときに、アドバイスを貰ったのだ。


『それなら逆に渡してみたらいかがでしょうか? きっとトリスさんも喜びますよ? 』


なんて言ってくれたから。トリスの友達が言うことならばきっと間違いがない! と思ってやってみたのだ。わかったのは自分に刺繍の才能がないということだったけど。

困ったときには、他の先輩も来てとても親切に教えてくれたのに、上手にはできなかったのだから。


「……ありがと」


「うん! どういたしま、あ、違。えっと、喜んでいただけて光栄です。それでは!」


ともかく、トリスも急いでみたいだし今日の目的は完了。本当はもっと踏み込みたかったけれど。もう恥ずかしくて限界だった。よく考えれば先輩に上手くからかわれた気もしてきたし。

今朝渡そうと思うって相談したときに、トリスを教室に誘導してくれると言ってたけど、すごい笑ってたし。


でも、だって、さっき。トリスがすごく驚いて、理解できないみたいな顔をしていたから。

だけど、次のパーテイーの約束みたいなものだし、今日は十分よくできた。


俺はそう言い聞かせながら、茹だってしまった頭を冷ますように、運動場へと急ぐのだった。


視界の端に先輩たちが見えたので、こういうときは走るに限るのだから。






























────僕のパパの友達が湖畔に貸しコテージをいくつももっていてね。夏の間にぜひ使ってくれっていうんだ。最近の若い子達はあんまり来ないから僕の友人に使ってもらって、評判を広めてほしいんだってさ。困っちゃうよねぇ。


晩夏のその日に、1年生達の中で学園近郊に住んでおり、なおかつそこまで大きな家の出身でない学園生達は。前髪が長い友人の一人の自慢のような、懇願のような。そんな言葉から始まった遠出の計画に参加していた。

その中には参加者の家に泊まっていた俺も当然含まれている。


個人的には、確かに人が住まない別荘の管理は大変だけど、農閑期のご婦人の雇用にもなるからありがたいんだよなぁ、費用は向こう持ちだしと。少し近い境遇故に変なところで共感をしている位だ。


ともかく、計画自体は先の休暇前の試験休みからなんとなく立っていたのだが、思わぬ形で話が大きくなった。


「デリック君! それなぁに?」


「アレラーノさん?」


メンバーの中でマメな奴がまとめてくれた旅程の計画書を

『試験中によく作ったなぁ』

なんて刺繍をしていた自分には言えないことを思いながら読んでいたら。いつかのどこかで出会ったアリス・アレラーノさんが話しかけてきたのだ。


同世代と比較してずいぶん小柄な体躯を、ひょこっと言う擬音が付きそうな位の勢いで屈めて覗き込んできた。彼女の桃色の長い髪が揺れて、少しだけ柑橘系の香りが漂ってくる。


「計画書ですよ。それで、過去問は用意できましたか? もう試験終わってしまいましたが?」


「ごめんねぇ。アリスまた用意できなかったのぉ。それで、これなんの計画書?」


彼女とは。結局あの後から何度か話をしても、過去問はまだ貰えずにいる。だからなのか、それとも暇なのか、まだ用意できていないことの謝罪をかねて、ときたま話しかけに来る。


あえて言うのならば、彼女とは世間話程度をする知人という所だろうか?


ともかく、暇なのか隣の椅子に腰掛けてきた彼女に、さわりを掻い摘んで説明すると。


『おもしろそう! アリスも行きたい!!』


と興味を示し。さらに、彼女の魔法科の同級生の友人たちも乗り気であり、俺の友人達も当然ながら賛成と。トントン拍子に進んでいき。

最終的には彼女たちも参加する大所帯となったのだ。


まぁ俺たちは泊まりだが、彼女たちは日帰りであるが。

それでも周囲の友人たちのテンションが大きく上がったのは当然だろう。


「本日はよろしくおねがいします」


「お招きいただきありがとうございます」


「こちらこそ、ようこそ」


乗馬用のパンツルックでやってきた女性陣。いや別に乗馬をするわけでもないがと思ったが、彼女たち的にはドレスか制服かこれしか選択肢がないのかも知れない。

兎も角、挨拶もそこそこに各々好きなように過ごし始める。釣りをするものもいれば、木陰に座り込み読書を始める者も、貸しボートに早速女子を誘っているのもいる。


ここは静かな湖。周りにはかなり綺麗に手入れされた森に囲まれている。つまりは我が家の商売敵である。

俺は敵情視察がてら周囲の散策でもしようとすると、服の裾を引かれる感覚に振り返る。


「ねぇねぇ、アリスもついていって良い?」


「あのっ、おねがいします」


「ええ、構いませんよ」


後ろに居たのはアレラーノさんと、彼女の友達であろう同じ様に小柄な少女だった。まぁ二人きりより緊張しなくて良いかなと思い、同道してもらうことにする。


「気持ち良い風だねぇ?」


「そうだね、アリスちゃん」


この遊歩道は、整備された道がトレイルコースの様になっているため、かなり歩きやすい。もとより散策用で歩きやすい距離のルートを練られているのだろう。


「きゃー」


「ほら、気をつけて」


「わぁ、デリック君ありがとっ!」


それでも、アレラーノさんは躓いたのかよろけてこちらに倒れ込んできたので、失礼にならないように背中に手を回して支える。

しかし、彼女の足元には何もなかったように見えるし、動きやすい格好なので転ぶように見えないが、まぁ森を歩き慣れていないのだろう。


「本当に力持ちなんですね……」


「でしょ? びっくりだよねぇ。アリスまた助けられちゃったねっ?」


「別に普通ですよ……おや?」


そんな風に歩を進めていれば、すぐ横によく育ったワイルドプラムを見つける。妙な所に生えているし後から植えたのであろうか? 予め此処一帯の収穫などの許可はもらっているので、いくつか拝借させてもらう。


「わぁ、スモモだねぇ!」


「これ、食べれるのですか?」


「ん……見た所恐らくかなり酸味が強いので、ジャムにするのに向いてますかねぇ?」


実家の近所の森にも生えており、子供の頃はよくおやつ代わりに食べたっけ。無茶苦茶酸っぱかったけれども、自分で見つけて採ってくることが楽しかったのだ。トリスにもあげたら微妙な顔をしてた気がするし、味はそんなものだと思う。


「すっごい、デリック君は詳しいね!!」


「まぁ生まれも育ちも田舎なもので」


手頃のものをもういくつか回収した後は、そのまま湖の岸辺へと戻ってくる。長くない道のりだったが。何度も何度もアレラーノさんが話しかけてくるので、妙に疲れた気がする。

というか、彼女は地味に体力が有る気がする。無駄に振り返ったりウロウロしているのに息も乱していない。

ちょっとだけ彼女を見直しつつ、湖に目を向けてみれば、何やら盛り上がっている。


「おい、デリックなんだそれ?」


「お土産。それでなんの騒ぎ?」


近寄ってきた奴にワイルドプラムを押し付けながら聞いてみると、貸しボートで野郎どもが競争を始めたとのことだ。なんでも最初は女子を乗せてのんびりだったのに、気がつけば男同士のガチンコバトルになっていたという。

楽しそうに女性陣も応援しながら見ている様子だし、ある意味では良かったのか?


「うおーっ! イケイケ!!」


「そこで差しなさい!!」


あまりマナーの良い遊びとも思えないが。過去の自分を省みると何も言えないので黙って推移を見守る。

すると、レースも終盤なのか首位争いをしていた2艘が接触して、片方がひっくり返ってもう片方もオールを手放してしまう。


「ほら、言わんこっちゃない」


小さくそう呟きながらも、なんか馬鹿をやっている空気が楽しいな。と思う俺も大概かも知れない。タオルでも用意してやるかと荷物の方に向かおうとすれば様子がおかしい、というかっ!


「おい、やばいって!!」


「ちょっと! あれ溺れてない!?」


俺は直ぐに上着だけを脱ぎ捨てて湖へと飛び込む。一番近くの奴はボートの上で必死に手を伸ばしているだけだし、他のボートに乗っていた奴らも、スタミナ切れなのか、鈍い動きで方向を変えてそちらへと向かっているが、遅い。

落ちたやつは確か学園の直ぐ側に住んでいるやつで、つまりは十中八九泳げない。パニックになって手をばたつかせている。


本当は溺れている人に泳いで助けに行くのは良くないが、背に腹は代えられない。幸いゴール目前で岸に近かったからか直ぐに泳ぎよると、案の定混乱しているようだったので、潜って底を蹴った勢いのまま、背中から掴みかかり、その場に『立たせた』 


「おい! 足つくぞ! おまえなら! 」


「ゴホッ!! ゲホぉ!! 助け! ……え? 本当だ」


俺より頭2つ程背の高いこいつなら、背を伸ばせば肩が出るほどの水深だ。それでもまともに泳いだことがない人には怖かったのかも知れない。


ともかく、もう大丈夫だと判断して俺は岸まで手を引いてやるのだった。




















結局その後、溺れかけたやつはショックだったのか、一足先にコテージに戻ってしまった。他の連中も心配していたが、大事がないとわかると、少しだけ動揺しているが元に戻っていった。


俺はと言うと、少し離れた所で苦戦していた。


「むぅ、種火より大きくならないな」


木々からは離れた開けた場所で、服を乾かそうと火を起こそうとしているのだが、石を打てども濡れてしまっているからか上手く行かない。別に俺もコテージに戻っても良かったが、そうするとお開きの空気になりそうだったので、少し離れた所でこんなことをしているのだ。


「《点火》 はい、どうぞ?」


「え? あ、ああ」


すると、突然目の前に火が現れる。人差し指の先に灯った火はそのまま、俺の積んでいた木に引火して『魔法のように』大きく安定する。


「ありがとう、アレラーノさん」


「もぅ、アリスで良いって」


もはや驚かない程自然に、彼女は気がついたら俺の前に居た。なにか気配を消す魔法でも有るのだろうか? そんなどうでも良いことを考えていると、自分の格好を思い出す。今の俺は素肌の上にそのまま上着を羽織っているだけ。下はしょうがないので履いたままだが、女性に見られるのは恥ずかしいので前のボタンを閉める。


「ふーん……恥ずかしいんだぁ」


「と、当然です!」


アレラーノさんは何がおかしいのか笑いながら、隣に腰掛ける。それで、ふと気がついたことが有る。彼女は可能な限り俺の横に座ろうとする。でも、トリスは座れるのならば俺の前に座るなって。あのきれいな鳶色の瞳の輝きを見なかったことはないなって。

そんなことを考えていると、アレラーノさんは俺の肩に手をかけてくる。


「デリック君は、皆に優しいね?」


「そうでしょうか? でも、そうありたいとは思ってます」


いきなりの言葉だったが、思わず答えた言葉は意外なほど自分に染みた。そうだ、俺は優しくて物腰が穏やかな王子様みたいにならなきゃいけないんだ。


「ねぇ、君はアリスの事どれだけ知ってる?」


「そうですね、アレラーノさんは、魔法科で1年生で成績優秀なんですよね。それ位です」


「……ほんとに、それだけ?」


「? ええ、はい……あぁ、あとは」


彼女の質問の意味がわからないままに答えた。そういえば彼女のことはあまり知らない。友人は定期的に彼女がいかに可愛いか、優秀な数少ない魔法使いだという事を熱く語るが、それは彼らの知ってるアリス・アレラーノのことであり。伝聞だ。


だから、俺が知る彼女は────


「幾何学の過去問を試験前にくれなかった人ですね」


「なにそれ、ひどーい!」


「ひどいはこちらのセリフですよ、おかげでまた平均点未満です」


頬を膨らませ抗議してくる彼女は、湖畔で涼しいとはいえ水に濡れてもいない人が火に当たれば暑いだろうに、汗一つかいていない。これもまた魔法か何かだろうか。


「ねぇ、同学年だしさ。友達に話すみたいに話してよ。そしたら過去問持ってきてあげる」


「わかった、アレラーノ。今度は全教科の過去問を頼む」


「切り替え早っ! そんなに、アリスより試験のほうが大事なの!?」


別に彼女には敬語をつかって、自分を良く見せたいわけではない。言われてみれば同い年だし、その通りだ。元々年上のトリスにすらもそうだった訳だし、別に畏まる必要はないかも知れない。


「勿論。あと、昼飯もね」


「本当、ひどいっ! リッキーの薄情者!!」


「なんだよ、リッキーって。初めて呼ばれたよ」


「ふぅーん……?」


軽口を叩き合うと、なんだか少しだけ空気が軽くなった気がする。少しだけだから、その分だけはアレラーノに感謝だ。


パチリと木が熱せられて爆ぜる音がして、なんとなく黙り込む。早く服が乾かないかなぁなんて思いながら、揺れる焚き火を見ていると、また横でアレラーノが口を開いた。



「ねぇ、リッキーはなんでブラックモア先輩のことが好きなの?」


「なんでってそれは……ずっと、いっしょに……いた……し」


そう、ずっと小さい頃から、俺にはトリスだけだった。彼女が俺の初恋で。憧れで、大好きな女の子だ。遊び相手になってもらって、本を読んでもらって、お出かけに連れて行ってもらって。


トリスといると楽しかった。幸せだった。嬉しかった。だから大好きだ。

それは昔から変わってない。トリスと出会ってから、トリスが居ない時期は寂しかったことも、つまらなかったことも同じだ。


でも、それって。本当に好きなのか?


俺の好きって。本当に、女の子のことが好きっていう。

周りの奴らと一緒の『好き』なのか?



「婚約者で初恋で、そう、婚約者で! 昔会った時に一目惚れしたから。そう、だから俺はトリスが好きだ」



そう口には出せたけれど。アレラーノの言葉は火の前にいるのに少し寒かった。


俺がトリスを好きなのは、好きだから好きなんだ。

そんな言葉しか頭に浮かばなかったから。好きなことに嘘はないし、一緒に居たい気持ちに偽りもない。でもそれって本当に好きなのだろうか?


「そっかぁ……それがリッキーの特別かぁ……」


アレラーノが横で呟いた言葉の意味が頭に入らぬまま、思わず上着のポケットに手を入れると、一つだけ入っていたワイルドプラムに触れる。


俺はおもむろに取り出して、それに齧り付く。


プラムは酸っぱくて渋く、そして少しだけ苦い味がした。



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